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なし

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学生たちの休日2

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学生たちの休日2
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リアクション

 
 
4.ヴァイシャリーのランチ
 
 
「ほーっほほほほほ、参上しましたわよ、我が永遠のライバルさんよです」
 桐生 円(きりゅう・まどか)の住む百合園女学院の寮の自室にやってきた桐生 ひな(きりゅう・ひな)が、高笑いとともにドアを開けた。
「ふっ、待っていたぜ、宿命のライバルよ。さあ勝負だ。もちろん、勝つのはこのボクであるがな」
 桐生ひなを室内にあげると、桐生円はまず最初に勝ち誇って見せた。何事も、先制攻撃が大事である。
「で、メモリは持ってきたのであろうな」
「もちろんです」
 桐生円に聞かれて、桐生ひなは小さなメモリカードを二本の指で挟んで突き出した。
「よし、さっそく対決だ」
 最新のゲーム機にメモリをセットすると、桐生円がゲームを立ち上げた。
 勝負は、対戦型ロボットアクションゲームである。
 ワイド画面のテレビが左右分割されて、それぞれの愛機が表示される。モニタが一台しかないので手の内はバレバレだが、このへんはしかたない。
 二人はコントローラを手に仲良く横に並んで座ると、セットアップを開始した。
「さあ、今日こそ、ボクの前にひれ伏してもらうのだ」
「いいえ、叩き潰してあげますわよ」
 桐生円の「ブラック・ウィドウ」は、スナイパータイプの遠距離機体だった。軽量化された二脚のマシンで、エネルギー弾型のスナイパーライフルとコンバットナイフのみを装備している。光学迷彩を駆使すれば、敵に察知される前に撃破できるなんともピーキーで卑怯な機体なのだが、いかんせん、分割画面で配置がバレバレである。
 対する桐生ひなの「蒼空の騎士」は、バランス重視の全距離型である。遠距離に対しては、アサルトライフル。中距離では、小型のホーミングミサイル。近距離では大型ハンマーで敵を叩き潰すという機体だ。搭載武器が多い分、全体の重量が過多で、重量二脚ではあるが機動力はたいしたことがない。
『レディー、ゴー!!』
 それぞれのロボットが、カタパルトからフィールドへと発射されていく。
 場所は、ヴァイシャリーを元にした湖沼地帯の市街地だ。
「さてと、どこにいますやら」
 軽く唇を舌で湿らすと、桐生ひなは、はばたき広場をガションガションと移動していった。
「ふっ、いい的であるな。狙い撃つ!」
 建物の間を縫うようにして、細いビームが蒼空の騎士を襲った。間一髪、追加武装のショルダーアーマーで弾くが、その一撃で追加装甲が跡形もなく吹き飛んだ。
「姿を見せずに、卑怯です」
 バーニアを吹かせて、蒼空の騎士が高速ホバー移動で第二射を回避した。盾とされた広場の時計台が、基部に直撃を受けて真っ二つになって倒れていく。
「そっちですか!」
 歌劇場の方にむけて、蒼空の騎士がアサルトライフルを連射した。三点バーストでばらまかれた徹甲弾が、古風なヴァイシャリーの建物を蜂の巣に変える。
「同じ所になんていないさ」
 真逆の大運河の対岸から、ビームの閃光が走った。水がビームに巻き上げられ、円筒状の蒸気をあげる。直撃を受けた蒼空の騎士の左手が、アサルトライフルごと吹っ飛んだ。
「ははははは、圧倒的じゃないか」
 桐生円は、勝ち誇った。
「まだまだですわ。ちらり……そこですわね!!」
