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学生たちの休日2

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学生たちの休日2
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リアクション

 
 
7.ザンスカールのサパー
 
 
「帰ってきたのね」
 パラミタ内海を吹く海風に顔をむけながら、アルディミアク・ミトゥナはつぶやいた。
 満帆に風を受けて、彼女の乗るガレオン船は快調に海を進んでいる。
 じきに島も見えてくるだろう。そこからもう少し行けば、ジャタの森も見えてくるはずだ。
 アルディミアク・ミトゥナは、強い風に靡くプラチナブロンドのサイドを軽くかき上げると、露わにした耳をそばだてた。
 風と波の音の合間に、忍び足の気配がアルディミアク・ミトゥナの背後から近づいてくる。まるで、甲板の上をすべってきているかのようだ。
 この船で、こんなことができる者は彼女に決まっている。
「何か面白い物でも見えるのかぁい」
 デクステラ・サリクスが、すっとアルディミアク・ミトゥナの横に立って言った。もこもこのファーがついた、ロングケープコートで風を防いでいる。そこからのぞく顔は、ネコミミを備えた獣人の物だ。
「いいえ。別に」
 アルディミアク・ミトゥナは、素っ気なく答えた。
「そうかい。あたしは、さっきからなんだかわくわくしてるんだけどさあ」
 デクステラ・サリクスが、鼻をひくひくさせながら言った。
 アルディミアク・ミトゥナは何も感じてはいなかったが、猫型獣人であるデクステラ・サリクスには、何か感じる物があるのだろう。彼女の顔を被う灰白色の短毛が、さわさわと風にゆれている。
「ああ、ほら、やっぱり。あそこに船が見えないかい?」
 手すりから身を乗り出して、デクステラ・サリクスが彼方を指し示した。
 アルディミアク・ミトゥナは手すりをむき出しの左手でつかむと、白いレースの長手袋をはめた右手を額にかざして目を凝らしてみた。
 かなり遠くだが、波の間に何かがいるのが見えた気がする。それが船だという確証はなかったが、デクステラ・サリクスが言うのであれば、そうなのであろう。
「シニストラ! 頭領にお知らせしておくれよ。獲物だよ!」
 ちょうどキャビンにむかって歩いていたシニストラ・ラウルスを見つけて、デクステラ・サリクスが叫んだ。
 分かったとばかりに、軽く手をかざして合図すると、シニストラ・ラウルスはキャビンに入っていった。
「よろしいでしょうか、頭領」
「許す」
 船長室のドアの前でうかがいをたてると、室内から短く声が返ってきた。
「失礼いたします」
 音をたてぬようにドアを開けると、スーツ姿のシニストラ・ラウルスはうやうやしくお辞儀をした。端正な顔を、船長の方へとむける。サングラスのせいで今ひとつ表情は分からないが、おそらくは真摯な瞳で自分たちのボスを見つめているのだろう。
「何事だい?」
 豪華なソファーの上に寝そべっていたゾブラク・ザーディアが、半身を起こした姿勢で訊ね返した。華美な服装も、彼女の妖艶な肢体をつつみ隠すには役者不足だ。
「デクステラが、獲物を見つけたようです。私の超感覚では、中型の商船かと」
「それは、いいねえ」
 ゾブラク・ザーディアは、切れ長の左目をわずかに細めて微笑んだ。右目は眼帯に被われ、衆目からは隠されている。深紅のリコリスの花のような細かく波打つ豪奢な髪は、その眼帯を半ば隠し、むき出しの肩口から胸にかけて零れて、白い肌をつややかに覆っていた。
「やっておしまい」
「はっ」
 一礼すると、シニストラ・ラウルスは退出していった。
 甲板へと戻ってくると、シニストラ・ラウルスはサングラスを外して胸ポケットにしまった。人を威圧するような力強い目が、周囲を支配下におくように見回される。
「野郎ども!」
 先ほどまでの丁寧な物腰が一変して、シニストラ・ラウルスが本性が顕わにした。
「仕事だ。準備しやがれ!」
「おう!!」
 船のあちこちから現れた男たちが、嬉々として野太い歓声をあげた。
