First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
Next Last
リアクション
2.追跡者
「あれは、見慣れない飛空挺だぜ」
空を見あげてララ サーズデイ(らら・さーずでい)が言った。
「飛空挺と言うよりは、完全に空飛ぶ海賊船ですね」
ロゼ・『薔薇の封印書』断章(ろぜ・ばらのふういんしょだんしょう)が、船種を判別して言う。
葦原明倫館のある城下町で網を張っていたリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)たちであったが、先のナラカ道人の件で、明倫館もごたごたが収まってはいない。空京からの定期便の飛空挺は往復してはいるものの、町からは多少離れた場所で乗降している有様だ。明倫館への直接の出入りはまだ厳しくチェックされるため、海賊たちが直接訪れることはしないだろう。
「近くの湖に着水するのであろう。行くぞ」
リリ・スノーウォーカーは、パートナーたちをうながした。
タシガンの一件で、黒蓮の供給が絶たれたであろう今が、アルディミアク・ミトゥナの洗脳を解くチャンスであると言えた。だとすれば、海賊の手持ちの黒蓮をすべて奪ってしまえば、より確実に解除が行えるはずだ。なによりも、最近赤字続きなので、高価だろう黒蓮を売り払えば、リリ・スノーウォーカーたちの懐も暖まるという計算である。
★ ★ ★
「一応、私はここで船とともに待機している。必要な物は荷下ろししたはずだから、何かあったら呼んでくれ」
シニストラ・ラウルスたちの前に立った、精悍な女船長が張りのある声で言った。
白いロングコートをマントふうに袖を通さず肩にかけ、インナーは身体のラインが顕わになった真紅のジャンプスーツという出で立ちだ。
「あんたが出てきたのには驚いたが、船の方はいいのか?」
シニストラ・ラウルスが、ヴァイスハイト・シュトラントに言った。海賊の頭領であるデクステラ・サリクスのパートナーの剣の花嫁で、海賊船ヴァッサーフォーゲルの副長でもある。
「ヴァッサーフォーゲルは改修中だからな。手隙だということだ。この船も借り物だからな」
ヴァイスハイト・シュトラントが苦笑した。
「相変わらず、海賊は仲がいいんだね」
桐生 円(きりゅう・まどか)が、シニストラ・ラウルスたちに声をかけてきた。
ゴチメイたちのばらまいた情報で、今まで海賊たちに協力してきていた者たちも葦原島に集まってきている。そんな彼ら彼女らは自然と引き合うのか、堂々と海賊旗を掲げる準飛空挺の海賊船をめざとく見つけて、この湖のそばに集まってきていたのだった。
「内部でもめる趣味はないからな」
「そういうことだ」
シニストラ・ラウルスとヴァイスハイト・シュトラントが、うなずきあった。
「キミは初めてお目にかかる顔だけど……」
「失礼はするなよ。頭領のパートナーのシュトラント副長だ」
「それはそれは」
質問に答えるシニストラ・ラウルスに、桐生円は儀礼的に挨拶をした。
「結局、あれ以来、海賊に加わったのかい?」
「あれとは?」
桐生円の言葉に、ヴァイスハイト・シュトラントがシニストラ・ラウルスに聞き返した。
「ストゥ伯爵の所の霧のことだろう。変な幻覚を見せやがってな」
苦々しく、シニストラ・ラウルスが答えた。
「そう、それそれ。ちゃんと、本人から確かめたいと思ってさあ。海賊っていっても、義賊みたいなものなのかと思ってね」
桐生円の言葉に、ヴァイスハイト・シュトラントが面白そうに笑った。
「誰がそんないいものか。さあ、世間話なんか後回しで、出発の準備をしろ。ついてこれない奴らは、容赦なくおいていかれるぞ」
ヴァイスハイト・シュトラントが、きっぱりと桐生円に言った。その彼女の後ろから、支度を終えた海賊たちが下船してくる。今回は、獣人のビーストマスター中心というわけでもなさそうだ。アルディミアク・ミトゥナにつき従う形で、魔法使いが何人もいる。
「ミネルバちゃんは、狼さんと一緒に行くよー」
ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)が元気よく叫んだ。
「海賊たちは輝睡蓮のことはまだ気づいていないみたいだけれど、どうなのかねえ」
