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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(第2回)

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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(第2回)
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5-04 ブトレバを巡って

 かつては東河の水蛇と恐れられたが、湖賊・教導団連合水軍に主力艦隊を破られ、残るわずかな水戦力の抵抗もあえなく抑えられた、黒羊側同盟国ブトレバ。
 東河東岸の少し入り組んだところに本国は位置する。
 本国は、現在、黒羊郷方面から国ごと移動してきた独立勢力プリモ・リボルテック(ぷりも・りぼるてっく)に攻められるところとなっていた。
 しかし、プリモ軍も、消耗は激しかった。ブトレバ城内にはまだ、7、800の兵力は残っている。こちらは、黒羊郷から追手を逃れ強行軍してきた300。疲弊もかなりある。
 戦闘の指揮を執るジョーカー・オルジナ(じょーかー・おるじな)もとうぜん、この現状での攻城戦は難しいと判断していた。ただ、プリモの攻囲のためブトレバは力を出し切れなかった、思うように動ききれなかったということもあり、このことは教導団ら水軍の北上を有利に運ばせた一因ではあった。
 何れにせよ、どちらにとっても、これ以上磨耗はしたくないところだ。ブトレバはブトレバで、それだけの兵力はあっても、ほぼ本国を守るのに精一杯の兵力。ブトレバにとって攻撃の要である水軍はほぼ全滅してしまった……これによって士気は大幅に殺がれた。
「同盟国の援軍を出さない、自分たちのことしか考えない黒羊郷に付くより、教導団の友好国としてこちら側に付かないかな?」
 プリモは、そう言って使者に交渉をさせてもいた。
 ブトレバ、ドストーワ、ハヴジァ等は、元来が黒羊郷と同じ信仰から派生した国家であり、寝返らせることは難しい。(まったく別の信仰である)鏖殺寺院の手が幹部に入っている黒羊郷本国の本心は、水路をの守備を完璧にするべく、水軍は(ブトレバへの増援含め)出さない……つまり、ブトレバを切ったと言ってよかったが、教導団側の策によって水軍(援軍)を出すことにはなった。しかしそれが破れると、ブトレバは完全に士気が下がってしまった。そして、包囲するプリモ軍である。