 素早く桐生円の画面を盗み見した桐生ひなは、ブースターを全開にしてバーストダッシュをかけながら、ポッドのミサイルを全弾一斉発射した。少し上に広がったミサイルが、百合園女学院の温室に雨霰と降り注ぐ。その爆炎の中から、温室の飛び散るガラスとともに桐生円のブラック・ウィドウが飛び出してきた。
「卑怯であるぞ、こっちの画面を見たな!」
 一気に迫ってきた蒼空の騎士のハンマーを、かろうじて残っていた機動力で躱わしながら桐生円は叫んだ。
「なんのことかしら。それよりも、すでに満身創痍で、自分の攻撃を躱わしきれると思ってます?」
 蒼空の騎士のハンマーが、焼け残っていた温室のフレームを粉々に砕いた。
「くそー、モニタが二つあるか、オンライン対戦であったならば……」
 ブラック・ウィドウも、スナイパーライフルを背中のハードポイントに回して、接近専用のコンバットナイフを構えるが、ダメージが大きすぎて機動力がかなり落ちている。
「そんなにちっちゃい武器で、どうにかなると思ってますの。さあ、ヒキガエルにおなり!」
 ハンマーを振り下ろしてくる蒼空の騎士に、桐生円はひょいと横にいる桐生ひなを足で蹴った。バランスを崩した桐生ひなが、ころんと横に倒れる。その隙に、ブラック・ウィドウは安全圏へと待避して、エネルギーチャージを開始した。
「ひきょうものー」
「うるさい、勝てばいいのである」
 互いに寝っ転がり、スカートがめくれ上がるのも構わずにゲシゲシと足で蹴っ飛ばしあいながら、二人は戦いを続けていった。
「どのみち、時間の問題でぺっしゃんこですよ。それ、それ、それ」
 まるでモグラ叩きのように、蒼空の騎士がブラック・ウィドウを追い回してハンマーを振り回す。もう、画面の中の百合園女学院は瓦礫と地面の穴ぼこだらけだ。
「ぬいぐるみボンバー!!」
 劣勢になった桐生円が、桐生ひなにむかって部屋の中のぬいぐるみを投げつけた。
「リアルの攻撃は反則ですわよ」
 ぬいぐるみを投げ返しながら、桐生ひなが叫ぶ。
「うるさい、ボクが勝つんだー!」
 桐生ひなのあほ毛をひっつかもうとじたばたしながら、桐生円は叫んだ。
 だが、追い詰められたブラック・ウィドウが、うっかりと百合園女学院の校長室の所にめり込んで擱坐した。
「もう逃げられないですよ。そんなナイフでは、ハンマーを受け止めることも無理。さあ、砕け散っておしまいなさい!!」
 ジャンプ一番、上空から勢いをつけて蒼空の騎士がハンマーを振り下ろしてきた。
「誰が、コンバットナイフを使うと言ったのだな」
 満を持して、ブラック・ウィドウが、スナイパーライフルを槍のように上にむけて突き出した。
「ちょ、ちょっとー」
「〇レンジバースト!!」
 ビームが〇距離で蒼空の騎士の胴体を貫く。直後に、機体が大爆発を起こした。
『ゲーム、ドロー』
 誘爆に巻き込まれて、ブラック・ウィドウも跡形もなく、百合園女学院とともに吹き飛んでいた。ヴァイシャリーの街は焼け野原となり、勝者はいなかった。
「残念、絶対に自分が勝っていましたのに」
 桐生円の部屋のもふもふのぬいぐるみをきつくだきしめながら、桐生ひなが不満をもらした。
「それは、ボクの台詞であろう」
「さあ、どうでしょうか」
「とにかく、決着はまた次回ですな」
 判定が引き分けだったのだから、いたし方がない。
「で、これをお互いに食べるしかないのであるか」
「罰ゲームですから。それに、自分はこの料理しかできませんから。他意はありませんわよ」
 目の前におかれた互いの料理を見て、二人はちょっと絶句した。敗者は、それぞれの作った手料理を食べるという約束だったのだが……。
 桐生ひなが作った物は、マヨネーズピラフにキムチ醤油シチュー。桐生円が作った物は、豚足のレバー詰めによるゆるスター唐揚げもどき……。
 見てくれの壮絶さとともに、味も想像の範囲を超える。
「では」
「い、い、いただきます……」
 そして、勝負は、リアルでもダブルノックアウトとなった。
 