追い払われて戻ってきた桐生円に、オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が小声でささやいた。
「じきに分かるでしょうよ。もう少し足止めしたいところだけれど、他にも幹部が来ていたのは計算外だったね。あまりこっちをとりあってくれないんだよ」
少し思惑と違ってきたと桐生円がささやき返した。
「とりあえず、ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)に出発するとだけは伝えておこうかねえ」
まだバタバタと準備に追われる海賊たちに注意しながら、オリヴィア・レベンクロンが言った。
★ ★ ★
「暗いな。どうした。珍しく疲れているみたいだが」(V)
切り株に一人腰かけているアルディミアク・ミトゥナを見つけて、トライブ・ロックスターが声をかけてきた。
「たいしたことはない」
軽く額に手をあてながら、アルディミアク・ミトゥナが答えた。
「どれ」
その額にあてようと、トライブ・ロックスターが手をのばした。その手を、アルディミアク・ミトゥナが邪険に払いのける。
「ココ・カンパーニュに何かあったかな。パートナー同士は、密接にリンクしているからな」
「パートナー? 何を言っている。私にパートナーなどいない」
本気でおかしいとばかりに、アルディミアク・ミトゥナが苦笑した。
「まして、仇である敵の体調が、私に関係するものか」
「そうだな。まあ、無理はするな」
洗脳がまだしっかりしていると感じ、トライブ・ロックスターは同意するふりをした。少なくとも、海賊たちは、パートナーを失ったときのアルディミアク・ミトゥナの身体のことは考えには入れていないということだ。おそらくは、アルディミアク・ミトゥナよりも、星拳の方が重要だということか。
「アルさんは、ワタシが看ていましょう。休息を邪魔する者は、ワタシが排除します。悪い子にはお仕置きです」(V)
すっと、ルイ・フリード(るい・ふりーど)がアルディミアク・ミトゥナの背後に立って言う。
「あまり無頓着に構わないでくれ」
そばにおいておいたウィング・ソードの切っ先を無意識にルイ・フリードの方にむけてしまったアルディミアク・ミトゥナが、これ以上疲れさせるなという感じで言った。
「まったく、何を役にたたないことをしているんですか。こういうときは、飲み物などで疲れを取るのが一番なんですよ」
コーヒーを載せたお盆を持った白乃 自由帳(しろの・じゆうちょう)を従えて、浅葱翡翠がやってきて言う。
そのまま、アルディミアク・ミトゥナの周りにいるトライブ・ロックスターとルイ・フリードにもコーヒーを渡した。
「いただこう」
被っている仮面をわずかにずらして、トライブ・ロックスターが少し甘すぎるコーヒーを啜った。
「はい。少し甘めのミルクコーヒーですわ。疲れが取れると思いますよ」
白乃自由帳が、アルディミアク・ミトゥナにカップを渡す。
そのまま、二人は海賊たちにコーヒーを配って回った。
「どうぞ」
「ああ、すまんな」
デクステラ・サリクスと話していたシニストラ・ラウルスが、カップをもらって礼を述べた。
「あたしは熱いのは……」
湯気の立ち上るコーヒーカップを見て、ちょっと残念そうにデクステラ・サリクスが言った。
「ミルクもありますよ」
浅葱翡翠が、コーヒーの飲めない者のために用意しておいたミルクをデクステラ・サリクスに渡した。
「それにしても、アルディミアクさんは、なんであんなに疲れているのでしょうか」
さりげなく、白乃自由帳がシニストラ・ラウルスに聞いた。
「お前たちのような遊び人と違って、俺たちはいろいろ仕事をしているからな。もちろん、お嬢ちゃんにもやるべきことがある。今は、女王像の右手を取り返して、星拳を奪い取ることだな。疲れているからといって、逃げてすむ問題でもないさ。お嬢ちゃんの身体を気遣うのであれば、少しでも早く目的を達成する手伝いをすることだな」
シニストラ・ラウルスは、そろそろ出発の準備を終えて目標の方向を確認していった。
アルディミアク・ミトゥナに同行する魔法使いたちは、程度の差こそあれ、一様に疲れているように見える。彼らがアルディミアク・ミトゥナとともに何かをしていたらしいことは、だいたいの雰囲気から想像できることであった。
