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【2020授業風景】笹塚並木と算術教室

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【2020授業風景】笹塚並木と算術教室

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第1章 そろばん教室・午前の部(1)

 葦原明倫館。鮮やかな赤色の校舎は木のぬくもりにあふれており、日本人の笹塚並木(ささづか・なみき)は久々の和風の建物に心がほっとするのを感じた。学校に貼ってある『算術体験の方はこちら』の文字を追っていくと本校舎から少し離れた所にある別館に案内され、靴を脱いで上がると新しい畳特有の若草の匂いがして思わず深呼吸をしてしまう。これこれ、やっぱり和風はこうでなくっちゃね。教室には見知った顔もいるようだが、ちょうど葦原の学生たちが入ってきたので慌てて空いている場所に腰を下ろす。その中には友人の鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)の顔もあり、指南役の学生は胸にネームカードを下げていた。


「えっと、お手伝いの陰陽科の鏡氷雨です。わからないことがあったら、遠慮……して? 聞いてください」
 裏方希望だったらしいが、氷雨はじゃんけんで負けてしまったようだ。ぼんやりしていたところで自己紹介を振られて間違えてしまったらしい。周りの人々が微笑ましそうにくすくす笑っていると、自分の間違いに気付いてテヘヘと照れくさそうに訂正した。
「えへへー、間違えちゃった。えっと、遠慮しないで聞いてください」
 参加者分のそろばんを配っていくが人数が多いためなかなか大変そうだ。九九の担当であるジョシュア・グリーン(じょしゅあ・ぐりーん)草刈 子幸(くさかり・さねたか)らも、そろばん教室の助っ人に来ている。
「氷雨ちゃん、ここの学校だったんだね。今日はよろしく」
「そろばん、楽しいんだよー。ボク、頑張ってお手伝いするから、楽しんでいってね」
 並木は氷雨からそろばんを手渡されるとき簡単にあいさつすることができた。氷雨の知り合いも結構多いらしく、アイン・ディアフレッド(あいん・でぃあふれっど)は何やら緊張した様子で氷雨と世間話などしていた。アインに向かって、氷雨は自分がそろばんが好きなことを話している。如月 正悟(きさらぎ・しょうご)とは食べ物の話で盛り上がっているようだが、並木がかろうじて聞こえたのは『でろーん丼』という単語だけであった。
「今はお手伝いだから、また後でお話しようねー」
「あっ、うん! お疲れ様っ」
 小さく振られた氷雨の手にはプリントが握られている。並木もそれと同じプリントをさっき1枚もらっていた。そろばん教室では4・5人の生徒がプリントのメンバーとグループを作って一緒に学習するそうだ。今回は交流も兼ねているため学校はある程度ばらされているらしい。また、調理室も開放しているため希望者がお茶を淹れることも可能だった。


 並木のグループはルカルカ・ルー(るかるか・るー)ヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)荒巻 さけ(あらまき・さけ)の女の子4人である。並木は、たまにはこういう女の子だけっていうのもいいなー等とのんきに考えてほくほくしていた。
「お隣よくって?」
「はい、喜んで。ルカルカさんは袴姿なんですね」
 今日のルカルカは髪も後ろにまとめて大和撫子スタイルでキメている。ヴォルチェがストンと隣に座ったので、並木は慌てて挨拶をした。ヴォルチェは日本の文化が珍しいらしく、そろばんを手にとって適当にパチパチはじいているが……。
「算術! きっとすごい術に違いないわ、だって芦原だもの♪」
「こんにちは、ヴォルチェ先輩。あの、そのそろばんは多分からくりは無いので振っても何も出ませんよ」
「ええっ!? でも、こっちのチラシに時にはこれを武器として〜って」
「日本人でもそろばんなんて使ったことないですわよ……? それは、武器ではなくて日本式のローラースケートですわ」
 振舞われた緑茶を優雅にすすりながら、いたずらっぽく微笑むさけ。当然彼女はそろばんの本来の用途は知っているが、使ったことはまだ無いらしい。
「ちょっち待った〜。違うでしょーが。ルカが正しい使い方、教えてあげるね☆」
「ドルとか円とか単位が付くとすぐ頭が回るんだけどねー。ま、よろしく頼むわ♪」
 日本人の父を持つルカルカはそろばんの使い方を知っているらしいく、3人にそろばんの使い方を指導し始めた。並木も数学は得意だがそろばんに触れるのは小学校以来なのでほぼ知識0、さけと一緒にパッチンパッチンとたどたどしい動きで練習問題を解いている。
「ん〜、下の珠を上げてこっちの珠が5で……。ねぇ、もしかしてこの術って呪術系なの? だとしたらあたしに合わないかも〜……」
「うふふ、明倫館とパラ実だと雰囲気が違いそうですの」
 ヴォルチェは、開始10分で飽きてきたらしい……。さけと一緒にお互いの学校の話など始めている。さけは葦原の授業風景に興味を持っていたらしく、筆文字で書かれている今月の標語やら、鎧兜が売られている購買やらを興味深く見学しているようだった。並木もパラミタの知識があまりないので、2人の話を楽しく聞いている。
「なんか段々イラっとしてきたわ……。むしろこの珠を指弾にしてドラゴンアーツで撃った方が……おりゃ〜っ♪♪」

