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 海水浴の荷物も4人分となると結構な量になる。
 それを一手に引き受けて運んできた樹月 刀真(きづき・とうま)は、砂浜に漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が広げたシートの上に下ろした。さすがに重くて、荷物を置くと自然にほっと息が漏れる。
「刀真お疲れ様。海に行くの少し休んでからにする?」
「俺は日焼けが苦手だから泳ぐのはやめておくよ。此処にいるから皆は楽しんでくると良い」
 周囲にあわせて黒のトランクス水着を着てきたけれど、もとより泳ぐ気は無い。水着の上にパーカーを羽織ったまま、刀真は荷物番の構えだ。
「我も泳ぐつもりはない……刀真、椅子を準備しろ」
 玉藻 前(たまもの・まえ)も赤のビキニにパレオという格好に着替えてはいたけれど、泳ぎには興味がない。ゆっくりと浜辺で雰囲気だけ味わおうと刀真に命令する。
「はいはい、直ぐに組み立てるから玉藻はそこで待ってろ」
 荷物の重量の原因ともなっていたビーチチェアを刀真は組み立ててゆく。
「じゃあ私は白花と遊んでくるね。白花、日焼け止め塗ってあげるから後ろむいて〜はいぺたぺた〜」
 月夜は封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)の白のワンピースから見えている肌に、両手で日焼け止めを塗っていった。
「ありがとうございます」
「動くと水着についちゃうよ〜」
「はい、でもちょっとくすぐったいです」
 白花はくすくす笑って肩をすくめた。
「もうちょっと……はい終わり」
 ぺち、と軽く月夜は白花の背を叩く。
「じゃあお返しに私が塗りますね」
 白花は日焼け止めを受け取ると、月夜の背に塗っていった。白い肌に黒髪と黒のビキニのコントラストがくっきりと。乳白色の髪を持ち白の水着を着ている白花とは対照的だ。
「濡れた? じゃあ行こう!」
 片手にビーチボール、もう片手で白花の手を引いて、月夜は走り出した。
「きゃっ、月夜さん行きますから引っ張らないでくださいよ〜」
 急いで浮き輪を拾い上げ、白花は月夜に引かれて行った。
「う〜み〜♪」
 水を跳ね散らしながら月夜が走る。
 海の水の感触に冷たいと声をあげ、白花は笑った。今まで影龍を封印し続けていた為に、海で遊んだことは無かった。いざ海に踏み込むとなると緊張したけれど、隣で支えてくれる月夜の手を借りてそろそろと浮き輪にすがって海に浮く。
「うわ〜、浮きますよこれ凄いです」
「浮く輪っかだからね。う〜ん、波が気持ち良い」
 月夜はビーチボールを浮き輪代わりにして波に揺られた。
 ふわふわ、ふわふわ。
 波のまにまに。
 
