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ペンギンパニック@ショッピングモール!

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ペンギンパニック@ショッピングモール!
ペンギンパニック@ショッピングモール! ペンギンパニック@ショッピングモール!

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 第二章

 ペンギンの確保作戦が始まっていた。ショッピングモール内に客や店員の姿はない。すべて退避を終えているのだ。ただし店はオープンしたところだったのですべて開いたままだ。内部の施設や店のものは好きに使って良いとの許可は事前に得ている。

 ペンギンと言えば魚売り場、ということで、スーパーマーケット地下の鮮魚コーナーに五月葉 終夏(さつきば・おりが)シシル・ファルメル(ししる・ふぁるめる)は急行していた。狙いは正しい。既に数頭のペンギンがうろうろとしている。
「うわぁい! 師匠師匠! あそこ見て下さいです! ペンギンがたくさんいるですよう!」
 満面の笑みでシシルは振り返る。当然、終夏も喜んでくれるかと思いきや、
「う……うん。そうだね……」
 なぜか彼女は、強張った表情を見せるだけなのだった。それどころか、売り物の缶詰の山に身を隠してしまう。
「どうしました、そんなところに隠れてちゃだめですよう? 師匠、具合でも悪いのですか?」
「いや、元気ではあるよ……」
「じゃあなおさら変ですよう。もしかして鳥が苦手……でしたっけ?」
「鳥は好きなんだ鳥は。鳥の胸の羽毛とかもふもふしててさ……」
 だけど、終夏には硬直してしまう理由がある。かつて彼女は、巨大な鳥に丸呑みされてしまった経験があり、それゆえ鳥類に対し軽い恐怖症を抱くようになってしまったのだ。
「う、うん、でも大丈夫。落ち着いたから」
 とシシルに力なく微笑みかけると、終夏は近場から秋刀魚を取って掌にのせ、ペンギンに姿を見せた。
(「あれは丸のみしない丸のみしない……鳥は嫌いじゃないんだよ……むしろ好きなんだ……」)
 自分に言いきかせるようにして、反応を待つ。
 一羽のペンギンが「?」という顔をしてのてのてと近づいて来た。
 しかもそのペンギンは、ふわふわ羽毛のヒナペンギンなのだった。色も灰色、目がクチバシも小さい。
 つぶらな瞳で、ヒナは終夏の顔をじっと見ている。
 ヒナと終夏が接触に成功しているその反対方向には、虎鶫 涼(とらつぐみ・りょう)レアティータ・レム(れあてぃーた・れむ)の姿もあった。
 ポートシャングリラに着くなり、レアティータはこう言ったのである。
「ペンギンは……お魚さんが……好き」
 普段、自分から口を開くことの滅多にない彼女である。ぽつりと語っただけとはいえ、それは涼にとって軽い驚きだった。
(「レムが自分から主張するとはな……」)
「つまり、魚売り場に行けばいいということだな?」
「ペンギンさんはお魚さんが好きだから……そこにいるかも」
 よし、と二つ返事で涼はレアティータの手を引き、ここに来たというわけだ。
 到着するなりレアティータは一生懸命な様子で、売り場の魚をペンギンに配っている。切り身の魚より尾頭付きのほうが喜ぶようだ。引っ込み思案の彼女ゆえ大きく相好を崩したりはしないものの、その口元にはかすかな笑みがあった。
(「レムがこれほど嬉しそうなのを見るのは久しぶりだ」)
 その姿に涼は心が温かくなるのだが、ゆっくりしているわけにはいかない。銃型ハンドヘルドコンピュータを起動し、外への誘導ルートの割り出しに勤しむ。

