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ベツレヘムの星の下で

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ベツレヘムの星の下で
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リアクション



素直な言葉で包めたら

 恋愛相談なんて全くする必要がないと言わんばかりの甘いカップル。ゴードン・リップルウッド(ごーどん・りっぷるうっど)藍澤 黎(あいざわ・れい)は、仲良く手を繋ぎ庭園を歩いていた。
「どうした、今日は随分としおらしいな……遅れたこと、怒っているのか?」
「そんなわけ……! こうして、ゴードンといられるだけで、我は」
 この1週間、悩みに悩みまくった服はとっておき厚手の白ロングニットカーデ。首元にはゴードンから貰った青薔薇のネックレスをあえて見せる為ぐっと開いているインナーを選択したので、待っている間本当は少し寒かった。けれど、いつもの服は首の詰まったものだからせめて今日くらい……という思いと、寒さを口実に手でも繋げたらなんてささやかな願いを考えていたため、彼を待つ時間など苦にはならなかった。
(それに、我のそんな気持ちに気付いてくれたのか、こうして手を繋いでくれるし……)
 もっと、自分から積極的になりたい。けれど、何度デートを重ねてもこうして手が触れるだけで顔が熱くなってしまう。そんな自分を余裕綽々な態度でゴードンはエスコートするから、もっと釣り合いがとれるように冷静に振る舞いたい。ちらりとコートの袖から覗くワイシャツの袖にはプレゼントしたカフスが止められていて、気に入ってくれてるのだとホッとする。
「ここで3本目、か。全く、黎も随分大胆なことをするな」
 待ち合わせの時間が少し遅めだったこともあり、黎は会場のツリーのどこかにオーナメントを仕掛けてきた。飾ってきたのではなく仕掛けたとするのは、その飾りに部屋の合い鍵をつけてあるから。直接渡す勇気はないけれど、きっと伝えたらゴードンは探してくれる。その期待を裏切ることなく、ゴードンは5本中2本のツリーをくまなく調べてきた。今回もよく探すため、名残惜しむように黎の手を離してツリーに向かった。
「部屋の鍵か……俺以外の誰かが見つけたらどうするつもりだったのかね?」
「我の場所に入ってくることが出来るのはゴードンだけです、そう易々と他人には見つからないでしょう」
「ほう、では見つからなかったときはピッキングで強行突破しようか?」
「そ、そんなことをせずとも、ゴードンはいつだって入れるではないですか」
 焦る黎にクスクスと意地悪な笑みを浮かべて、ゴードンはツリーの裾から上、内側までくまなく調べると、まるでベルか何かに見立てたようなリボンを付けた鍵が自分の目の高さに飛び込んだ。
「……これかな?」
 振り返れば見つけてくれたことが嬉しいような恥ずかしいような、なんとも言い難い表情をしているので、ゴードンは優しくそのリボンを解いた。
「俺に部屋の鍵を渡す……意味合いがわかり覚悟が出来ているという判断でいいのかね」
「もちろん、です」
 もっと上手く伝えたいのに、緊張して言葉が出ない。本当はもっとゴードンの傍に行きたいし、束縛もしたい。けれど、大人な彼に呆れられたくないし恥ずかしいから、来てくれるのを待っていたい。
(そこまでは、さすがに言えない……!)
 今だって、探し終わったのならすぐにでもその手を繋ぎたい。1歩足が土を踏みしめる音がする度に高鳴る心臓が五月蠅くて、ゴードンまで聞こえてしまったらどうしよう。
「――黎」
「っ! な、なんですか?」
 静まれ静まれ、と彼から貰った青薔薇のネックレスを握りしめ、ゴードンの言葉を待った。
「俺と共に、歩む気はあるか?」
「……最期まで、ゴードンと共に在りたいと、思っています」
 柔らかに微笑む顔を見て、ゴードンは決心する。年齢差など不安なことは沢山ある、けれど、それを建前に逃げ出したくはない。
「それじゃあ、俺のオーナメントでもお披露目しようかね」
 そっと黎の左手を取り、銀の指輪を薬指にはめる。本当は、どうしようか迷っていた。ここまで踏み込んで欲しくないかもしれないが、年の離れた自分にとっては長い恋愛期間を築くよりもきちんとした形で黎を愛したいと思う。
 だが、若い者にとっては紙切れによる契約にしか思わないかも知れない、責任の取れる形で黎を守りたかったのだ。
「これ、は……」
「ま、婚約指輪のつもりだ。鍵に対抗して俺は婚姻届でも……と思ったが流石にオーナメントではなくなってしまうから諦めた」
 クスクスと笑い冗談めかす彼に、束縛したいと思うのは自分だけで無かったことに黎は恥ずかしそうに微笑む。
「……それでも、良かったのに」
「黎?」
 ポツリと呟いた言葉はあまりにも小さくて、ゴードンは聞き返す。けれど、黎は勇気を振り絞って手が触れ合いそうな距離に近づくだけで答えようとはしない。
「もし今夜、タシガンで珍しい雪が降ったならお教えします」
「白い聖夜か、悪くない」
