天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

金の機晶姫、銀の機晶姫【後編】

リアクション公開中!

金の機晶姫、銀の機晶姫【後編】

リアクション


〜命の灯〜



 お出かけ用に買ってあるキュロットをはいた、かわいらしい少女の装いのラグナ アイン(らぐな・あいん)が百合園女学院の前で声を上げていた。

「どうしてですか!!」
「……無理なものは、無理なんだ」
「そ、そんな……佑也さん、どうして……!?」

 苦々しい表情で、眼鏡越しのまっすぐな視線をはずしたのは如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)だった。メイド服姿のラグナ ツヴァイ(らぐな・つう゛ぁい)も、冷ややかな表情で如月 佑也を睨みつける。

「兄者、いくらなんでもひどすぎます」
「俺は、間違ったことは言っていない」

 如月 佑也は、ビシッと校門の入り口横にかけられている看板を指差した。


【コレより先、男性の侵入を禁ず】


「そんな、そのためにツヴァイとおそろいの服を用意したのに!」
「だから誰がメイド服なんて着るか!!!!」

 青い髪を振り乱してメイド服を掲げる機晶姫相手に、大きな声を張り上げる。その後ろで、緑の髪の機晶姫は白と赤のコントラストが素晴らしい巫女服を取り出してにやりと笑っていた。

「兄者のために巫女服まで用意してあるのに」
「巫女服は着るのが好きなんじゃなくって見るのが好きなわけでって何を言わせるんだお前は!!」
「……失礼、何を騒いでいるんだ?」

 見るに見かねてか、神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)榊 花梨(さかき・かりん)がその3人に声をかける。ラグナ アインが矢継ぎ早に説明をすると、榊 花梨は首をかしげた。

「ニーフェさんここじゃなくって、あっちの施設だから、お見舞いは男性も入れるよ?」
「え? ルーノさんの部屋じゃないのか?」
「お見舞いに来る人が女の子ばかりじゃないだろうからって、イシュベルタさんが気を利かせてくれたらしいわよ」

 榊 花梨の言葉に、「よかったぁ」と「チッ」という舌打ちが同時に背後から聞こえた如月 佑也は、どっと疲れが押し寄せてきてその場に膝を付いてしまっていた。


 ニーフェ・アレエが休んでいるという部屋は、部屋というよりも寮の一室よりも立派なんじゃないかという感じのマンションの一室だった。内装はシンプルなデザインだったが、ソファには軽く8〜10人ほど座る分だけそろえられている。セミダブルサイズのベッドに、ニーフェ・アレエは横になっていた。ロザリンド・セリナが来訪者に気がついて、横になっていた、ニーフェ・アレエに声をかけると、ゆっくりと起き上がり、背中に枕を入れてもらっていた。

「皆さん、来てくださったのですか!」
「ニーフェさん、寝ていなくて平気なのですか?」
「はい、以前皆さんから戴いた機晶エネルギーの玉で、何とか……ただ、歩くとエネルギー消費が激しいから、このままでごめんなさい」
「いちいち気にするんじゃない。それに、姉を置いて先に逝くようでは、真の妹キャラとはいえませんぞ」

 ため息をつきながら、ラグナ ツヴァイが何かを鞄から取り出している横で、ラグナ アインが浅葱 翡翠から引き受けてきた珈琲の入ったポットを取り出し、紙コップに注いで差し出す。如月 佑也は簡単な挨拶を済ませると、すぐに少しはなれたソファに腰掛けて、遠巻きに彼女たちを眺めていた。

「これ……浅葱さんが?」
「うん。よくわかったね?」
「はい。この香り、凄く好きなんです。自分で入れても、この香りでないんですよね」
「ニーフェさん、さびしいですか?」

 ラグナ アインにそう声をかけられ、顔を上げる。表情を動かそうと思っても、うまくできなかったのかうつむいてしまうと、ラグナ アインはニーフェ・アレエの頭を優しく抱きしめた。

「ルーノさんは、友達を悲しませるようなことは絶対にしません。だから、無事に帰ってきますよ」
「は、い……ありがとう、ございます……」

 ほんの少し、胸元に水気を感じた。それが、彼女が胸にためていた涙だと想い少しだけ抱きしめる腕に力を入れた。少し落ち着いたところで、ラグナ ツヴァイがラグナ アインの服を引っ張ってきたので、ニーフェ・アレエを開放すると、今度は榊 花梨と神楽坂 翡翠がベッド脇に腰掛けた。榊 花梨の腕の中には、黒猫が入った籠があった。