 さて一方、モール内のとあるショップには久世 沙幸(くぜ・さゆき)が駆けつけていた。
「パラミタコウテイペンギンもきっと地球のコウテイペンギンと同じで冷たいものが好きだとすれば……」
 とまで言って看板を見上げる。
「やっぱこれかな?」
 パステル調の色使い、夢見るようなイラストは、この店がアイスクリームショップということを示している。
「お邪魔しまーす……って、誰もいないか」
 自動ドアをくぐって左右を見回す。無人の店内には、美味しそうな色とりどりのアイスの写真があった。
「あっ、こんなアイスが出るんだ! トロピカルマンゴー&ココナッツ味かぁ……新作スイーツのチェックも忘れずにやっておかなきゃね」
 事件が片付いたら客として来てみたい、そう思いつつ沙幸が奥へ進むと、
「いたいたっ! やっぱりここ涼しいもんねー」
 冷蔵庫の戸が開け放たれており、ちょこまかとパラミタコウテイペンギンが三羽、歩き回っているのが見えた。
「お魚だよー。アジは好きかなっ?」
 しゃがみこんで沙幸は、心からの笑顔を見せる。ペンギンは慌てて隠れようとしたが、彼女の手に魚があり、敵意がなさそうなのを見て取ってすぐに寄ってきた。
「かーわいいっ!」
 魚をあげると同時に、一羽をむぎゅっと抱きしめる。ペンギンは逃げず、まばたきしながら魚を口に入れた。
「やったー! やっぱりしゃがんだのが良かったのかな?」
 その一羽のみならず、三羽とも身をすり寄せてきた。ぺたぺたと手で抱き返してきたりもする。これってちょっと、快感かもしれない。
「みんな、私は久世沙幸、お友達になってね。ところでみんなはアイス好きかな? 隣のフリーザ室に行って味見してみない……?」
 もちろん、トロピカルマンゴー&ココナッツ味を!

 ありとあらゆるものが売られているこのショッピングモールだ。玩具店にはペンギンの好物はなさそうだが、色とりどりのオモチャが魅力的だったらしく、好奇心にかられたペンギンが数羽迷い込んでいた。
 ペンギンたちは背格好も無邪気さも人間の子どもに近い。遊び方もわからぬままオモチャの棚に頭を突っ込んだり、ミニカーを踏んで滑ったりしている。
「あらあら、ペンギンちゃんがたくさん」
 背後から声がしたので、ペンギンはぎょっとしたように身を竦ませた。
 まるでイタズラが見つかったかのような反応だ。怒られる! とでも思ったのだろうか。
「怖がらなくてもいいのよ。こういうの……好みかしら?」
 声の主はアルメリア・アーミテージ(あるめりあ・あーみてーじ)だった。小首を傾げつつしゃがみ、ゼンマイ仕掛けのロボットを床に置く。じーこじーこ音を立て、目を光らせながらロボットは歩き出した。
「クア?」
 硬直が解けたようにペンギンたちは、光と音を放ち歩くロボットに近寄っていく。
「やっぱり、自然の中では見れないような、光る物や音の出る物には興味があるのかしら?」
 それでは、と、アルメリアは、パラソルでも持ちあげるように優雅に、プラスチック製の剣をかざすのだった。スイッチを入れるとぴかぴかと光る。奇妙な音も、ペンギンの注意を惹いた。
「ふふ、おいでおいで」
 ペンギンが近づいて来たので、その肩にそっと、剣を置いてみたりした。
「汝にナイトの称号を授ける……なんてね。もう少し一緒に遊びましょう」
「私も参加していいー?」
 アルメリアとは別の入口から、玩具店に飛び込んでくる少女があった。
 もちろん、と顔を上げてアルメリアは問う。
「そんなあなたはどなた?」
「ファンシーセンサーフル作動!」
 和服を小粋に着こなした少女が、ちゃきっ、っと両脚揃えて飛び込んでくる。
「ペンギン大好き、詩刻 仄水(しこく・ほのみ)だよ!」
 その名乗りは間違いなく事実、なにせ幼少時は、等身大コウテイペンギンのぬいぐるみを毎夜抱いて寝ていたという仄水なのだ。ペンギン好きは筋金入りである。
「さあペンギンちゃん、おいでおいでっ、おいでにならないならこっちから行くよっ!」
 ゴスロリ衣装のアルメリアと比すと、和服に下駄履きの仄水は随分印象が異なる。その行動も対称的で、ペンギンを呼び寄せるアルメリアに対し、仄水の手段は攻めの一手なのだ。
「これぞ『さーちあんどはぐ』作戦! ペンギンが! 逃げても! ハグするのをやめないっ!」
 ものすごく前向きに、ペンギンに飛びかかって脚までからめてぎゅーっとする。ペンギンは目を白黒するばかりだがお構いなしだ。
「はー……なんて至福の抱き心地……。柔らかくてもふもふで、心臓がトクトクしてる……!」
 うっとりと眼を細める仄水である。抱っこされているペンギンはといえば、もうどうしたらいいのかわからずじっとしている。周囲のペンギンがじわじわと逃げ去ろうとするのに気づいて、
「さて、今日の私は全ペンギンをハグするまで、飢えた獣と化して追いかけっこ……!」
 ペンギンを放すや仄水は、待ってー、と新たなペンギンに飛びかかるのだ。ペンギンはどうやら追いかけっこだと思ったらしく、クワクワ楽しげに逃げていく。結果として喜ばれているようだからいいのではなかろうか。

