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恋の糸を紡ごう

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恋の糸を紡ごう

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「こういう毛っていろんなゴミが絡まったり毛玉になりやすいから大変なんですよね……」
 すすぎを終えても、どうしても細かい汚れが残ってしまう。
 気になってしょうがないので取り除こうと頑張るのだが、これが意外に根気の要る作業で。
 ふぅ……と息をはき、アリア・ブランシュ(ありあ・ぶらんしゅ)は大きな背伸びをした。
「わたくしが代わりますわ、どうぞ休憩なさってください」
 そんなアリアへと声をかけたのは、フィリッパである。
 疲れたままでは作業効率も下がるであろうと、進んで交代を申し出た。
「私も恋する乙女達のために、一肌脱ぎましょう!」
 『ミスド』ツァンダ支店でアルバイトをしている、アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)
 そんな立場からも、『ミスド』に持ち込まれた依頼を成功させたいと思っていた。
「〜♪」
 鼻歌を歌いつつ、アリアは毛糸を洗う作業に従事する。
 メイドのスキルを活かしたいところだが、さすがに毛糸相手では強力すぎるため断念。
 その代わりしっかりと丁寧に、至れり尽くせりの精神で毛糸を洗い上げるのであった。
「少し手を休めて、体を温めてくださいね」
 部屋の隅で、休憩する者達への飲み物とお菓子を準備しているのは、エオリアとセシリア・ライト(せしりあ・らいと)
 エオリアは温かいチャイを作り、皆に振る舞っている。
「お茶請けの菓子はやはり『ミスド』のドーナッツだよね」
 セシリアはというと、ここへ来る前に『ミスド』へ寄り、大量のドーナツを買い付けてきていたのだ。
「お茶のほうはコーヒー、紅茶、ミルク等お好みでどうぞ。山羊の乳というのも良いかもね」
 生徒達に元気を取り戻してもらうために、セシリアも頑張っている。
「こんにちは〜。結構大変な作業ですよね」
 アリアが休憩しているところへ、西条 詩織(さいじょう・しおり)がやって来た。
 毛の乾燥までを終えた詩織も、ちょうど一息つこうと思っていたのだ。
「私も混ぜてもらえませんか……なんで手伝おうと思ったんですか?」
 するとクロス・クロノス(くろす・くろのす)が、優しい微笑みとともにアリアと詩織へ声をかける。
「いつもお世話になっているパートナーのために何か作ってあげたくて毛糸を買おうと思っていました。編み物のプレゼントをしようと思ってる人はきっとたくさんいるでしょうから、何とかしなきゃと思ったんです!」
 拳に力をこめて、クロスの質問に答えるアリア。
 毛糸が足りなければ、自分はもちろん、他の大勢の生徒達やパラミタ人が困ってしまうからと。
「毛糸をもらったら、何を編みますの?」
「私はミトンを……できあがるミトンは、私だけでなく、ここにいる皆の思いもこもったプレゼントになりそうです。ただ、失敗してボロボロにするわけにはいきませんから、イルミンスールに戻ったら図書室でしっかりと編み物の本を読み込むことにします」
 詩織からの問いかけにも、迷わずアリアが言葉を紡ぐ。
「まぁ、偶然ですわね。わたくしもミトン用の毛糸を希望しておりますの。あなたは、何を希望していらっしゃるのでしょうか?」
 胸の前で手を打ち合わせると、詩織はクロスへと視線を移した。
「あ……私は……私は、ミトンの完成品を。そっそれより私、ハンドクリームを持ってきているんです。もし手が荒れたり、あかぎれになってしまったら、遠慮せずに仰ってくださいね」
(家庭科の数値がさんたんたるものだから完成品を……なんて言えません)
 2人ともにミトンを編むと発言され、少し恥ずかしくなったクロス。
 顔を真っ赤にしながら手短に答えると、話題を変更しにかかった。
「えぇ、ありがとうございます。それにしても、こんなにふわふわしたものが糸になるんですよね……不思議です。今私の手にあるこの毛は、将来誰の手に渡って、どんなものに姿を変えるんでしょうか……それを考えるとちょっと楽しいです」
 クロスに礼を言ってアリアは、乾燥させた毛を手に取る。
 ふわふわ感を確かめるように、ものすごく軽く押し潰してみたり。
 休憩を終えても3人は、楽しく談笑しながら作業を再開した。