「お久しぶりですね。吉報がくると思いますので、動けなくておつらいとは思いますが、信じて待ちましょう」
「ありがとうございます。神楽坂さん……誰もお見舞いきてくれなかったら、どうしよう、と思っていたので、嬉しいです」

 冗談めかしてそう微笑んだニーフェ・アレエに、榊 花梨は安堵して自らも精一杯の微笑を向ける。

「やほー、なかなかこれなくてごめんね。この子はリンっていうの。初めまして。仲良くしてね」
「花梨さんにあえて嬉しいです。わぁ、リンさん、どうぞよろしくお願いしますね」

 猫は迷惑にならない程度にぴょん、と飛び乗ると、返事を返すように「にゃー」と小さな声で答えた。すると、アシャンテ・グルームエッジがおいていったティーカップパンダの蓮華がニーフェ・アレエの懐から顔を出すと、黒猫のリンとじゃれあって遊び始めた。それをしばし眺めて楽しんでいると、今度は大きな白い箱が出てきた。

「あと……これ、アップルパイ……作ってみたの。味は、初めてだから、ちょっと不安だけど」
「花梨が朝からがんばって作ったお菓子です。きっと、おいしいですよ」

 神楽坂 翡翠がそっと耳打ちする。差し出された箱をあけると、既に切り分けられたアップルパイが入っていた。まだ焼きあがって間もないのか、香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。すぐに手にとってかぶりつくと、甘酸っぱい香りが口いっぱいに広がる。シナモンの香りとあいまって、絶妙な味わいだった。

「すっごくおいしいですっ!」
「よかったぁ。喜んでもらえて……みんなにもあるから、良ければ食べて」
「では、お皿に盛ってきましょう」

 ロザリンド・セリナが引き受けて、台所に持っていくと皿のうえに盛られて改めてお見舞い組みの口へとアップルパイが運ばれていく。そこへ、アピス・グレイス(あぴす・ぐれいす)
が花束を持って現れた。巨大なランスを背負った黒髪の少女はぎこちない表情ではいってきた。その後ろには、フリルをふんだんに使ったワンピースに身を包んだ機晶姫、シリル・クレイド(しりる・くれいど)と、百合園女学院の制服を纏って剣を二本携えているネヴィル・パワーズ(ねう゛ぃる・ぱわーず)がいた。

「初めまして。私、アピス・グレイス。この子は、シリル・クレイドと、ネヴィル・パワーズよ。倒れたって聞いたから、お見舞いに来たの」
「初めまして! ごめんなさい、このままで……」
「いいんだよ、あたいもきしょうきなんだ。おなじきしょうきどうしなかよくしようね!」

 笑みを浮かべながら握手をしてきたシリル・クレイドに、笑みを返しながらニーフェ・アレエはその手をとった。ネヴィル・パワーズは軽く会釈をするだけで、入り口から離れずに外を警戒しているようだった。

「狙われている、って話も、そこのロザリンドさんから聞いてるわ。護衛役もできもらって思って、武器持ってきてあるの。安心してここの警護は任せてね」
「はい。お気遣い、ありがとうございます」

 ニーフェ・アレエの言葉にアピス・グレイスは小さく頷くと、花を生けるための花瓶を借りて台所へと向かった。シリル・グレイドもしばらく他愛もない話をすると、窓のほうにたって外の様子を伺っていた。またノックがされると、ネヴィル・パワーズが応対し、中に通される。顔を見せたのは影野 陽太(かげの・ようた)たちだった。
 何故かメイド用カチューシャをつけており、恐らく彼も百合園女学院に入れないから対処するために女装を強要されそうになったのだろうということが見て取れた。
 なにせ、パートナーの二人が少々残念そうな顔をしているからだ。

 エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)の後ろで、少し隠れるようにしていたノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)が、ニーフェ・アレエの顔を見るなり飛び出した。ベッドの上の彼女に飛び掛る勢いだったのを、エリシア・ボックが抑えて挨拶を済ませる。