 2人は寄り添って、再び庭園を歩き出す。まだまだ手を繋ぐことも恥ずかしいままだけれど、今日は昨日までより1歩近づけた。これからもくっついて、ぴったりいとくっついて離れない日がくればいいのにと思いながら、黎は霧のかかる夜空を見上げて雪を待つのだった。
 中央の建物では、パートナーと仲良く食事を……しているのか、からかっているだけなのか。スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)アレフティナ・ストルイピン(あれふてぃな・すとるいぴん)が言い争っている。
「スレヴィさん! 私に取ってくれるんじゃなかったんですか? ターキーもローストビーフも取ったそばから食べないでください!」
 最初は、背の低い自分を気遣って取ってくれているんだと思った。そうしたら次は口を開けるように言うので、子供じゃないと否定しつつこういう夜だから優しいのかと口を開けて待っていたのに……こともあろうに、口元まで持って行って高速で戻すという、1番嫌なやり方でスレヴィばかり食べている。
「1口くらいいいだろ、ほら」
「ふむっ、もぐもぐもぐ……」
 可愛いウサギのゆる族のくせに、好物が肉なのだから食事光景はあまり可愛らしくはない。けれども、虐めたあとに安心して食べる顔は見物だと思う。
(ペットをからかうのは最高だよねー次は、靴下の中に入れてやるか)
 アレフティナは自分の背丈ほどある長い靴下を持ってきた。自分の身長では上手く飾れないだろうからとスレヴィにお願いしてあるのだが、このままではアレフティナがオーナメントになってしまうかもしれない。
 そんなタイミングを計っていたスレヴィの所へ、高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)が尋ねてきた。レティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)はキョロキョロと内装を見回しイル・ブランフォード(いる・ぶらんふぉーど)は窓から立派な薔薇園を見、その様子に明らかに他校生であることがわかった。
「なーなー、この薔薇園の持ち主のイエニチェリがどこにいるか知らねーかい?」
 この建物にいるって聞いたんだけど、と悠司が言うとスレヴィはアレフティナに向けているフォークをちょこまかと色んな方向に動かしながら質問に答えた。
「ああ、あそこの階段近くに居る白い仮面の人だよ」
 色んな参加者と気さくに話している様子を見て、思った通り人嫌いではなかったかとスレヴィへの礼もそこそこに直のところへ向かう。
「スーレーヴィーさぁあああん!!」
 右に左にと口でフォークを追いかけるが捕まえることが出来なかったアレフティナは、何度自分で遊べば気が済むんだと素早くスレヴィの腕ごと掴んだ。
「ん? 次はケーキでも食べるか?」
「次も何も、お肉すらロクに食べられてな……もがっ」
 文句を言うために大きく開けられた口にフォークを入れられ、文句すら言えずアレフティナは涙を流す。
「泣くほど美味いか? たらふく食べて行こうぜ」
(私にゆっくり食事をさせてくださいーっ!)
 ほんの少しだけやり過ぎたと思ったのか、その後はきちんと食べさせてくれるスレヴィに、ありがとうと言ったそばからツリーに吊されることになるなど、このときのアレフティナは思いもしなかった。
「あんたが、主催のイエニチェリ?」
「そうだけど……君はパラ実生、かな?」
 初めましてと口元に笑みを浮かべる直に、悠司は拍子抜けする。もっと自校の四天王のような存在だと思っていたのに、目の前の少年はいかにも普通でのほほんとしている。
「……ま、いっか。こんなこと聞く場じゃねーかも知れねーけど、頭良い人と話す機会ってのは少なくてね」
 考えを聞かせて欲しいと言いながら、悠司は近くの階段にどっかりと腰を下ろした。
「自分達と圧倒的に価値観違う相手とどう付き合っていくのが良いと思う? 不干渉委が1つの手とも思うが……」
「付き合っていく、というなら不干渉じゃ意味がないよね。その違いを楽しめないなら、割り切ることも大事だけれど」
「楽しむ?」
 価値観が違うことは不快になっても楽しめないだろうと、少し怪訝な顔をして直を見れば隣に座り始めた。
「例えば、僕らは椅子に座ることが普通だと思ってる。けれど君はこうして階段に座る。行儀が悪くて理解出来ないと思うより、やってみたら違う世界が見えるのかなって考えると僕は楽しみだよ」
 さすがに、犯罪だとわかる物にはそんな考えは出来ないけれど。そう苦笑しながら立ち上がり、会場の中を見渡す。
「たくさんの人がいれば、考え方も人それぞれ。普通だとか正しいとか、そんな視点よりどうしてそう思うのかという方が興味あるよ」
「……変わってんな」
 頭の良い人っていうのは、どうも自分たちと相容れない気がしていた。お互いに理解出来ない存在だと、どこか境界線を作って関わらないようにして生きるのが普通だと感じることも。けれど、歩み寄ろうとしてくれる人もいるらしい。
「あー! 悠司ってば1人で話して……その、ご迷惑とかおかけしてないですか」
