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魔に魅入られた戦乙女

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魔に魅入られた戦乙女

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第四章 神殿内、地下牢

 冷たい地下の、檻の中。連れ去られた人々はそこに収容されていた。その面々は、一般人や学生が入り混じり、純粋にさらわれてきた人や戦いの中で捕われた者、自ら進んで入ってきた者など実に多様だった。小さな子は震え、泣き出しているものも少なくない。
 ちなみに、全員ひと通り身体検査を受け、抵抗できないように後ろ手で拘束されている。
「ちょっと、服はいいんじゃないですかぁ? ……きゃぁっ」
 身体検査で仕込んでいた隠し針などを没収され、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は憮然としながらも牢の中に腰を下ろした。セシリア・ライト(せしりあ・らいと)が苦笑する。
「ヘタに抵抗したら、他のみんなが危ない目にあうかもしれないもんね」
 蛮賊の下っ端だけならともかく、敵さんについている優梨子の命令で、地下牢の傍らに潜む宙波 蕪之進(ちゅぱ・かぶらのしん)が今も目を光らせている。
「こーゆー、ヤバ気なやつらとはつるみたくないんだけどな……お嬢が怖いからちゃんと見張るけど」
 逃げ場のない牢屋。誰かが剣を向ければ、その瞬間、確実に他の誰かが犠牲になるだろう。
「守るために戦えないなんて、何だか皮肉ですわねぇ」
フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)がひとりごちた。

 そこに、ミリア・フォレスト(みりあ・ふぉれすと)はいた。泣きもせず、何かを待つようにひっそりと座っている。
「キィちゃんなら大丈夫だよ」
 捕われたフリをして地下牢に入った清泉 北都(いずみ・ほくと)がミリアに囁いた。パートナーの白銀 昶(しろがね・あきら)はうまく蛮賊の中に紛れ込んだらしい。
 ミリアは顔を上げて北都を見つめた。
「来る前、宿り樹に果実に寄ってきたんだ。崩城亜璃珠と鷹野栗が治療してくれてる。……ミリアさんは、怪我は?」
「私は大丈夫です~」
キィちゃんの生存が確認できて、笑顔を見せるミリアだったが、その表情はどこか翳っていた。
「キィちゃんが、庇ってくれましたから……。巻き込んでしまった皆さんも、ごめんなさい」
 元気のないミリアを励まそうと、エイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)は精一杯明るく振舞った。
「大丈夫ですわ、ミリア様。わたくしもさらわれてここに来ましたけど、全然心配なんてしてませんのよ? 必ず兄さまたちが助けに来てくれますもの」
そう言って微笑むエイボンの書は、少しだけ震えていた。
「実は兄さま、ミリアさんにホの字ですの。この間だって、何度もホワイトデー用のお菓子の試作をしていました。あっ、わたくしが言ったこと、兄さまには内緒ですよ?」
 自分も怖いのを我慢して、エイボンの書は一生懸命言葉を紡いだ。それは、ささやかなだけれど幸せな話ばかりで、主にパートナーである本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)に関する話だった。
「まぁ、涼介さんが?」
 知った名を聞いてミリアに少しずつ、笑顔が戻る。
 いつの間にか、怯えていた子どもたちや励ましあおうとする者たちが集まり、輪を作っていた。
「大丈夫、きっと助けは来ますわ。それまで耐えて、チャンスを伺いましょう?」
 ティティナ・アリセ(てぃてぃな・ありせ)は、傍で泣いていた子どもの頭を撫でながら、自分にも言い聞かせるように呟き、みんなを励ますように歌を歌った。その声に包まれるようにして、地下牢の空気が少しだけあたたかいものになる。周囲に注意を払っていた神代 明日香(かみしろ・あすか)も、ささくれ立った気持ちが和らぐのを感じてにっこり微笑んだ。


 一方、牢の中にはもう一つ輪ができていた。
「血塗られた女神の目的は一体何なんだろう」
 皆川 陽(みなかわ・よう)は、真相を突き止めるため輪の中に誰もが感じている疑問を投げかけた。恐怖のあまり気絶でもしそうな形相だが、その言葉はしっかりとしていた。グラン・アインシュベルト(ぐらん・あいんしゅべると)が相槌をうつ。
「蛮賊に人をさらわせておるのはわかったが、生贄を欲する理由がハッキリ見えんのぉ……」
生贄という言葉に改めて顔を青くしながら、陽はうなずいた。
「そこんとこ、実際に女神さんに対面してみたあんたたちはどう思う?」
 閃崎 静麻(せんざき・しずま)が視線をやった先には、月島 玲也(つきしま・れいや)宇佐木みらび(うさぎ・みらび)をはじめとする【怪しい一行】が居座っていた。見張りを強行突破して神殿内部に入り込んだはずだったが……。
「わたくしたち、説得しようとしたんですの」
 ヒナ・アネラ(ひな・あねら)が答える。伏せた目は何かもの言いたげだった。
「……でも、駄目でしたわ」
玲也が続ける。
「説得できる自信はあったんだけど、あの子は何て言ったらいいのか……妙なんだ」
「そりゃ、人をさらって生贄にしようって方ですもの。正常な方がおかしいですわよ」
牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)がため息をつく。ナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)が賛同するより早く、「それだ!」と宇佐木煌著 煌星の書(うさぎきらびちょ・きらぼしのしょ)が声をあげた。……先を越されてナコトは少し不服そうだったが。
「それが、びっくりするくらい普通の子なんだよ!説得だって聞き入れてくれてる風だったもん」
「だからこっちも危害を加えようとは思わなかったわけだが……」
言いながらセイ・グランドル(せい・ぐらんどる)はしょんぼりとしている宇佐木みらび(うさぎ・みらび)の頭を軽くポンポンと撫でた。言葉を受けて、玲也が締めくくる。
「と、まぁ俺たちが言うのもなんだが、彼女に説得は通じないってことだ。雰囲気に流されると返り討ちにあう」
 売りつけることに失敗した護符を器用に足で数えながら――仮にも護符と称しているのだから、もう少し扱いを神聖にすべきだとヒナには呆れられていたが――暁出雲(あかつき・いずも)がぽつりと言った。
「……他にわかったことと言えば、血に固執しているということくらいであろうな」
 レイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)は静麻と目を見合わせる。出雲は続けた。
「血を浴びるために生贄をつれて来ているのだからな」
 わかってはいたものの、殺伐とした事実に緊張を隠せない。一同は、しんと静まり返った。
 が、
「全く、恐ろしい事件でござるな!」
 声に振り向いた一同は、牢獄に似つかわしくないものを目にして違う意味で沈黙した。
 そこには、喋る雪だるまこと童話 スノーマン(どうわ・すのーまん)が鎮座していた。
「血をとられて殺されるなど、言語道断でござる」
言っている内容に反してその物言いは明るく、周囲には子どもたちが嬉しそうに戯れるという心温まる光景が広がっていた。まるで、一空間だけ別の次元のようだ。誰かが呟く。
「……雪だるまって、血出るのかな」
 それは永遠の疑問だった。