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第5章 冬とぬくもり

 ザンスカールの森。
「や、大和さん!? あのあの、私大丈夫! 重いし大変だから、お、降ろして! 降ろしてくださいっ!」
 遠野 歌菜(とおの・かな)があげる悲鳴は無視。
 『封印解凍』の力に後押しされた譲葉 大和(ゆずりは・やまと)は、歌菜をお姫様だっこで抱えて、森の中を突っ切っていく。
「はいはい。重かったらすぐ降ろします。でも、全然重くなんてないですから……仕方ないですよね?」
 もちろん『奈落の鉄鎖』による重力干渉のことはおくびにも出さず、大和はにっこりと微笑んだ。
「あうー……で、でもほら、みんなからも、ヒルトちゃんからもかなり離れすぎちゃいましたよ?」
 歌菜は気遣わしげに背後を振り返った。
「ケイン先生の居所予測はおかげさまで出してくれた方がいますからね。速く動ける者が先にハズレを潰していければ後の皆さんはそれだけ楽になるというものです」
 大和はそこで一息付くと、
「それに、ヒルトさんはいいんです」
 唇を尖らせた。
「え?」
「ヒルトさんはさっき歌菜さんの手作りサンドウィッチを食べさせてもらったし、手作りココアを飲ませてもらってたし……歌菜さんにぎゅーっと抱きしめてもらってたからいいんです」
 沈黙の後、歌菜の頬がボンっと赤く染まる。
「……大和さんも、その……そういうのがいいんですか?」
「え? いやいやいや! あれですよ? 拗ねてたりする訳じゃないですよ! そりゃあうん、この寒さですから! まぁ離れてるよりは寄り添ってる方が合理的だとは思いますけどね? うん」
 ちょっと眉根に皺を寄せながら言葉を並べる大和。
 ギュ。
 大和の首に歌菜の腕が回され、すぐに温もりが伝わる。
 目を落とすと、真っ赤な顔で俯いた歌菜の顔があった。
「あらら、歌菜さん、風邪ですか? 熱、出てません?」
「……ばか」 
 大和は所在なげに視線を彷徨わせた。
「まぁ、寒いというのも、悪くはないですね」

「それ、わかんないとダメなのかな? なにか感じないと、パートナーの資格、ないのかな?」
「いや、その……わらわは一応聞いてみただけでだな……以前そういうことがあったものだからな……」
 ジッと不安げな視線を向けてくるブリュンヒルトに、悠久ノ カナタ(とわの・かなた)は細切れの言葉を返した。
「わたし……やっぱりただの足手まといなのかな? ケインに、迷惑かけてるのかな……カナタはそういうの、感じるの?」
 一瞬の沈黙があった。
「……ケイ。わらわは、おぬしのそばにいる理由があるか? わらわがいなくなったら、わらわを探し出してくれるか?」
「ええいっ! 落ち着けっ! あんたが引きずられてどうするっ!」
 急になにかに不安になったらしい。
 若干焦点が合わない瞳を不安そうに向けてくるカナタを、緋桜 ケイ(ひおう・けい)は一喝した。
「寒さが気持ちを不安にさせるてるんだよ、まったく。凍える冒険なんていくら慣れたってゴメンだな」
 すでに寒さ対策に手慣れた様子のケイは、ブラックコートの前をかき合わせ、無意識にアイシクルリングをさすった。
「なるほどなるほど。じゃあ俺様達もう引き返した方がいいかもな〜」
 一行の先頭を歩いていた雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)が振り返ってニヤアと笑った。
「ど、どうして?」
 ブリュンヒルトが、その瞳をさらに不安に揺らす。
「ケインは、ロッテってのを迎えに行って、消息不明になったんだろ?」
「……うん」
「だったら、これはつまり……駆け落ちだな! 初めて会った2人は、一瞬で恋におちちまったのさ!」
 シシシとベアが笑い、ブリュンヒルトは愕然とした表情を浮かべる。
「ち、違うもんっ! ロッテはそんな子じゃないし! ケインだってそんなフラフラしたり……しないもん」
「わっかんないぜー? だって寒さは気持ちを不安にさせるんだろ? そんな不安な中、隣にだれかいたら……そりゃすがりたくなるよな……ボフっ!」
 ベアのセリフは自身の呻き声が遮った。
「もうベア! ブリュンヒルトさん不安にしてどうするんですかっ!」
「ご、ご主人、杖、杖が俺様のみぞおちに……」
「自業自得です」
 ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)は手にしたハーフムーンロッドを納めてプイッと顔を背けた。
 それからブリュンヒルトの方を向き直って優しく微笑んだ。
「自分が足手まといだなんて言ったら、ケイン先生が悲しみますよ? 大丈夫、心配しないでください?」
「だな〜。心配しなけりゃいけないのは、密猟者達だぜー」
 ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)は気楽な調子を装ったが、その眼は油断なく辺りに注意を配っている。
「……ロッテはそんなにすごい子なの?」
「すごいって、値段の話かー? だったら目玉が飛び出るくらいだぜー?」
 ウィルネストはぺらぺらとメモをめくった。
 出発前にブリュンヒルトから聞いた話を、少しだけ学校で掘り下げてきたのだ。
「結局、期間限定の生物ってだけで値段は跳ね上がるらしいなー。特に冬の生物は綺麗で人気が高いんだとさ。でも――」
 ウィルネストは一端言葉を切った。
「大体冬が過ぎると弱って死なせちまうらしいなー。飼うのは――怒らないでくれよ、俺が言った訳じゃないぜ――難しいんだとさ。それでも――だからこそ人気が高くて、密猟者も目の色変えるらしいぜ。全部、聞いただけの話だけどなー」
 ウィルネストはやれやれと首を振った。
 ブリュンヒルトは「うー」と噛みつきそうな顔で唇を噛みしめている。
「でも、そうなると実際急がないとな。どんな形でうろついていたって、密猟者にとってのケイン先生はただの邪魔者だ」
 ケイが眼差しを鋭く、森の奥を睨んだ。

