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リアクション
「女王像の移送の手配なら、わたくしがすでに準備を終えています。後で本物を渡していただければ、こちらの方が確実ですわ」
思惑を秘めて、千石 朱鷺(せんごく・とき)が申し出た。
「ああ、もう、そういう話は後々。今はとにかく輝睡蓮の方が先だ」
もうめんどくさいとばかりに、ココ・カンパーニュが会話を打ち切った。
「まあったく。先輩たちは無茶がお好きですのね。時間は無駄にしない方がいいですわ。いろいろなお話は、歩きながらでもできますでしょう」(V)
ココ・カンパーニュに濡れタオルを渡しながら、狭山 珠樹(さやま・たまき)が言った。
「ありがと」
ココ・カンパーニュが、手についた石像の破片をタオルで拭う。
「急ぐんならさあ、ジャワの姉ちゃんに頼んで空から場所探してもらえばいいだろー。リン、お前も飛べるんだから上から探せよ」
「疲れるからやだ」
なんでそうしないんだと言う新田 実(にった・みのる)に、リン・ダージが素っ気なく言ってぷいと横をむいた。
「ジャワさんは、今いませんからあ。無理ですよお」
「なんだってーッス!!」
ピンクのツートンでビキニふうに塗装されたパワードスーツを着たサレン・シルフィーユ(されん・しるふぃーゆ)が叫んだ。ジャワ・ディンブラのサインをもらう気満々で色紙とサインペンまで用意して来たのだったが、早くも挫折してしまった。
「あたしが書いといてあげるよ」
さっと色紙を取りあげたリン・ダージが、『Java Dimbula』とサインする。いや、これでは偽物である。
「何してるんですか、おいていきますよ」
すでに出発した一同の殿(しんがり)で、チャイ・セイロンがリン・ダージに注意した。
「はーい」
サレン・シルフィーユに偽サインを投げ返すと、リン・ダージはあわててみんなの後を追いかけていった。
「どのみち、森の上空から探すのは無理なんですよ。ジャワの話では、湿地帯は密林のドームに覆われていて、下を歩いて行くしか辿り着く方法がないそうですから。無計画に上から森に穴を開けて調べるのも疲れるだけですしね。湿地帯自体はかなり広いらしいので、それほど見つけるのに苦労はしないでしょうが、問題は群生地を見つける方でしょうね。規模が分かりませんから、少ししか咲いてなかったら、苦労しそうです」
「そうなんだ。おっしゃあ。ミーに任せな」(V)
ペコ・フラワリーの説明を聞いて、一応新田実は納得したようだ。
とはいえ、なぜジャワ・ディンブラがここにいないのかは、説明してもらえなかった。
「アルディミアクの洗脳を解くっていうことだけど、どうやってやるつもりなのかな。リフルのときは、チョーカーがそうだったみたいであるのだが」
マコト・闇音(まこと・やみね)が、以前リフル・シルヴェリア(りふる・しるう゛ぇりあ)が洗脳されていたときのことを引き合いにだしてチャイ・セイロンに訊ねた。
「今のところは、アンクレット説が一番ですわねえ。なかなか狙いにくい場所にありますけれど、光条兵器なら、相手を傷つけずに破壊できそうですねえ。でも、リーダーの話ですと、星拳は光条が十メートルまで接近したら飛び道具でも吸収できるそうですから、簡単にはいきませんねえ」
「そうなのか……」
やっかいだと思いつつ、マコト・闇音は、メイコ・雷動(めいこ・らいどう)にこのことを伝えるべく、ちょっと一同から離れていった。同様に、千石朱鷺も、この情報をトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)に伝えるために姿を消す。
「ねえねえ、ちょっと面白い本を手に入れたんだけどさあ、興味ないかい?」
入れ替わるように、緑色のプロレスマスクを被った弁天屋 菊(べんてんや・きく)が、チャイ・セイロンに話しかけていった。その後ろでは、黄色と白でカラーリングされた重パワードスーツを装着した吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)が、邪魔者が入らないようにと周囲にガンを飛ばして牽制している。とはいえ、マスクの下からガンを飛ばしても、あまり効果はなかったわけだが。
「なんの本ですかあ」
古書らしいということで、チャイ・セイロンがちょっと興味を示す。
