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ペンギンパニック@ショッピングモール!

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ペンギンパニック@ショッピングモール! ペンギンパニック@ショッピングモール!

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 第三章

 ここまで仲間たちが安心してペンギンと遊ぶことができているのも、変異トウゾクカモメと戦うメンバーあってのことだ。
 天窓を突き破って登場した第一波は偵察部隊に過ぎなかった。ほどなくして第二波が正門方面から突入をかけてくる。数は最初に軽く倍していた。いずれも槍を手に、跳躍を繰り返しながら突進してくる。口々に叫ぶ甲高い声が空間を満たした。
 先頭のカモメが飛びかかったのは、妙に大きなペンギンだ。
 ところがこのペンギン、振り返るやニヤリと笑ったのである。
「ひっかかったな!」
 言うが早いかブン殴る! ただの拳じゃない、鋲を打った鉄甲による拳だ!
 威力絶大天下無双、トウゾクカモメは槍はおろかクチバシまでへし折られ、ソフビ人形のように後方へすっ飛んだ。
「へっ、『盗賊』ってよりは『強盗』だな。風情もなにもあったもんじゃねぇぜ!」
 妙に強いペンギンは無論着ぐるみ、顔を出しているのは姫宮 和希(ひめみや・かずき)、こんな衣装であってもなぜか格好いい。パラ実新生徒会会長の名は伊達ではない。背中に哀愁を背負いながら、洩れ入る太陽に手をかざしつぶやく。
「日差しがきついな」
 陽光はもちろん、夏到来のこの時期、日中の気温は快適とはほど遠い。それでもモール内部であれば空調も効いていようが、出入り口付近のここにそれは期待できないだろう。
「中はまるでサウナだぜ……」
 実際、和希は額にぐっしょりと汗をかいていた。着ぐるみの分厚さもさることながら、内側にトレードマークの学ランを着込んでいるせいなのだ。体感温度はとんでもないことになっている。
 先鋒が撃破されてもカモメは強気だ。どっと押し寄せてくる。
「だがな……」
 苦しいときこそニヤリと笑う。それが和希ペンギンの心意気!
「暑くても、漢気と根性の源である学ランは脱げねえってな! かかってこい!」
 だっと飛び込んで前転、数十倍になった砲丸の如く変異カモメ軍の只中に和希は飛び込んでいく。
 まだまだ序の口、和希の真の強さを、これからたっぷり敵軍は味わうことになるだろう!
 和希の特攻は敵の注意を惹くという意味があった。これで敵のマークが外れ、ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)はフリーだ。敵のお株を奪うが如く、ポートシャングリラのゲート、そのバルコニーから飛び降りた!
「さすがにやるなパラ実生徒会長さんよ! 加勢するぜ!」
 ラルクの着地はまるで地鳴りだ。地面が揺れてカモメは浮き足立つ。
「敵は数が多い、減らせるか!?」
 との和希の呼びかけに、
「任せろ!」
 そいつは俺の得意技、ラルクが叫んで拳に気を込めるや、眩い光が噴出した。いや、正確には光ではなく、目にも止まらぬ速度で拳をふるっているのだ。周囲のカモメの顎と言わず腹と言わず、無差別に打撃を浴びせる。邪を祓い道を拓く拳、見よこれぞ則天去私! 鍛錬に鍛錬を積んだラルクゆえ出せる技だ。
 ここにもまた、ゲートの守護神あり。名は八神 誠一(やがみ・せいいち)
「僕らも負けてられないねぇ」
 飄々とした口調ながら、身に帯ぶ闘気は一流の者なのは明らか、そんな彼に四方八方から、カモメの槍が襲い来る。
「やれやれ、雁首揃えてこれか……攻撃が直線的過ぎない?」
 誠一は超人的な反応を見せた。最初の槍を軽く手で払いのけ、つづく一槍も小首を傾げただけでかわす。第三、第四の切っ先に至っては、目を向けることすらせずひょいひょいと回避している。
「いや、カモメだから『雁首』ってのはおかしいか。『鴎首』?」
