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蒼空歌劇団講演!

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舞台裏



 さて、第一幕もようやく終わりである。
 クライスが熱唱してる間に、舞台裏ではセットチェンジと役者の準備で大忙しだ。
 舞台袖でADみたいな真似をしていた、脚本担当の弁天屋菊はほっと一息吐いた。
「……ったく、やっぱりと言うかなんつーか、だんだん台本とズレてきてんなぁ」
「まあ、みんな目立ちたがりだからねぇ」
 相づちを打ったのはパートナーのガガ・ギギ(がが・ぎぎ)だ。
 二人は舞台制御室へ向かっている所だ。舞台制御室は映画館で言う所の映写室に当たる場所にある部屋だ。客席の後方上にあり、客席と舞台全体が見渡せるようになっている。ナレーション、音響に照明、空調の管理など舞台に関わる設備の制御はそこで行っているのだ。まさに舞台の脳にあたる場所だ。
「リハーサルの時と展開も変わってんなぁ……、あたしも先が読めねぇよ、これ」
「舞台は生ものって言うしね。まあ、この劇団はあまりにも生過ぎるけど……」
「でも、クライスのアドリブは良かったな。結構良い感じにオチがつけられそうな気がする」
「歌はちょっとアレだけどね。悲壮な曲なのに熱唱してどうすんだって感じだよ」
 蒼空歌劇団では、団員の自由な発想が重視される。それぞれ持ち寄ったアイデアが、従来の舞台を一変させる素晴らしい演劇を生み出すのだ……と言う創設メンバーの主張のためだ。何の話かと言うと、蒼空歌劇団の舞台はほぼアドリブで構成されてると言う事だ。役柄も台詞も演出も、団員の自由である。一応、菊が作った基本となる白雪姫の台本はあるものの、あくまでそれは流れであり、その中でどう自分が関わるかが課題なのだ。
「……それにしても、王の奴、随分派手にやってたなぁ」
「リハーサルじゃ大人しかったのに、本番だとアレだからねぇ」
「王らしいっちゃ王らしいけど……、ん?」
 ふと、ナレーション担当の御堂緋音(みどう・あかね)が通りかかった。
「あら、菊さん。さっきはお疲れさまです」
「お、緋音じゃん。ナレーションなかなか良かったよ。この調子で後もヨロシクな」
「ありがとうございます。でも、台本と違った展開になると不安ですね……」
「……あたしも不安だけど。まあ、見たまんま伝えてくれればさ、なんとかなんじゃん?」
「出来るだけ頑張ってみます。ところで、シルヴァーナを見かけませんでした?」
「へっ? おまえのパートナーだっけ?」
「舞台が始まってから姿が見えないんです。どこに行ったのかしら……?」
 緋音のパートナーのシルヴァーナ・イレイン(しるう゛ぁーな・いれいん)。姿が見えないのには彼女なりの理由があるのだが、それはおいおい明らかになるので、ここでは華麗にスルーして話を進めておこう。



 一方その頃、衣装部屋では。
「て、てめぇ、どこ触ってやがんだ! やめろ、コラァ!」
 衣装担当のガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)が、王大鋸を素っ裸にひんむいてる最中であった。生まれたままの姿でお宝を披露する大鋸は、壁際に追いつめられて情けない顔を浮かべていた。ガートルードは別に「こんな所にほいほいやってきちまって。こうなる事はわかっていたんだろう?」とか「口では嫌がっていても、身体は正直だなぁ、モヒカンぼうや」みたいな事をしてるわけではない。
「あれほど言ったのに、どうして魔王の衣装で舞台に上がったんですか」
「いいじゃねぇか、衣装ぐらい! 俺様の着たいもんを着せやがれ!」
「私が許しません」
 そう言うと、ガートルードは魔王の衣装をビリビリに引き裂いた。
「俺達はワルだ。だが、やっていい事と悪い事があるだろうがっ! ……とか言ってましたよね」
「うぐ……。モロコシの時か……」
「王の役は魔王ではなくあくまで王妃役です。場違いな魔王は、やって悪い事です!!」
「そ、そんな目くじら立てなくってもよぉ……って、おい、コラ。やめろって!」
 ガートルードは力にものを言わせて大鋸を押し倒すと無理矢理……って、なんかいかがわしい描写になってしまったが、彼女は大鋸に王妃用のドレスを着せただけである。漆黒のドレスにガーターベルトを装着させ、モヒカンをまとめて黒リボンで結い上げた。その姿はある意味魔王の時より迫力があった。
「……これで良し、と」
「何が良しだよ、ちくしょう……。うう……、俺様、汚されちまった……」
「汚れただなんて……。素敵だよ、わんちゃん先輩」
 同じく衣装担当の白菊珂慧(しらぎく・かけい)は、大鋸を慰めながら化粧台の前に座らせた。
「さあ、メイクをしようね」
「め、メイクだぁ? ふざけんな、それだけは絶対やらねぇぞ!」
「まだそんな戯れ言を……。だから、私が許しませんよ」
 大鋸の喉元にナイフを突きつけ、ガートルードはメイクを強要した。
「こ、この恨みは絶対忘れねぇからな……!」
「大丈夫、奇麗にしてあげるから。そのドレスだって、僕とガートルードさんで作ったんだよ」
 珂慧は眠たそうな眼で、嫌がる大鋸の口に硬くて太い口紅を……って、またなんか描写が。



 衣装部屋のカーテン隔てて隣りでは、衣装を破られた小谷愛美と七瀬歩が予備のドレスに着替えている。
 愛美の着替えを手伝うのはルカルカ・ルー(るかるか・るー)。体のラインが分かるようにドレスはちょっと摘み、小型のパッドを入れてコサージュを添え、大きく襟繰りを開け胸元を強調。髪はティアラを付けて高く結い上げる。舞台映えするように考えて、衣装には少量のサンドグラスを吹き付けた。
「素材の愛らしさを一番生かすのが真の衣装よ。今の貴女を見たら、誰でも恋に落ちちゃうかもね」
「そう言われると、なんだか恥ずかしいな……」
 頬を染める愛美に、ルカルカは微笑んだ。
「あ、そう言えば友達の話なんだけどね」
「お友達?」
「うん。彼女、事情で劇団に参加出来なかったんだけど、応援してるから頑張れって言ってたわ」
「そっか……。嬉しいな。私を見ててくれる人もいるんだ」
「その子、他の人とキスしちゃヤダヤダ、とも言ってたけどね。あははっ」
「キスって……、そんな、お芝居だし。別にそんな……」
 そう言いつつも、愛美はキスシーンを想像して、リンゴのように顔を赤くした。
「あ、もう一つ思い出した。愛美ちゃんに花束が届いてたんだった」
 ぽんと手を打って、ルカルカが持ってきたのは、豪華な紫のバラの花束だ。
 花束には「あなたのファンより」と書かれたメッセージカードが添えられている。
「ええっ? これ、私に?」
「誰が贈ったのか知らないけど、相当な愛美ファンと見たわ」
「うう……。そんなに期待されてたなんて。なんだか緊張してきた……」
「来れなかった友達の気持ちも込めて、奇麗にしてあげたんだから、そんな調子でどうするのよ」
 笑いながら愛美を小突くと、ルカルカは壁の時計を確認した。
「おっと、そろそろ時間ね。さあ、舞台が貴女を待っているわっ」