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人形師と、人形の見た夢。

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人形師と、人形の見た夢。
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第一章 早くも人形保護ですか?


「何が事件ですか、何が……」
 ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)から、『事件が発生したからすぐに来るように』と連絡を受けてやってきたイルマ・レスト(いるま・れすと)が苦い顔で呟いた。
「私たちは暇ではないのですよ?」
「まあ、困っている人が居るんだ。協力するのは悪いことじゃない」
「協力するのが嫌なのではありません。ただ、ブリジットお嬢様が『自分だけ疲れるのはイヤ』という理由で呼びつけられたのかと思うと、少し」
 すかさず、朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)がフォローを入れるが、イルマはその端正な顔を不機嫌そうに歪めたままだ。
「まあ、文句を言っていても始まりませんけど。捜すとしましょう」
「そうだな。喋る人形というのも珍しい、好事家に連れ去られる前に見つけないと」
「ええ。私の推測では――人形は、目的があって飛び出したのではなく、単に外が見たかったのだと思います。後先考えずに外に飛び出すなんて、まるでどこかの誰かさんのようですわね。リンスさんや私……傍に居る者の身にもなっていただきたいですわ……」
 愚痴を言い募りつつも、しっかりと捜索のために足を動かすイルマを見て、千歳は笑う。笑い声に反応して、「なんです、千歳」イルマが千歳を見遣った。
「いや、イルマはやっぱりいい人だと思って」
「はい? 御冗談を」
「さぁ、捜すぞ! イルマの推測が正しければ、まだ近くにいる可能性が高い」
 相手は小さな女の子、それに加えて生まれたばかり。見るものすべてが新しく、きらめいて見えるだろう。歩みは必然的に遅くなるはずだ。
 きゃぁきゃぁとはしゃぐ少女人形の姿を思い浮かべ、それに初めてパラミタに来た時の自分の姿を重ねて、懐かしさと少しの恥ずかしさ、そしてあの時の楽しい気持ちを思い出して口元が緩んだ。
「……千歳? 先程からなんなのです、本当に」
「ああいや、なんでもないんだ」
「従姉妹だからって、変なところまで似なくてよろしいのですよ?」
「どういう意味だ、それは」
 やれやれと言うイルマに、一応の抗議を入れて。
 二人は街へと繰り出した。