「これなんだけどさあ。読みたけりゃ、サインくれないかなあ」
「ああ、はいはい」
さらさらと、チャイ・セイロンが色紙にサインする。
「『パラミタトウモロコシ百珍』と書いてありますねえ。ゆる族の本でしょうかあ。あらあらあら、こんな調理法があ。今度、リンちゃんで試してみましょう」
「ちょっと、人で人体実験するのやめてよね」
怒ったように、リン・ダージがチャイ・セイロンに言い返した。
「その通りデース。試すのであれば、これから作る特製輝睡蓮入れカレーを試してほしいデース」
香辛料の臭いをプンプンさせながら、アーサー・レイス(あーさー・れいす)がリン・ダージの前に現れた。
「うっ、現れたわねカレー男」
すちゃっと、リン・ダージが素早くガーターリングのホルスターから銃を取り出して構える。
「カレーは、世界を救うのデース。キマクのアジトではアルディミアクさんが海賊さんたちとカレーパーティーをしている痕跡がありました。きっと、アルディミアクさんはカレーが好物なのデース」
「いやいや、フランスに、日本式のカレーは普及してないと思うけれど。それとも、ココさんは、日本にいたのかしら」
日堂 真宵(にちどう・まよい)が、割って入った。アルディミアク・ミトゥナがココ・カンパーニュの言う妹のシェリル・アルカヤであるならば、二人はココ・カンパーニュの母国にいたはずであろうから、アーサー・レイスの作るカレーなどは食べたことがあるのか怪しい。
「ああ、パラミタに上がる前は母方の日本の家に預けられていたから、カレーは食べたことあるけれど。でも、シェリルがカレー好きだったかはよく分からないなあ。嫌いではなかったみたいだけれど」
さすがにどうでもいい記憶だと思いつつ、ココ・カンパーニュが昔をちょっと懐かしみながら言った。
「嫌いではない。すなわち大好物ということですネー。分かりました。頑張って輝睡蓮カレーを完成させマース」
アーサー・レイスが自己完結する。
「何を言うか。薬は、薬として使ってこそ、真の効力を発揮するのだ。見つけた輝睡蓮は、すべてこの俺に渡してもらいたい。すぐさま成分を抽出した後に加熱乾燥させて粉薬に精製してみせよう」
土方 歳三(ひじかた・としぞう)が鼻息も荒く言った。
「あの、ですから、燃やすことによって成分の効果を高める黒蓮とは違ってえ、輝睡蓮は熱に弱いのですよお。単純に揮発しやすくなると考えがちですがあ、加熱分解してしまいますから、台無しになってしまいますう。ねえ」
「生花が基本であれば、そう考えるのが妥当だな」
チャイ・セイロンに同意を求められて、本郷涼介がうなずいた。
「だいたい、全部手に入れてどうしようというのよ。新しい薬でも売り出すつもり? アルディミアクに使う物以外は一つで充分よ」
「そうですよ、自然破壊はいけません」
土方歳三をたしなめる日堂真宵に、ベリート・エロヒム・ザ・テスタメント(べりーとえろひむ・ざてすためんと)が同意した。
「そうそう。ちゃんと、手に入れた輝睡蓮はテスタメントにはさんで持って帰ってあげるから」
「うむ、ちゃんとテスタメントにはさんで……って、日堂真宵っ! テスタメントを使って輝睡蓮の押し花を作ろうとするのは止めてくださいっ!」
途中で日堂真宵の言葉の意味に気づいて、魔道書たるベリート・エロヒム・ザ・テスタメントが叫んだ。
「ああ、輝睡蓮じゃなくて黒蓮があれば、私もこいつらを洗脳しておとなしくできたものを……。輝睡蓮のそばに、一輪ぐらい咲いてないのかしら……」
頭をかかえながら、日堂真宵はつぶやいた。
「輝睡蓮は、葦原島の特産と見ていいのでしょうか。あまり珍しいものでなければ、湿地帯全面に群生しているという可能性もありそうではありますが」
比島 真紀(ひしま・まき)が、希望的観測を述べた。
「だとしたら、楽なんだが……。うっ、頼むからカレーの臭いは近づけないでくれ」
サイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)が比島真紀に同意しながらも、アーサー・レイスの臭いに軽く鼻をつまんで後退った。
「そんなにありふれたものだったら、わざわざ採りに来なくてもタシガンやヴァイシャリーあたりの邸宅の庭で栽培されていそうだよ。イルミンスールの森もここに近い感じだし。ほとんど話題にならないからには、やっぱり希少種と見た方がいいだろう」