 メインマストから帆が下ろされた。普通ならそれで止まってしまうはずであるが、不思議なことに、船は逆にどんどんと加速していった。白い波を蹴立てて、はねるように海面を疾走していく。
「いいねえ。のってきたよー!」
 デクステラ・サリクスが、着ていたコートを脱ぎ捨てた。風に飛ばされたコートが、後ろにいた手下に覆い被さって止まる。
 申し訳程度に身をつつんだ水着も鮮やかに、しなやかな猫科の肢体が露わになった。腰に巻いたパラオが風にはためき、ネコミミがぴくんと動いた。
 先陣を切るかのように舳先近くに立ったデクステラ・サリクスは、躍動的な筋肉が発達した太股を見せつけるようにして大胆にクリートに片足をかけた。膝の上に軽く手を載せると、キッと前方を見据える。
「行けー、ヴァッサーフォーゲル!!」
 身を起こして獲物の方向を指さすと、デクステラ・サリクスが船の名を大声で叫んだ。
 その声に呼応するように、白い波頭が砕けて散った。船の舳先がグンと持ち上がる。そのまま、船が宙に飛びあがった。
 船の勢いに海面から引きあげられた水が、飛沫をあげて空中に舞い散った。安定用の補助セイルが両舷に広がる。そして、メインマストに髑髏の旗がはためいた。
 飛空挺と呼ぶにはかなり不完全で、ある意味ガレオン船その物が空に飛びあがったと言っていいだろう。
 甲板の上では、海賊の荒くれどもが、襲撃の準備にあわただしく走り回っている。
「あんたの出番はないから安心しな」
 デクステラ・サリクスが、アルディミアク・ミトゥナの方を振り返ってニッコリと笑う。
「――だから、あたいの獲物に手は出すな」
 低い声でつけ加えると、デクステラ・サリクスは唇の端をめくりあげて牙をのぞかせた。
「そう」
 アルディミアク・ミトゥナは興味なさそうに答えると、手首にレースのブレスレットをはめただけの素手の左手を所在なさげに動かした。瞬間、何かの影が浮かびかけて、そして消えた。
 そこへ、満を持してゾブラク・ザーディアが現れる。シニストラ・ラウルスよりも長身の立ち姿は、おそろしく絵になった。
「行くよ、野郎ども!」
「おう!!」
 彼女の声に、海賊たちは大音声で応えた。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「うお、切れちまった……」
 ツーという音だけを発する携帯電話を持って、レイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)は、呆然と立ちすくんでいた。
「ブルー・トパーズを取りに行くという計画がぁ……」
 佐野亮司が場所を教えてくれると言うからあてにしていたのだが、これは大きな計算違いだ。
「最初から人に頼ったのが間違いだったんだ。こうなったら、俺は俺の方法でトパーズの洞窟を探しあててやる。とうっ!」
 そう叫ぶと、レイディス・アルフェインは拾いあげた小枝を空中に投げあげた。
「燃えあがれ、俺のトレジャーセンスよ!」
 ぽとりと、枝が地面に落ちた。
「よし、あちらの方向だ、間違いない」
 そう叫ぶと、レイディス・アルフェインはずんずんと進んでいった。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「迷子になったのじゃ〜。ここはどこなのじゃ〜」
 半べそになって、ビュリ・ピュリティア(びゅり・ぴゅりてぃあ)は、イルミンスール魔法学校の中をさ迷っていた。
「ああ、こんな所にいらしたのですね。アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)様から捜索願いを受けて探していたのですよ」
 ビュリ・ピュリティアを見つけたアリアス・ジェイリル(ありあす・じぇいりる)が、小走りに駆けつけてきた。
「はい、これが最新の地図です」
 そう言うと、アリアス・ジェイリルはビュリ・ピュリティアに、『月刊世界樹内部案内図』を手渡した。
「アーデルハイト様は、校長室でお待ちしているということです」
「うん、分かったのじゃ。ありがとうなのじゃ」
 ぺこりとお辞儀をすると、ビュリ・ピュリティアは、雑誌の地図を頼りに歩き出していった。
 
