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5.タネ子の悲鳴

「…あれ……ここ……」
 真っ暗闇の中で、真希は目を覚ました。
 ぶんっという音と共に、目の前にスクリーンが映し出される。
(これは……)
 スクリーンの明かりで、周りに転がっている何人もの仲間達の姿が見えた。
「う、うーん…ここは……」
「テルちゃ…ん、テルちゃんも来たの!?」
 ケテルは頭を振りながら身を起こした。
「大丈夫? タネ子さんの悲鳴を聞いちゃったから、石化して、やって来たんだよ」
 真希が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら答えた。
「え? どういうこと??」
 目を覚ました祥子が、身を乗り出して尋ねてくる。
「……落ち着いて聞いてね? ここは…タネ子さんの悲鳴を聞いた者がやってくる、『あっちの世界』なんだよ」
「えぇっ!?」
「あ、でも大丈夫。ケルベロス君に舐めてもらえば、石化は解けるから」
「そうなんだぁ…良かったー!」
「う…うん」
「何? 不安そうな顔して?」
「えっ、ううん! なんでもない、なんでもないよ」
「……そう?」
(不安にさせちゃ、駄目だよね……)
 この前のような事態になるはずがない。この先何事もなければ良い、と……切に願う真希だった。

「じゃあしばらくは動けないね」
 ミルディアはため息をついて、その場に腰を下ろした。
「石化はケルベロス君に舐めてもらわなきゃ解除されないんだから、ここはもう諦めて、助け出してくれるのを待つしかないね」
「そうです…ね……でも、外の人たち…大丈夫でしょうか? あの害虫は…かなり強かったかと…」
 日奈々が暗い表情を浮かべる。そんな日奈々に、千百合が言った。
「でももうここに来ちゃったんだし、あたし達にはどうすることも出来ないよ。それに、日奈々が危険な目に合わなくてすむならこっちの方が良い」
「千百合ちゃん……」
「アルコリアさんや、歩ちゃん達には悪いけど……日奈々のこと、大事だから」
「……」
「とりあえず、ここで祈ろう。みんなの無事を」
「そう…ですね」
「──ふわぁ〜驚きだねぇ。タネ子さんの悲鳴を聞くと、こうなっちゃうのかぁ」
 弥十郎がきょろきょろと辺りを見回してる。
 害虫とはどんなものだろう? 新種の虫なら良い効能を持っているかもしれないと、【薬学】の特技を持つ、趣味で参加した弥十郎だったが、あの巨大ムカデは相手にはしたくないと瞬時に思った。
 パラミタに来て、なかなか虫という物に出会わなかった。
 害虫と聞いて、食べられそうなら料理をしたいと思っていたが……
 食えた代物じゃない。
(危なかった…)
 巨大ムカデと対峙するなんて、命がいくつあっても足りない。
「あれは危険な害虫でしたわ。今後パラミタの農業開発で妨げになる可能性大です。早くここから出て効能と成分を調べ、その後、分類訳をしませんと」
 斉民要術が鼻息荒く捲くし立てる。
「そうだねぇ」
「何を呑気にしてるんですか!」
「だって……外の人がどうにかしてくれなきゃワタシ達は動けないんだよ?」
「………!」
 言葉の意味にやっと気付き、斉民要術はがっくりと肩を落とした。
「これでまた、パラミタでひとつの専門書ができるかなと思いましたのに……」
「まぁ時間はたっぷりあるわけだし、急がば回れだよ。……で、ここでのんびりと皆の様子を見れるわけだねぇ。楽しみだねぇ」
 巨大スクリーンを見ながら、弥十郎は満面の笑みを浮かべた。

