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薔薇と桜と美しい僕たちと

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薔薇と桜と美しい僕たちと
薔薇と桜と美しい僕たちと 薔薇と桜と美しい僕たちと

リアクション

【4】

「この辺りでどうだ?」
 桜が咲き、かつそこまで騒がしくない場所を指差してノウァ・ゲーティア(のうぁ・げーてぃあ)は サトゥルヌス・ルーンティア(さとぅぬるす・るーんてぃあ)に尋ねた。
「いいと思う」
 サトゥルスは頷いて微笑み、咲き誇る桜を見上げる。視界に広がる薄紅色に、思わず感嘆の声が漏れた。
「綺麗だねぇ……」
「ああ。日本の桜も綺麗だな」
「日本の桜を見るの、初めてだっけ」
「そうだ。私がが見た桜はもっと色が濃かった。しかし薄い色もいいものだ。控え目で、日本の良さを表わしている気がする」
「気に入ってもらえたならよかっ……ああっ!?」
「? どうした」
「アーリーが鞄に潜り込んでた……」
 呆然と言うサトゥルスの視線の先には、アリドラ・マンドラゴラァ(ありどら・まんどらごらぁ)の姿。鞄の中が窮屈だったのか、頭の葉っぱが少しだけ動いていた。
 ああ、とノウァは頷き、シートを引く手を休めないまま呟いた。
「サトゥ、気付いていなかったのか」
「ええ? 知ってたの、ノウァ。それなら教えてくれてもいいのに。……なんて、もう来ちゃったのにうだうだ言っててもしょうがないよね。ねぇアーリー、桜の花びらを集めてきてくれるかな? 地面に落ちる前の綺麗なものがいいな。最初のお手伝いだよ」
「コラァ!」
 お手伝いをもらったことが嬉しいらしい。アリドラは跳ねるようにして桜の木へと向かう。
 その間に、鞄から重箱を出してシートの上に置く。皿や箸はまだいいだろう。着々と準備を進めていると、済んだ竪琴の音。ノウァが持ってきたそれを弾いていた。
「綺麗だね」
「美しい桜の下、可憐たる花々のために紡ぎ奏でるのだ。相応に美しくないとな」
 ノウァはそう言ってうっすらと微笑んだ。弾き手である彼も美しくて、見惚れてしまいそうになる。
「コラァ」
 その時アリドラが視界に飛び込んできて、少し驚いた。アリドラは短時間にも関わらず桜の花びらをこれてもかというほど集めて、誇らしげに立っていた。褒めて、褒めて、と言っているようにも思える。微笑ましくて思わず笑みが零れた。そのまま頭を撫でてやる。
「ありがとう、アーリー。次は食器を並べる手伝いをしてくれるかな?」
「コラッ♪」
 アリドラはちょこちょことせわしなく動き、実に手際良く食器を並べて行く。真剣なので、サトゥルスが密かに行おうとしていることには気付いていない。ノウァも弾くことに集中していて気付く様子はない。
 こっそりと、企んでいたことを実行に移した。
「二人とも。準備できたよー」
 お椀を置いて声をかける。竪琴の音が止み、箸を並べていたアーリーがサトゥルスを見た。
「ふふふ。自信作だよ、アーリー」
 首を傾げるように頭が動いた。座るように促して座らせると、ノウァもすでに正座して待っていて、
「いただきます」
「いただきます」
 声を出す。復唱。
「お吸い物か、これは」
 お椀を持ち上げたナトゥが言う。反応が楽しみでサトゥルスは笑顔を浮かべるだけなものだから、ナトゥは疑問符を浮かべながら蓋を開けた。
「ほう? 桜の花びらを飾ったものか」
「アーリーに取ってきてもらったものなんだ」
「コラァ」
 アーリーは自分が役に立てたことや、お吸い物の味に喜んでいるらしい。葉っぱが動いていた。
「へぇ、綺麗なもんだな」
 不意に声をかけられたサトゥルスが顔を上げると、そこにはラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が感心したように顎に手を当て立っていた。
 見ている。じーっと見ている。
 背が高くて、金髪オールバックで、筋肉質な、強面の男。
 ぱっと見は怖い人にしか見えなかったのだが、料理を見る目がやたらとキラキラしていて、なんというか。
「一緒に食べる?」
 思わずそう声をかけてしまうような。
「なにっ。いいのか?」
「うん。料理はみんなで食べた方が美味しいよね」
「俺はよく食うぜ?」
「大丈夫。いっぱい作ってきたから」
「酒も飲むぞ?」
「酔って変なことをしないなら構わないんじゃないかな」
「それはない。酒には強いから」
 そう言って嬉しそうにラルクは笑い、シートの上に座った。ノウァがおしぼりを投げて渡すと、ラルクは「サンキュ」と笑って手を拭いた。アリドラが皿と箸を取って渡し、「コラァ」と挨拶すると、「コラァ」と返す。付き合いのいい人なのだろうとサトゥルスは判断して、微笑んだ。
