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温室管理人さんの謝礼

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温室管理人さんの謝礼

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3.タネ子と共に。

「──さてと」

 ざわざわと蠢く触手を見ながら、林田 樹(はやしだ・いつき)はごくりと唾を飲み込んだ。

「あの向こうに見えるのが、タネ子か……」

 目的は、タネ子の頭を取って持ち帰って食べる。
 いいから食べる、とにかく食べる。食べるったら食べる!

「プリーストになってしまったから、ショットガンで狙い撃つことが出来ない……」

「樹様……」

 パートナーのジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)が心配そうに樹を見つめる。

「耳栓してヒット&アウェイ戦法で行こうよ」

 もう一人のパートナー、緒方 章(おがた・あきら)が拳を固めた。

「ジーナ、洪庵」

 樹は、それぞれにパワーブレスを渡した。

「頭が取れたら、網焼きにして食べる!」

「そうですよ樹様。あんころ餅とワタシ、樹様のサポートを受けて耳栓をしてタネ子さんに突撃します」

「網焼き……きっと焼き団子みたいな感じだよ。あんこ乗せて焼いちゃっても美味しいかも。ねっ、樹ちゃん」

「淡泊で、醤油を垂らすと美味しいかも。楽しみなのだ」

「──本当です…」

 隣にやって来たクラーク 波音(くらーく・はのん)のパートナーアンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)が、じっと前を見据えて低い声で呟いた。

「波音ちゃんを石化させた事も含めて、文字通り料理してやります……さぁ、行きましょう波音ちゃん!」

「あ、うん……」

 鼻息荒く、アンナは前に進み出た。

(アンナにタネ子さんのお話をしたら、前回のあたしの敵討ちも含んで料理したいって……。頭取っても、元に戻ると思うんだけどなぁ…)

「波音ちゃんを食べただなんて、絶対に許さないです」

「あ、アンナ……」

 いつも冷静なのにどうしたんだろ?

 だけど。

 正面は絶対に危ないし、こそこそしながら不意打ちを狙わないと……前回はタネ子さんに食べられて、石化した上に黄金水かけられそぉに…

「……っ!」

 思い出しただけで、身体が震えてくる。

「波音ちゃん?」

「あ、てへへっ……大丈夫、大丈夫」

 無理に強がる波音に、アンナは悲しくなった。

(波音ちゃん……この間のことがまだ忘れられないんですね……)

 敵は、絶対取ります!