「Shut up!!!」

 ドラゴンアーツでそろばんの珠をビシビシ飛ばし始めたヴォルチェに対し、袴から二丁拳銃を抜き天井に派手に乱射し始めるルカルカ。さけは特に気にした様子もなく練習問題に真面目に取り組んでいる……。
「楽しい学校ですの。お茶も美味しいですわ。……どうなさいましたの、並木さん?」
「えと、いや……なんでもないです」
 ヴォルチェは並木が頑張っていたため、もう少しやってみることにしたようだ。その後、ルカルカがくれた板チョコをドリルで隠してみんなでこっそり食べたのはいい思い出である。
「筆? 硯? はぁん、正月に日本人のコが使ってたわね、顔黒くするのに〜。もっと分りやすいのないかしら」
「忍者だったらコイノボリで空が飛べないかな〜☆ 並木ん〜、一緒に試してみようよ〜、なんちって」
「私も、そういう忍術があったら見てみたいですの」
「自分も学校は見てみたいです!」
 どうやら3人は学校見学に行くらしいので、並木も一緒にうろうろすることにしたようだ。
「少しでも早く強くなろうとスキルを学ぼうってのね、エライじゃない」
「殺気看破まで、学校に通っているうちに覚えてきました!」
「教導団にも遊びに来てね♪」
 その後は、さけの提案で食堂見学をするようだった。食堂までたどり着けるかは不明だが……これも思い出になるだろう。