「こんな大変な工程を経て、素敵な毛糸ができるんだね。貴女の注ぐ愛情には劣るかもしれませんが、真心を込めてお手伝いします」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が、ファーナに一輪に薔薇を差し出す。
「ファーナさん、こういう作業を普段は1人でしているのでしょうか。だいだい何時間ぐらいしていらっしゃるのですか?」
 薔薇の香りを楽しんでいるファーナへ、エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)が訊ねた。
 曰く、普段は5人で交代しながら、1日中手を動かしているのだと。
「……似合い……ますか?」
「よくお似合いです」
 紫紺のワンピースに、白いエプロンと白の三角巾をかぶって現れたクエスティーナ・アリア(くえすてぃーな・ありあ)
 ワンピースもエプロンも、誰よりもクエスティーナに似合う衣服を知っているサイアス・アマルナート(さいあす・あまるなーと)のチョイスだ。
 サイアスはクエスティーナの後ろに回ると、エプロンの紐と三角巾を可愛く結んだ。
「お仕事を任されたの初めて……楽しいです。サイアスに相談したら、力仕事は無理でも毛糸玉にする作業なら可能と言われたの」
「毛糸を洗う作業は、あかぎれや肌荒れが心配だよ。こっちの作業は任せてくれよ」
 何をしようか迷っているクエスティーナに、エースが親指を立てる。
「オイラも取って来た毛のゴミをとるお手伝いをするよ。子供は風の子 元気の子!! エースには負けないぞっ☆」
 同じく、エースの真似をして手を突き出したクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)
 エースとクマラの配慮によって、クエスティーナはサイアスと一緒に毛をすく作業へと取りかかった。
「こういう家庭内手工業な作業をしたことはありませんが……パラミタの重要な地場産業のひとつでもありますから、お手伝いしましょう。ところで、こういったことをするのは本当に初めてなのかな?」
(エース以外の地球人を観察する良い機会ですし、何より女性とじっくり過ごせそうです)
 クエスティーナの隣に座り、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が手を差し出す。
 軽く握手を交わして、クエスティーナは疑問に答えた。
「初めてです。地球では、すべて使用人が……」
「そうですか、ですが緊張なさらずに。きっと上手くいきますよ」
(ふむ、やはり地球人ってのは自分の利益を中心に考えて行動しているのでしょうか)
 クエスティーナの『使用人』という言葉に、地球人の性質を考えさせられるメシエ。
 優しい返事とは裏腹に、嫌悪感は少し強くなる。
「……教導団には、父がここなら悪い虫さんがつかないって手続きしたから。軍隊でびっくり。今は、衛生科で医学の勉強中です」
 他の生徒からの質問に、思わず苦笑するクエスティーナ。
 この答えからもメシエは、『父』に対してあまり良い感情を抱かなかった。
「クエスはどうしてパラミタに?」
「無理を言っての留学なの。卒業後は、実家が決める方と婚約しなくては……でも、大切な方と巡り会えて、その方を連れて帰れたら『考えてもよい』と言われました」
「クエス」
(楽しく会話するクエスは微笑ましい……ですが卒業後の進路については、外で話すべきことではありませんからね)
 ここまで黙って話を聞いていたサイアスだったが、さすがにこれにはストップの声をかける。
「ごめんなさい……ですがきっと、私にも大切な方ができると信じてます」
 サイアスに一言謝ってから、クエスティーナは自分の願いを語った。
 周りの生徒達のように普通の恋愛をして素敵な恋人を作ることが、クエスティーナの将来の夢だから。
「誰かにプレゼントの予定? 好きな人いるの?」
「……サイアスに、日頃の感謝をこめてと思っています」
 報酬は帽子完成品を希望しているのだと、言明したクエスティーナ。
 エースの問いかけには、軽く首を横に振ってから答える。
「え、俺の方はどうかって? クリスマスに教導団の李梅琳さんにいろいろとお世話になったから、可愛いデザインのミトンなら彼女に贈るのもアリかな……でも、彼女に決まった相手がいるとプレゼントは迷惑かけるかも。お付き合いしている決まった人がいる?」
「教導団の李梅琳さんですか? 何人かの殿方が積極的です。転校して団に入られるのが一番かと」
「どういう人がタイプとかいう話は聞いたことがある?」
「梅琳さんの好きなタイプですか? えっとそれは……『軍事機密』です☆」
 恥じらいを隠しながら、クエスティーナはエースへと訊ね返してみた。
 こんなこと、自分が聞かれたことはあっても他人に聞いたことなど無かったから……少し戸惑う。
 そしてこの場にいない第三者のことを訊かれてしまい、どう答えれば良いのかまたも困惑したり。
 ちょっと考え込んで、お茶を濁すのであった。
「クエスティーナは、どのようなタイプの男性がお好きなのかな?」
「え……私は、優しい人がいいな」
 メシエに訊ねられて、瞬間、驚きを隠せないクエスティーナ。
 それでも何とか、自分なりの理想を言葉にする。
「好きなスイーツとかあるのかな?」
「ケーキが好きです。ホットケーキにシロップたっぷりとか☆」
「作業が済んだら、エースがホットケーキ焼いてくれるって言ったんだ。皆の分作ってくれるって」
 今度はエースからの質問に、クエスティーナは笑顔で答えた。
 これにはクマラも食い付いてきて、クエスティーナと2人してはにゃんとなる。
 作業後の楽しみができて、やる気が増してくる面々なのであった。