「──タネ子さんのあたまって、実ですよね?」

 ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が後ろから尋ねてきた。

「え?」

「わけてもらってみんなでおいしくたべたいです!」

「うん! だね」

 波音が同意する。

「全部とるのはかわいそうなので1個はのこしたほうがよいと思ったのですが……管理人さんが言うには全部とっちゃった方がいいみたいですね」

「そうなのだよ。そして全部食べてやるのが礼儀だな」

 樹が、まるで自分に言い聞かせるように言った。

「それにしても、管理人さん…げんきになってよかったです(にこにこ)。ケルベロスちゃんもタネ子さんたべたらげんきになるかな?」

「そうだと良いねぇ……」

 波音はぼんやりとした声を出した。

「そんなわけで! 実をわけてもらうあぶない作業は、ボクにまかせて!」

「……ヴァーナーちゃん」

「汚れても大丈夫なように体操服に着替えきました。温室はあったかいですね」

 こんな時でも、いつものにこにこした可愛い笑顔を皆に向けるヴァーナー。
 勇気をもらえた気がする。

「大丈夫! あたしも頑張るよ」

「絶対負けません!」

「はい!」

 視線の先には、触手の森が広がっている。
 ここを突破しなければ、タネ子の元へは辿り着けない──…

   ◆

「なんか……みんな熱いな。熱血してるぞ」

 篠宮 悠(しのみや・ゆう)は、温室の入り口付近から微動だにせず、皆がタネ子の頭採取で混沌としている様子を観察していた。

「よし、ミィル行って来い!」

「えぇ!?」

 いきなり話をふられたパートナーのミィル・フランベルド(みぃる・ふらんべるど)は、素っ頓狂な声を上げた。

「なんで私が! 悠が行けば良いでしょ!?」

「……めんどくせぇ」

 近場にあった備え付けの椅子に腰を下ろして、悠は思い切り伸びをした。

「ミィル、タネ子食べたいんだろ? だったら行って来いよ」

「そりゃあどんな味か興味はあるけど……あーもう分かった! 取って来ればいいんでしょ!」

「ほーい、行ってらっしゃ〜い」

 ひらひらと手を振る悠。

「やっぱりムカつく……」

 ミィルは悠の腕を掴むと。

「一緒に行くわよ」

 力強い眼差しを向けて、悠の腕を引っ張った。

   ◆

「美味しいものを、腹いっぱい食わせてやるぞって言ってたけど、まさかタネ子さんだったなんて……」

 秋月 葵(あきづき・あおい)は、思いつめた顔をして呟いた。

「でもそれ以前に自分達で採りに行くのって何か違うような気もするけど……まぁ、いっか」

 葵は顔を上げると、天井を浮遊しているタネ子に視線を送った。
 そんな葵を、パートナーのエレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)は心配そうに見つめる。

「管理人さんがご馳走してくれる話のはずが、成り行きとは言え、また危険に巻き込まれましたね…」

 エレンディラは小さく溜息をついた。

「えー、たね子美味しいならイングリット頑張る!」

 無邪気な笑みを浮かべてるもう一人のパートナーイングリット・ローゼンベルグ(いんぐりっと・ろーぜんべるぐ)
 が、急に顔を曇らせた。

「葵ぃ、お腹減ったー。お菓子ちょうだーい」

「えぇ〜……お菓子なんて持ってきてないよ。あ、あの果物食べて良いんじゃないかな?」

[いいの? いいの?」

「良い…と思うよ。って大丈夫かな? エレン」

「少しくらいなら頂いても問題は無いかと……」

「わーい!」

 イングリットはオレンジ色の実をもぎ取ると齧り付いた。

「あぁ、服が汚れちゃうよ、イングリットちゃん! ……あたしは制服だと登る時にスカートの中が見えると恥かしいから、体操服に着替えてきたけど」

「おいふぃおいふぃ」

 葵の声は耳に入っていない。
 口の周りをべちゃべちゃにしながら、イングリットは食べ続ける。

「どうぞ、ティッシュです。使ってください」

「…うわぁ! 満夜ちゃんありがとう!」

 食が止まらないイングリットに代わって、葵は朱宮 満夜(あけみや・まよ)の手を取った。

「このくらいお礼を言われるまでもないですよ。それに……ここからが本番です。今のうちに腹ごしらえしておくのは正解だと思います」

 皆が楽しく潮干狩り、もとい貝拾い出来るよう、裏方として精一杯立ち回らなくては。
 タネ子を食すという計画──
 以前の出来事を経験してる満夜は、確実に前準備をしてここにやって来ていた。

「これ、どうぞ」

 満夜は持ってきた耳栓を、葵達に惜しげもなく手渡した。

「今回ケルちゃんが風邪でダウンしてますから、石化したら本当に大変なことになってしまいますからね」

 苦笑交じりに満夜は言った。

(○○水なんてかける人がいたら……今度は問答無用で雷術かけます!)

「どうぞ?」

「あ……あたしにも?」

 笹原 乃羽(ささはら・のわ)が目を見開いた。

「根を傷つけたらハマグリがシジミになってしまいますので、3つ全てを取るまでは、誰も根への攻撃はしないと思うのですが、念の為」

「ありがとう!」

 乃羽は、満面の笑みを浮かべた。
 ここ数回のタネ子の攻撃パターンを分析した乃羽は自信たっぷりだった。

「んふふ……今までの経験を生かす時来たよ。タネ子の弱点は分かってる!」

「タネ子さんの弱点?」

 満夜は首を傾げた。

「弱点! それは力とパワーと火力による波状攻撃!!」

「なるほど〜そうなんですか」

「そろそろ勝てる気がする……!」

 にっと笑う乃羽に、満夜も微笑んだ。

「──私が触手を斬って斬って斬りまくります!」

「え?」

 突然の声に振り向くと、ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)が剣を構えていた。

「無限に湧き続ける動く的って修行に最適じゃないですか?」

 不敵に笑うウィングに、乃羽は苦笑した。
 百合園学院に入るために、髪をおろして化粧をし女物の服を着て女装をした。
 もう誰も分からない程に……

「自分の周囲に奈落の鉄鎖を張り巡らせて触手の動きを制限し、襲ってくる触手は殺気看破と超感覚で先読みして華麗に戦います。──任せてください。そしてタネ子を!」

「OK!」

 乃羽は親指を立てて笑った。

   ◆

「……それにしてもタネ子って本当に美味しいのかな? 後で困った事態にならいといいけど。どんな味がするのか気になるねぇ」

 清泉 北都(いずみ・ほくと)が、ぽてぽて歩きながらぼんやり呟いた。

「触手は洒落にならないからさぁ、念の為、ソーマに囮になって守ってもらうよ」

 北都は後ろを振り向いて、パートナーのソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)に微笑みかける。