 何か失礼をして、首つりの刑なんかにされたらどうしようかと不安げに問うレティシアに、その明るい雰囲気と悠司の落ち着いた雰囲気の違いに「あぁ」と直は呟いた。
「大丈夫、パラ実生に対して根も葉もない噂を立てる人がいるけれど、こんなに優しい人もいるんだね。楽しんで行って」
 スッと一礼して去っていく直を見送り、何の話をしていたのかと詰め寄るレティシア。そして遠目から、あんな格好で薔薇の手入れとは……とイエニチェリを薔薇職人の役職か何かと勘違いをしているイルの姿が。悠司は何かを考え込んでいるようだったが、素晴らしい庭園を維持する直に尊敬の眼差しを向けており、なにか勉強になる言葉が聞けるだろうかと観察し始める。
 結局、イルがイエニチェリについての誤解を解くのはパーティが終わりを迎える頃になってからだった。
「真城! もう話は終わったのか?」
 主催とあって、今日のお礼やなんやかんやと捕まり忙しそうにしていたが、飲み物を片手にゆったりとしている様子を見て、スレヴィは話しかける。散々アレフティナで遊んだのか、満足そうな顔をしているが隣にその姿がなかった。
「うん、話しかけてくれないかと思っていたけど、気軽に声をかけてくれて嬉しかったよ。……ところで、パートナーは?」
 同じ学舎であるため、何度か見かけたことのあるバンダナを巻いたウサギのゆる族。今日だって本人は大変だったかもしれないが、見ている方は食事を食べさせてあげたりと仲が良いんだなと思っていたので、隣にいないことが気になったのだろう。
「ああ、今ツリーにいるんだ」
「そっか、色んなオーナメントに飾られて綺麗になってるだろうからね」
「そうなんだよ、自分の身長くらいある靴下なんて持ってくるから……」
 にこにこと意味深な言い方をするスレヴィに、ふと先ほどの言葉がひっかかる。
「……スレヴィ君、アレフティナ君はツリーを見て、いるんだよね」
「どうだろう、ツリーにはいるけど」
 バッと駆け出せば扉を開ける前から助けを呼ぶ声が聞こえてくる。正面にまわると、自分が用意した靴下に入れられてギリギリ彼が地面に付かない位置に吊されていた。
「スレヴィさんのばかー! 私は飾りじゃないですよぉ……」
 けれども、実にぴったりなサイズとその愛らしさは、確かに飾ってしまうのも頷ける。いや、そんな場合じゃない。
「大丈夫かい、アレフティナ君。僕に捕まって」
 結び目を急に解けば落としてしまうと、子供を片手で抱き上げる形で器用に結び目を解き、何とか救出することが出来た。
「あ、ありがとうございます……! 直さんにご迷惑をかけてしまうなんて」
「滅多にないハプニングだからね、僕は楽しかったよ。アレフティナ君はお疲れ様」
 その様子を追いかけてきていたスレヴィが見守っており、直にも冗談は通じるのかと、アレフティナを使った虐めを何か考えているようだ。
 しかし、抱えていたアレフティナを地面に下ろしたとき、その頭にあるうさ耳が直の仮面にぶつかった。
「わ……っ!?」
 一先ず応急処置と言わんばかりに手櫛で前髪をかき集めてみるが、この至近距離ではアレフティナに顔を見られてしまった。
「直さんって……私と同じくらいなのに、もうイエニチェリなんですね」
「違っ! 僕は、そんな若く……そう、これでも四捨五入三十路やし!」
 一般生徒に混ざるときのように帽子も被っていないので、素顔を見られてしまった直は困惑しているのか落ち着いた話し方をすることが出来ず、地元言葉の関西弁になってしまっている。
「なに、ストルイピンと同い年の三十路?」
「スレヴィさんっ! 私はその半分ですよっ!」
 失礼ですねと怒られながらも、直の仮面を拾って差し出すと。安心したように握りしめる。
「別に怪我があるわけでも校長好みじゃないわけでもないだろうに、なんで隠すんだ?」
「……子供扱いされるから、嫌いなんだ」
「す、すみません直さん。それなのに私……」
 手早く仮面を付け直し、口元だけ笑みを浮かべる。彼に悪気が無いことは知っているから責めようだなんて思わない。
「大丈夫。僕が子供っぽい顔してるって言うのはあまり話さないでくれたら」
 人は、見た目に左右されるところがある。いくら実年齢を伝えても、そちらが嘘で見た目通りの子供なんだと思われたくはない。そう思って、イエニチェリの座を奪おうとしてきても、易々とくれてやる気はないのだけれど。
「はい、お約束します! こうしてお世話になる機会もたくさんあると思いますし」
 アレフティナの言葉に、帰り間際に渡そうと思っていたカードのことを思い出す。同じようなことを考えている人が多ければ、渡すのは困難になってしまうだろう。
「真城、メリークリスマス。こっちは先生の」
 薔薇の香りを染み込ませたクリスマスカード。他の香りでも良かったが、折角会場が薔薇園なのだから薔薇にこだわってみた。
「ありがとう。メリークリスマス、そして良いお年を」
 もう少しでパーティは終わってしまうけれど、みんなが楽しんでいる様子が見られて良かった。もしかしたら、まだ何か起こるのかもしれないけれど、穏やかなときが過ごせるようにと心の底から願うのだった。