「本気で普通に捜しに行っちゃったわ、イルマのヤツ……」
 ブリジットが、イルマと千歳の背を見ながら呟いた。
 イルマの推測通りで、ブリジットは自分たちだけが疲れるのはイヤ、と二人を呼びつけたのだが、予想外に戦力となった。いいことなのだろうけれど、
「つまんないわね」
 はっきり言って退屈だった。文句の一つでも言ってくれば、そこから嫌味を言ったり言われたり、少しは退屈しのぎもできたであろうに。
 工房付近にあった切り株に腰を下ろしたブリジットは、やる気のない自分とは真逆にやる気満々の橘 舞(たちばな・まい)を見る。舞は、その辺の草むらから、小川のほとり、また登れもしないのに木を登ろうとして転んでみたりと捜すことに精を出していた。
「人形さーん、もしもこの木の中に居たら、教えてくださーい」
 登れなかった木に、舞が呼びかける。
「降りてこられないのでしたら、手を貸しますからー!」
「んな、仔猫じゃないんだからさ……」
 そんな呼びかけに応えるわけないでしょうと嘆息して、ブリジット。しかしその声は舞には聴こえておらず、「人形さーん!」呼びかけを続けていた。
「ところで、ブリジット」
 唐突に呼びかけられて、ブリジットは声のした方向を振り向いた。すると同時に頬をむにゅうと挟まれ潰されて、目を白黒とさせる羽目になり、
「なによ!」
 抗議の声を上げた。
「むふぅ、ブリジットのほっぺはさらさらすべすべむっちりもちもち赤ちゃん肌よの!」
「やめなさいってう゛ぁ!」
「そしてこんなふうに頬をむにゅうとしていても、意外と明瞭な発音になるのじゃな。あい勉強になった」
 ぐにぐにと好き勝手にブリジットの頬を蹂躙する金 仙姫(きむ・そに)を睨む。楽しそうな口調とは裏腹に、仙姫の顔は不満げで不機嫌そうだ。
「っだーもぉ! なにすんのよっ!」
 仙姫の腕を振りほどき、ブリジットが文句を言おうとすると「なに、じゃと?」じとり、仙姫に睨まれた。
「わらわは、優雅な沐浴の最中に電話一本で、いったいぜんたいなぜこのような場所に呼びつけられたのかの?」
 あら、ちょっとばかし怒っている? ブリジットはほんの少しだけたじろいで、けれどすぐに言った。
「あんたの楽しげな歌声で歩きまわったら、人形が気になってこっちに来そうでしょ?」
「ほう! わらわの美声で、とな!」
 そこまで言っていない。
「アホブリにしては、ずいぶんまともな作戦を考えておるのだな? 少し見直したぞ」
「はいはい、仙姫先生お願いします」
「任せおけ。わらわの美声は有機物無機物問わず魅了しつくす魅惑の声よ!」
 一転して気分を良くした仙姫は、どこからともなくギターを取り出してブリジットの横の切り株に腰かけた。ジャーン、ジャーン、と何度か掻き鳴らすようにギターを弾いて、
「ギターソロ、カモーン! じゃ!」
 そういえばギターを新調したと言っていた。試すにはいい機会だと踏んだのだろう、しかしまあこれは、
「今までの数倍うっさいわね……」
 いや、上手いけど。
 仙姫に近い方の耳を片手で抑えつつ、つられて出てこないかとブリジットが辺りを見回して、「あ!」舞の大声が聞こえた。
「なによ」
「人形ちゃんが!」
 そこそこ、と木の上を指差す舞。切り株から腰を上げ、木に近寄った。
 木の上に居たのは、見せてもらった写真から、その子が出てきたように瓜二つの少女だった。あれが人形だと言うなら、あの人形師の腕は相当のものなのではないか。
 人形はそわそわとした、けれどどこか不安げな瞳で舞と仙姫を交互に見ていた。ブリジットは察する。
 仙姫の歌声に本当につられたのだ。そして、舞の捜していた木の上に潜んでいたのだ。さらにはおそらく、あそこから降りることができないでいる。
「舞、飛び降りさせてキャッチしてあげなさいよ」
「ええ!? 危ないよ!」
「だってあんた、登れないでしょ。木」
「ブリジット……」
「無理。っていうかイヤ」
「なんだ。どうかしたのか?」
 そうして二人が困っていた時、声をかけられ振り返る。そこには、日比谷 皐月(ひびや・さつき)雨宮 七日(あめみや・なのか)が居た。
 皐月は、舞の困惑した顔と、木の上部に居る人形を見てすぐに状況把握をしたらしく颯爽と木に登り人形を抱いて降りてきた。皐月の腕の中で、きゃっきゃと人形がはしゃぐ。
「だっこね! だっこ、わたし、はじめて!」
「そーかい。木登りはおまえにゃ危ないからやめときな」
「わかったわ!」
 皐月は人形を降ろすと、七日と共にリンス・レイスの工房へと向かって行った。
 一方人形は仙姫の横に走り寄り、
「おねぇちゃん! おうたとてもすてきね! わたし、おうただいすき!」
「ふふふ、また一人、わらわの虜にしてしもうたのぉ……罪な女じゃ」
 すっかり仙姫に懐いていた。
「仙姫、ずるい……私がお人形さんを捜していたのに」
 ぽそり、舞が言う。
「あいつ、変なところで好かれるから」
 でもこれで、リンスのところまで人形を連れて行けばミッションコンプリートなのではないか。
 楽に終わったわね、と仙姫を見て、
「って、あー!? あんた何やってんのよー!」
 仙姫は、走って離れて行く人形にバイバイと手を振っていた。小さな人形の背姿はもう遠くにあり、より一層小さく見えた。きっともう、追いつけない。だって舞がどんくさい。現に、今走って追いかけようとして躓いた。
 はぁ、とため息を吐いて、舞に手を差し伸べる。舞はうっすら涙目だった。懐かれなかったせいか、保護してあげることができなかったせいか。どちらなのかは判断がつかない。もしくは別の理由かもしれない。
「いいじゃない。舞頑張ったわよ。きっともっと適材適所な人間が、あの子を捕まえてくれるだろうから少し休憩しましょ」
「……でも、何かあったら……」
「私がなんのためにイルマや千歳を呼んだと? 大丈夫、あいつらがなんとかするわよ」
 柄にもなく慰めて、そしてまだギターソロを披露している仙姫の頭を小突いて、ブリジットは工房に戻ることにした。