 第五の襲撃者は頭上から攻めたにもかかわらず、誠一の影に触れることすらできず地面に槍が突き刺さって四苦八苦している。
 ようやく槍が抜けたカモメには、悲鳴を上げる暇すら与えられなかった。
「カモメはカモメらしく、海で人畜無害に飛んでればこんな目に会うことも無かったのにねぇ」
 いつの間にかその背後を取った誠一が、グラディウスの一薙ぎで首を落としたからだ。
 ラルクや和希の戦士然とした力強い戦い方とは明らかに違う。天衣無縫というのか、誠一の身のこなしはここが戦場であることを感じさせない。次の瞬間にはもう、ラルクが降りてきたバルコニーに跳躍を済ませており、
「自力で飛べないって事は気流の影響をもろに受けるって事だよねぇ、リア、火術よろしく〜」
 と、自らのパートナーオフィーリア・ペトレイアス(おふぃーりあ・ぺとれいあす)に笑いかけた。
「はいよ、せ〜ちゃん」
 バルコニーの手すりから身を乗り出し、オフィーリアは片腕をカモメの集団に向けた。眠そうな目つきだが、その焦点はぴたりと敵の動きに同調している。
「飛べないカモメはカモメにあらずなのだよ。それに、人型で不気味極まりないのだよ。トウゾクカモメと言うより怪人カモメ男なのだよ」
 オフィーリアの「飛べない」という発言に刺激されたわけでもなかろうが、攻撃を予知したカモメの群は、翼を拡げて一斉に跳んだ。瞬発力はさすがにあるようで、たちまちバルコニーのさらに上方を取る。
 ところが誠一はまるで動じない。むしろ、これを待っていたかのように、
「飛んで火に入る夏のカモメさんたち、ってねぇ〜」
 と言うなり懐に手を入れ、上空に向けて銀色のものを大量にバラ撒いた。
「わんつーすりー……」
 即反応してオフィーリアが火術を投ず。
「……バーン! なのだよ」
 誠一が撒いたのは三本のカセットボンベだった。これにオフィーリアの火球が激突すれば結果は自ずと明らか。連鎖して大爆発する。炎に包まれてカモメたちは次々落下していった。
 正面からやり合うばかりが戦い方ではない。宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は空を制する。
「……っと、これ、思った以上に難しいわね!?」
 祥子が空を馳せる手段、それはなんとスノーボードだ。これに両足を乗せ華麗に舞う。
 この原動力は魔法の箒である。スポーツ店から拝借したスノボを箒に貼り付けたものに過ぎない。すいすいと空を泳ぐ祥子の姿は、つややかな黒髪と端麗な容姿もあって絵になるものの、自由自在とはいかないようだ。
「制御が大変で……手を使って戦うのは……あっと!?」
 くるっと宙で一回転する。狙って出した技ではなく、偶然こうなってしまっただけだ。天地逆の状態から復帰したはいいが、長い髪が顔にかかって前が見えない! 魔法の箒とは本来、またがって使用するものであり、乗ってホバリングするにはどうしても、その操作だけに集中する必要があるのだった。サーフしながら戦うのはさすがに無理らしい。
 一時的にコントロールを失った祥子は、燃え落ちるカモメたちを蹴飛ばし、
「おっと、危ないのだよー?」
 オフィーリアの鼻先も掠めて、パンダ二頭に捕まえられてやっと静止した。
「ありがとう……え? パンダ?」
 もふもふとパンダをもみながら、祥子は目を丸くする。いずれもティーカップパンダだ。
「蓮華(レンファ)、桜華(ロウファ)、良くやった」
 アシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)は言葉短く言い残すと、自身はモルタルの床を蹴り乱戦の只中に身を躍らせた。
「……騒がしいのは、あまり好かんのでな……」
 背中の剣を左手で、抜くなり円月輪描く一撃! 突き出された槍の穂先を斬り落とすと同時に、
「お前たちには、早々に退散願おうか……!」
 右手に握った小銃『スィメア』、零距離でカモメ怪人のこめかみに押し当て引き金を引いた。
 短く冷たい銃声に続きカモメは横向きに斃れる。その生死を確認する間もなく、アシャンテは膝をバネのように使って跳躍した。新たな敵の一撃を避け垂直に跳んだのだ。それも、軽く数メートルの高さまで!
