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ベツレヘムの星の下で

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ベツレヘムの星の下で
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掴めないその腕を、引き寄せることが出来たなら

 東の建物の裏手、メイン通りではないため人通りの少ないそこに、夜風に当たりながら頭を冷やす清泉 北都(いずみ・ほくと)と、彼の顔を見ないように黙って側に立つクナイ・アヤシ(くない・あやし)の姿があった。彼に怒られることも覚悟の上で、楽しい会話の合間についていた嘘を告白した。
 ――儀式に口づけが必要だというのは、嘘だった。
 どうしても北都に触れたかったクナイが付いた嘘は、今までの信頼感を崩し去ってしまうかとも思ったが、自分が思う以上に冷静な答えが返ってきた。悪戯に唇を欲したのではないということが伝わったのか、彼の思考はファーストキスの相手と好きという感情を初めて向けられたことへの対処の仕方がわからなくて戸惑っているのだ。
 食事中の突然の告白だったこともあり、暫くはテーブルに突っ伏していたけれど、当然人の多いところでそんな体勢をしていれば周りに心配をかけてしまう。ある程度落ち着いたところで外へと移動したが、まだ戸惑いを隠せないのか言葉はない。
「貴方が、好きなんです。その思いを抱くことは、許して頂けますか?」
「許すも、なにも……」
 愛なんて知らない。そうやって軽々しく口に出来る物なのか、何故自分が対象になっているのか。男同士の恋愛もあるらしいということも知ったけれど、まさか自分がそうなるとは思わなかった。けれど、さっき見たクナイの表情も今の声音も真剣だってわかるから、ちゃんと逃げないで考えた答えを出したいと思っている。
「でも、やっぱり僕は……愛がわからない」
 誰も教えてくれなかった、甘えることも出来ず褒められることもなく、何かを望むことなんて無駄だと思っていたのに。なのに、彼は自分を好きだと言う。その傍らで、誰かに酷く冷たいのだろうか。自分が育った環境のように。
「では、迷惑ですか?」
「それはない、と思う。嫌なんじゃなくて、どうしたらいいのかわからないだけなんだ」
 その言葉にホッとしつつ、ゆっくり北都の顔を見る。先ほどより大部落ち着いたとは言え、まだ動揺の色は隠せない。本当なら、こんな風に焦って攻めるようなことはしたくなかった。けれど、彼が契約者を増やすことでライバルが増え、このまま黙って見ていることなど出来ないのだ。
「――私が居なくなったら、何か感じて頂けますか?」
 今はまだ、1番信頼出来るパートナーとして傍にいることが出来る。けれど、待ちの姿勢でそれが崩れてしまったら? 誰かに目の前で奪われたなら自分はどんな行動に出てしまうかわからない。
「そりゃあ、大切なパートナーなんだ。何も思わないなんて……」
「他の方と恋仲になったとしても?」
 大きく見開かれた瞳に、酷く胸が痛む。自分の質問は困惑させているだけで、彼に答えを導くものじゃない。けれど、少しでも特別だと言って欲しくて無理なことばかり問うている。
「僕とクナイが抱いてる気持ちは、きっと違う……でも、ね」
 聞きたくなかった否定の言葉。しかし続く言葉があるようなので、彼が呼吸を整える間クナイは息を止めたまま審判のときを待った。
「特別だと思わなかったら、儀式でだってしない。だから、パートナーはみんな特別なんだと思うし……クナイ以外は、教えられた通りにしただけで、だから、えぇっと……!?」
 言葉を選ぶように気持ちを告げる北都を、力一杯抱きしめた。嘘を付いて、散々困らせて、それでも自分を特別だと言ってくれる彼に愛しさが込み上げないわけもない。少し身を捩るような抵抗を見せるけれど、本気で逃げだそうとはしない彼に期待してしまう。
「……ありがとう、ございます」
「上手く答えられなくて、ごめん」
 少し落ち込んだような声に、気にする必要はないと言いたくて優しく頬を撫でる。上目遣いに見たクナイは穏やかな顔をしているけれど、ずっと撫でられている頬が気になって落ち着かない。
「1つだけ、許して頂けますか」
 真剣な眼差しで射すくめられ、顎に手をかけられる。何をされるかなんてわかりきっているのに、目線を逸らすことすら出来ず、乾く喉から声を絞り出すのがやっとだ。
「な、に……? 儀式は、うそ、だって」
「はい、その通りです。ですから、貴方を愛する1人の男として、口づけさせてください」
 ゆっくりと近づく唇は、まるで逃げる時間を与えているようにも見える。1度違うと聞いてしまえば儀式だと思い直すことも出来ず、特別なんだったら他のパートナーとももう1度することが出来るだろうかと考える。