「刀真、日焼け止めを塗ってくれ」
 パラソルで日除けをし、ビーチチェアを組み立てて。浜辺で過ごす準備が整うと、玉藻は刀真に背を向けた。左手でビキニを押さえつつ、右手でブラの紐をはずす。その右手で長い黒髪を纏め持ち、背中を露わにする。
「日焼け止めを塗ってくれ」
「自分で塗らないのか?」
「両手が塞がっているだろう? 我がここまで無防備な姿を晒すのは今のところお前だけだからな」
「色っぽい格好でそういう可愛いことを言うな」
 刀真は苦笑しつつ日焼け止めを玉藻の背に塗ってやった。
「お前の背は我が塗ってやる」
「ん、じゃあ塗ってもらおうかな」
 日焼けは苦手だから塗ってもらえれば助かる。刀真はパーカーを脱いだ。
 玉藻は手にたっぷりと取った日焼け止めを、刀真の背に塗り広げてゆく。
「なかなか広くて逞しいな」
「これでも鍛えてますから。なかなかのモンだろ?」
 そんな軽口を叩きあう2人を、こっそりと見守る視線があった。
「ほら、また別の女性に手を出しているでしょう?」
 コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)が囁き掛けると、ルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)は信じられないというように首を振る。
「まさかとは思っていたが本当にそうなのか……」
「刀真さんは白花さんにキスしたり月夜さんの胸を揉んだりしただけでなく、リフルさんや環菜さんにも手を出しているんです。これは彼のことが気になっている女性にとっては大問題です」
 沈痛な表情のコトノハは胸に手を当てた。もし自分が白花たちと同じ立場におかれたら、きっと自分は病んでしまい、彼の周りにいる女性を消すか、彼の目の前で命を絶ってしまうかも知れない……そう考えながら。
 ルオシンもコトノハの性格は良く分かっている。もし自分が他の女性と必要以上に親しくしたら、コトノハは壊れてしまうだろう。それに照らして、ルオシンはこの事態を重く捉えた。
「刀真……良い奴だと思っていたが、色々な女性に手を出すとは……いかんな」
「でしょう? それで私考えたんですけれど」
 コトノハは計画をルオシンに打ち明けた。
 刀真たちを浜茶屋に誘い、そこで白鞘 琴子(しらさや・ことこ)らも交えて恋話をしよう、と。
「その流れで女性遍歴に話をもっていって、刀真さんのパートナーの皆さんも巻き込んで、誰が一番かを判明させるのです。逃げられてはいけませんので、皆で刀真さんを砂浜に埋めてしまいましょう」
「それは名案であろう。もしそれでも答えないとなれば、このスイカを刀真に横に置いてスイカ割りと致そう」
 物騒な相談を真面目にまとめると、コトノハとルオシンは刀真たちのところへさりげなく近づいた。
「あら、刀真さんたちも海水浴ですか?」
「はい、コトノハさんもそうですか。奇遇ですね」
 パーカーを元通り羽織りながら刀真は答えた。
「よろしければ一緒に『海桐花』で休憩しません?」
 コトノハは自然なそぶりで誘いかける。
「ありがとうございます。でも月夜と白花が戻った時に心配しますから」
「我もここの方が気が楽だ」
 玉藻までそう言うので、コトノハも強行には誘いにくい。
「では先に行っていますから、2人が戻ったらそちらに来て下さいね。いろいろお話したいこともありますし」
「行けるかどうか分かりませんが、月夜たちが帰ってきたら聞いてみますね」
「ええ。期待して待ってますから」
 両サイドに赤いリボンを結んだ青い髪を揺らして会釈すると、コトノハはルオシンと共に浜茶屋へと向かった。
 2人が行ってしまうと、玉藻はシートの上に膝を揃えて座った。
「日焼け止めを塗ってくれた褒美だ。月夜たちが戻るまで膝枕してやるからこっちに来い」
 尊大な玉藻の態度に苦笑しながらも、刀真はお言葉に甘えて、と玉藻の膝に頭を載せた。
 頭上のパラソル越しにも日差しの強さが感じられ、刀真は目を閉じる。絶好の海日和を月夜と白花は十分に堪能しているだろうかと考えつつ、刀真は玉藻に呼びかけた。
「……玉藻」
「何だ?」
「……お前の封印を解いたのは俺だ。あの時のお前を見ているから、封印という物に嫌悪感を示すのは分かる。だから封印を司る白花を嫌うのも分かるけど、もう少し仲良くできないか?」
 目を閉じたまま言う刀真の髪を、玉藻は指先で乱す。
「無理だな、封印の巫女と馴れ合うつもりはない」
「そうか……だけどもう少し……」
 言葉は途中で消え、刀真は代わりに安らかな寝息を立て始めた。
「寝たか……以前は月夜と2人きりの時しか寝なかったのに」
 刀真の変化に目を細めると、玉藻はゆったりと視線を海に移して時を過ごした。
 
