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【2020年七夕】Precious Life

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【2020年七夕】Precious Life

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★第十章 ユアー・サイド ★

 神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)山南 桂(やまなみ・けい)を伴ってプールに来ていた。
 カラオケに向かった者が多かったため、翡翠はプールに向かったのだった。
「人があまりいませんし、のんびりですねえ」
 翡翠は言った。
 ゆったりと泳ぎながら、翡翠は人の少ないプールを楽しんでいた。
 青くライトアップされたプールサイドには、いくつものテーブルとデッキチェアが並んでいる。
 桂はその一つに座っていた。
「そうですね。人ごみ多いと疲れますから、こういうところで楽しむのも良いですね」
 桂ものんびりとデッキチェアに寝そべって、ホテルの設備を十分に楽しんでいた。
 桂の様子を見て、翡翠も休もうとプールから上がってきた。
 そして、椅子に引っ掛けておいた白のパーカーを羽織る。
 泳ぐ翡翠の背に目立つ傷を発見し、桂は逡巡した後に訊ねた。
「主殿、その背中の傷は古そうですけど」
「背中の傷ですか。これ、あまり見せたく無いんですよ? 傷の事知っているのは、レイスと美鈴くらいです」
 そう言って、翡翠は微笑んだ。
「そうなんですか? まあ触れたくない事もありますから……」
 桂は深く突っ込むことはせず、それから先の話をしなかった。
 翡翠は手酌でワインを注ぐと、香りを楽しみながら一口飲み干す。
「おや、これは甘くて良いですねぇ」
 そう言うと、一気に飲み干してしまった。
「主殿、飲みすぎは禁物ですよ」
「えぇ、わかっているんですけれどもね。すごく軽い口当たり割には、芳醇な香りですね」
 もう一杯とグラスに注ぎ、翡翠は飲み干した。
「聞いてますか?」
 呆れたように桂は言った。
 桂の言葉に、翡翠は苦笑する。
「ここは素直に従う方が良さそうですね。酔ってしまう前に部屋に帰ることにしますよ」
 翡翠は桂に背を向け、更衣室へと向かう。
 シャワーを浴びてからドライヤーで髪を乾かし、スーツではなく、シャツとチノパンというラフな格好に着替えた。
 バスタオルを回収用のケースに放り込み、翡翠は自分の部屋へと向かって歩き出した。
 今日は、桂とは別の部屋だった。
「さぁ、今日は賑やかでしたし、ゆっくり寝れるといいですねぇ〜……ん?」
「わッ!」
 突然飛び出してきた人影に翡翠は驚いた。
「おっと、すみません……おや、ソルヴェーグじゃないですか」
「あぁ、君か。翡翠……だっけね」
 珍しく息を弾ませてお疲れの様子だと翡翠は思いつつ、パーティーでの彼がいじましかったのに興味を示していた。
 幸いにして、今は夜。今の自分は強運。これも何かの縁。
「そうです。どうしたんですか、そんなに慌てて」
「サラ・リリさ」
「え?」
「追いかけられてるんだよ、彼に」
「何をやったんですか? 珍しい」
「枕投げだよ。それより、僕は逃げないと……」
「そちらははプールです。もっとヒドいことになりますよ。さぁ、こちらへ」
「逃げられるのかい?」
「ええ。私の部屋に隠れればいいんですよ」
「それは名案だね」
「でしょう? では、どうぞ」
 翡翠は自分の部屋へとソルヴェーグを誘った。