「相手は病人なんだから、飛びつかないの」
「ごめんなさい……」
「ノーンさん、エリシアさんも、陽太さんも……きてくれて、うれしいです」
「あのね、わたしニーフェちゃんのリクエストに何でも答えるよ」
「リクエストですか?」
「うん。このアコースティックギターで弾けるのなら、何でも」

 にっこりと微笑んだノーン・クリスタリアに、ニーフェ・アレエは少し悩んで苦笑しながら口を開いた。

「私、あの歌以外はあまり知らないんです。あの歌、弾いていただけませんか?」
「うん!」

 その注文がうれしかったのか、ノーン・クリスタリアは張り切ってアコースティックギターを構えた。曲を奏ではじめると、ニーフェ・アレエも歌を口ずさみはじめる。楽しげな二人を眺めていた影野 陽太はラグナ アインに服を引っ張られ、台所まで連れて行かれた。

「あれ、どうしたんですか?」
「ニーフェさんに、機晶エネルギーを送れないかな、と思っていまして……」
「お二人の、ってことですか?」
「その程度、ボク一人で十分です」

 ラグナ ツヴァイの言葉に、ラグナ アインは少し困ったような表情を見せる。親友を助けたい、という想いが伝わってきてなおさら複雑な気分で妹を見つめていた。すると、その視線に気がついたラグナ ツヴァイが今朝姉に放った言葉をもう一度口にした。

「姉上だって、ルーノ女史が同じ状況だったら、きっと同じことをするんじゃないですか?」
「うん。わかってるよ……でも」
「大丈夫ですよ。全てあげるわけじゃありません。彼女は今、機晶エネルギーの玉で生きながらえています。{SFM0005743#朝野さん}の話だと、まだ大丈夫だと思う、そういってました」
「念のため、程度です姉上。心配しないでください」

 いつもは冷めた目をしている妹だったが、このときはやけに瞳の光が強く、思わず頷いてしまっていた。丁度それを聞いていたアピス・グレイスは、花瓶に入れた花を抱きかかえながら「私のパートナーも機晶姫だから、辛かったら言って。力になれると思う」と声をかけてくれた。頷いて返事をすると、すぐにエネルギー供給の支度を始めた。

「こんにちはぁ〜……、おじゃましても……いいでしょうかぁ〜?」

 のんびりとした口調で、白杖をついて現れたのは如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)だった。そのパートナー冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)は、彼女の腕を支えながら入ってきた。

「はじめましてぇ……如月 日奈々といいますぅ」
「あたしはパートナーの冬蔦 千百合。よろしくね。彼女は、目が見えないの」

 冬蔦 千百合がそう説明を付け加えるも、銀色の光を見ることができない眼はしっかりとニーフェ・アレエのほうを見据えているように見えた。ニーフェ・アレエはベッドから出ないままで彼女が差し出してきた手をとって、挨拶を交わす。

「ありがとうございます」
「そろそろ……お昼時だから、と思って……身体によさそうなお弁当を作ってきたんですぅ……機晶姫さんにも効果があるといいのですけれどぉ」

 そう如月 日奈々が言うと、冬蔦 千百合が抱えていた包みをベッドの上におかれたテーブルに広げる。色とりどりのお弁当は、見た目にも楽しめるように飾り切りまで施されている。お肉に野菜、魚と、バランスのよいおかずの数々、サンドウィッチにおにぎりも用意されていた。

「きっと……沢山お見舞いの方がいるとおもってぇ……お持ちしたんですよぉ」
「ええ。私一人じゃ食べ切れなさそうです。皆さんで食べましょう!」

 丁度そこへ、ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)ロレッタ・グラフトン(ろれった・ぐらふとん)がやってきた。その後ろには、お見舞いの品を持ったメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)たちもいる。

「ニーフェちゃんモテモテだね」

 セシリア・ライト(せしりあ・らいと)が茶化すように言うと、ニーフェ・アレエは頬を赤らめて笑い声を上げた。客人が集まってきたので、ロザリンド・セリナは少し離れた机にパソコンを置いて、新たな情報がないかの確認をし始めた。