 橘 舞(たちばな・まい)ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)は、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)とグループを組んでいた。
「これは素敵なお嬢さん、花をどうぞ」
「あら、ショウブですね。ありがとうございます、エースさん」
 エースは梅雨の季節にも涼しげな色合いを持つ花を、1輪ずつ舞とブリジットにプレゼントした。ショウブの花言葉は『嬉しい知らせ』である。舞はその花を胸に抱えて、にっこりと令嬢らしい可憐な微笑みを浮かべた。
「ありがと、奇麗な花ね。……ところで、そろばんって変わった形をした計算機ね。私、生粋のシャンバラ人だし実物を見るのは初めてだわ」
 首をかしげてジャカジャカとそろばんを振っているブリジットの姿を見て、エースは案内の文章の『ジャカジャカ・パチパチ』という部分は納得できたらしい。しかしこのグループ、舞以外は日本になじみが薄いようで色々な事にカルチャーショックを受けている。
「机の脚、低すぎ!? え、正座してこの下に足をつっこむ? 正座って?」
「あ、エースさん。正座っていうのは、こうやって足を畳んで座るやり方ですよ」
「正座なの……!? ふん、でも大丈夫よ。運動音痴の舞に出来て、この私に出来ないわけがないじゃない!」
「この正座って、どんな拷問……」
 クマラは適当に崩して座っているが、エースはこれも文化だと考え姿勢よく座っているが若干涙目。ブリジットは謎の対抗意識を燃やし、背筋をぴんと伸ばして座布団も敷かない決意をしている。彼女の中では敷いたら負けのようだ。
「実は私もソロバンは使ったことがないんですよね。
 ところで、同じ教室にいる並木さんって猫の獣人格闘家のお弟子さんらしいですね。私も猫さん大好きなので、お友達になれたらお話ききたいですね」
「ねえねえ、ジャカジャカパチパチしてみたいよー!」
 舞は日舞や茶道を習っていただけあり、正座はなれたものである。生真面目に座っておらず、体重も軽いクマラもしびれとは無縁のようだ。
「ニホンジンはこの姿勢でも全く平気なのか……!」
「〜〜っ。舞は……そ、そろばん初体験なのね。ちょうど、いいじゃ、ないっ」
 すでに足が痛くなっているエースは舞の様子を見て驚きを隠せない。そんなエースの様子を見てクマラはにやりと悪い笑顔を浮かべる。ぎくりとするエース、だがもう遅い。
「エース。つんつーん」
「あっ。クマラ。足が痺れているのに触るんじゃない!!! ……?△◎★?#!!?」
「おねーさんも、つんつーん♪」
「qわせdrftgyふじこlp!?!?!?」
 エースの反応がおもしろかったのか、クマラはブリジットの足もつんつんとつついて反応を楽しんでいる。
 あ、あのクソガキィ……ッ。
 そんな表情をするブリジットが面白いらしく、わざと舞の後ろに隠れてお茶目な挑発を繰り返していた。
「舞おねえちゃん。アタマ使ったらおなか空いたヨー。おやつおやつ! あまーいお・か・しが食べたい〜!」
「授業が終わったら、みんなでパラミタミツバチの蜂蜜をたっぷり使った紅茶を楽しみましょうね。うふふ」
「わーい♪」
 ボケ2人がほのぼのと脱線していても、ツッコミの2人は足のしびれでそれどころではなかった。
「い、一体どんな教育を受ければこの姿勢でいられるんだ」
「し、知らないわよそんなこと……」
 こっそり屋根裏からその様子を見ていた椿 薫(つばき・かおる)は、さらさらとメモ用紙に筆を走らせると手裏剣を使って2人の目の前に手紙を送ってやる。

カカッ!!

「どわぁぁ! な、なに!? ニンジャってやつかしら」
「いや、良い人みたいだ……」
 痺れながらもファイティングポーズを取ろうとするブリジット。しかし、エースは手裏剣にくっついた手紙を読んでほっとした表情をしている。手紙には『お坊さんも座るとき法衣で隠れて見えないようにして足枕をつかってるでござるよ。身体からはみでないくらいのサイズのクッションなら、ちゃんと正座してるようにみえるでござる』という文があった。
「……こんなこともあろうかと用意しておいたでござる」
 天井裏から薫はポンポンっと小さなクッションを投げてやった。まだ正座が苦手で苦しんでいる人々がいるようなので、薫はそっちを助けに行ったようだ。
「ふっ……。ふっふっふ」
「こわいよー。いたずらだもーんっ」
「じゃかあしい!!」
 痺れから回復したブリジットは、足をつついたクマラをとっつかまえようとやっきになっている。舞は、楽しい授業ですね〜と背後に花を振りまきながらエースに話しかけているが、エースは大和撫子とはまだ謎の深いものだな。と、苦笑しながらうなずいていた。