 青い髪が一本、ふっと抜けて空を舞う。
「彼女……祥子と言ったか。あの戦い方、参考にさせてもらう」
 アシャンテは空中で、自身の空飛ぶ箒を踏み台にしてさらに跳んだ。さしもの翼持つ者たちとて、到底たどり着けぬ高みまで。
「そこだ」
 言葉少なに告げ、アシャンテは再度『スィメア』の引き金を絞った。

 優勢を保つ彼らだが、一方で敵も強気だ。
「狙うはそこだ!!」
 とラルクが大柄なカモメを倒したその背後から、さらに一群のカモメが迫りつつあった。
「ちっ、さっきより随分多いときた。門より先に行かせたらコトだぜ!」
 いずれも第二波のカモメより大柄で色は黒ずんでおり速度も速い。これが真打ちだろうか。
 だが援軍は、なにも敵にばかりあるものではない。
「うん?」
 ラルクに飛びかかったカモメは、槍を取り落として崩れ落ちた。
 裏返してみると額の真ん中を撃ち抜かれている。
 その弾丸の射出口は、ラルクのいる場所の遙か後方だ。ここから確認できる射撃手の姿は豆粒より小さい。
「正に『Great Marianas Turkey Shoot(マリアナの七面鳥撃ち)』ならぬ『Great Port Shangri‐Las Skua Shoot(ポートシャングリラのトウゾクカモメ撃ち)』ね」
 銃口から立ち昇る紫煙が、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)の容貌を艶やかに彩る。武器をに手にしているとき、ローザマリアは最も美しい。
 ローザマリアは狙撃手、彼女を戦闘マシーンと呼ぶ者もいる。あるいは、米軍の人間兵器(リーサルウェポン)と揶揄する者も。
 だが実際のローザマリアはマシーンでも人間兵器でもない。若干十七歳、血の通った少女である。
「カモメ頭のマッチョマン……想像通りで全然嬉しくないわ。目に善いものでは無いわね」
 形の良い眉が、ぴん、と上がる。だが感情の動きはそこまで、伏射の姿勢を一ミリも動かさず、ローザマリアは再度標準を合わせた。
「はわ……ローザ、相変わらず狙いは最高ね。その調子でお願いするの」
 通信機に元気な声を投じて、エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)が舞い降りる。着地点は敵のど真ん中、突然の遠距離射撃に驚くカモメたちに、容赦なくチェインスマイトを叩き込んだ。同時に別方向からも、
「援軍到来ーっ! 待たせたな皆の衆!」
 空気がビリビリするほどの叫びを上げて、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)が出現している。
「聞くがよいカモメども! このエリザベスI世が直々に其方らの相手をしてしんぜようぞ! 覚悟致せ!」
 高周波ブレード両手で握り、腕ではなく腰でブン回す! 攻撃力もさることながら、その豪放さは敵を圧倒するものがあった。
 この急襲にさしものカモメ第三波も算を乱した。動きが鈍くなったところでエリシュカは容赦がない。短いナイフを縦横無尽に走らせ敵を寄せ付けない。
「はわ……ライザ、息苦しくない?」
「息苦しい? 何が?」
 彼女と背中合わせになり、グロリアーナが問い返す。
「ローザも言ってたけどマッチョカモメばっかりで……今日はペンギン天国だって聞いてたのに、なんかマッチョばかり見ているような?」
「ペンギン天国とな? そうそう、忘れておった」
 そんなエリシュカの質問に答えず、グロリアーナは『身を蝕む妄執』を展開し周囲のカモメに幻影を見せる。自身をパラミタコウテイペンギンに見えるようにしたのである。
「連中にとっては、妾こそがペンギンに映っておることだろう。これぞペンギン天国!」
「はわ……それは違うような……」
 ゲートに押し寄せた敵は圧倒多数だ。多勢に無勢、いつしかポートシャングリラ内に紛れ込むカモメもあった。しかしその数は最小限に抑えられているといえよう。
 炎の渦が踊った。全身が羽毛のカモメにとって炎は宿敵だ。火達磨となって斃れる。
「これは、また――越後の米を供にしても、食すのは躊躇われる焼き鳥に御座いますね……」
 炎の使い手は上杉 菊(うえすぎ・きく)だ。彼女は作戦参謀役として、ローザ、エリシュカ&グロリアーナと連絡を取り合いながら、敵の動向に合わせて指示を出していた。それでも抜けてくる敵には、このように待ち伏せを喰らわせている。