『飛空挺は3機とも順調に航行し、途中で襲撃を受けるも問題なく定刻どおり到着する予定』


 その知らせを呼んでほっと胸をなでおろすと、お弁当のおかずをさらに盛り付けたフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が、ロザリンド・セリナの見えるところにその皿を置く。

「ロザリンド様の分ですわ。大事なのはわかりますが、一息入れることを忘れないでくださいませね」
「ありがとうございます」

 にっこりと微笑むと、サンドウィッチを口に運びながらベッドの脇で楽しげに語らうニーフェ・アレエを見つめた。
 先ほどまで姉の心配をして顔色が真っ青だったのだが、今は健康的な色に戻っている。かといって、彼女のエネルギーが尽きようとしている事実に変化はない。口の中身を飲み込むと、パソコンに向き直った。七瀬 歩宛に『ニーフェさんの体調は良好です。心配しないでください』とメールを送った。

「ニーフェ! ちゃんと噛んでるのか!?」
「だ、大丈夫ですよ」
「食べる速度が速い。もっとゆっくり食べろ」

 ニーフェ・アレエとラグナ ツヴァイがそんなやり取りをしていると、如月 佑也一人はないしんひやひやしていた。彼女の性格を知る彼は、それがラグナ ツヴァイなりの照れ隠しであるとわかるが、回りから誤解を招きかねないか。と。

「そうだ。それなら私があ〜ん、してあげますぅ。それなら、否応にもペースは上がりませんよ〜」
「ちょっと、メイベルずるいですわ」
「あ! それなら僕もやりたい!」

 メイベル・ポーターとセシリア・ライト、フィリッパ・アヴェーヌたちが姦しく騒ぎ立て始めると、ニーフェ・アレエは困ったような顔で笑い始めた。どうやら、如月 佑也の考えは杞憂に終わったようだった。
 窓の外を見上げ、澄み渡る青空を眼鏡に移しながら小さく呟いた。

「ルーノさん、みんな、がんばれよ」 







 飛空挺は間もなくボタルガに到着しようとしていた。大半が前面からの突入を計画していたが、彼女……マジカルホームズは違った。

「これ、光る機晶石に見えないかなぁ」

 霧島 春美(きりしま・はるみ)が、以前拾った銀色に一瞬だけ光った機晶石に、光術をかけて無理やり光らせていた。一見すると、まるで『銀の機晶石』のようであった。それに、黄色いセロファンをかぶせると、『金色の機晶石』のようだった。
 それを眺めていたピクシコラ・ドロセラ(ぴくしこら・どろせら)は、ため息をついて胸を押しつぶしながら腕組みをした。

「うーん……ルーノさんの体から、機晶石を抜くなんてことはしないって、向こうはふんでるんじゃないかしら」
「それじゃあ、何かいい案があるの?」

 ディオネア・マスキプラ(でぃおねあ・ますきぷら)が耳をぴょこん、とさせて小首をかしげる。ジャッカロープの獣人に問われても、機晶姫のピクシコラ・ドロセラは答える術を持っていなかった。

「案なんてないけど、不安があるわね」
「まっかせなさい! この私が見事なネゴシエートをしてくるわっ!」

 一ノ瀬 月実(いちのせ・つぐみ)がピンク色の髪を手でなびかせるとにっこりと笑みを見せる。その後ろで不安げな表情で眺めているのは、パートナーのリズリット・モルゲンシュタイン(りずりっと・もるげんしゅたいん)だった。

「でも、交渉するというのはいいと思います。ランドネアさんは、戦うのがお好きではないはずですし」
「うまくいかないにしても、分担していけばどれかの作戦が必ず成功すると思うわ」

 にっこりと黒い瞳を細めている橘 舞(たちばな・まい)の言葉に、辛らつな言葉を向けるブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)だが、その表情は決して諦めているようには見えなかった。相田 なぶらも加わって、説得に力を貸すことを誓った。

「ランドネアにだって、大事な人がいるんだ。アルディーンだって、きっとそうだと思う」
「家族の大事さを思い出してくれれば、きっと活路は見出せると思います」

 フィアナ・コルトは力強くそう言い放つ。

「よぉっし! 私たちは説得が出来るようにがんばろう! ヴァーナーさんたちと一緒に!」


 おう! と掛け声を上げている説得チームを、遠巻きに眺めていたのは霧雨 透乃(きりさめ・とうの)緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)だった。緋柱 陽子は苦々しい表情で説得チームを見つめていた。