「お吸い物はいる?」
「いただくぜ。……おお? 桜が浮いてる」
「春らしいお吸い物にしてみたんだよ。どうぞ」
「私たちもいただこう。冷めてしまう」
「そうだね。アーリーには熱いかもしれないから気をつけて」
 ひと口飲む。昆布と鰹ダシのうま味が利いていて、美味しい。
「なぁ、これ入ってるのって白玉か? 団子?」
「白玉。桜の塩漬けを刻んで一緒にこねたんだ」
「美味いぞ、コレ。おかわりしてぇ」
「菜の花を入れているおかげで色合いもいい。サトゥ、なかなかやるな」
「あはは。ありがとう」
 笑って重箱を開けた。一段目にはさわらの塩焼きや蛸の桜煮等の海の料理、二段目には春野菜や山菜等を使ったの山の料理、三段目には痛みにくい食材を使ったちらし寿司が彩鮮やかに敷き詰められていた。
「うお……美味そうだな。作ったのか?」
「うん。作って持ってきたんだ。料理得意だから」
「ほぁー……すごいな。んじゃ早速……」
 と、ラルクが箸を伸ばした時、
「ああ、私としたことが……酔ってしまったようです」
 どこからか声が聞こえた。
 そう思った時にはすでにラルクにしなだれかかるようにベファーナ・ディ・カルボーネ(べふぁーな・でぃかるぼーね)がくっついてきていて、そのままラルクにしがみついた。
「ああ、素敵な君。少しの間こうして休んでいてもいいだろうか?」
「酔っ払っちまったんなら仕方ねーな」
「すまない、助かる。……それにしてもいい肉体だ、ふふ……」
「あ? 何か言ったか?」
「いや、何も」
 妖しげに笑ったベファーナに気付かないままラルクはサトゥルスの料理を堪能する。美味い。さわらの塩焼きは優しい味がして美味だし、蛸の桜煮は蛸の柔らかさに驚いた。二段目のたけのこの土佐煮や菜の花のおひたし、つくしの佃煮などにはついつい箸が伸びて食が進む。
「それにしても、倒れかかってくるまで呑むか? 普通」
「心配してくれるの? 君は優しい人だね」
 声をかけるとベファーナはなお擦り寄ってきた。対応に困るが、邪険にするほどでもないからとそのままにしておくと、
「ちょ……! ベファ、何してるのよぉ……!」
「おや、リナ。いい人は見つかったかい?」
「見つけたわよぉ。……だから離れなさいよねぇ!」
 雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)がベファーナを引き剥がしに来た。しかしベファーナはラルクの着ている和服を握りしめて離さない。離れようともしない。
 リナリエッタは思う。
――ここは主人を立てるべきだわぁ……!
 前から思っていたのだ。ベファーナと好きな人のタイプが似ている、と。
 だからこそ、こうして被ってしまったのはやっぱりか、と思う程度の驚きなのだが、だとしたら主人を立てて身を引くべきだろうとリナリエッタは考える。
 視線で告げた。
『ベファ、ちょっと退きなさいよぉ』
 視線で答えが返ってきた。
『いやだよ』
 はがそうとした。
 はがれなかった。
 イラッとして、次の瞬間にはもうベファーナの手を取り自らの肩にかけ、投げた。
 傍から見ていて驚くほど軽々と背負い上げて投げたその一本背負いは、紛れもなく美しかった。
「ちょ、リ、リナ。痛い痛い……」
「おだまりなのだわぁ」
 その後流れるように寝技へ移行。ベファーナがギブアップ宣言するのを無視し、極めていく。
「わ、私、は、痛い事はされるよりするほうが好……」
 そこまで言ったところでベファーナから力が抜けた。気絶したらしい。リナリエッタも技を外して、一礼。最後の礼まで正しく美しい。
 ただ、
「おてんばな嬢ちゃんだな」
 とラルクが評したような感想を抱かせたが。
「お、おてんばじゃないわぁ。私は立派な淑女だものぉ」
「淑女はいきなり現れて一本背負いなんてしねぇよ。しかもあんな上手なの」
「お、おほほほほ。……だってちょっと羨ましくて」
「はぁ?」
「な、なんでもないわぁ」
 清純派美少女を気取ってお持ち帰りを目指す作戦も、ベファーナに技をかけてしまったので無に帰した。内心で舌打ちをして、今更ながらにっこりと笑ってみる。
「私も一緒にお花見してもいいかしらぁ?」
「俺は構わないぜ?」
「うん、僕も嫌じゃないよ。ね、いいよね?」
「私が断る理由もあるまい」
 リナリエッタは気絶したベファーナを引きずって、ラルクの横にちょこんと座る。
「こうやって知らない奴とも仲良くやれるってのが花見のいいところだよな」
 不意にラルクが呟いて、桜の花を見上げた。
 頭上には満開の桜。風が吹いて、ラルクの杯に一枚落ちた。中の酒を呷り、笑う。
「風流なもんだ」