「アリアスから連絡が入ったわ。無事に遭遇できたって」
 携帯電話を切ると、天城 紗理華(あまぎ・さりか)は、そう大神 御嶽(おおがみ・うたき)に告げた。
「それはよかったですね」
「ところで、そっちのでぶ猫は、どうしちゃったのよ」
 姿の見えないキネコ・マネー(きねこ・まねー)を気にして、天城紗理華が大神御嶽に訊ねた。
「それがその、捜索そっちのけで購買にむかったらしいんですが、さっき二次遭難したから助けてくれと……」
 非常に言いにくそうに、大神御嶽が答える。
 最近は、こういった世界樹内での遭難が多発している。そのため、『月刊世界樹内部案内図』は好調な売れ行きをはくしていたのだが、何しろ変化が激しい上にまた世界樹は大きくなってしまったわけで、急遽マップ作りのバイトを募集しているらしいのだ。とはいえ、慣れない人間が世界樹の中を歩けば、迷う確率も増える。結局堂々巡りで遭難者が続出しているのだった。最近では、専任の救助班の編成も計画されているらしい。
「バッカじゃないの。だいたい、なんで購買なんかに行ったのよ」
「それが、なんでも、購買でスライムが売り出されたので、買い占めに行くとかなんとか……。あれ、どうしました、紗理華?」
 ふいに天城紗理華が黙ってしまったので、大神御嶽は不安になって声をかけた。
「燃やす……」
「えっ?」
「購買ごと、あの馬鹿猫を灰にしてやるのよ!」
「落ち着いてください。たぶん、購買で売っているのは、マジック・スライムじゃないですから。施設の破壊は自重してください」
 大神御嶽は、あわてて天城紗理華をなだめた。
「ちょっと、外の空気にあたってクールダウンしましょうか」
 何とか、引きずるようにして、天城紗理華を展望台へと連れて行く。
「ほら、ちょうどクリスマスで、世界樹も綺麗じゃありませんか」
 そう言って、大神御嶽は、展望台から見える世界樹の姿を指さした。
 幹に近いのであまり実感はないが、ここに来て急成長を重ねたイルミンスールは、世界樹本来のトネリコのようなシルエットに変化してきている。たとえるなら、綿アメが地面に突き刺さっているかのような、長球状の枝葉の部分が太い幹によってささえられているような形だ。全高は千メートルほど、枝葉の部分は短径五百メートル、長径八百メートルほどにまで成長している。やや上向きの枝は、複雑に分岐して、繭のように幹をつつみ込んでいた。
 そして、今現在、世界樹その物がクリスマスの飾りに彩られていた。エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)校長のはからいだろうか、世界樹は淡い光につつまれて美しく輝いていた。その枝々の間を、様々な形の輝くオーナメントが自由自在に飛び交っている。光術の応用なのだろうが、それは幻想的ですばらしい光景だった。
 
「クリスマスツリー仕様の世界樹は綺麗だけどさあ、ビュリはいったいどこにいるんだよ」
 今いったい自分たちがどこにいるかも自信がなくなって、新田 実(にった・みのる)狭山 珠樹(さやま・たまき)に訊ねた。
「それが……、迷っちゃったみたいですわ」
 狭山珠樹は、そう言うと、ごまかすようにぺろりと舌を出した。
「なんだよ、ビュリの部屋を掃除して仲良くなろうって言ったのは、タマじゃないか」
 女の子の部屋に行くと言うので、ちょっぴり何かを期待していた新田実は、ちょっとおかんむりだった。
「おかしいなあ、ちゃんと地図を見てきたのに。ピュリがいる下宿枝は、第二百五十六番枝の先にあるはずなのに……」
 『月刊世界樹内部案内図』を取り出して、狭山珠樹はマップを見直してみた。
「ちょっと待てよ、タマ、それ先月号じゃねえか」
「あ、本当ですわ。偉い、みのるん!」
「偉いじゃねえよ、どーすんだよ、これから」
 もー、泣きたいとばかりに、新田実は言った。
 