 ずらりとブティックが立ち並ぶ一角では、女物の服を着たペンギンが神妙な顔をして歩いている。頭には大きな帽子があって、これもまたアンバランスで可愛らしい。
「ちょっと、あれ一流ブランドの服じゃない!? なにやってるの」
 崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)が呆れ顔で問うと、崩城 理紗(くずしろ・りさ)は胸を張って答えるのだ。
「おねーさまの言いつけどおりペンギンさんと遊んでるんだよ。でっかいぺんぎんってかわいいなー」
「いやまあ、あのペンギンもまんざらではなさそうだけど……。ちょっと、あのスカート引き摺っちゃって……ああいうの私欲しかったのに……」
 おめかしペンギンは一頭だけではない。亜璃珠と理紗の目の前を、シックなドレスを着るでもなく引き摺り、数羽連れだってぺたぺたと歩いていく。叱ってやめさせたいところだが、ペンギンは理紗に懐いているようだし、一応これでも当初の目的は果たせているしで、言いづらい亜璃珠である。
「それはそうとして、ちび亜璃珠はどうしたのかしら?」
 亜璃珠は自身の分身的存在崩城 ちび亜璃珠(くずしろ・ちびありす)の姿を探す。
「あれー、さちびちゃんどうしたのかなー?」
 理紗も一緒にキョロキョロとする。
「ここよ! ここ!」
 ちょっとつっけんどんな、それでも鈴を転がすような声がした。ちび亜璃珠である。亜璃珠をぐっと幼くしたような姿、きりっとした目つきとロールした髪もそっくりだ。ちび亜璃珠は背後を示して、
「理紗があそんでるうちに、ブティックを守ったんだから、ちょっとはかんしゃしてよね!」
 あごを上向きにして両腕を胸の前で組んだ。ブティックの入口という入口に、黄色いテープで立ち入り禁止のバリケードが張り巡らされている。
「だいたいもー、きょうはあそびにきたんじゃなくてペンギンつかまえにきたんでしょー。理紗のがとしうえなんだからまじめにやんなさいよ」
「小さいながら店を気にかけるなんて、やるじゃない、ちび」
 亜璃珠が褒めるも、ちび亜璃珠はフンと鼻息してさらにふんぞりかえった。
「高級ブランドを守るのは、レディーとしてあたりまえよ!」
 ところがそんなちびを称えるでもなく、理紗は着飾ったペンギンたちを追いかけている。
「あーペンギンたちどこいくのー? さちびちゃんも手伝ってー! しってる? ペンギンってペンペンって鳴くんだよ?」
「ば、ばかにしないでくれる!? しってるわよそれぐらい!」
「ペンペン、ペンペーン、ぽってりつやつや、まてー!」
 たたたと理紗は駆けていった。
 ちら、とちび亜璃珠は亜璃珠を見る。うずうずしているのが傍目にもわかった。
「追いかけっこしたいの?」
「レディーはそんなはしたないことをしないのよ!」
「あら、レディーだったらお客様をエスコートする技術も磨かないと駄目よ」
 ペンギンが今日のお客様、というわけだ。
 行ってらっしゃい、というように亜璃珠がうなずいたのを見て、ちび亜璃珠は破顔一笑、大喜びで駆けていく。
「ぺ、ぺんぺん? ペンペンね……まちなさーい!」
 おめかしペンギンたちと理紗、ちび亜璃珠が横切っていった一角にも、ペンギンが二羽ほど身を寄せ合い、真田 舞羽(さなだ・まいは)の前に立っている。いや、正確には二羽ではなかった。その間にヒナを連れているのだ。
「やっぱかーいい! ペンギンさんめっさかーいい! しかもヒナまでー!!」
 舞羽は目をキラキラさせていた。次々と服のポケットから生魚を取り出し、なんとか警戒心は解いてもらったようだが次の一手が難しい。ペンギンと遊んで友達になり、安全な場所まで付いてきてもらわなければならない。あちこちから魚を取り出すというマジックはいわば『つかみ』だ。ここからが肝心、多少緊張するが舞羽は高らかに宣言した。
「よーし! 真剣、全力で、思いっきり遊ぶぞー! 見ててくれよー!」
 担いでいた黒いラジカセを床に置く。
「お気に入りのダンスチューンを用意してきたんだ。さあ、Let’s Get Party On!!」
 プレイボタンを押すと軽快な音楽が流れ出した。重低音の効いたストリート風の軽快なナンバーだ。舞羽は予備動作を数度スウィングし、一気にブレイクダンスに入った!
「ほらほらっ、どうかな?」
 両脚を空に向けてぐるぐると回転する。ペンギンは驚いたように見とれているものの、怖がっているのではなさそうだ。いつしか親鳥もヒナ鳥も、体を左右に揺らし始めたではないか。
「よし、三人……あ、三羽か。三羽とも一緒に踊ろう!」
 一通りダンスを披露すると、舞羽はペンギンの手を取るのだった。