*...***...*


 黎たちの作った舞台に、女性用の華奢な青い着物を着た久途 侘助(くず・わびすけ)が上がり、にこりと微笑む。
「さぁさ皆様、お食事を楽しんでいる所失礼いたします。美しい料理の次は、美しい余興など如何でしょう?」
 芝居口調の、凛としたよく通る声が響く。舞台の上でも緊張や照れなどは見受けられない。
「わたくしの格好ですか? 日本には男子強くあれと、女子の格好をすることがあったのでございます。薔薇の学舎の生徒の健剛を祈り、慶長の舞を披露したく存じます。そしてこの桜と共に舞い、薔薇の学舎の更なる繁栄を願おうではありませんか」
 口上を終えたところで篠笛の音が響き渡った。香住 火藍(かすみ・からん)が奏でる音に合わせて、侘助が舞う。
 女性の持つしなやかさと、男性の持つ力強さを表した舞い。
 着物の帯から扇を取り出し一振りして広げ、腕を伸ばし扇を地面と垂直にし、次に手首を回し扇を回す。自らも回り、着物の裾がひらり、ひらり。
 舞い落ちる桜の花びらを扇ぎ、仰ぐ。戯れるようにあちらへ行き、こちらへ行き。
 どれほど経ったか。
 笛の音が止み、それと同時に舞いも止まる。
 一礼。
 しばらくの間、舞いに圧倒されていたかのように静まり返っていたが、ぱち、とどこからか拍手の音がすると、それを皮切りに拍手の嵐が巻起った。
「いや、火藍上手いな。笛」
 舞台を降りて、いつも通りの口調に戻った侘助を火藍は呆れたように見た。
「それよりあんたがあんな芝居口調できると思いませんでしたよ」
「舞は? 火藍から見てどうだった?」
「下手ではなかったです」
「素直じゃないな〜……愛が足りないぞ、愛が」
「……ていうかですね」
「?」
 火藍が侘助に詰め寄る。間近でその緑の瞳を見て、少しだけどきりとした。
「あんたはどうしていつも行き当たりばったりなんですか! 踊るなら踊ると最初から俺に話してください!」
「驚いた?」
「ええ、驚きましたよ」
「思い出したんだよ」
「え?」
「昔習った舞いを、少し。全部思い出してなかったから、お前にはまだ言えなかったんだ。言ってたらお前、見たいって言うだろ?」
「そりゃ、まぁ……でもこんないきなり言われても困りますけど」
「それは悪かったって。……最近な、昔のこと考えるようになったんだ」
「あんた、さっきから昔、って。昔のことはほとんど話さなかったのに、最近はそうでもないんですか?」
「さあな」
「さあ、って」
「それより見ろよ。桜、綺麗だから」
 話をはぐらかすように桜の木を見上げた侘助に、「そんなの知ってますよ」と火藍は呟いた。
――まあ、でも今日はそのわかりやすいはぐらかしに引っ掛かってあげますよ。
 舞いが美しかったから。