「なんか、あそこで騒いでいる奴がいるじゃないか。マコト、メモだメモ」
 もめている狭山珠樹たちを発見して、メイコ・雷動(めいこ・らいどう)は、マコト・闇音(まこと・やみね)に記録を命じた。
「了解した。メモメモっと……」
 律儀に、マコト・闇音がメモをとる。
「第百二十八番枝通路、ここには喧嘩している者たちがたまに現れると……」
 いや、そんなメモで役にたつのだろうか。
「とにかく、日々激変するイルミンスール魔法学校の内部を徹底的に調査するのよ」
「分かっている。もし、怪しい研究をしている者を発見したら、白日の下に引きずり出して、その危険性を糾弾してやるのである」
「その通り。パラミタの平和は、あたしたちで守るのよ」
「おー」
 その意気込みやよし……ではあるが、すでに、メイコ・雷動たちも迷っているのではないだろうか。
「では、次は、隠し部屋がありそうな、第八十八番枝にむかうよ」
「了解である」
 メイコ・雷動は、マコト・闇音に言うと、すたすたと歩き出した。
「いや、そっちは、第六十四番枝ではないのか?」
 マップ雑誌を見ながら、マコト・闇音があわててメイコ・雷動を引き留める。
「あれ、そうだっけか?」
 立ち止まると、メイコ・雷動はばつが悪そうにちょっと頭をかいた。
「こううろうろしていては、目立つばかりではあるな。やはり、行動は夜の方がよかったのではないか?」
「学生なんだから、見学ってことでいいんだよ。コソコソしても他の奴らみたいに正体バレるだけだし」
「まあ、歩いていれば、どこかに出るわけだし。思いもかけず、秘密の部屋にあたるかもしれぬしな」
「そうこなくっちゃ。さあ、探検よ!」
 
「校長も、たまには粋なはからいをするじゃないか」
 世界樹のクリスマスの装いを眺めながら、和原 樹(なぎはら・いつき)は言った。
 飛び交う星やサンタ姿の光のオーナメントもかわいいものだが、枝と枝をつなぐようにして回転しているルーンベルトは、神秘さも加味されて実に美しい。色とりどりの帯の上で、祝福のルーン文字が電光掲示板のように流れていく。
「さてと、そろそろ、部屋に帰るとするかな」
 一通り景色を堪能した後、和原樹は寮の自室へとむかった。
「あのう、美術室はどちらであろうか」
 途中で、和原樹は、メモを片手に持ったマコト・闇音に道を聞かれた。
「それなら、ちょうど幹の反対側だと思うけど……」
 ちょっと曖昧に、和原樹は答えた。
「助かった。おおい、メイコ、美術室はあっちだそうである」
 短く礼を言うと、マコト・闇音は、メイコ・雷動の元へ戻っていった。
「おお、分かったのかい。よし、アーデルハイトのスペアボディをつんつんしに行くよー」
 何か、ハイテンションの声が聞こえる。もっとも、そんなところにそんな物はないと思うが……。
「やれやれ、賑やかなことだ」
 少し呆れながら、和原樹は自室に戻った。
「世界樹は、いつぞやのスライムのとき以来の美しさだったよ。今回は、安心できる飾りだったし。堪能してきた」
「この寒いのに、どこへ行っていたかと思えば。一声かけてくれればよかったものを」
 留守番する形になったフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)が、ちょっと不満そうに言い返した。
「フォルクスが読書に熱中していたので、邪魔したら悪いと思ってね」
 部屋を出る前のことを思い出して、和原樹は言った。
「だから、そういう遠慮は……。まあ、もういいか。冷えただろう?」
 フォルクス・カーネリアは、そう言うと、キャラメルシロップ入りのミルクコーヒーを和原樹に淹れてくれた。独りが好きだとを言っているわりには、案外と面倒見はいい。おかげで、和原樹も彼といると、安心してくつろげる。
「後で、もう一度一緒に見にいくか? 綺麗なイベントだよ」
「ただ、寒いのはなあ。食事の後で、風呂のついでにでもちょっとのぞくか」
 和原樹に言われて、フォルクス・カーネリアはそう答えた。
「うん、そうしよう」
 予定が決まって、和原樹は急いで食事の支度を始めた。