「あ〜ぁ、こーんな所に飛ばされちゃった」
 頬を膨らませながら、リアクライスは言った。
「せっかく持ってきた殺虫剤、無駄になっちゃうよ…」
「タネ子の頭採取に行っていれば、悲鳴は聞かずにすんだかのう?」
「そうでもないんじゃないですかぁ? 必然的に、来てたかもしれませんよ」
 シュテファーニエとエステルが苦笑しながら話し合う。
 何も無い、真っ暗闇の空間。
 ただ目の前には眩しいくらいの光を放つ、巨大なスクリーン。
「あれ、いつ映るんかのう?」
 首を傾げながら、シュテファーニエが言った。
「リモコンとか無いのかな? ……うーん…何処にもそんなの見当たらないよぉ」
 リアクライスは、スクリーンの周りを見る。
「リア、危険ですからあまり動き回らないでくださいですぅ。ここに。ここに、座っていて下さいですぅ」
 エステルは、自分とシュテファーニエの間の地面を叩いた。
「……うん」
 リアクライスは腰を下ろした。
「──だから害虫駆除なんて嫌だったのにぃ……「行くな」って言われてるんだからやめておけば良かったよ……」
 秋日子は体育座りをしながら、身体を揺り動かした。
 こんな所に閉じ込められてしまっては、愚痴の一つも言いたくなる。
「でも本当は奥がどうなってるのか、凄く気になっていたんじゃないですか?」
 キルティが笑いながら問いかけた。
「それは…そうだけど……」
「ケルベロス君に舐めてもらわないと石化は解けない……」
 額に指を当て考えこんでいたキルティが、突然顔を上げる。
「あらら、これはもしかしてピンチってやつですか?」
「…外の世界の私たち、今ここにいる私たち。これから一体どうなっちゃうんだろう」
 秋日子は少しだけ不安にかられて、キルティの服の裾を握った。
「そんなに心配することないみたいですよぉ? 外の世界の私達は石化してるみたいですから、カチンコチンですよ。ちょっとやそっとじゃ壊れないですぅ」
 明日香の言葉にノルニルも頷いた。
「誰かが私達の石像をケルベロス君の所に運んでくれさえすれば……」
 途端にノルニルの顔が曇った。
「って、あ…あれ? あれれ?? お酒! お酒が無いです!」
「……戻るまで我慢しないといけないみたいですねぇ、ノルンちゃん」
「そんな〜〜〜〜〜」
「でも、キモイ害虫に関わらなくすんで良かったですぅ。あれを見た時は固まってしまいましたよぉ」
 そんな会話をしながら。
 皆スクリーンの前に腰を下ろした。
 やがて、その大きな真っ白い画面に、外の景色が映し出される。
 一瞬だけ、転がっている何体もの石像が映り……すぐさま切り替わる。
 画面が、ある場所で固定された。
(え……?)
 そこには、触手に絡め取られている、あられもない姿のアリアの姿が!
「これは……」
 美央の目が輝き出した。
(もしかしてあの人が触手にまみれているかもしれない!)
 紗月大好きっ子の美央は、期待を隠せなかった。
 画面がいつ紗月を捉えても良いように、視線をスクリーンに集中させる。
「あっ、やっ、くうぅ!」
 アリアの衣服が粘液で溶け、まるで蜘蛛の巣に捕われた蝶々のように、貼り付けにされている。
「いやぁ……どう、して……こんな……」
「………」
 真希が赤面しながら隣のケテルの顔を見た。
「テルちゃん…えっと……」
「だぁめですよぉ」
「えっ?」
 真希の目が、ケテルの手で覆い隠される。
「こんなの見せたことがバレたら、ケテルがあの人に叱られちゃいますよぉ。あっ、耳は真希さんが塞いでおいて下さいねぇ」
「う…うん」
 まるでエロ動画を見ているようだ。
 視線を外そうにも、特大スクリーンにアリアのアップが映し出され、大音量のあえぎ声はBGM代わりで……
「が、画面切り替えたい…ですねぇ……」
「どうすればかえられるのかなぁ?」
 日奈々と千百合が、画面から目を逸らしながらこそこそ話し合う。
 他の何人かも、まるで家族の夕飯時にTVを見ていたら、気まずいシーンが出てきてどうしたら良いか分からない…! という状態に陥っていた。
「おっほ、これはえぇのぅ…」
「やっぱり百合のみんながきゃうきゃう言ってるのが可愛くていいわねぇ」
 しかし、シュテファーニエとエステルは、そんなことはお構いなしに喜んでいた。
「喜んでる場合じゃないでしょ…!」
 両手で目を覆ってはいたものの、リアクライスは指の隙間からしっかりと覗き見をしていた。

──リタはショウを守ろうと、辺りの様子を窺いながら懸命に警護に勤めている。
「何が起こるか分かりませんから、そこから動かないで下さいですぅ」
 しかしショウは……
 目の前で繰り広げられている光景に、視線を外すことが出来なくなっていた。
 生い茂る草の隙間から顔を覗かせ、ごくりと唾を呑み込む。
「……っ、ぅあっ…」
 留美が歯を食いしばって快感に堪えている。
 触手の海原に横たわった身体は服が溶けかけ、粘液でどろどろだ。
 逃げようにも触手に動きを封じられているのか、起き上がることも出来ないらしい。
「やぁ……っ!」
「…触手プレイされている女の子を発見したら部活動を開始するつもりだったが……思った以上にすげえな。じっくり堪能させてもらうぜ」
 殺気看破と超感覚で、周囲を警戒しながらのぞく。
「邪魔する奴は許さねえぞ…」
 殺気を含んだ声で呟くと、部活動を開始するショウだった。

