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【海を支配する水竜王】その女…卑劣な声音

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第5章 静かなる調理場の戦い

「潜入に成功したようだけど、問題はここからよね」
 ローザマリアは潜伏場所を探しながら周囲を警戒する。
「捕虜用の食糧庫でもあればいいのだが」
 ドアの傍につけられたプレートを見て、グロリアーナは探し求めている倉庫を探す。
「この辺はやばそうね。近くに敵がいるかもれないわ」
 超感覚で危険が迫っていないかローザマリアが探知する。
「そこの貴様ら、見慣れない顔だな」
 突然ローザマリアの背後に銃口を向けられる。
「(さすがに相手から殺気がないと無理ね)」
 さすがに超感覚でも探知しきれなかったのか、どう逃れようか考え込む。
「さては・・・侵入者か!?」
「そうだといったら・・・どうする?」
 グロリアーナがブロードソードの刃をゴースト兵の心臓に刺す。
「―・・・なっ、何だと・・・」
 致命傷を刺されても平然とする兵を見て、彼女は驚愕の声を上げる。
「生憎、痛覚とやらがないんでな」
「くっ・・・・・・」
 兵に素手で刃を掴まれ、剣を引き抜けない。
「グロリアーナ、離れて!」
 彼女はローザマリアの声に剣の柄から手を放す。
 確実に仕留めようとスナイパーライフルの銃口から、紅の十字砲火をターゲットにくらわした。
「すまない、油断してしまったのだよ」
 グロリアーナは床に転がり落ちた剣を拾い、ローザマリアと共に廊下を駆ける。
「食堂・・・?ここなら食糧庫があるかしら」
 ドアの隣にかけられたプレートを確認し、彼女たちは食堂に駆け込んだ。
 中に入るとすでに何人かの生徒たちがいる。
「あなたはゴーストじゃないようね」
 施設内にいる兵と同じ服を着ているリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)に、ローザマリアが声をかける。
「えぇ、ちょっと分けがあってね。この服を着てここにいるのよ」
「どこか潜伏出来る場所はないかしら?食糧庫とか・・・」
「そんなところかえって危ないじゃいの。私たち以外・・・つまり、ここの兵たちもそこを使うことがあるから見つかってしまうわ」
 リカインは首をふるふると左右に振り、危険だからそんな場所に隠れるのは無理だという仕草をする。
「―・・・そう・・・」
 目的の場所に潜伏出来ないと分かったローザマリアは残念そうな顔をする。
「ねぇ、私たちってことは他に誰かいるの?」
「いるわよ。私はついこの前、ここへ来たんだけど。彼らはそれ以上前にここにいるのよ」
 自分よりも先に食堂にいる佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)の方へ視線を移す。
「潜伏場所を探しているのかい?」
「少しの間だけでもいいんだけど。どこかないかしら」
 ローザマリアは食堂内に隠れる場所がないか聞く。
「―・・・・・・うーんそうだな・・・」
 どこかにそれらしい場所があるか弥十郎は考え込む。
「他の人がもういるんだけど、そこなら無理やり入れるかな?」
 すでに天夜見 ルナミネス(あまよみ・るなみねす)が隠れている場所はどうだろうかと言う。
「そこに3人も入る?」
 女子3人も入れるのかとリカインは首を傾げる。
 わたくしなら大丈夫とルナミネスが棚の中からコンコンと音を立てる。
「それじゃあそこの棚でいいかしら?ごめんね、ちょっと狭くなるけど我慢して」
「少しくらい大丈夫です」
 ルナミネスはニッコリと微笑んで2人分の場所を空ける。
「ありがとうね」
「すまないのだよ・・・」
 ローザマリアとグロリアーナは空けてもらったスペースの中に隠れる。