    ☆    ☆    ☆
 
『まもなく、開演時間となります。席にお戻りください。なお、携帯電話はマナーモードにして……』
 薄暗い歌劇場の場内にアナウンスが響いた。
 それを聞いて、高務 野々(たかつかさ・のの)はもはや興奮を抑えきれなくなっていた。わくわくして、思わず腰が浮いてしまう。
「落ち着け、落ち着け」
 そう自分に言い聞かせると、高務野々は深呼吸をした。
 今日は、待ちに待ったオペラを鑑賞できるのだ。ヴァイシャリーに歌劇場があるのを知って、いつか行きたいと思っていたが、やっとそれがかなったのである。
 オペラの内容は、シャンバラ古王国の滅亡を題材にした物で、歌劇場ができてまもない頃に伝承を元に書き下ろされた作品を、最近リメイクした物だということだ。新作と言ってしまえば少し味気ないが、テーマその物は、高務野々が見てみたかった物であった。
 シャンバラ古王国時代の物語は普通に興味があったし、なによりもパートナーが生きていた時代その物でもある。高務野々は、そのパートナーの時代が、その時代に生きたパートナーのことが、知りたかった。
「始まる……」
 やがて、幕が上がった。
 歌声が流れる。
 物語は、シャンバラ古王国最後の女王と、彼女を守る秘密の星剣騎士団の騎士とのプラトニックな悲恋であった。
 惹かれあいながらも、お互いの立場ゆえに思いを告げられない登場人物たちの心情が、朗々とした歌声に込めて伝えられる。ああ、ミンストレルの歌も、こうやって自然に生まれた物かもしれない。
 女王を守って強力な力を秘めた星剣で戦う十二人の勇士たちも、一人倒れ、二人倒れ、最後は主人公だけになってしまう。追い詰められた二人は、なんとか追っ手を撒いたに思えたが、最後まで追ってきた敵の司祭に斬りつけられてしまうのだった。そのとき、互いにかばい合い、女王が倒れる。
 最後には敵を倒した騎士ではあったが、そこに響くのは彼の悲しみの歌だけであった。
 女王は、女王の証しである女王器を彼に渡し、それを安全な場所に納めるように言い渡す。
 あなたは、それを持っていなければならない。なぜなら、それを使って、蘇った私を最初に見つけてくれるのは、あなたしかいないのだから。
 そう言って、女王は息を引き取った。騎士は女王の復活を願い、彼女の歌を歌いつつ諸国を旅して姿を消す。
 最後には、誰もいなくなった舞台に、主人公の歌だけが静かに響いて遠ざかっていった。
「うっ、うっ、よかったですー」
 満足しながら、高務野々は歌劇場を後にした。
「後で、エルシアたちにいろいろ話してあげなきゃ。それに、劇はかなり史実をアレンジしているだろうから、どの辺までが本当のことなのか聞いてみたいなあ」
 高務野々は、はばたき広場のカフェテラスでカフェラテを飲みながら、おみやげのパンフレットを見つめた。
 
 すぐそばの大運河では、ゴンドラがまばらに水上をいききしている。
「釣れないですねえ」
 まだ釣り糸を運河に垂れながら、執事君はため息混じりにつぶやいた。
「本当に、錦鯉なんてまだいるんでしょうか。なんでも、以前いた物は、養殖場から逃げ出した物だと言いますし」
「まあ、釣るしかないでしょ」
 はばたき広場の白い石畳の上に寝ころんで、メイドちゃんが答えた。御主人様たちの命令は、まだ生きているらしい。はたして、いつになったら釣れるのだろうか。
 