「え、俺ってば囮!? 触手に捕まってどうこうする趣味はないんだが……」

「気をつけてねぇ」

「……要は…時間稼ぎをすればいいんだろ?」

 ざわざわ揺れる触手達。

(捕まったら──…)

 何故か脳裏に久途侘助の顔が浮かんで、ソーマは慌てて頭を振った。

「何でアイツの顔がちらつくんだよ、ちくしょう。俺はヤる方であって、ヤられる趣味はねぇんだよ!」

 ヒールじゃ心の傷は癒せない。

 絶対に触手の餌食にはならねえ!

「──顔が青いけど、大丈夫か? まぁ、あの触手を見りゃ誰でも引くわな」

 いつの間に隣にやって来ていたのか、ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が苦笑しながら言った。

「触手はやっぱり厄介だよな……光条兵器で潰すとするか。俺が触手から皆を守ってやるよ。体を張ってでもな!」

「……触手好きなの?」

 北都のストレートな問いかけに、ラルクは思い切り噴出した。

「んなわけねぇだろ! 触手とか…何か嫌な予感がしなくもねぇが……まぁ、色々な平和の為に俺は戦う!!」

(あの触手はどんぐらい強いのか楽しみだな……やっぱ強い奴と戦うのは嬉しいしな)

「もし、絡まったら自力で引きちぎるぜ!」

「おぉぉぉ〜」

 北都がぱちぱちと手を叩く。

「へ! 拘束なんざこの筋肉の前には無駄だぜ!!」

 ムキムキポーズを作って悦に入るラルクを横目に、ソーマは北都を抱きかかえて、そそくさとその場を後にした。

(──近寄っちゃけない! 筋肉ナルシスだ!!)

   ◆

「…これが噂に聞くタネ子さんか…すごいな……。と言うかこれ、食べられる気がしないんだけど…。食べても苦そう…」

 神和 綺人(かんなぎ・あやと)が呟いた。

「そうですね。なんて言うか……どんな味がするのか想像がつかなくて…不味そうです…」

 隣でパートナーのクリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)が眉間に皺を寄せる。

「アヤ、どうしますか?」

「とりあえず、あの触手を何とかしないとね。頭を採取する人が触手に襲われないよう、温室に被害が出ない程度に焼き払おう」

「……なぁ、…あれ、本当に食べられるのか? どう見ても食用に出来そうにないのだが」

 もう一人のパートナー、ユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)がタネ子を見上げながら言う。

「食べてみないことには何とも言えないけど、僕もそう思うよ」

「…綺人はどんな味がすると考えるんだ?」

「う〜ん……。苦瓜?」

「………なるほどね」

「と、とにかく皆さんが安全に採取できるようにしましょう!」

 クリスの言葉に、綺人が大きく頷く。

「タネ子さんのもとへ行かれるんですね……」

 振り返ると、稲場 繭(いなば・まゆ)が胸の所で両手を固く握り締めていた。

「私、囮になって、みんなの役に立ちたいんです!」

「え……でも危険だよ?」

 綺人が心配そうな顔を浮かべる。

「やります! やらせてください!」

 繭の眼は真剣だった。

(運動神経の無い私が出来るかどうか不安ですが……)

 ついそう思ってしまった繭は、頭をぶんぶん振った。

(いけない──大丈夫! 絶対にみんなの役に立ってみせます! たてるはずです!)

「キミみたいな可愛い子一人を囮にさせる真似は、おじさんには出来ないなぁ」

 やって来た鬼崎 洋兵(きざき・ようへい)が、ニヒルな笑みを浮かべながら繭の頭を撫でた。

「きゃっ……」

「…おぉっと! ごめんごめん」

 洋兵は悪びれた様子も無く笑った。

「タネ子の頭取りは一番におじさんがやってやるぜ? 頭の所叩けば取れるなんて楽勝じゃないか。よじのぼって落としてやる」

「す、すごいんですね……」

「ん? あぁ、腹すいているから早く食べたいだけだ」

 洋兵は獲物を狩る猛獣の瞳で、タネ子を見つめた。

「味なんてもうどうでもいい。ガツガツ食ってやるぜ!」