薬学部の教科書を片手に、高村 朗(たかむら・あきら)が言った。
「香りに特徴があるのであれば、我がペットであるゲリとフレイの鼻で見つけだして見せよう。サンプルがあれば完全ではあるが、周囲と違うものであれば容易く目星はつけられよう」
ウォーデン・オーディルーロキ(うぉーでん・おーでぃるーろき)が、連れてきた二匹の狼の頭をなでながら言った。
「それは難しいと思うけれど」
空飛ぶ箒に腰かけるように乗りながら、軽装のチュニックにローブという動きやすい姿の九弓・フゥ・リュィソー(くゅみ・ )が言った。
「湿地帯を歩くなんて愚の骨頂。ここは、空飛ぶ箒の機動力を生かして、低空から探すのが一番よ」
「お任せですわ」
「では、先行いたします」
九弓・フゥ・リュィソーの言葉に、小さな箒と小型飛空艇に乗ったマネット・エェル( ・ )と九鳥・メモワール(ことり・めもわぁる)が現れる。小さな身体に合わせて作られた乗り物とあわせても、こういった場所で動き回るには都合がよかった。湿地帯にズブズブとはまりながら進んで行くにも、天蓋と化している木々の枝を避けて飛ぶにも、身体が小さいということは都合がいい。
そのまま二人は先行して偵察にでかけた。
「そういえば、ココさんに一つお聞きしたいことがあるのですが……」
ナナ・ノルデン(なな・のるでん)が切り出した。
「アラザルク・ミトゥナさんって、どなたでしょうか」
「なんでそれを知っているんだ!?」
ココ・カンパーニュが驚く。
タシガンのストゥ伯爵の城では、黒蓮の幻覚成分を吸い上げたらしい生きた霧が、接触した人間の思考を具現化していた。チャイ・セイロンはそれを夢魔の一種だと呼んだが、ちゃんとした根拠があったわけではない。ただ、その性質が似ていたというだけのことだ。
もちろん、霧が見せた幻覚、いや、霧自体が実体に変化していった物が見せた寸劇と呼んだ方がいいだろうか、それはその場に居合わせた者しか見ていない。ほとんど気を失っていたココ・カンパーニュは、そのほとんどを知らなくても当然であった。
ナナ・ノルデンが、自分たちの目撃したことをココ・カンパーニュに話した。
「私も、見ましたです。ジャワさんとココさんが契約する場面を。そのとき、声がして……」
ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)も、自分が遭遇した出来事をココ・カンパーニュに話した。
「うーん、さすがに地球にゴブリンはいなかったし、ジャワのときもそんな簡単な話じゃなかったんだけどなあ……」
とはいえ、まったくの夢物語ではないとココ・カンパーニュは認めた。
「アラザルクだ」
ココ・カンパーニュが、両手のシルク製のエルボーガントレットを外して見せた。今まで隠されていた両手首に、金のブレスレットが填められていた。どうやって入れたのかも分からないほどにぴったりと腕に収まったそれは一センチほどの幅で、ぐるりとマイクロ文字で細かく呪紋が刻まれていた。とうてい肉眼では読むことはできず、凸凹した艶消しの模様にしか見えない。
「かつては、シェリルの兄さんだったそうだ。今は眠っているから、もう話を聞くことはできないけれど。まだ眠っているシェリルの横で、いろいろな話を聞かせてもらった……」
もうずっと昔のことを思い出すようにココ・カンパーニュは語った。それは、遙かな昔語りでもあったのだ。女王に仕える十二人の娘たちの物語。彼女たちは時に自分たちではなく、女王として振る舞い、時に女王の盾となり、時に女王にできないことをする。常に女王と一体であるとともに、女王に一番近いものでもあった。けれど、女王ではなく、彼女たち自身でもない、そんな不自然な存在。
「まるで御伽噺で、そして、それが現実であると分かったから、私はシェリルに新しい名前を贈ったんだ。もう、アルディミアク・ミトゥナでなくったっていいじゃないか。だから、絶対にパラミタに来させたくなかったんだ。それなのに……」
拳をグッと握りしめたココ・カンパーニュが、じっとブレスレットを見つめた。
「いずれにしろ、私たちの思いを取り戻す。行くよ!」
エルボーガントレットをつけなおすと、ココ・カンパーニュは前をむいて歩き出した。
「ねえ、もし星剣とアルディミアクのどちらかを選べと言われたらどちらを選ぶの?」