「平和ですね」
 橋の上から大運河を見下ろして、キーマ・プレシャスはのんびりと言った。
 少し前までは、大運河に錦鯉がたくさんいると話題になった物だが、あっという間に回収されて、今はほとんど見ることはできない。おかげで、一時は錦鯉見物でにぎわった観光ゴンドラも、反動で空っぽの物が多い。
「遊覧船、空いてるよー。今なら、すぐ乗れるよー」
 ゴンドラ乗り場で、漕ぎ手たちが叫んでいる。客の呼び込みも大変なことだ。
 キーマ・プレシャスは、ゴンドラ乗り場から、遠く湖の沖の方へと顔をむけた。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「むう、いけないな。うたた寝をしていたようだ」
 ヴァイシャリー湖畔で、ジャワ・ディンブラは長い首をあげた。
 アトラスの傷跡から戻ってきたのはいいが、ココ・カンパーニュたちゴチックメイド戦隊は仕事中で、いつも通り彼女は単独行動で待機だ。
 別に、パートナーに会いたくなれば、誰に遠慮するものでもない。それに、基本的に一人の方が性にはあっている。
 とはいえ、今頃ココたちはどうしているのだろうか。
 彼女たちのいる湖上の生け簀小屋の方に目をやったジャワ・ディンブラは、別の方角に大型船を見つけた。
「ここしばらく、見たことのない船だな」
 広いヴァイシャリー湖のことだ、どこからか航海してきたのだろう。ただ、ジャワ・ディンブラは、その船にあまりいい気分を感じなかった。
「まあ、何もないなら放っておくさ」
 そうつぶやくと、ジャワ・ディンブラは、またうとうととしだした。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「ほら、じっとしてて」
「うー、自分でできるからいいよ。だいたい、あたしの方がココよりもお姉さんなんだぞー」
 ココ・カンパーニュにわしゃわしゃと金髪をシャンプーされながら、リン・ダージがかわいくもがいた。思わず、むき出しの背中でアリスの小さな翼がぱたぱたと動いて、泡を周囲に飛び散らせる。
「もう、しょうがないな」
 だいたいで諦めたココ・カンパーニュが、桶のお湯をざぶりとリン・ダージの頭からかけた。
「ううっ、タオル、タオル」
 きつく目をつむった、リン・ダージが唸った。
「はいはい」
 きつく絞ったタオルをリン・ダージの顔に押しあてると、ココ・カンパーニュは風邪を引かないうちに湯船の中に戻った。
 生け簀の上にある監視小屋の風呂場だが、どうして立派なものだ。
 こうしてゆったりと湯につかっていると、地上にいた頃の温泉を思い出す。パラミタに上がる前に住んでいた街にはクアハウスがあって、妹と一緒に結構通ったものだった。
「あたしも入れてよ」
 顔を拭いたリン・ダージが、身体の泡を洗い流して湯船に入ってきた。
 小柄でつるつるぺったんの体格では、一緒に入ってもお湯があふれることはなかった。
「なんか、ちょっとむかつく」
 正面に座ったココ・カンパーニュの裸を見て、リン・ダージが不満そうに言った。特に、胸のあたりが不満らしい。
 身体が資本のココ・カンパーニュとしては、筋肉がほどよく発達していて、女性としてはあまり無駄な肉がない。かといって、決してボディビルダーのようなものではなく、ごく普通の女性の肉づきなのだが。けれども、鍛えられた身体は、そのために、かなり均整のとれたプロポーションをしていた。無駄がないのだ。物腰もあいまって、ずいぶんとシャープな印象を受ける。
 対して、幼児体型のリン・ダージは、典型的なアリスがもつぷにっとした小悪魔的な容姿だ。ポワポワしているようでいて、その言動は結構辛辣だ。
「さて、そろそろあがろう。じきに、ペコたちと交代しないといけないからな」
「めんどくさいなあ」
 とりあえず愚痴を言ってから、リン・ダージは先に脱衣所へと出て行った。
「はい、お疲れ様〜」
 そこで待ちかまえていた彼女のパートナーであるチャイ・セイロンが、バスタオルでリン・ダージの身体をつつんだ。その姿は、まるでお母さんと子供といった感じだ。
 おっとりとしたちょっと肉付きのいいチャイ・セイロンは、他の者たちよりもよっぽど女性らしい柔らかなラインをしている。
「ふう、いいお湯だったよ」
 首にタオルだけをかけて、ココ・カンパーニュは浴室から出てきた。鏡の前で、ちょっと自分の顔を確認してみる。
 いつもは後ろ髪をまとめてアップにし、左右の鬢(びん)だけ下ろしているのだが、今は長い後ろ髪を自然と背中に流したままだ。濡れた黒髪はいつもよりもつややかで、ちょっと重たげな感じがする。
 少し目尻の上がった目が、鏡の中から自分を見つめていた。髪の色が違うとはいえ、こうしていると、地上に残してきた妹のシェリル・アルカヤが目の前にいるかのようだ。懐かしさとともに、いつか会いに行きたいなというノスタルジーもこみあげてくる。だが、ここはパラミタなのだ。地上は遙かに遠い。
 まずは、自分の居場所を確立することだ。そこから考えればいい。
 そう心の中で言い聞かせると、ココ・カンパーニュはいつもの服を身につけていった。
 レースを多用した、古風なメイド調の服だ。ひらひらとしていて装飾過多にも思えるが、自分を飾って何が悪いと思う。自分たちには、飾り立てる価値があるのだ。そんな考えは、ちょっと古くさいのかもしれない。なら、少しぐらい古風な衣装でも構わないだろう。
 ちょっとわざとらしいかもしれないが、それによって、仲間たちが奇妙な連帯感で結ばれているのは事実だった。
「待たせたね、ペコ、マサラ、交代だ」
 監視小屋の詰め所の部分にやってくると、ココ・カンパーニュは、錦鯉の生け簀の警備をしていたペコ・フラワリーマサラ・アッサムに言った。
「ああ、もうそんな時間でしたか」
 大柄なペコ・フラワリーが、穏やかだが凛とした口調で言った。赤味を帯びた髪を高い位置で一本にまとめている。
 ずっと、窓際に立って、間断なく外を監視していたらしい。その物腰には、疲れも隙も微塵も感じられない。
「いやあ、助かった。仕事とはいえ、退屈だったからねえ」
 長身痩躯をソファーに横たえていたマサラ・アッサムが調子よく言った。
「またさぼってたのか」
「かりかりしたって、泥棒なんか来ないさ。まあ、ペコが見ていれば安心だしね。さあ、風呂だ、風呂だ」
 叱られそうになって、マサラ・アッサムはあわてて詰め所を出て行った。
「では、わたくしもこれで」
 軽く一礼して、ペコ・フラワリーも出て行く。
「おまたせ〜」
 入れ替わるように、リン・ダージがパタパタと小さな翼をはためかせながら、ふわふわと浮かびながらやってきた。
「遅いよ」
 四者四様の仲間たちの姿に、思わず微笑みながらココ・カンパーニュは言った。