「…………」
 ばっちりとその様子がスクリーンに映し出されていた。
「ちょっとあの行動は……恥ずかしいねぇ」
 弥十郎が苦笑しながら言った。
 まさか『のぞき』をしている姿をこんな大勢に見られているとは、夢にも思わないだろう。可哀想に。
「まったくもって同意見ですわ。でも……」
 斉民は続ける。
「人間の生態を観察する、良い映像だと思います」
「そうだねぇ、じゃあこっちもじっくり堪能させてもらおうか」
「はい」

「触手祭りだ、触手祭り」
 大佐は笑いが止まらなかった。
 本当はタネ子を狩りに行くつもりだったのだが、自分の直感を信じて今ここにいる。
「素晴らしいのだよ……祭りは最高なのだよ」
 ふいに。
 触手の魔の手から逃れようとしていた、つかさの姿が目に止まった。
「叩きこむ! 触手から逃れることは許さないのだよ!」
 大佐はバーストダッシュを駆使しながら近づくと、再びつかさを触手の中へと押し倒した。
「えっ……?」
 そして疾風の如く離れる。
「あ、せっ……かく…、逃れられそう、だ……のに、っ」
(私は今日、のぞき部としての活動をしようとしていたでございます。それがまさか自分が……)
「…んぁっ……」
「いいわ〜ナイスよ〜」
 どりーむが、その様子を超高画質デジタルビデオカメラで撮影していた。永久保存版だ。
(クタクタに疲れた女の子を、とどめとばかりに気持ちよくしてあたしにメロメロに惚れさせちゃうよー)
 カメラを回しながら、最大級の邪な思いを抱くどりーむ。
「ど…り〜むちゃ、ん……助け、て…」
 触手がまとわりついて気持ち悪いはずのふぇいとの身体が、だんだん反応してきていた。
 もちろんその様子も逐一カメラに収められている。
「も、う…おかし……くなっ…ちゃう〜!」
「もう少し! もう少しよ、ふぇいとちゃん!」
 そのすぐ横にも。
 助けに入った香苗がうつ伏せ状態で触手に捕まっていた。
 普段は常に攻めの姿勢の香苗も、この状態になるとひ弱で年相応の可愛らしい少女になってしまっている。
 それは素の表情の香苗で、普段は人に見せることはなかった。
「愛らしいよ、香苗ちゃん!」
 どりーむがカメラを向ける。
 香苗はうつろな瞳で、目の前の触手を見ていた。
 やがてそのうちの一つを口の中へ…
「んっ、むぅ…」
 口の中で艶かしく動く触手。
「………あぁあああー、もう限界!!!!」
 どりーむは、スコールで濡れて重くなった遮光シートを、思い切り広げて皆の上に覆い被し、不適な笑みを浮かべながら、その中へと潜り込んでいった。
 シートの下から、嬌声が聞こえる。
 一体……何が行われているのだろう?

 再び画面が切り替わった。
 剛太郎が、触手の海原に横たわって身悶えている。
「はいはい、見たくない見たくない」
 皆が声を揃えて突っ込んだ。
 しかし。
 まるでこっちが見えているんじゃないかと思うほどのカメラ目線。
「あぁぁぁあん……!」
「剛太郎、こっち……見ないでほしいんだけど……」
 祥子が複雑そうな顔を浮かべる。
「なんかむちゃくちゃこっち見てる気がする……」
 露骨に嫌そうな顔をして、ミルディアは言った。

「いぃ! いぃであります、コーディリアぁあぁぁああ!!」


「ちょっと! 私の名前を呼ばないで下さい!」
 すぐ傍で、真っ赤になったコーディリアが怒っていた。

「そそそこ! コーディリアぁああぁ!」


「やめてぇええぇえ!」
 コーディリアは耳を塞ぎながら走り去っていった。
「……た、大変な人のパートナーなんだね。コーディリアさん…」
 ミルディアは苦笑した。
「なんか、同情しちゃうわ」
 祥子も乾いた笑いしか出なかった。