 菊に休む暇はない。すぐにハンズフリー通信機のスイッチを入れ、ローザマリアに連絡を入れた。
「御方様、未申の方向、一体が抜けようとしております――お見事」
 阿吽の呼吸とはこのようなものをいう。通信が終わるより先に、ローザのライフルが標的を撃ち抜いていた。
「物之怪(もののけ)退治など、我が父晴信公も、景勝様も為した事は無いかと存じますが――わたくしは、わたくしに出来る事を、粛々と為すのみにて」
 屹然と視線を戻し、正面の敵に弓を引く。
 菊はローザらにとって目であり頭脳、気を抜くことは許されない。
 いや、たとえ気を抜くことが許されようと、彼女はそれに甘えたりはしないだろう。武田の血、上杉の名、その両方が常に菊を律しているのだ。

 一方で、監視カメラを上手く利用しているのはリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)、監視室に辿り着くのに手間取ったが、解錠してコンソール前に腰を下ろす。この狭い一室では、ポートシャングリラじゅうの監視カメラ映像を映し出して一挙に確認することができるのだ。
 瞬時にしてその操作方法を見抜き、スイッチをパチパチと倒していく。リーンはポートシャングリラ内のカメラに次々と灯を入れた。
「白黒カメラか……それに、映らない部分も複数あるみたいね」
 灰白色の画面を目にして多少気落ちしたのは否めないところだが、それでもリーンは手に入るだけの情報を把握し、館内放送のマイクを手にした。
「ご来場の皆様に申し上げます。私は蒼空学園のリーン・リリィーシア、監視カメラ室から連絡しています。現在、ゲート付近にトウゾクカモメの大隊が集結中。繰り返します。現在、ゲート付近にトウゾクカモメの大隊が集結中です。ペンギンを避難させている方はゲート方面に警戒を。対カモメ装備の方は、可能ならゲート方面に戦力を向けてくれませんか」
 大きな声ではないものの、一言一言、はっきりと発音する。リーンの声はポートシャングリラのいたところに届いた。この放送がどれだけ味方を勇気づけただろうか。
 監視カメラ室より、数百メートル離れた地点。
「リーンが行動を開始したな。なら俺達も」
 緋山 政敏(ひやま・まさとし)は眼前の柵に片手を付くと、目の高さほどあるそれを易々と飛び越えた。
「本格的に行動開始ね!」
 カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)が応じる。やはり柵を跳び越え、猫のように音も立てず着地する。
 二人はこれまで、遊軍としてカモメとの戦いに身を投じてきた。これまでは敵を探しつつ戦うことを強いられていたが、ここからは違う。
 政敏は携帯電話を取りだし、監視室のリーンに連絡を入れる。
「リーン、お疲れ。みんな動いてくれてるみたいだ。こちらにはショッピングモール内に侵入した群れを教えてくれ。俺達はそれを優先的に叩く」
「勿論そのつもりよ。現在地を直進して二ブロック先を右折、そこに六羽の集団が出現している模様!」
「やっぱ頼りになるぜリーンは。終わったらまた連絡する!」
 身を低くして政敏は疾風、脇目もふらず現場へ向け走る。空飛ぶ箒にまたがったカチェアがそれを追い抜かした。
「あ、そんな手があったか。乗せてくれ!」
「すぐ楽したがるのが政敏の悪いとこ! このところぐーたらしっぱなしで体が鈍ってるでしょ? 運動不足解消に走った走った」
「自分はいいのかよ……。リーンだったら乗せてくれるだろーに」
 この『リーンだったら』にカチェアは少々むっとしたらしく頬を膨らませ、
「どうせ私はリーンみたいに頼りになりませんですよーだ」
 と言い残しざま政敏を置いて猛然と角を曲がって姿を消した。勢いが良すぎて、背でくくった黄金の髪が鞭のようにしなって角の壁をぴしゃりと打っている。
「何怒ってんだあいつ……? ま、このところ少々鈍ってるのは間違いじゃないしな」
 口ぶりこそ軽けれど、政敏の目に光が宿るのが見えた。角を曲がり、すでに敵の群れに突入しているカチェアを追い、
「なら、面倒だけどやるだけやるとするか!」
 疾風から突風へ、勢いをさらに増し、バーストダッシュで吶喊する!