「小さいけど、こんなもんでどうかな」
 フロアの片隅、噴水を凍らせて風祭 隼人(かざまつり・はやと)は氷上に上がった。
「ペンギンは冷たいところが好き。だからきっと来てくれると思うんだ、この銀盤に」
 手を伸ばす。その相手はルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)だ。
「銀盤?」
 ルミーナは不思議そうな表情で銀盤に足を乗せる。差し出された隼人の手には気づかないままだ。
「ここは『盤』というにしては平行四辺形型すぎませんか……?」
「いや、そうじゃなくて……まあいいか」
 隼人は軽く鼻の頭をかいた。スケートリンク、という意味での『銀盤』だったが、言葉を文字通り取りすぎるルミーナには、やや通じにくい比喩だったようだ。
「ルミーナさん、こうしてこの氷の上でスケートをしていれば、きっとペンギンたちも集まってくると思うんだよね」
「それはそうですね。では、皆さんを呼び集めてきます」
「あ、いやいや! 俺は、その……俺たち二人だけでいいと思うんだ。ほら、小さな噴水だから」
「なるほど」
「だからルミーナさん、協力してもらっていいかな?」
 隼人は照れくさげに告げる。
「俺たちの使命はペンギンを呼び寄せること。だから、できるだけ楽しそうにしてほしい」
 ――つまり、ルミーナとのデートを成立させようという心なのである。実際、楽しそうにしているほうがペンギンへのアピール度は高いに違いない。
 ルミーナは得たりとばかりに、きりりとした表情で告げた。
「そうですね。それでは、全力で楽しそうな演技をします!」
「いや、できれば……心から楽しんでくれればもっといいんだが……」
 ルミーナとのやりとりは難しいと隼人は思う。だけど、そんな彼女だからこそ好きだ。
「じゃあ始めようか? ルミーナさんはスケートは得意? 初心者なら俺が指導するぜ」
「あの、それよりも」
 ルミーナは再び、不思議そうな表情で告げる。 
「スケートするのなら、スケート靴が必要なのではありませんか?」
 しまった!
「スポーツ用品店から借りてくるぜ! ルミーナさん、そこで待っててくれーっ!」
 千慮の一失、隙のないデートプランだったのに痛恨のミス! 彼女を連れ出し氷上に案内するまでは成功したのに! 隼人は飛び上がってダッシュする。