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第三幕



 小人の家で暮らす白雪姫たち。
 小人が仕事に出てる間は、こうして家事に奔走しています。
 平和な毎日が続いていましたが、ある時、老婆に化けた王妃が訪ねてきたのでした。



 小人の家の前で、洗濯物を干しているのは、愛美とヒメナ。二幕の騒動の所為で、ぎくしゃくしている二人であったが、顔には出さずに演技を続けている。その横では、姉妹役のジュリエットとアンドレが庭先を掃除中。魔女の路々奈は切り株に座って、ギターのチューニングをしている。
「……ヒメナさんには絶対ヒロインの座は渡さないんだから!」
「……まださっきの事怒ってるんですか、愛美さん?」
「もう絶対あんな事しちゃ駄目だよ。あれじゃ完全に悪役じゃないの」
「目的は果たせたから、もうしませんよ。後は正々堂々ヒロインの座を勝ち取ります」
 むむむっ……と二人が火花を散らせると、黒いローブをはおった大鋸とリカインが舞台袖から出て来た。
「ようよう、嬢ちゃん達、おいしいリンゴはいらねぇか?」
 大鋸が言うや否や、愛美とヒメナは大鋸の持つリンゴに同時に手を伸ばした。
 白雪姫と言えば、毒リンゴ。毒リンゴに倒れてこそ、真の白雪姫と言えよう。このシーンはヒロインの座に決着を着ける絶好の機会。先に毒リンゴを手に入れたほうが勝者、二人の考える事は同じだった。
「私のほうが先に取ったよね、わん……じゃなくて、おばあさん?」
「いいえ。愛美さんは絶対私より遅かったです。おばあさんも見てましたよね?」
「まあまあ、ケンカなんかするなって……」
 睨む合う白雪姫ズの間に、にやけた顔で大鋸が割って入った。
「大丈夫、このリンゴは特別製でよぉ……、ちゃんと二人まとめてあの世に送ってくれるんだぜぇ!」
 そう言って、ナパーム弾の起爆ピンを引っこ抜いた。
 ……ハズだった。
「なんですか? このリンゴは?」
 いつの間にか登場して来ていた、ツンデレ猫のユウが、その手からリンゴを取り上げたのだ。
「あ、コラ、てめ! 返せ、俺様のリンゴ!」
 掴み掛かる大鋸をかわしつつ、ユウはリンゴをまじまじと見つめた。
「ユウさん……、じゃなかった、猫さん。お願い、リンゴを返して」
「それがないとヒロインをはっきりさせられないんです」
「そんなに欲しいなら返しますけど……、これ、ナパーム弾ですよ?」
 しんと一瞬静まり、次の瞬間、愛美とヒメナは目をまんまるにして叫んだ。
「ええーっ!!!」
「何か仕掛けてくるとは思って、警戒してましたが、こんな物を持ち込んでいるとはね……」
 ユウはナパーム弾を手の上で弄びながら、ちらりと大鋸を一瞥した。
 彼は青筋を浮かべて「うぐぐ……、このクソ猫……」とかなんとか、なんかもごもご言っていた。
「ちょっとわんちゃん! ナパーム弾ってどう言う事っ!」
「私たちを吹っ飛ばす気ですか!」
「……う、うるせぇ! こうなりゃ、腕づくだ!」
 咎める二人を振り払うと、ローブの下から血煙爪を取り出し、ブオンと一声唸らせた。
「この舞台はこの俺様が頂くぜ!」


「キング様の合図が出た! 派手に暴れようぜ、フローレンス! ラズ!」
「まずはあのふざけた小人の家をぶっ潰す!」
「ラズ、頑張るヨ!」
 舞台袖に待機していた魅世瑠たちが、待ってましたとばかりに突撃を開始した。
 魅世瑠はアーミーショットガンを構えて、小人の家に躊躇う事なくぶっ放した。
「あ、暴れちゃ駄目です!」
 反対側の袖から飛び出したのは、小人役の優希とアレクセイだった。
 優希はディフェンスシフトで防御力を高め、放たれた散弾をナイトシールドで防いだ。
「やめてください! なんでこんな事するんですか!」
「なんでって……、キング様を助けるのに理由なんかいらねぇだろ」
 不敵に笑う魅世瑠たちは、優希とアレクセイを取り囲んだ。
「三対二だぜ? 勝ち目があると思ってんのか?」
「三対二……? それはどうでしょうか……」
 そう言うと、優希は手を挙げて合図を送った。
 その瞬間、強烈なピンスポットライトが魅世瑠たちに浴びせられた。三対二と言うのは大間違い。優希の三人目の仲間は照明担当のミラベルなのだから。目をくらまされた魅世瑠たち三人には、アレクセイのお仕置きゲンコツがもれなくプレゼントされた。「なちゅ!」「らりっ!」「すトっ!」とテンポ良く悲鳴を上げて、魅世瑠たち王妃の連れ子は舞台の上に倒れたのだった。
 羽高魅世瑠&フローレンス・モントゴメリー&ラズ・ヴィシャ、再起不能(リタイア)
「……ったく、はた迷惑な連中だぜ」
 ため息を吐いたアレクセイだったが、まだ気を抜くには早かった。
 一瞬、気を抜いたアレクセイの首に鎖が巻き付いたのだ。
「だ……、大丈夫ですか! アレクさん!」
 駆け寄ろうとした優希の目に、舞台袖の闇に潜む見覚えのある人物の姿が映った。
「世に私の美しさを問うため、ヴェルチェ・クライウォルフ、華麗に参上よ!」
「うぐ……。ヴェルチェか、ややこしい時に出てきやがって……」
「あら、今出て来ないでいつ出てくるのかしら?」
 ヴェルチェは怪しく微笑んで、ぎゅうっとアレクセイの喉元を締め上げた
「さあ、アレク。この世界で一番美しいのが誰か言ってみなさいっ!」
「ぐ、ぐるじぃ……。ゆ、ユーキこの馬鹿をなんとか……」
「優希ですって! あたしの美しさは世界一ィィ! お前は死刑ィ!」
「ぎええええええっ!!!」
 力の限り締め上げられて、アレクセイはガクンとその場にうなだれた。
「ちょ、ちょっと……、アレクさん!」
 アレクセイ・ヴァングライド、再起不能(リタイア)