(その人だけに触れたいと思うのが、愛……なのかな)
 強く瞳を瞑り、どこか怯えた様子を感じながらも、クナイは深く口づけた。この口づけが儀式とは違う物だということ、自分の想いが深く北都の心の奥にまで届けという願い、そして彼にこんな口づけをするのは自分だけだという独占欲。こんな荒々しい気持ちをぶつけては壊してしまうかもしれないが、それでもこの想いは止まらない。
「……愛しています、北都」
 力の抜けた北都を抱きしめたまま、何度もクナイは愛を囁き続けるのだった。
 そして中央の建物では、六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)アレクセイ・ヴァングライド(あれくせい・う゛ぁんぐらいど)がゆっくりと食後のお茶を飲んでいた。
「しっかし……化けたな」
 普段はゆったりした服を着て、ビン底レンズのような眼鏡をしている優希がドレスを着てくると言うので、アレクセイも貴族服を着てきちんとエスコートしようと思っていた。なのに、一緒に行くのではなく入り口で待ち合わせだと言うから何かと思えば、眼鏡をコンタクトに変えて雰囲気ががらりと変わっている。やはり大きな胸を気にしているのか、ドレスは胸を強調せず落ち着いた物を着ているが、女に見境のないヤツがいるこの建物ではそれくらいで丁度良かったかもしれない。
(つか、茶化すしか出来ないってガキくせぇ)
 優希に格好良いですねと褒められ「ユーキもな」と返しただけで、ちゃんと綺麗だとは言ってやらなかった。声をかけられ、その変貌ぶりに驚いたくらいなのに、どうして素直に褒めることが出来ないのだろう。
「あの、アレクさん。今日は本当に誘って頂いてありがとうございます」
「十分聞いた。なんだ、そんなに俺様とデートしたかったのか?」
 最初は、薔薇園に来たかったのかと思った。えらく張り切っていたし、知り合いでもいるのかとも考えた。けれど、優希はずっと自分と一緒にいて、子供のようにはしゃいでツリーに向かっていくことも、豪華なご馳走を食いまくるなんてこともない。
(ま、元々の育ちはいい感じだから、そうじゃねぇのはわかりきってるか)
 だとしたら、何にそんな気合いを入れていたのだろう。何度目かのお礼に返すネタも無くなり、口角を上げて微笑めばわかりやすいくらいに慌て始めた。
「ち、違いますっ! デートだなんて、その、私は誘って頂いただけでも、あの……!」
 ちょっとした冗談のつもりだったのに、そんな反応をされてはこっちだって意識をしてしまう。急に照れくさくなって、アレクセイはそっぽを向いて誤魔化した。
「ま、まぁそうだろーな。デートの予行演習ってとこか」
 口に出して、少しだけ胸が痛む。そんな風に気合いを入れて会いたい人でも出来たのだろうか。いつまでも見守っているつもりだったのに、その役目を誰かに譲らなくてはいけない日がきてしまったら、自分はどうすればいいのだろう。
「そう、ですね。出来たらいいなって思います」
(いつか、アレクさんの恋人にちゃんとなれたら……そのときは)
 幸せそうに呟く声に、優希の恋を応援してやらなければという気持ちと、なぜだかそうしたくない気持ちが渦巻く。イライラとした気持ちを悟られたくなくて、アレクは大きな音を立てて椅子から立ち上がった。
「んじゃ、そいつとの幸せでも願ってオーナメント付けてきてやるよ」
「アレクさ……きゃあっ!?」
 後で一緒に付けようと約束していたのに、どうしてアレクセイは不機嫌な顔をして1人先に行ってしまうのか。置いて行かれたくなくて慌てて立ち上がった優希は、久しぶりに着たドレスの動きにくさにバランスを崩し倒れてしまう。
 それでも、あんなに不機嫌だった顔を焦らせてアレクセイは優希を助けてくれる。兄としてパートナーとして、何があっても見守ってくれていた。
「……はぁ、見た目が変わっても中身は変わらねぇな。危なっかしくて目も離せやしねぇ」
「すみません……」
 ちょっとは成長したところを見て欲しい。だからドレスも着て、大人っぽく振る舞って、妹じゃなく1人の女の子として見て欲しいと努力したのに、抜け出せそうのないその間柄に悲しくなる。
「でもま、俺様がいるからいいんじゃねぇの?」
「え?」
 優希が真っ直ぐ立ったことを確認すると、背中を向けて歩き出してしまう。
「そんなユーキを守ってやろうなんて男は、俺様しかいねぇっつってんの」
「……!」
 外へ向かうアレクセイを追いかけるため、椅子の傍に置いておいた小さな紙袋を手に取り勢いよく腕に抱きつきに行く。
「はい、これからもお願いします。アレクさんだけが頼りなんですから」
(ユーキ、わかったから腕。そんな強く捕まれたら、胸……!)