「シニストラご主人様に質問です。なぜこの前のアルディミアクちゃんはセーラー服姿だったのですか?」
飲み終えたカップを回収しに来た騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が、シニストラ・ラウルスに訊ねた。思わず、シニストラ・ラウルスがコーヒーを噴き出しそうになる。
「あれは忘れろ」
よけいなことを思い出すなと、シニストラ・ラウルスが答えた。
「でも……」
騎沙良詩穂が食い下がる。
「あれは、霧が作りだした幻だ。それに、今の服装は、マッシュルームにあった剣の花嫁用の物だからな。以前は地球の服を着ていても不思議じゃないだろう」
「マッシュルーム……キノコですか?」
なんのことだろうかと、騎沙良詩穂が聞き返した。
「マ・メール・ロアのことだ。シャムシエルのいる巨大要塞だな。キノコそっくりだろう。まあ、お子様には過ぎた玩具だ」
「へーえ」
ちょっと感心したように騎沙良詩穂が言った。
平気で蛇遣い座の名前が出てくるほどに、海賊たちとティセラ・リーブラ(てぃせら・りーぶら)たち十二星華とは繋がりがあるらしい。
「アルさんだけ、目立つんですけど、どうやってお仲間になったんですか」
「気があった。そういうことにしておけ。人が群れるのに、理由をつけることほど意味のないことはない。一緒にいたいからで充分だ」
そう答えると、シニストラ・ラウルスは該当するメンバーに出発を告げた。
「休息は終わりだ。行くぞ」
先に着いていただろうゴチメイたちの情報と、トレジャーセンスの方向を確認しながらシニストラ・ラウルスが命じた。どうにもトレジャーセンスの情報がぶれるのが気になるが、それは現場で確かめるしかないだろう。
「さあ、古巣の海賊にゃ。アルにゃんを守って頑張るにゃん」
「ちー! ちー!」
元は海賊のペットで、現在はシス・ブラッドフィールド(しす・ぶらっどふぃーるど)の舎弟となっているゆるスターたちが一斉に鳴き声をあげた。
★ ★ ★
「海賊たちが出発したようです。注意してください……おや」
携帯でルシフェル・フレアロードに連絡を入れた不破 刹那(ふわ・せつな)は、別な動きを察知して素早く移動した。見つからないように身を隠しながら、ずっと海賊たちの動きを調べていたのだ。
別の小集団が、池に停泊している海賊船に近づいていく。リリ・スノーウォーカーたちだった。
「あらかたの人数は出発していったようであるな。今のうちに、船内の黒蓮を盗みだすのだよ」
ロゼ・『薔薇の封印書』断章の操る空飛ぶ箒で静かに水面近くを移動していくと、ララサーズデイを先頭に甲板に上る。
「そこで何をしている」
あっけなく三人を発見したヴァイスハイト・シュトラントが、厳しい声で誰何した。
「はい、留守番部隊としてここに残りました。新人です」
すかさず、リリ・スノーウォーカーが用意しておいた台詞を口にする。
「そうか、新人か、ならば……」
言うなり、ヴァイスハイト・シュトラントが素早く手を振った。一瞬にして広げられた光条のヴェールが、三人の頭上から覆い被された。
「何を……」
「動くな。動けば、光条を切断に変化させる」
ヴァイスハイト・シュトラントが恫喝した。粗い縦糸ワイヤーの間を縦横に細かく光条の細い糸が埋めている。見た目はまるで輝く半透明の布のようだが、それでも光条兵器である。もしもヴァイスハイト・シュトラントの言うとおりであれば、抵抗したり払いのけようとすれば、絡みつく光条によって微塵切りにされてしまうだろう。
「縛りあげて転がしておけ」
ヴァイスハイト・シュトラントは、部下たちに命令した。
「捕まってしまいましたか……。さて、どうしますか……」
不破刹那は迷ったが、一人で乗り込んでいっても助けられる可能性は低い。
「狙うとすれば、洗脳の解けたアルディミアクと戻ってきたときですね。それまでは我慢してもらいましょう」
素早く方針を決めると、不破刹那はアルディミアク・ミトゥナたちの後を追っていった。
First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
Next Last