 こちらのグループは宇佐木 みらび(うさぎ・みらび)セイ・グランドル(せい・ぐらんどる)宇佐木煌著 煌星の書(うさぎきらびちょ・きらぼしのしょ)道明寺 玲(どうみょうじ・れい)イルマ・スターリング(いるま・すたーりんぐ)の5人組である。
「算盤ってのはね、珠を移動して計算するだろ。だから、珠算っていうんだ」
「なるほど……勉強になりますな」
 そろばんを持参してうんちくを披露している煌星の書の言葉をメモに取るセイと玲。対してみらびとイルマは初めてくる学校の雰囲気や、休憩時間の和菓子が気になって集中できないようだ。
「……じゃ、これをこうすると掛け算になるんだな」
「そうそう、セイは筋がいいよ!」
 商売の勉強にも興味があるセイは真面目に勉強しているようで、みらびは声がかけづらかった。しかし、幸いというかイルマも堅苦しい雰囲気は苦手だったので大好きな甘い物の話で盛り上がれている。
「正座はつろぅてかないませんわ。みらびはんは、よう平気でいられますわな」
「えへへ、おばあちゃんに鍛えられましたっ。そうだ、ゴビニャー師匠のお弟子さんにご挨拶……」
「並木はんどすか。そんでしたら、先ほどお友達とお外にいきましたなぁ。ま、のんびりお茶でも飲んで待ちましょ」
「みらびさんもゴビニャーさんをご存じですか。お弟子さんの方は他校まで勉強していて、なかなか頑張っていますな」
 聞けば玲とイルマもゴビニャーを知っているらしい。玲はそろばんを弾く手を休めてみらびの方を振り向いた。もともと財産管理で計算が得意な彼女だったため、基礎の習得に時間はかからなかったようだ。セイは応用問題に苦戦しているらしく、くるくるとペン回しをしながらメモとドリルを交互に睨みつけていた。
「〜〜ってなわけで、初心者ならここのメーカーがおすすめだね。ああ、そろばんに傷がつかないようにケースを作るのもいいよ。なんならみらびが作るだろうしさ♪」
「お、おばあちゃん。道明寺さんがお茶を淹れてくれるって! お菓子を食べて休憩しない?」
 みらびは、雑談で玲が自分より年下だと知ると衝撃を受けたようだ。が、お菓子はとっても嬉しかったのでそろばんを片づけておやつを食べるスペースを作った。玲は流石執事というべきか、どこからともなく道具を出してお茶の準備を整えていく。イルマは何もせずに墨で絵を描いて遊んでいるが、茶菓子が出てきた後の行動は素早かった。
「ふむ、この和菓子は餡が甘い……お茶はもう少し苦い方がよいでしょう」
「わーい、ぎょーさん食べますえ〜♪ みらびはんは、粒あんとこしあんどっちがよろしおす?」
 ここのグループに振舞われたのは塩大福だった。塩大福はとても美味しい。なぜあんなに美味しいのだろう、ああ塩大福。イルマとみらびは両目を閉じて、餡子の美味しさに身をゆだねていた。
「宇佐木……好きなら、やるよ」
「ぴょっ!? いいんですか、セイくん」
 こくりと頷いたセイ。どうやら彼は甘いものが苦手らしい、加えて慣れない正座をずいぶん我慢していたようだ。それに気づいた煌星の書は、ニシシと笑って立ち上がろうとしたセイの足をちょんちょんっとつつく……。
「イイイィイイィィィ……ッ!?」
「もー、おばあちゃん! セイくん、大丈夫ですか?? うさぎの手に捕まってください」
「あ、ああ……」
 セイはみらびの手に捕まってフラフラと立ち上がると、しびれが取れるまでそのへんを歩いていくと行ってどこかに行ってしまった。
 ……はっ! うさぎ、手、手を!!
 いなくなってから自分のした大胆な行動に顔を赤らめるみらびであった。
「ゴビニャーさんには、魚料理などおすすめしたいものですな」
「いいね、魚料理! あ、うちはプチ薬局やってるからさ。何かあったらいつでもどうぞってね♪」
 洋菓子よりも和菓子を好む煌星の書も舌鼓を打っている。イルマはひとーつ、ふたーつ、みーっつ。と、両手に塩大福を持ってもぐもぐと幸せそうな表情で味を堪能していた。
「ごっ、ごふっ!!」
「……お茶ですな。はい、どうぞ」
 突然顔色を信号機のように青や赤に変化させていくイルマを見て、玲はいつものことだというように落ち着いた動作で湯呑を差し出す。みらびも慌ててイルマの背中を優しく叩くと、ゴクンっと無事に飲み下すことができたようだった。
「はぁ、恐ろしい思いをしましたわ。次は茶饅頭でもいただきたいどすなぁ」
「イ、イルマさん、すごいですっ……」
 衰えることのない甘いものへの情熱に、みらびは少々ぽかーんとしながらも場の空気がほのぼのと和んでいるのを感じた。