 更に、ブトレバにとって恐るべき事態が訪れた。
 前回以降、水軍からその姿が見えなくなっていた一隊がある……
 ふふふ。と笑い声がもれる。「戦功は上げた。援軍としての義理も果たした。……私の目的は」
 とある夜。
 プリモへの態度を決めかね、未だ固く守りに徹するブトレバ。
 ブトレバ城の上空に、ちら、ちらと何か細かいものが舞う。
 ……しびれっ粉だ。
 破壊工作で、門が開いた。
「あとはミューに任せたにゃ。
 ……にしても、ミュー。狂血の黒影爪を装備してから、様子がおかしいにゃ。ミューが、被っていた猫を投げ捨てたにゃ!」
 煙を上げる倒壊した門の脇で、夜の闇に紛れたカカオ・カフェイン(かかお・かふぇいん)が鳴く。
 ざっ、ざっ、ひたひた。覆面の光学迷彩部隊が、門を入っていく。
 城内は、しびれ粉(スキル使用)によって城壁に配備されていた兵らが倒れ始めたのを不審に思った将校が警戒を強めていた。
「ちっ、だけど、誰か一人でも王座に辿り着けば、勝ちだ!」
 ――その頃、城外数里。布陣するプリモ軍。
「ブトレバの様子がおかしい? 門が、開いている?!」
 どういうこと? どうすべき……と思うが、とにかく、オルジナに一隊を率いさせ、プリモ王自らもブトレバの城に急行する。
「敵襲! 敵襲〜〜! 城内にも、忍か、隠密の少数部隊が潜入しているぞ!」
 ――更に城外別所。
「プリモ軍とそれにやはり、……みずねこ隊。侵攻を開始したか。よし」
 このときを計ったかのように、停戦の使者がブトレバを訪れた。
「双方、待たれよ!!」
 教導団からの使者であった。使者は、ジェンナーロ・ヴェルデ(じぇんなーろ・う゛ぇるで)と名乗った。
 王の間に達するところであった、ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)が姿を表す。
「ちぇっ……」
 サバカーン王国。私は魔王ミューレリアである。……あんたらにそう台詞を吐くにもう少しだったんだけどな。ミューレリアは思う。何れにせよ、教導団には友好的に接するつもりだったけど。もし、あの王座についていれば、恐怖政治の始まり……だったのにな。ふふふ。ミューレリアに目覚めた野望。これからは、教導団の勝利の女神でなく、あくまでミューレリアとして。
「本隊が、到着したか……」
 プリモとしては、無論温泉女将であり、教導団員。温泉女将としては、ブトレバをプリモ温泉の属領としたかった。
「そうだね。
 プリモやみずねこ隊にある程度切り取られるのは已む無し。
 とにかく、黒羊と手を切って停戦に応じれば、国土の多くを安堵する。ブトレバが東河の荒れくれとして、河岸の国々を襲いその領地を攻め取る以前の、建国当初の国境線は保障すると。
 ブトレバの主権は尊重する」
 使者は語った。
「く、わかった。プリモめ、東河の河岸を温泉に使いたいなら、使え」
 王は答えた。
「本当!?」
「教導団。停戦に……応じよう。黒羊郷と手を切るも何も、もうわしらにできることはないわ。黒羊郷が貴様らに滅ぼされようが、もう見ていることしかできまいよ。
 建国当初の国境線か。わしらもかっては湖賊と同じように船一隻が領土みたいなものだったからな。河岸の昔の貴族どもを滅ぼして建国したのだ。それ以前に戻ることはできまい。船も貴様らとの戦闘でなくしたのだ。水死しろと言うのでなければ、ブトレバはこのまま領土を広げることなくこの地に留まるとは約束しよう」
「黒羊討伐目的の我が兵力の、ブトレバ領内通過を特例として認めるか」
「さっき言うた通りじゃ。見過ごすことしかできまいよ」
「自衛目的に限って湖賊、教導団水軍、南部諸国水軍に対し6.5割の比率にて軍船保有量制限を設け、その枠内で水軍の再建も約束しよう」
 使者は続ける。「領海(河)は自国土周辺に狭め、外征能力の保有は南部諸国、及び湖賊、教導団の査察を通せばこれを許可する」
「うむ。それも言うた通りよ。
 わしらは、ここから出る目的はない。水軍も、かっての威厳の名残のようなものじゃったからなあ。それが今や、貴様らにああもやられるとは。それから……」
 ブトレバ王は付け加えた。
「カピラを丁重に弔って返還して頂いたことには、礼を述べよう。
 あれはまだ戦のあった時代の将であった。兵が使えるものであり船が飾りになっておらねばなあ。しかし、あれを討ったのはまだ幼い少女とか……カピラも老いた……」
 王は玉座の回りをうろうろしながら、あとはぶつぶつ呟くように言葉にならぬ言葉を吐くばかりであった。
「……」
 教導団の使者と共に、湖賊のシェルダメルダと、刀真もここを訪れていた。ローザマリアはここにいないが、刀真も彼女と共に船上で多くのブトレバ兵を斬った。
「そうだね。もう東河の戦の歴史は終わっていたものと思った。あたいらもこうして再び、ブトレバと矛を水の上で交えることになったとは……」
 シェルダメルダは言う。
 あえて自らこの地を訪れた、刀真には少々つらいこともあった。
 敵にもすでに死神として恐れられていた刀真。ブトレバ水軍の将兵として戦った身内を失った家族らが、このブトレバ本国には多くいたわけだ。その中には、刀真が斬った相手の家族もいるだろう。無論、それについて刀真がどう感じたか、ここでは述べられない。
 幾度も出てきたようにこれは戦である……
「……」
「……刀真。行くか」
「ええ。お頭。……」

 戦いの中で起きる出来事は、自分が戦うことへの信念や気持ちに何らかの揺れや波紋を生じさせてくる。
 刀真は自らに問い言い聞かせ、玉藻は刀真に気持ちを打ち明けた。根本的な部分は変えられることはないのかも知れない。あるいは、少しずつ変化していくこともあるのかも知れない。
 思いはそれぞれにある。この長い戦いはそれをときに乱したり不安にさせたり、またときに強くさせたりしつつ、そろそろ終局へと向かいつつあるのだった。