*...***...*


 リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)は、チャンスだと思った。
 普段は近寄れない、近寄ることの許されない、女人禁制の薔薇の学舎に近付ける今日しか、チャンスはない、とも。
 ずっと狙っていたのだ。薔薇の学舎の図書室への立ち入りを。
「駄目だろうか? リリはどうしても見たいんだ」
「無理だな。今日という日が特別で、女性が庭園に入れたとしても、それは庭園が敷地外まで通じているからだ。学舎に入れるわけにはいかない」
 ルドルフが頭を振った。半ば予想していた答えではあったが、やはり残念だし気落ちした感は否めない。
「……そうか」
 しょんぼりとうなだれてリリが言うと、
「帰るのか?」
 そう聞かれて驚いた。
「なぜ? リリは美しくないだろうか?」
「いや、図書館が目当てだとばかり」
「桜は好きだ。だからリリは見て行きたい。美しさが足りないと言うならこれでどうだろうか」
 リリが片手を振ると、宙に魔術の術式が描き出された。
「これは雷術の発動式だが、呪文圧縮と二重詠唱を用いて詠唱時間を30%短縮している。リリが考えた中で、最も簡潔で美しい術式なのだよ」
「ほう……なかなかだな」
 ルドルフが感嘆の声を漏らした。リリは満足げに庭園に入って行く。
 庭園の中に居た、薔薇の学舎の魔術オタク(と称される面々)は、そんなリリに近付いていき、
「さっきの術式なのだが――」
「圧縮の部分に代用式を用いればどうだろうか」
 何やら濃い話題が繰り広げられた。ララ サーズデイ(らら・さーずでい)は会話内容が理解不能だとでも言うように一度頭を振ると、ルドルフに近付く。ユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)が続いて、ララの胸に白い薔薇を挿した。
「私の名前はララ・サーズデイ。ルドルフ・メンデルスゾーン……君に試合を申し込みたい」
「ほう? それで美しさを見せるのか?」
「私の想う美とはこの剣を於いて他にないからな。受けていただけるだろうか」
「ああ、構わないだろう」
 ルドルフが剣を構える。ララも同じく剣を構えた。
「古式に則り、胸の薔薇を散らされた方が負けとしよう」
「いいだろう」
 一瞬の静寂。
 次の瞬間には剣と剣がぶつかり合っていた。火花散る。ララのほうが押されていることは一目でわかった。しかしそれでもララの表情はどこか楽しげで、口元には笑みすら浮かんでいる。
「速い、な! さすがだっ。だがっ!」
 鋭い突きを繰り出す。避けられる。今度は突かれる。大きく跳躍して避ける。避けた。そう思った。ルドルフの剣先には白い薔薇が乗っていた。
「…………」
「……ふぅ、ここまでか。強いな、君の勝ちだ」
 頬を伝った汗を手の甲で拭い、ララが満ち足りた笑顔でルドルフに言うと、ルドルフが剣から薔薇を取り、ララの髪にそっと飾る。
「なかなか美しい太刀筋だった。『白薔薇の騎士』ララ。この薔薇と同じように美しい桜を見ていってくれ」
「敵わないな。……ありがとう」
「君は? 君も僕と勝負するのかい?」
 ルドルフに問いかけられたユリは大きく頭と手を振り、
「わっ、ワタシがルドルフさんと手合わせなんて、そんな恐れ多いっ……! というよりも無理ですよ。勝てるわけがないですっ」
 全力で無理だと表現した。
「ワタシは、あの、だめだめですけど……声は、声だけは褒めてもらえるから……それで、踊りを」
「楽しみにしている」
 言われてユリは頷いた。
 神楽鈴を取り出し、深呼吸。背筋を伸ばして胸を張り、どこか遠いところを見るような目をしてから巫女神楽を踊りはじめた。
 民謡風のアップテンポなものにアレンジされた巫女神楽だが、正直踊りはあまり上手くない。けれど歌は絶品だ。喋っている時に感じられた声の小ささやおどおどとした感じはなく、聴いていて落ち着くような澄んだ声で紡がれる詩はそのまま心の中に入ってきて、胸が熱く感じられる。
 そのうち気分が良くなってきたのか、ユリはくるくると回りはじめた。ペールブルーの巫女服が動きに合わせて揺れる。回りすぎて距離感が掴めていないのか、あちこちぶつかったり転びそうになったり転んだりして歌が途中で止まった。
「ぁ……あぅ、……だめですか?」
「歌は良かった。いい声だ」
「じゃあ庭園に入ってもいいんですか!?」
「構わん」
「ところで、あっちはどうすればいい?」
 じっと黙って見守っていたララが尋ねたことはロゼ・『薔薇の封印書』断章(ろぜ・ばらのふういんしょだんしょう)のことで。
「む? ララ、何を言うておるのじゃ! わらわの美しさに疑問の余地はないでおじゃる!」
 小人の鞄を花がよく見える場所に置き、ふかふかのクッションにしどけなく寝そべってキセルをふかすその姿。傍らには薔薇の学舎の生徒をはべらせて世話を焼かせ、いっそ美しいと言えなくはないほど傲慢に振る舞うロゼを見て、ルドルフは顎に手をやった。
「……グレーだな」
「なんじゃ! 通せないと申すか? わらわが美しくはない、と?」
 その言葉を受けて、回りに居た生徒がルドルフを見た。
 駄目ですか。
 美しくはないですか。
 入らせてあげては……。
 そんなことを言いたげな視線。
「よくもまぁ短時間でここまで」
「わらわの美しさゆえ成せる技でおじゃる。感服せよ」
 本当に清々しいほどの傲慢さに、ルドルフは苦笑するほかなかった。