 カチェア、政敏による波状攻撃は、敵を一気に混乱に陥らせた。

 リーンの放送を耳にして、ゲート方面にメンバーが集まってくる。
 佐野 亮司(さの・りょうじ)もその一人だ。参加するや否やクレバーな戦術を行使している。
「よし、隠れろ」
 言うなり姿を消す。パートナーのジュバル・シックルズ(じゅばる・しっくるず)も同様、嘘のように消え失せた。無論、実際に消滅したのではない。光学迷彩を発動して周囲に紛れたのだ。
 亮司とジュバルの消失により、戦場の一角にぽっかりと穴が開くことになった。しかもその穴には、生肉の塊が落ちているのだ。
「ペンギンを食べると言うことは肉食だよな、ならばこいつは見逃せないはずだ」
 鶏の肉だが、肉屋で調達した新鮮な部分だ。何羽分も並べられている。
(「なんだ?」)
 ジュバルの地点に目をやり、亮司はその端正な顔を少々しかめた。
 生肉と一緒に、等身大ペンギンのぬいぐるみも置いてある。
「ジュバル、あれはお前が置いたのか。さすがに露骨すぎないか?」
「念には念を、と言うだろう。とくとご覧じろ、だぜ」
 きらっ、とクチバシを光らせてジュバルは笑うのである。といってもその笑みは光学迷彩のせいで見ることもかなわないが。
 たちまち戦闘から逃れ、肉に殺到するカモメが続出した。
 その大半が『ペンギンぬいぐるみ有』のほうへ向かっているのを見て、少々呆れた様子で亮司は機関銃を構える。
「……露骨すぎるくらいのほうが良かったわけか。所詮は鳥、頭のほうはあまり良くないようだな」
「鳥は頭が悪い? それはどういう意味かな?」
 何を隠そうジュバルはカモノハシ姿のゆる族、渋い声でフンと鼻を鳴らした。
「いや、カモノハシは哺乳類だろう」
「そうだった。うむ、鳥は度し難いものだな」
 二人の会話が終わるより早く、生肉やペンギンぬいぐるみが破裂した。炸裂弾のトラップだったのだ。慌てふためくカモメたちに、
「取っておけ、今日は商売抜きだ。釣りは要らん」
 スプレーショット、亮司は次々とゴム弾をブチ撒けるのだ。
「ああ、釣りは慈善団体にでも寄付するといい。ペンギン保護団体とか」
 同じくジュバルも援護射撃を行う。亮司に劣らぬ腕なのだ。
 亮司&ジュバルと同様に、藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)もトラップを仕掛けている。その手管はずっと凶悪だ。
 ころり、と擬音化するとどうということはなさそうだが、実際は恐るべき光景が現出している。
 トウゾクカモメの首が転がり落ちたのだ。まるで、接着の外れたプラモデルのように。
 ただし本当にプラモデルではないので、噴水のような大量出血がすぐに続いた。
「素敵! 花火みたい! あの首、是非とも干し首に……したら、単なる巨鳥のトロフィーになりそうですが……」
 鮮血を見るや、優梨子は心から楽しそうな声上げて手を叩いた。
 ゲートから少々離れた狭い通り、ここに優梨子は巣を張った。まさに蜘蛛の巣、ただし魔の蜘蛛の巣。ナラカの蜘蛛糸を張り巡らせ、うかつに入り込めば鋼以上のこの糸で、バラバラに切り裂くという殺人あやとり地帯を作り上げたのだ。現に最初の餌食となったカモメは、首ばかりではなく五体をバラバラにされ屍を散乱させている。
「さあ、どんどんおいでなさいな。ペンギンを食べにきたはずが、あやとりに食べられる気分、味わうのはオツなものですよ」
 うふふふと笑う優梨子の横顔に、跳ねた血が赤い条を引いている。
