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第2章 山羊の毛刈り

 こちら毛刈り隊は、ルツキンと精鋭8名の生徒達。
 巧みに道具を扱い、柵に入った山羊の毛を大胆且つ繊細に刈っている。
「ん〜荒い山羊か〜だったら押さえ込む力も必要かな?」
 スポーツ万能なミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は、自分の腕力を活かすためにもこの仕事を引き受けた。
 他の者が毛を刈っている間、山羊が動かないようにしっかりと支えるつもりだ。
「いつも装備してるハルバードに変わってタワーシールドを装備して、守りに特化してきましたっ!」
(少しは守りの強い人じゃないと、角にやられるかもしれないし。ホントだったら男の仕事だけど、こういうときくらいはあたしも頑張らないとっ!)
 ということで早速、捕獲された山羊を押さえにかかるミルディア。
 刈るのは、ともに毛刈り隊の本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)だ。
「よしよし、いい子だ」
 通じないことは分かっているが、山羊はもちろん、自分も冷静になるために撫でたり話しかけたり。
 ストレスを与えないようにと、涼介は最大限の集中力を発揮する。
「おにいちゃん、上手だね!」
 涼介の刈り取った毛を受け取って袋に詰めるのは、クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)の仕事。
 誰にでもできることだが、誰かがやらなければならない。
 クレアは、言ってみれば後方支援的なこの役割を、自ら買って出ていたのである。
「最近、調べ物などばかりで体を動かしてなかったんだ。久しぶりにいい汗を掻けそうだぜ」
 山羊が入れられた瞬間から毛を刈れるように、空の柵の前にスタンバイする涼介。
 パートナーの頑張る姿を微笑ましく思いつつ、次の山羊の毛刈りへと取りかかった。
「皆さん、怪我などがあったら遠慮無く申し出てくださいね?」
 作業真っ直中な生徒達へと、和泉 真奈(いずみ・まな)は【ヒール】を贈る。
 パートナーであるミルディアはもちろん、自分達が怪我をしては元も子もない。
「大丈夫ですか?」
 また真奈は、力不足な生徒へ【パワーブレス】の付与も行った。
 皆が皆、ミルディアのように体力に自信があるわけではないから。

「あまりやかましくない鈴や笛等を鳴らしながら、少しずつゆっくり近付いて追い込んでいくのがいいみたいだね」
(僕は……その、こう見えても一応男で。先日、歩先輩に告白したばかり……先輩からは友達から始めようって言われて。焦る気持ちはまったく無いけれど……ただ呼ばれ方が『想ちゃん』なんだよね。まだ女の子みたいに思われているのが、信用されているのか男として見られてないのか複雑なところかな……もちろん不快ではないけれど、もう少し男らしいところも見せたいかも知れない……)
 胸に抱える恋の悩みは、誰にも言えないままで再び思い返される。
 追い立ての最後の最後を手伝い、山羊を柵へと入れる幻時 想(げんじ・そう)
 そこでは、友達で想い人の七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が待っていた。
「いくよ、想ちゃん! せ〜のっ!」
 想の手を掴んだ歩、柵の横に並んで口を開く。
「「♪〜ね〜むれ〜ね〜むれ〜♪」」
 眼をつむって2人は、山羊に子守歌を歌い始めた。
(元気だなぁ、歩先輩。それに、優しい歌声……)
 歩の顔を、ちらっと盗み見る想。
(どうして……こうして好きになってしまったんだろう?)
 冬晴れの空に問う、儚くも苦しい気持ち。
 どれだけ時間がかかってもいいから、成就させたいと思う一方。
(ただ……願わくば、この気持ちが歩先輩の負担になっていませんように)
 大好きな想いが凶器になることのないようにと、強く願っていた。
「寝てる間に終わるから……ごめんね」
 さて、歌を聴いて大人しくなるものと、反対に荒くなるものと、山羊にもいろいろとあるわけで。
 無事に眼をつむってくれた山羊には一言、謝る歩なのであった。

「山羊かぁ。可愛いし、ふかふかしてていいよなぁー」
 まったりした笑顔を浮かべて、山羊の毛を触る曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)
 刈り取った毛玉に顔を埋めると、一層の幸せを感じる。
「りゅーき、何をやっているんですか。もう次の山羊が待っていますよ!」
 たしなめるように、マティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)は瑠樹を呼んだ。
 柵が山羊の頭数よりも少ないため、あまりゆっくりはしていられないのも事実。
「あぁ、行くからそう怒るなよなぁ」
 名残惜しそうに毛を袋へと収めると、瑠樹はマティエの待つ柵へと向かう。
 だが2人が触れた瞬間、山羊はびっくりして暴れ始めた。
「落ち着いて! 毛を刈ったら解放しますから!」
「ほーら落ち着け。どうどう、どうどうどうどう……」
 マティエは山羊の頭側を、瑠樹も尻側を押さえて山羊を落ち着かせようと試みる。
 少し動きが治まったところで、瑠樹が一気に毛を刈り取った。
「りゅーき……それじゃ暴れ馬とかになっちゃいますよーあれ、暴れ牛だったかな?」
 瑠樹の「どうどう」発言に対して、微妙なつっこみを入れるマティエ。
 笑いもこぼしつつ、2人は確実に作業を進めていく。
「ちょっと壊れちゃいましたね、柵」
「ん〜オレに任せて。柵とか作ったりするのは割と好きなんだ、楽しいよなぁ」
 未だ興奮している山羊を出してから、マティエは柵の横壁に破損を発見した。
 傷の程度を確認すると、瑠樹がその場へとかがみ込む。
「作業する人とか山羊さんが怪我するといけないからねぇ……こんなもんでいいかなぁ、マティエ?」
「えぇ、上出来です」
 細かい心配りも忘れず、瑠樹とマティエは柵の補修を完了。
 すると。
「すごいね、君。ぜひ、新しい柵を作ってもらえないかな?」
 思いもよらぬルツキンの申し出を、2人は喜んで引き受ける。
「1頭ずつ入るように……1頭分の面積と、作業する人も入るかな。んーと」
 現物を参考にしつつ、しかしより作業の効率を上げるために、瑠樹とマティエは知恵を絞っていた。

「想ちゃん、お疲れ様ー」
 山羊の毛刈り作業も無事に終了し、生徒達は作業小屋へと引き上げていく。
 想の背中をぽんっと叩いて、労をねぎらう歩。
「あの、歩先輩……」
「最近寒いよね、この間お腹痛くなっちゃったから『腹巻き用毛糸』とかあったら良いのにって思ったの……想ちゃん?」
「……僕が編みますよ、腹巻き。歩先輩へプレゼントします」
(これからも、少しでも僕と一緒にいて良かったと思ってもらえるように)
「ありがとう。実はあたしも、想ちゃんに腹巻きをプレゼントしたいかなって思ってたんだ。でも想ちゃんはスラッとしてて、カッコ良いからマフラーとか似合いそうだよね。女の子から、たくさんバレンタインプレゼントもらっちゃうかもね」
(あとやっしーさん、それに一番お腹冷えそうな変熊さんにも。基本的に邪魔なものは着たくないみたいだけど、冬の間だけでも着けてたらだいぶ違うんじゃないかな?)
 素敵なプレゼントにしようと、笑顔で言葉を交わす。
 勇気を出して申し出た想にとって、歩の発した返事はとても嬉しいものだった。