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涼司と秘湯とエコーの秘密

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涼司と秘湯とエコーの秘密

リアクション

【8・その先には】

 まず、何の前触れもなく辺りが光に包まれた。
「うわっ!?」「きゃ……!?」
 元々薄暗い洞窟に慣れていたせいで、思わず目が眩む涼司と花音。
 しかも周りが徐々に霞んでいき、目や鼻に刺激を受けていくふたり。
 そこへ飛び出してきたのは新たな二人組。国頭武尊(くにがみ・たける)と、パートナーの猫井又吉(ねこい・またきち)だった。
 先程の攻撃は、武尊による光術の目くらまし、そして又吉がアシッドミストで酢酸を精製し、強烈な刺激臭を放ったのだ。その二段構えの作戦に加え、
「こいつはおまけだ!」「ぐっ!?」
「悪く思うなよっ!」「きゃあっ!」
 まともに動けない涼司の脛を木刀で殴りつける武尊、花音の方も又吉がショットガンの銃床で殴りつけ、強制的に地面に伏させるのだった。
「ははっ! これでしばらく追いつけないだろ!」
「武尊、トレジャーセンスに反応はあるか?」
「いや。特に無いな……でもま、行けばわかることだろ」
「よし、急ごうぜ」
「おぅ!」
 そしてそのままふたりは易々と奥へと進……
「待ちなさいよ!」
 ……むかに思われたが。二転三転するのが、この世の常。
 そこへ、ズダダダダ、とトミーガンによる乱射が武尊達に向かって放たれたのである。
「それ以上進んだら、今度は当てますよ」
 危ういところでそれをかわしたふたりが目を向けると、そこには、
「ふぅ。危ないとこだったわ、でもどうにか間に合ったわね。超感覚で奇襲に備えておいてよかった」
 まず、アライグマの耳やしっぽを生やしたリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が、光条兵器の錫杖を手に姿を現して。
「備えはいいけど、それ涼司達が喰らう前でないとあんま意味なかったんじゃねーの? てか光条兵器盗るんじゃねーよバカ女! せっかく問答無用で遊べると思ったのによ」
 続いてぶつぶつ言いつつやって来るのは彼女のパートナーのアストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)
「まあまあ、今は戦いに集中しましょう」
 そして先程の銃撃を行なったヴィゼント・ショートホーン(びぜんと・しょーとほーん)は、よろめきながら起き上がる涼司と花音、そしてリカインにガードラインをかけておいた。
 以上の三人に、武尊達は眉に皺を寄せて睨んでくる。
「なんだよ、邪魔するつもりか?」「メガネ達に恩でもあるのかよ」
「細かい説明なんていらないわ。この奥にあるものの正体を知っていて、皆に相談するでもなく知らん振りをするでもなく守るという道を選んだそのバカ……もとい漢気に敬意を表して、それだけのことだから」
 こともなげにそう返すリカインに、武尊と又吉は視線を交差させ頷きあったかと思うと、ダッと奥へ駆ける武尊。同時に又吉は煙幕ファンデーションでただでさえ悪い視界をダメ押し気味に塞ぎ、そこからショットガンを用いての弾幕援護を行なっていく。
 状況を見てすばやく片方が足止め、片方が進行の姿勢をとったふたりに対し。
 三人もまたすぐに動いた。
「お嬢! 自分が出来るだけ足止めを狙いますから、その隙に各個撃破を頼みます。キ……アストライトさんもお願いしますよ」
 まず最初にヴィゼントが武尊の逃げた奥を狙って銃を連射していく。その間に。
「特別にパワーブレスはかけてあげるわ! GO!」
「よっしゃいくぜ……って勝手に指示すんな!」
 リカインの援護を受けたアストライトが一気に煙の中を走り、殺気看破で又吉の位置を悟って間合いを詰め、最後は戦闘用羽子板で脳天をブッ叩いていた。
「ぐっ! この野郎っ……!」
 又吉は衝撃で視界を揺らせつつも、さすがに倒れるまでにはいかなかったらしく、再びアシッドミストで刺激臭をお見舞いする。
(くそ、俺の光条トンファーなら一発だったのに……ん? やべっ!)
 その直後リカインの錫杖がブォンと風を切りながら、ほとんどアストライトもろともに又吉を叩いていた。その攻撃にはさすがに耐え切れず、撃沈する又吉。ちなみにアストライトは間一髪に頭を下げて避けていた。
「光条兵器なんだからかわす必要ないでしょ?」
「じゃあ何で俺の髪が宙を漂ってんだよ?!」
 リカインはそんな苦情を聞き流しつつ、さっきのダメージから復活した涼司と花音と共に先へ進んだ武尊を追いかけていき。アストライトとヴィゼントも後に続く。
 しばらくはまっすぐな通路が続いていき、そこを進む間はヴィゼントの放つ銃撃音と各々の走る音だけが響き渡る。
 やがて、武尊は通路の先が洞窟内にも関わらずやや明るいのに気づいた。
(お……あそこが問題の場所だな! よし、このまま一気に――)
「させるかぁ!」
 しかしその直前、涼司がラストスパートをかけてそのままタックルを仕掛け、一緒に地面に倒れこみ。そのまま他の皆によって押さえつけられるのだった。