 一方その頃……、大鋸は血煙爪を振り回して、ユウを追い回していた。
「待ちやがれ、このクソ猫っ! 俺様のナパームを返せ、コラァ!」
「返せと言われて、はいそうですか、と素直に返すわけがないでしょうが……」
 ユウはバーストダッシュを巧みに使って、舞台上を軽やかに飛び跳ねていた。その俊敏でしなやかな動きは、まさに猫そのものである。大鋸の血煙爪攻撃を余裕でかわすと、ぴょんと飛んで小人の家の屋根に上がった。
「ちくしょう、あんな所に! こうなったら家ごとブッコロス!」
 血煙爪を振りかぶった大鋸を、袖から飛んで来た山葉涼司(やまは・りょうじ)。が呼び止めた。
「待て待て! どう言うつもりだ、大鋸!」
「……てめぇ、今どう言うつもりだって言ったか?」
 ジロリと涼司を睨みつけると、大鋸は忌々しそうに口を開いた。
「どうもこうもねぇ! 元はと言えばてめぇが悪いんだ!」
「お……俺? 俺、何かしたっけ?」
「俺様に悪役押し付けて、勝手に王子役をとったクセに。どのツラ下げて言ってんだ!」
「……もしかして、お前、王子になりたかったのか?」
「ばっ、馬鹿野郎っ! そんな恥ずかしい事、俺様の口から言わせる気か!」
 ほんのり顔を赤らめて、大鋸はもじもじしている。実に気味が悪い。
「いや、恥ずかしい事じゃねーけど。でも、お前の凶悪な顔で王子は問題が……」
「……もっぺん言ってみろ、コラァ! 俺様の顔になんの問題もねぇだろうが!」
「うわわっ、落ち着けって……、ぶっ!」
 怒りの鉄拳を顔面に叩き込まれ、涼司は舞台袖の闇の中に吹っ飛ばされて行った。
 はぁはぁと大鋸が肩で息をしていると、ふいに照明が小人の家の屋根の上に向けられた。同時に痛快な音楽が舞台に流れ始めた。心に勇気が湧いてくるこの曲は、まるでスーパーヒーローのテーマである。
 光を一身に浴びて、屋根の上に立っているのは、神代正義(かみしろ・まさよし)
「瞬着! パラミタ刑事シャンバラン!!」
 手にした仮面を装着し、決めポーズ。
 その横から、正義のパートナー、フィルテシア・フレズベルク(ふぃるてしあ・ふれずべるく)も登場した。
「愛撫と性技のびしょうじょ天使! フィルテシアちゃん、17歳でーすぅ」
「ちょっと待て、漢字が違う」
 ぽんとツッコミを入れて、シャンバランとびしょうじょ天使が、颯爽と見参である。
「おのれ不良王妃! IKEMENを妬ましく思って、王子を襲うとは何たる愚劣! 俺だってクリスマスの予定なし彼女なしなのに、誰を妬む事無く……、ごめん、あのメガネは少し妬んだ。……だがそれにめげることなくヒーローやってんだ! 少しは俺を見習え!」
 ちょっぴり私情を挟みつつ、大鋸にビシッと指を突きつける、正義だった。
「ここは私に任せて、シャンバラン!」
「いいだろう、フィル。奴に正義の鉄槌を下すのだ!」
 ぴょんと屋根から飛び降りて、フィルテシアは大鋸に飛びかかった。
「王妃ちゃん! あなたの野望もここまでよっ!」
「すっこんでろ!」
 べしっとデコピンを食らって、ううう……とフィルテシアはその場に崩れた。
「てめぇに用はねぇ。そこの仮面野郎! とっとと降りてきやがれ!」
「ううう……、い、痛い……。このまま私は王妃とその手下達に『よーしこの女はくれてやる! 好きにしていいぞ!』『ヒューさすが王妃さまだぜ!』って辱められる運命なのね……! よよよ……」
「言ってねぇ! 俺様のイメージがお客様に誤解されんだろが!」
 まさにイメージ通りだと思うが、何を誤解されるのを心配すると言うのか。
「たすけてーっ! シャンバラーン!」
「お、王妃、貴様……! か弱い乙女になんと言う事を! どこまでも腐った奴!」
「だから言ってねぇ!」
「問答無用! シャンバランブレードッ!」
 正義は新聞紙を丸めた新聞紙ブレードを掲げた。本来のシャンバランブレードは彼の光条兵器であるが、それではないのは、一応舞台上なので加減しているのだろう。でも、本来のシャンバランブレードを一瞬出し入れして、新聞紙ブレードを輝かせてみせた。
「悪を断ち切るこの一撃っ! その身体で受けてみよっ!」
 屋根から飛び降り様に、大鋸の頭をパコンと新聞紙ブレードで殴りつけた。
「でっ! だから、言ってねぇつってんだろうがあああ!」
 苛立たしげに血煙爪を振り回す大鋸から、華麗なバク宙で後ろに下がり間合いを取る正義。
「シャンバランブレードでは駄目か。ならば、シャンバランキィィィック!」
 とその瞬間、ボゴッと鈍い音がして、正義は床にぶっ倒れた。
 正義の背後に立つのは、フィルテシア。その手には何故か野球バットが握られている。
「だめよぉ、正義ちゃん? ヒーローはいかなる時も隙をみせない!」
「……ふっ。……ふふっ。……なんで俺殴られてんの!?」
 グッタリとした正義は、フィルテシアに引きずられて退場した。
 神代正義、再起不能(リタイア)
「……なんだか知らねぇが、勝った!」