音もなく箒で近寄りながら、九弓・フゥ・リュィソーが訊ねた。
「星拳は、シェリルが無事である限り、誰にも譲ることはできないよ。たとえ、あんたのパートナーがほしがったとしてもだ。星拳が二つに分かれている限りは、お互いが無事だということ。だから、私は左手の星拳はほしくないし、この右手の星拳を手放すつもりもない。二つであることが、一つである証しなのだから」
振り返りもせずにココ・カンパーニュは答えた。
「なら、アルディミアクとゴチメイとどちらか選ぶことになったら……」
「うるさいなあ。あまりうるさいと潰すよ」
さすがに立ち止まって、ココ・カンパーニュが答えた。
「世の中にはどうにもならないこととか、どちらかを選ばなくちゃならないことがあるって言いたいんだろうが、そんなことくそくらえだ。そんなもの、全力でぶち壊してやる。たとえ、できなくったって、ぶっ壊す。それが私だ、それが私たちだ!」
啖呵を切ると、ココ・カンパーニュは早足で先に進んでしまったゴチメイの仲間たちを追いかけていった。
「分かりやすいこと」
それがいいことだとも悪いことだとも言わずに、九弓・フゥ・リュィソーは小さな肩をすくめた。
「しかし、この体勢で湿地帯に入っていくのか?」
ホワイトパールに輝くパワードスーツを着込んだ雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)が、隣を歩く緋桜 ケイ(ひおう・けい)に訊ねた。頭だけは、着ぐるみがむきだしになっているので、ロボットとぬいぐるみを首の所で合体させたような、なんとも不思議な見栄えになっている。そして、その肩には、アイドルコスチュームに身をかためた魔法少女悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が定位置であると言いたげに乗っかっていた。
「大昔の川渡り職人みたいだな」
このまま湿地をズブズブと進んで行くんだろうかと、緋桜ケイが悲惨な未来を想像してちょっと苦笑する。
「なに、ついに立ち往生したならば、わらわはケイの箒に乗るのでな」
「俺様は乗り捨てかよ!」
ソア・ウェンボリスには否定されたが、断固熊権の行使を要求すると雪国ベアは叫んだ。
「私も、雪熊タクシー乗りたいのに……」
ちょっとうらやましそうに、『空中庭園』 ソラ(くうちゅうていえん・そら)が雪国ベアの空いている右肩を見つめた。
「よした方がいいよ。絶対はまるから。あいつははまりそうな顔をしているんだよね。僕が氷術で渡り道を作っていくから、その方が確実だよ」
ズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)が、こういうときはパワー型は不利だと肩をすくめた。もちろん、湿地帯をすべて歩けるぐらいに凍らせることができるほどの術者はここにはいないはずだし、切り札である星拳をそんなことのために使うわけにもいかない。まして、肝心の輝睡蓮まで凍らせてだめにしてしまったら大変だ。
「いったい、何をしているのですか?」
殿を歩いている道明寺玲が度々しゃがみ込んで何かしているのを見て、マリル・システルース(まりる・しすてるーす)が訊ねた。
「トラップですよ。単純に足を引っ掛けるだけの物や浅い落とし穴ですが、ほとんど嫌がらせのようなものですね。少しでも追っ手の邪魔をするというだけの物です。他にも、同じような物をしかけている方もいらっしゃいますな」
「だが、嫌がらせ程度では、敵を怒らせることにしかならぬのではないのじゃろうか」
伯道上人著 『金烏玉兎集』(はくどうしょうにんちょ・きんうぎょくとしゅう)が懸念を表した。
「それはそれで、敵に冷静さを失わせることになるかもよ」
アメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)が、何もしないよりはましだろうと言う。
「いずれにしても、敵も切羽詰まっているようだからな。僕たちが押さえ込まないと、うまくいくものもいかなくなるだろ」
「そういうことですな。できることはします」(V)
高月 芳樹(たかつき・よしき)の言葉に、道明寺玲がうなずいた。
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