「畜生、もう少しだったってのに……」
 その後、武尊は又吉と共々ロープで縛り上げられて。
 涼司と花音、そしてリカインら三人はここで一時休憩を……と思っていたが。そこへまたしても新たな人影が歩いてきていた。
 それはヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)。そして後ろには、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)の姿もあった。
「くそ、次から次と。もう何人目だよ」
 そう悪態をつきながらも、まだ戦意を失わない涼司はそちらに向き直る。
「この通路どこまで続いてるんだろ……?」
 だが実際彼女らは、どうもこの先を気にしてやってきたのではないようだった。
 まずヴェルチェの方は、空京に買い出しした帰り、温泉と聞いて来てみただけだったりするのだが。
(ぁん? あそこに立ってんの、どっかで……あぁ、デ校長とタメ口の……名前忘れたわ)
「何か用か? こっから先は通行止めだぜ」
「む、通行止めって何よ、気になるじゃない」
 いきなりの涼司の態度に、なにか面白そうだなとニヤニヤ笑いを浮かべていく。
「通る気なら、覚悟しといた方がいいぜ」
(何がなんでも通さないつもり? これは相当、お金の匂いがするわね♪)
 疲労困憊のあまり、まるで話をしようとしない涼司は、結果的にヴェルチェを煽ることになってしまっていた。
 そして。ヴェルチェは睨みつけてくる涼司に対し、鬼眼を使って一瞬怯ませ。そのまま勢いよく顔面めがけて殴りかかっていく。
「っ!」
 その寸前で身体を捻らせて攻撃から逃れる涼司。
 それを受けて花音やリカイン達も加勢しようと構えたが、涼司はそれを手で制する。
「涼司さん……?」
「いいから。一対一なら俺が戦う。そもそも狭い通路じゃ全員でかかるわけにもいかないだろ」
 そう言って加勢して貰う代わりに、花音から光条兵器の蒼く輝く剣を引き抜いて今度はこちらから攻勢に出た。
「格好つけるのはいいけど、それが結果に結びつくとは限らないわよね♪」
 しかしヴェルチェも同様に、全長3mはあろうかという光条の鎖を取り出して剣を絡め取り、そのまま後ろへと引っ張って体勢を崩させ。一気にドラゴンアーツで畳み掛け――
「うぉおおおおおっ!」
 ――ようとしたヴェルチェだったが。涼司は崩れた態勢を強引に身体を回して立て直し、更に絡め取られた剣をあっさり手放して、その開いた手で拳を作り殴りかかった。
「きゃっ!」
 さっきのお返しじみたパンチを、後ろに跳躍し回避したヴェルチェだったが。そこまで必死に勝ちに来ている涼司に、若干気圧されてしまっていた。
 そうしたふたりの攻防をしばらく眺めていた美羽はというと、
(涼司があんなに必死なのも珍しい……)
 かなり驚きつつ。そして邪魔をしてはいけないなと、
(でも、たまには涼司と戦うのも面白そうね!)
 思うこともなく、むしろ逆になんだかウズウズしてしまっていた。
「涼司! 今度は私が相手よ!」
 やがて耐え切れなくなったのか、たじろいでいるヴェルチェに代わり、歩み出ていた。
「美羽さん!? ちょっと……」
「いいからいいから。真剣な涼司と手合わせする機会なんて、そうないもん」
 ベアトリーチェは止めようとしていたが、美羽は全く構う様子なく戦闘体勢に入る。尤も命のやり取りをするつもりはないらしく、武器は使わずに徒手空拳であったが。
「もう俺も、かなり限界きてるし……相手が誰だろうと手加減はできないから」
「上等よ! さあ、先手必勝っ! パワーアップした私の蹴り、くらってみなさい!」
 高らかに叫ぶや、習得したばかりのバーストダッシュを駆使し、得意の飛び蹴りを涼司の顎めがけてお見舞いする美羽。その際に、超ミニスカの裾がおもいきりヒラヒラ翻っていた。
 普段の涼司なら、そのミニスカとかその中とかに気を取られたりしたかもしれなかったが。このときの彼は違った。
 その蹴りをもろに正面から剣で受け止めたのである。
「!」
 驚愕する美羽とは対照的に、涼司は冷静にそのまま薙ぎ払う動きで蹴りを押し返した。
「きゃ! いったぁ……」
 ぎゅるん、と、そのままの足の勢いで回転しつつ地面に腰を打ち付けてしまう美羽。
 そして、その首元にヒタリと剣を当てる涼司。
「美羽さん!」
 ベアトリーチェの叫びに、冷や汗が流れる美羽だったが。
「ぐ、うぅ……」
 ぐらり、と急に涼司は身体を横に揺らせ、倒れ……かけたが、剣を杖代わりにしてどうにか踏み止まった。どうやら人体急所である顎の近くでガードしたために、少しは衝撃が伝わっていたらしい。
 その間にぱっと立ち上がり、改めて涼司に向き直る美羽だったが。そこで思わず目を見張ってしまう。
 なぜなら、涼司は立ったまま失神していたのだから。