 見た目は深窓のお嬢様といった雰囲気、口調も物腰も育ちの良さを感じさせる優梨子が、どうしてこのように血と殺戮を好む少女に育ってしまったのか。それは誰も知らない。
 血塗られた手で優梨子はラジカセのスイッチを入れた。ペンギンの鳴き声が流れ出す。これでカモメを誘い出しているのだ。このラジカセ、先に真田舞羽が使っていたものと奇しくも同型だが、舞羽がこれを楽しい目的に使っているのとは真逆、必殺の冥路へ誘う罠として用いているのが恐ろしい。――いや、少なくとも優梨子自身には楽しいことのはずだ。
「さあさ、次にバラバラにされたいのはどなた? 痛みを感じるより先に綺麗にカットしてさしあげます」
 なぜなら彼女は、ずっと笑っているから。ぞっとするような嬌声と共に。

 ナナ・ノルデン(なな・のるでん)ズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)、姿が似ているだけではなく、その呼吸、攻撃のタイミング、それらがぴたりと合致している。
「ナナ・ノルデン、推して参ります!」
 とナナが身を躍らせれば、
「同じくズィーベン・ズューデン、推して引いておぶつは焼毒だー!」
 空中よりズィーベンが間髪入れず応じる。
「なんですかそれ?」
「混ぜてみたんだ。いいだろ?」
 軽口を叩き合っているようで、二人の働きは凄まじいの一言だ。
 ドラゴンアーツの身のこなしで、ナナが敵の先手に正拳突き! 相手は防御するべく肘を曲げるも、その肘すら粉々にする驚異の一撃だ! たちまち返り討ちにするや、
「飛んで火にいる夏の虫とは、まさにこの事だね」
 驚きに足を止めた敵集団目がけ、ズィーベンが上空からアシッドクラウドで一網打尽、カモメたちは慌てふためいて同士討ちをし始める始末だ。
 ルース・リー(るーす・りー)の阿修羅の奮戦も見逃してはならない。
「燃えてきたぜ、ホワタァァァァッ!」
 ナナとズィーベンに一拍ほど遅れたが、まだ立っている標的目がけ、やはりドラゴンアーツの強烈蹴撃だ!
 ほどなくしてカモメの一群は消滅した。
 タンタンと爪先で床を蹴るようにしてリズムを保ちつつ、ルースはフッ、とモヒカン頭を撫でつける。
「トウゾクカモメか。修行の相手にはもってこいだぜ。ナナもこなれてきたようだな」
 ところがそのモヒカン頭すれすれに、ズィーベンの箒が翔んでいく。当然モヒカンのセットはバサバサに乱れた。
「何言ってるのルース、ナナよかルースのほうが断然弱いじゃない」
「こまけぇこたぁいいんだよ! 俺がナナに修行つけてる、って絵面のほうがサマになるだろ!」
「はい。そう思います」
 ナナは笑顔で頭を下げた。
「ナナもお人好しというかなんというか……」
 呆れ気味のズィーベンだが、行く手にペンギンの姿を見つけてハッとなる。
「おっとナナ、ペンギンたちがいるよ。確保したほうが良くない?」
「ええ。怖がられないように近づきましょう」
「聞いた? 怖がられないように、だよ、ルース?」
 ズィーベンが歯を見せて笑うも、ルースはごく平然と、
「安心しろ、俺は女子供ペンギンには好かれる好かれる性質(たち)でな」
 親指を立てて見せた。
(「それはいいとして……」)
 ナナは刹那、瞳を伏せ殺気看破の力を発動する。これは警戒のためだ。
(「……ペンギンさんによからぬことを企む人が隠れているかもしれません。気を抜けませんね」)
 結果から書く。ナナのこの行動は正鵠を射ていた。
 まさにその、「よからぬこと」を企む者があったからだ。