「……幸せのための、犠牲は必要だと思っています」
「うん、そうかもしれないね。でも優先すべきは殺すことじゃないよ。助けるために、必要なものを選んで取り返すことだよ」

 昔を思い出して哀しそうな顔をしていた緋柱 陽子の肩を優しくさすりながら、霧雨 透乃は微笑みかけた。

「助けることは、難しいと思う……殺すつもりでかからなきゃならないくらい、強い相手だと思う。だから、何人かああして助けるつもりで動いてくれるほうが、バランスがいいと思うよ。それに、私たちには私たちにできることをしよう」
「……はい、そう、ですね」

 胸元をぎゅっと掴んで、不安を押し込めるとキッと空を仰いだ。間もなく、ボタルガに到着しようとしていた。










「……よし、腕出せ」

 食事を終えて間もなく、突然ラグナ ツヴァイからそういわれて、ニーフェ・アレエは戸惑いながらパジャマの袖をまくると小麦色の腕を差し出す。そこに何かのチューブを接続させると、ラグナ ツヴァイの体が淡く光り始めた。

「ツヴァイさん!? ダメですよ、エネルギーが!」
「ルーノ女史が戻るまでの間でしょう? 電子戦機の出力、ナメないでください」

 小柄な少女が発しているとは思えないドスの聞いた声で、ニーフェ・アレエを睨みつける。ニーフェ・アレエはそれを見て怯えるどころか、その強がりをみて涙を零す。

「泣くのにもエネルギーを消費するんです。どうせなら、お見舞いに来てくれている人たちに笑いかけるようにしたらどうですか」
「だって、だって、私……」

 涙をシーツに零しているニーフェ・アレエを見て、手のひらサイズのパンダ蓮華が、一生懸命笑わせようと逆立ちなどの芸を披露する。玉乗りをしようとして、バランスが悪く転んだりしていると、その玉を今度は黒猫のリンに弄ばれる。

「リンも蓮華も、笑ってほしいって言ってる。早く元気になることだけ、考えよう?」

 ノーン・クリスタリアが顔をのぞきこんで、小麦色の指をしっかりと握り締める。ニーフェ・アレエは天井を仰いで、首を目いっぱい振ると、にっこりと笑って見せた。

「ありがとう……ございます……リンさん、蓮華さん」

 その笑顔を見て安心したのか、ラグナ ツヴァイはニーフェ・アレエの隣に横たわり、寝息を立て始める。自分のためのエネルギーを最小限にし、ニーフェ・アレエに送っているようだ。その寝顔を見ていると、ロレッタ・グラフトンが綺麗な硝子に入れられた、さくらんぼジャムで彩られたパンナコッタを差し出した。

「シェイドやミレイユと作った」
「暖かくなってきたから、ひんやりしたスイーツのほうがいいかなと思ったの」

 ミレイユ・グリシャムがにっこりと笑ってニーフェ・アレエの緑色の瞳を覗き込んだ。ロレッタ・グラフトンの手には、その硝子の器を持たせて、自身も何とか笑っている表情を見せていた。その痛々しい表情を見ていられなくて、ニーフェ・アレエは携帯を取り出した。

「ロレッタさんに先日戴いた絵……部屋に飾ってあるんです。額に入れてもらって……あんまり素敵だから、形態の町受けにもしてあるんですよ。ほら!」

 そうして見せたのは、クレヨンで描かれたお茶会の風景。とても名匠の絵とは思えない出来栄えだったが、その暖かさは見る人の胸を打つものがあった。

「これだけ、みんなが祈ってる。早く元気にならないと、許さないぞ」

 ぽそ、とロレッタ・グラフトンは呟いた。急に駆け出したかと思えば、彼女は部屋を出て行ってしまった。その後を追おうとしたミレイユ・グリシャムも、ニーフェ・アレエに短く挨拶をすると玄関を出たところで彼女の背中にぶつかった。

 その方が震えているのを見て、ミレイユ・グリシャムは、涙を零した。振り返ったロレッタ・グラフトンの目に涙はなかったが、代わりに泣いてくれたらしいミレイユ・グリシャム見て「ミレイユは子供だな」と苦笑した。