「あーくそ、頭がクラクラする……」
「本当にもう涼司さんは……今日だけで一体何回気絶する気ですか」
「まあまあ。さっきのは軽い脳震盪ですし。大事には至らない筈ですよ」
 涼司はその後、花音とベアトリーチェの手によって二重ヒールで介抱され、すぐにまた目を覚ましていた。
 ヴェルチェはその間に奥へ通ろうとしていたが、花音やリカインが目を光らせていたので結局断念し、とりあえず傍で成り行きを見守っていた。
「でもほんとに、そうまでして守ろうとするものって一体なんなの?」
 ことが一段落した機をみて、美羽は根本の質問を改めてふたりに問いかけていた。
 花音の方はチラ、と涼司に視線を送る。
 その涼司はというと腕時計に視線を落としていた。
「そろそろ日が沈む時間だな……もう、いいか」
「え? 日?」
 その言葉の意が掴めない美羽ほか一同は首を傾げさせる。
「手を貸してくれて悪かったな。もうここは大丈夫だから」
「え? あ、そうなの? そういうことなら、まあ私達はいいんだけど」
 涼司からそう言われたので、リカイン達はやや戸惑いつつもこの場の護衛を切り上げて西通路を後にしていく。
 そしてそのまま武尊と又吉のロープもほどいて、ふたりを解放する涼司。
「なんだよ、いいのか? オレらはまだ奥に隠されたものを諦めたわけじゃねぇんだぜ」
「ああ別にいい。そもそもお前みたいなタイプは中に入っても、多分声を聞くことはないだろうしな。とはいえ、万一のこともあるから入らせはしないけど」
「はあ?」
 変わらず意図の不明な単語を連ねる涼司に、わけがわからないといった様子の武尊。
「じゃあ説明するか。実は……」
 と、
 涼司は、このときずっと張り詰めさせていた気を抜いてしまっていた。
 花音も、警戒していたのは武尊達やヴェルチェだけだったので気づかなかった。
 ドン!
 という、銃声が突如響いたかと思うと。
「「!」」
 なにかがべちゃりと涼司と花音にはりついた。
「な、なんだこれ!?」「やっ……とれないです……」
 明らかな不意打ちをくらったふたりに、
「ああ。だろうな、超強力な鳥もち弾だからな」
 声がかけられる。
 岩陰から姿を現した人物、それは――閃崎静麻だった。
 彼は武尊達が現れた頃から、姿を隠してチャンスを伺っていたのである。
「悪く思うなよ。さて、お宝をじっくり観賞させてもらうぜ!」
 そしてそのまま光がさす奥へと走り去る静麻。
「あ、おい待て!」
 涼司は慌てるが、どうにも鳥もちがひっついて身動きがとれなかった。
 しかも。動いたのは静麻だけではなく。
「メガネちゃんが何を守ろうとしてるのかは知らないけど……ここんとこ収入ガタ落ちだから、稼ぎのやり方選んでる場合じゃないのよねぇ♪ ま、あたしと孤児院のコ達を助けると思って、大人しく持ち帰らせて頂戴、お宝ちゃん♪」
 ものすごい独り言を発しながら駆けていくヴェルチェ。
「悪いが、オレも行かせて貰うぜ」「おぅ! ごちゃごちゃ説明聞くの面倒だしな!」
 武尊と又吉も後へと続いていく。
 残った美羽とベアトリーチェは、一瞬どうすべきか迷う仕草をしたが。
 ひとまず涼司達を助けることを優先すべきと考え、なんとか鳥もちをはがし始めた。

 静麻、ヴェルチェ、武尊、又吉は、その奥に着いて呆然としていた。
「これは……?」
「なにこれ。どういうこと?」
「なんだよなんだよ、なにもねーぞ?」
「どういうことだよ。宝があるんじゃないのか?」
 そのとおり。
 温泉も、生き物も、花も、宝も、なにもない。
 ただ洞窟の赤銅色の岩壁に囲まれた六畳間くらいの空間に、ところどころ崩れた穴から西日がさしこんでいるだけ。
「どこにお宝あるのよ!? どこかに隠してあるの?」
 ヴェルチェはトレジャーセンスと博識で、部屋をくまなく探っていく。
 つられて武尊と又吉も辺りの岩などを調べてみるが。やはり何も見当たらない。
 しかしそのとき。
 唯一静麻が、あることに気がついていた。
「この、声は…………」
 ほか三人がその呟きに目を向けると、静麻は唇を震わせ、なにか驚いた顔をしていた。
 しかし洞窟内には彼ら以外の声はしない。エコーも沈黙を保ったままだった。
 けれど。このとき確かに静麻には聞こえていたのだ。
「聞こえたのか。ったく、だから入るなって警告したんだよ」
 そこへ、身体にまだ少し鳥もちをくっつけたままの涼司と花音、そして後をついて美羽とベアトリーチェもやって来た。
「どういうことだよ、おい。耳に響いてくるこの声……この、声は……!」
「ああ。そうさ」
 そして、涼司は告げる。

「それは亡くなった大切な人の声だ」