「お願いっ! ケインとロッテを助けてっ!」
 突然、ガバッとブリュンヒルトが頭を下げた。
 表情が隠れたその顔から、一滴二滴と、雫が地面を濡らす。

「今さらだっての。俺たちはそのつもりでここまで来てるんだぜ?」
 ケイが驚いたように呟いた。
「そうですよ?」
 ソアがブリュンヒルトの顔を起こして、その涙を拭う。
「ブリュンヒルトさんって、本当にケイン先生のことが好きなんですね」
 笑みを含んだソアのその言葉で、ブリュンヒルトの目からまた涙がこぼれる。
「ま、ほんとに今さらだな。パートナーの資格があるとかないとか。そんなのも今さらだ」
 ケイの言葉はブリュンヒルトに向けられ、その視線はカナタに向けられていた。

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 一方、ザンスカールの森。また別の場所。

「ハムスター? 牛? ちょ、ちょっと整理なのじゃ。なんじゃ? 将来飼いたい愛玩動物の話か?」
「違うよっ! イルミンスール学生寮の動力源の話だよ!」
「そう動力室のかわいい子達の!」
「ま、待つのじゃ! 意味わからんのじゃ!」
 愛沢 ミサ(あいざわ・みさ)立川 るる(たちかわ・るる)の真剣な顔を前に、ロミー・トラヴァーズ(ろみー・とらばーず)は頭に大量の疑問符を浮かべた。
「だから、動力室ではきっとハムちゃん達が歯車をコロコロしてたんだよ! 毎日毎日コロコロコロコロ……」
 光景を想像したのか、ミサは「はわわー」とうっとりした表情になる。
「うわぁ! そうか! コロコロなんだ! るる、かわいい子が紛れ込んで動力停止してると思ってた! でも、それじゃビリビリーとか、そんな風になっちゃうもんね……ああ、なんてことをっ!」
 ぶるぶると頭を振ってしゃがみ込むるる。
 ミサはその肩をそっと支えて、優しく言った。
「うん。でも大丈夫だよ。コロコロだから。ビリビリじゃないよ」
「コロコロ?」
「コロコロ」
「はわわー」
「はわわー」
 ミサとルルは揃ってうっとりした視線を中空に漂わせる。
「そ、それか牛さん? ゲップの時、メタンガスの代わりに熱を出す牛さんとかで! そしてそれが密猟者に盗まれちゃったんだよ!」
 何かに気がついたように、真剣な顔のミサが言った。
「科学的な話だね!」
「い、異空間の会話じゃ!」
 ロミーがすっかり完全に頭を抱え込んだ。
「するとなんじゃ!? そこの密猟者という奴らは」
 ロミーが指差した先には、今しがた交戦したばかりの密猟者がのびて転がっている。
「……ハムスターを袋にぎゅう詰めにしてイルミンスールから――」
『袋にぎゅう詰めのハムスター!?』
 ミサとるるの声が完全なシンクロでハモる。
「はわわー」
「はわわー」
「あああああ! ええいっ!」
 ロミーは二人の視線が泳いでいる辺りの空間をバタバタと手で払った。
「ば、馬鹿な話じゃ! 麿達はハムスター王国の隣で寝たり起きたりしていたというわけか? バカバカしいのじゃ!」
『ハムスター王国の隣で寝たり起きたり!?』
「も・う・い・い・の・じゃ!」
 ロミーが小さな体をフルに使って叫んだ。
「でも、だったら動力源ってなんなんだろう。るる、結局先生達に聞きそびれちゃった。先に『ハムちゃんハムちゃん』って叫んでるミサちゃん見つけちゃったから」
 るるの言葉に、ミサは「えへへー」と照れたように後ろ頭をかいた。
「ロミーちゃんは知ってるの? なんなの?」
「む? それはじゃな……」
 るるの問いに、ロミーは言葉を詰まらせた。
「エネルギー供給を担う生物がいてじゃな……それを密猟者たちが捕らえ――」
「ほらやっぱりハムちゃんじゃないかー!」
 ミサが勝ち誇った声をあげた。
「ち、違うのじゃ! 似てるけど何か違うのじゃ!」

 ペシペシペシ。
 ぎゃいのぎゃいのと騒ぐ少女三人を横目にマシュ・ペトリファイア(ましゅ・ぺとりふぁいあ)は先ほど気絶させた密猟差の頬を叩く。
「起きてくれんもんかねぇ。あの不毛な争いに決着をつけにゃならないんだが」
「うああああああ体が、体が石に……」
 密猟者は呻き声を上げた。
 先ほど『その身を蝕む妄執』でマシュが見せた「自分の身体が石化していく」という幻に、どうやらまだうなされているらしい。
「だめかねぇ。弱ったな、ひるませてふん捕まえられればそれで良かったんだが……まさかのびちまうとはねぇ」
 ポリポリポリとマシュは頭をかいた。
「動力源の正体から何が起こってるか……相棒の推測も確かめようがない。こりゃ、現地頼みになりそうかねぇ」
 マシュは曇り空に沈みそうになっている、イルミンスールの方向を振り返った。