「さぁ、どうぞ」
 翡翠はドアを開けた。
 素早く体を部屋に滑り込ませ、ソルヴェーグが中に入れるように場所を空けた。
 ソルヴェーグの方は逃げ切りたいらしく、急いで中に入る。
 翡翠は部屋の鍵になっているカードをホルダーに差し込んだ。
 すると、ライトが点いて、眩い光が部屋を満たす。
 余程疲れているのか、ソルヴェーグは深い溜息を吐いた。
「相当に疲れているようですね」
 翡翠はそう言って、ソルヴェーグをベットに座わるよう促した。
 ソルヴェーグは素直に座った。
 気付かれないようにしているが、やはり疲れているのだろう、ぼんやりと辺りを見回していた。
「君……」
「はい、何ですか?」
「よく、こんな小さな部屋で我慢できるね」
「……余計なお世話ですよ」
 貴族の彼にとって、この部屋は小さいのだろう。
 決して、日本の住宅事情なら小さくはないのだが、それでも彼にとっては小さく見えるらしい。
「貴方の環境と比べられてもねえ。それより、そんなに長く追いかけられたのですか?」
「ああ。サラ・リリに追いかけられると、いつもそうなんだよね。昔から怒らせるとしつこくて。逃げるのに苦労するよ」
 本当はパーティーでの告白と追いかけっこ、そして、この夏バテもあって疲れていたのだ。
 ソルヴェーグはそのことを翡翠に言わなかった。
 言えば心配させるかもしれないし、そう言うことは好まない。ソルヴェーグなりの気持ちだった。
「それは大変でしたねぇ。じゃあ、ワインでも飲んでゆっくりしてください」
 そう言うと、翡翠は部屋に設置してあるワインクーラーを開けた。適当なものを選んで開けると、グラスに注ぎながら当たりを見回す。
 ふと、直感を感じて下を見た。
 手元近くに錠剤が落ちている。
 それは鼻炎カプセルだったが、翡翠がこれを服用すると歩行が困難になるので、自分は飲まないタイプだった。旅行だからと桂が用意したものかもしれないが、翡翠はそれを飲むことはない。桂に言ったはずなのにと呟いたが、それ以上、翡翠は言うのをやめた。
 ただいま【強運】の二文字が脳内で点滅する。
 興味と欲が理性をぶちのめし、心の中に住まう【良心】という名の天使を排除した。
(今宵はサマーヴァレンタイン。相手のいない私への、神様からのプレゼントですね……ふふっ)
 勝手に決め込んで、翡翠は自分の論理に納得した。そ知らぬ顔で、翡翠は相手にワイングラスを渡す。
「はい、どうぞ」
「ありがとう……」
「翡翠と呼んでください」
「ああ。翡翠、ありがとう。では、これは戴くよ」
 そう言うものの、息が上がっているせいか、グラスに口をつけても上手く飲み込めない。
「おや、どうしました?」
(これは、やはりチャンスですね……)
「ちょっと…ね」
「じゃぁ、飲ませてあげましょう」
「別に僕は……」
「気にしなくていいですよ。治療みたいなもんですし。そういう経験がないなんて、今更言いませんよね」
 吸血鬼なんだからと付け加えた。
 相手の反抗心を煽り、巧妙に罠を仕掛ける。
 思ったとおり、ソルヴェーグは少し怒った顔をする。
 そして、強運を盾に、翡翠は悪巧みをはじめた。
 錠剤も一緒に自分の口に放り込んだ。そして、グラスに口をつけ、ワインを口に含む。
 ソルヴェーグの顎を片手で掴み、反対の腕で相手の体を引き寄せた。
 唇を薄く開けて待つ相手に、翡翠は唇を押し当てる。そして、ワインを流し込んだ。
「んん……ッ! ……っふ」
 一気に入ってきたワインと錠剤。唇を離さない翡翠の悪戯に、ソルヴェーグは身を捩って逃げようとする。
 翡翠は相手が全てを飲み込んでしまうまで離さなかった。
 息が苦しくなって飲み込めば、咳き込んで背を丸める。
「おや、すみません。無理をさせてしまいましたね」
「……ッ…ぅう……何を、飲ませた…」
「栄養剤ですよ」
「うそ…だ」
「人を疑うのは良くないですね」
 そう言いつつ、翡翠の手はソルヴェーグのジャケットにかかっている。
 それに気が付いて、ソルヴェーグは逃げようとした。
「何するっ!」
「さぁ?」
 見れば相手はいつもの元気など無い。翡翠は負ける気がしなかった。
 脱がしかけたジャケットを掴んだ手のせいで、ソルヴェーグはバランスを崩した。
 翡翠は立ち上がりかけたソルヴェーグの脚を引っ掛けて転ばせる。
「うぁッ!」
 ベッドに倒れ込んだソルヴェーグを引き倒し、ジャケットで腕を絡め込むと、翡翠は彼の腕を素早くベッドの柱に縛り上げてしまった。
「嫌だ!」
 暴れようとするソルヴェーグの片腕を全力で押さえ込む。
 ソルヴェーグの顔は苦痛に歪んだ。
「痛い! 嫌だ!!」
「そんな表情もいいですねえ」
「離せ!」
 そう言われて離す馬鹿はいない。
 翡翠は解きかけたソルヴェーグの髪から、細い組紐を引っ張って外した。
 ベッドに艶やかな金髪が広がる。
 ソルヴェーグは翡翠を睨んだ。
 今日の告白を聞いたせいだろうか、脆く危うい少年の翳を瞳の中に見た。
 翡翠は容赦なく、もう一方の腕を天蓋を支える柱に組み紐で縛り上げる。
「痛い! 外してくれ」
「嫌ですよ〜。貴方、強そうですし。逃がしたら返り討ちにあってしまいますからねぇ」
「こんなのは嫌だ!」
「そうですねえ。私も酔ってますし。貴方もワインを飲んでいらっしゃる…ということで、事故です」
 翡翠は言い切った。
「じ、事故!? 冗談じゃない!」
「無防備な姿なんか見せるからいけないんです。悪い大人はね、この世の中にいっぱいいるんですよ? 注意しなくちゃいけませんね」
「それは君じゃないか!!」
「では、合意なら良いと?」
「誰が合意なんかっ!」
「させますよ」
「しないね!」
「じゃあ、否定なんかさせないようにしてあげましょう」
 翡翠は微笑んだ。
 そして、ソルヴェーグのシャツを肌蹴させていく。
 露出する肌の白さと滑らかさを掌で感じた。ゆっくりと撫で下ろせば、弱い部分で体は感応する。
「はな…せ…」
「嫌ですね。助けた御代は頂戴しませんと」
「いや…だ」
 いつもの余裕ぶった表情は無い。
 逃げられない状態に戸惑っていた。
 縛られて動けない愛撫は快楽を加速させる。
 剥き出しの部分を唇でなぞれば、甘い声が漏れていった。
 白む月が隠れ、夜明けを告げる鳥たちの声が響くまで、饗宴はどこまでも果てなく。
 翡翠はソルヴェーグの声が枯れるまで彼を慰み続けた。