「今なら兵たちがいない・・・ようですね」
 棚をそっと空けてルナミネスは調理場の様子を窺う。
 出来るだけ道を把握しようと、食堂を出てゆっくりと廊下を歩く。
「(まずい、誰かの足音が!)」
 床を歩く足音が聞こえ、彼女は急いで食堂へ戻り、隠れていた棚の中に入る。
 どうやら調理担当の兵が調理場に戻ってきたようだ。
「食堂の外に行ってたようだけど、どうしたの?」
「ずっとここでじっとしていても仕方ありませんから、ちょっと道を把握しようと思って・・・」
 ローザマリアに何しに行っていたのか聞かれて答える。
「見張りの兵や、侵入者を捕まえようとしているやつもいるから、捕縛されちゃうかもしれないし逆に危ないわよ」
「そう・・・ですよね」
 捕縛されてしまうかもしれないと言われ、ルナミネスは顔を俯かせてがっかりした表情をする。
「普通の調理器具ばかりね・・・」
 洗った食器をガラス棚に戻しながら、リカインは食堂内で使えそうなものがないか調べる。
「お鍋や醤油のボトルを使えば武器になりそうだけど」
 巻き寿司を作っている弥十郎の方へ振り向く。
「食べ物や包丁を武器にするのは無理そうね」
 そんなことをしようものなら、弥十郎に怒られると思い、他の道具がないか探す。
「他には・・・空き箱とか紙袋くらいかしら」
 なんとか工夫して使えないか考え込んだ。



「いくらなんでも、このままじゃ食べられないよね。しかもこれのネーミングが、紫(むらさき)だっけ?」
 弥十郎はジャムと酢飯の香りが混ざり合い、不気味な異臭を漂わせる巻き寿司を見て顔を顰める。
 それは彼が作った巻き寿司ではなく兵が作ったやつで、どうやら上からの命令で作らされたようだ。
 せめてまともに食べられるようなやつにしようと、銀のボールに酢と塩そしてブルーベリージャムを入れる。
 混ぜ合わせると紫色の甘酸っぱい鮨酢が出来上がった。
 大き目の鍋にお鍋で炊いたご飯を移し、作った鮨酢を少しずつ加えながら、しゃもじで切るように混ぜる。
「普通にただのりで巻くだけだと寂しいな・・・」
 なんとか工夫しようと数枚の海苔を手で千切り、水とコウモリエキス入りの醤油、ブルーベリージャムを加えて海苔の佃煮にする。
 佃煮を巻き寿司の芯にして、1つ1つ丁寧に心を込めて巻く。
「名前はそうだな・・・紫(ゆかり)にしよう」
 出来上がった巻き寿司を皿の上に乗せた。



「これ、えっと作ったんだけど」
 佐々木に作って貰った芯がハートになっている巻き寿司を、仁科 響(にしな・ひびき)が食堂にやってき兵に渡そうと皿に乗せて持ってく。
「お疲れ様」
 響はそう言い、巻き寿司を渡す。
「あのー・・・ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
 美味しそうに食べている彼らに、遠慮がちに話しかける。
「皆は普段、どんなものを食べているのかな」
「生きている人間と変わらないな」
「そうなんだ。じゃあ薬とかは飲んだりする?」
「ここにいる死人は病気したりしない。そもそも死んでいるからな」
 冷静な口調で言う兵に、響はなるほどと頷く。
「ここの食堂は、この施設全体の食料を賄っていたりする?」
「あぁそうだ」
 響の質問に兵は簡単に言葉を返す。
「やっぱりここの仕事って辛かりする?」
「辛い・・・というか、いつただの死体に戻るのか分からないしな。あまり考えたことはない」
 首を傾げて聞く響に答える。
「なんだかメニューが変更になったけど、いつもオーダーを変更する方ってどんな感じの方?」
「一言で言えば、残酷な方だ。見た目は美人だが・・・あの容姿に騙されたやつらはかなりいそうだな」
 なるほどと頷いた響は質問を変える。
「―・・・・・・恋とかって・・・するのかな?」
「しないな。意味がないし」
 意味がないというその言葉は、もう生きていないからなのかと、響は少し悲しく思った。