 舞台袖で様子を伺っているのは、小人役の英希とトカゲのジゼルだった。
 混沌として来た舞台に、ジゼルは困惑の表情を浮かべていた。
「……白雪姫ってこんな話だったか? どうする、英希?」
 隣りを見るも、そこに英希の姿はなかった。見れば、彼は大鋸の元へとことこ向かっているではないか。
「この世は盛者必衰、義は流転します。けれど悪は永遠にこの世に蔓延る……。つまり、貴方こそ最強!! 調子に乗ってるヘンテコな姫や王子を倒し、今こそ貴方がこの世界を統べるべきなのです!」
 英希はくるくると踊りながら、大鋸の前で手を広げてみせた。
「キングは一人! 王大鋸!」
「ほほう、俺様の崇拝者がまた一人現れたか」
「さあ、キング。どっちが先に白雪姫の首を取れるか勝負しましょうよ」
 さらっと恐ろしい事をぬかす英希である。
「……ってちょっと、待て。なんでそっち側につくんだ!」
 側にやって来たジゼルが、英希の服を引っ張った。
「だって、ほら、報われない人って応援して上げたくならない?」
「報われないからって、こんな騒動を起こす奴に同情してどうする!」
「あと、こっちのほうが面白いしねー」
「……くそ、駄目だこいつ。早くなんとかしないと」
 ジゼルは当てにならない相方を放って、騒動を止めにあたふたと走って行った。
「さて、うるさい奴がいなくなった所で、キングの大好きな汚物消毒をご披露いたしましょう」
「おう、気が利くじゃねぇか。焼き加減はウェルダンで頼むぜ!」
「ウィ、ムッシュウ」
 うやうやしくお辞儀をして、英希は中空に火術で創成した炎を集め始めた。
 それを妨害するべく、枝を振り回して襲いかかったのは、木役のシルバと夏希だった。
「おい、火はやめろ! マジで!」
「おや、シルバ君。最初に消毒されるのは君かな?」
 放たれた炎を受けてかぶり物が燃え盛る。
 だが、素早く二人はそれから脱出し、英希の前に立ちはだかった。
「木とは世を忍ぶ仮の姿、俺は正義の忍者シルバ・フォード!」
「お、同じく……、可憐なくのいち、雨宮夏希です」
「義を否定するお前に正義はない!」
 忍び装束で決めのポーズを取る二人、心なしかシルバの顔はにやけている。
「こんな事もあろうかと用意した甲斐があったな、夏希」
「な、なんだかこの衣装恥ずかしいです……」
 二人は懐から取り出した手裏剣を構えた。
「王妃に魂を売った性悪小人め、覚悟!」
「……ふっふっふ、手裏剣とは面白いね。でも、これでも攻撃出来るかな?」
 不気味に笑う英希が盾にしたものを見て、シルバと夏希の表情に戦慄が走った。
「や、野郎……。なんて……、なんてものを持ち出してくるんだ……!」
 シルバが畏怖するのも無理からぬ話だ。何故なら、英希が盾にしたのは可愛い子猫だったのだから。
「このとってもとっても可愛い猫ちゃんを攻撃出来るかな?」
「ば、馬鹿な……、出来るわけがない……!」
「わ、私……。だ、だっこしたいです……」
「ほらほら、指を近づけるとペロペロ舐めてくるんだよ? 君たちもペロペロしてもらいたいだろう?」
「うう……、俺もペロペロしてもらいてぇ!」