 けれども嬉しそうな彼女を引き離すわけにも行かず、ふと紙袋から覗いた赤いクーゲルに仕方ないと溜め息を吐く。
 永遠の象徴を無意識に選んできた彼女に、この関係を望まれているなら、動揺は見せられないと兄らしく努めようとするが、彼女が望んでいるのはアレクセイと一緒にいられることで兄として居て欲しいと願っているわけではない。
「ちゃんと成長してるって知って頂くプレゼントも用意しました。受け取って下さいますか?」
「へぇ、そいつは楽しみだな」
 笑いあう2人の思いはほんの少しだけすれ違ってしまっているようだが、それがきちんと向き合える日はそう遠くない未来に訪れるのかもしれない。そう思わせる幸せそうな笑顔を振りまいて、ツリーを飾り付けに行くのだった。
 そして、そんな幸せなカップルには2度と混ざることなど出来ないと悲観していたアルカナ・ディアディール(あるかな・でぃあでぃーる)に、チャンスが訪れた。サトゥルヌス・ルーンティア(さとぅぬるす・るーんてぃあ)のパートナーが増え、中でもカーリー・ディアディール(かーりー・でぃあでぃーる)という苦手な姉の存在のおかげで2人きりになることなど出来ないと思っていたのに、カーリーは化粧直しに席を立ち銭 白陰(せん・びゃくいん)はツリーの飾り付けに行くと2階へ向かった。つまり、今はサトゥルヌスと2人きり、上手い口実でも浮かべば、建物の外へも連れだし魔の手から逃れられるかもしれない。
「サトゥ、折角シュトーレンンを作ってきたんだ。他の建物にも配りに行かないか?」
「それもいいね。けど、カー姉も白くんも戻って来てないし……」
 戻る前にここから去りたいんだ! とは強く言えず、なんとか納得してくれそうな理由を探し出す。
「ビャクはみんなの分を高い位置に付けると張り切ってるし、姉貴は……ほら、ああいうのは時間がかかるものだろう」
 それに1人にするわけじゃないからとアルカナが説得するので、直の庭園も見て回りたかったサトゥルヌスは一緒に外へ出ることにした。
(よし! これで、サトゥと2人で楽しめるな……部屋の惨状は覚悟しておくか)
 姉が来てから2人きりになれるチャンスは、あるにはあった。けれど、その日帰ると部屋が解体業者を呼ばれたのかというくらいの有様で、掃除というより修繕に丸5日かかってしまったほどだ。本人は好意だと言い張っていたが、わざわざ苦手なことをそんな日にする辺り、アルカナには八つ当たりとしか思えなかった。
 こうして、嬉しそうに出かけていく人影を2階から見つめる影。そう、こうなることを予測して、白陰は2階へあがっていたのだ。
(じゃないと、テラスから飾ったら1番上の星にまで届いちゃいそうですからねぇ)
 2mを超える背丈の彼は、下から飾ったとしても十分に他のオーナメントを出し抜いて上に飾ることが出来る。カーリーに弄られるアルカナの様子を眺めたいため、カーリーの策に乗っかったのだ。
「さてさて、お知らせでもしてきますか。楽しみですねぇ」
 北の建物へ向かう通路を歩き始めたのを確認し、白陰は上機嫌で階段を下りていった。
 そんなピンチに気がつくこともなく、2人きりでライトアップされた薔薇園をゆったり楽しむアルカナ。少し遅いクリスマスかと思ってはいたが、サトゥルヌスの故郷ではもう少し先までクリスマスを行っているらしく、家族との思い出話も交えて楽しそうに説明してくれた。
「でも、本当に今年は色々あったよね。楽しい事も、辛い事も一杯あったけど、皆一緒にいられることが幸せだよね」
 配ったら早く戻ってあげなくちゃ、と笑うサトゥルヌスに対し、今年を思い返して姉に弄られ倒したことのほうが鮮明に覚えている自分になんとなく落ち込んでしまう。サトゥルヌスと一緒の幸せな時期もあったのに、今となっては夢のようだ。
「そう、だな。俺もサトゥと出逢えてから、幸せな日々を送っている」
 姉さえ居なければ、という言葉を飲み込んで微笑むと気恥ずかしそうに笑い返してくれる。
「アル君、僕もそうだよ。最初のパートナーがアルくんで良かったな」
「サトゥ……」
 きっと親愛の意味なのだろうと都合の良い考えを振り払うが、それでも幸せなことには変わりない。どうにかこの気持ちを伝えたくて、アルカナはサトゥとの距離を詰めた。
「どうしたの? アル君」
「その、寒くはないか? もし良かったら手を――」
「サートゥ! 探してたら手が冷えちゃったわ。繋ぎましょ?」
 ドンッとアルカナにワザと体当たりをし、白陰とともにサトゥルヌスの手を塞いでしまう。もちろん人間の腕は2本しかないため、アルカナが彼と手を繋ぐことは出来ない。
「あれ、でもカー姉の手のほうが暖かいような……」
「やだ、あの愚弟ってばサトゥの手をこんなに冷やして……ごめんね、私が温めるわ」
「さぁさ、立ち止まっては体も冷やしてしまいますよ〜。早く配りに参りましょう」
 両サイドに圧倒されつつ仲良く3人で手を繋いで歩く背後では、アルカナが羨ましげに眺めていたことなどサトゥルヌスは知るよしもなかった。