「刀真〜、飲み物ちょうだい」
「黙れ……刀真が起きる」
 泳ぎ疲れて戻ってきた月夜は、玉藻が膝枕している刀真に気づくと慌てて声を潜めた。
「あっゴメン、刀真寝ちゃったんだ」
「気持ち良さそうに寝ていますね」
 白花もささやき声で刀真の寝顔を覗きこんだ。と、その手を月夜が引く。
「じゃあ私たちは海の家で休むね。玉ちゃんは刀真とごゆっくり〜」
「ああ。コトノハたちが『海桐花』にいるそうだ。刀真が起きたら合流する故、先に行っていると良い」
「分かった、じゃあね」
「え、あの……」
 白花が戸惑っているうちに、月夜はどんどんその手を引いて浜茶屋へ向かった。
「月夜さん、わざわざ移動しなくても静かにしていれば良いんじゃないですか? 刀真さんが起きるまで待って、それからみんなで合流しても問題ないでしょう?」
 こんなに慌てて離れなくても、という白花に月夜は答える。
「刀真は慣れない人の気配とか視線で目が覚めちゃうから」
「でも、今玉藻さんに膝枕されてましたし、以前は月夜さんの傍で……」
 そこまで言いかけて白花は気づいた。
「私、ですね」
 自分が慣れない人の中に入っていることに、白花は寂しく微笑んだ。白花が刀真と契約してからそう経っていない。それは自覚していたのだけれど。
(このまま一緒に暮らしていたら、刀真さん私の傍でも寝てくれるようになるのでしょうか)
 いつか自分も刀真に気を許してもらえるようになると良い。そう考えながら白花は月夜に連れられるまま、浜茶屋へと入って行った。
 
「ん……あれ、俺寝てた?」
 白花が離れて行くと、刀真は目を覚ました。
「ちょっと慣れない人の気配というか視線を感じたんだけど」
 気になる様子で起きあがろうとする刀真を玉藻が制す。
「なんでもない、もう少し寝ていろ刀真」
「うん、じゃあもう少し玉藻に甘えるかな」
 安心したため息をつくと刀真は再び眠りに落ちていった。
 
 
 泳ぎの練習 
 
 
「水がいっぱいですぅ……」
 じーっと恨みがましく海を見つめる神代 明日香(かみしろ・あすか)に、神代 夕菜(かみしろ・ゆうな)は至極当然のように答えた。
「それは海ですから。それにしても明日香さん、どういう心境の変化ですの?」
 これまでは地球人は水に浮くように出来ていないと言い張っていた明日香が、泳ぎを覚えたいだなんて、と夕菜は意外そうに尋ねた。これまでかたくなに泳ぎを覚えることを拒否していた明日香が、何故急に、といぶかしんだのだ。
「いつまでも逃げていてはいけないですし……夏を満喫するのには泳げた方がいいんですよねぇ。だからこの機会に、ノルンちゃんと一緒に泳ぎの練習をしようと思ったんですぅ」
 その言葉を耳にして、ノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)の足がぴたりと止まった。
「そう思い立ったのは良いことだと思いますわ。泳げるようになると海はもっと楽しい場所になりますもの。明日香さんもノルンさんも頑張って下さいね」
 わたくしも全力で教えますから、と夕菜が言った途端、『運命の書』ノルンはくるっと後ろを向いて逃げ出した。
「あ、ノルンちゃん〜!」
「泳ぎなんて出来なくていいんです!」
 ここに来るまで明日香がノルンには秘密にしていたのは、泳ぎを練習しようなんて言ったら絶対に拒否するのが分かっていたからだ。浜辺で水遊びするのだと喜んで支度をしているノルンを見るのはちょっと心が痛んだけれど、海まで来たら諦めて練習してくれるんじゃないか、なんて希望的観測もあった。
 でもやはり、ダメだったようだ。明日香は小さくため息をつくと、ノルンの後を追った。
 ノルンは必死に全力疾走しているけれど、背に見合ったコンパスの短さだから逃げ足は遅い。体力もなくてすぐに疲れてしまうから、追いかけるのは簡単だ。
「嫌です。魔道書は水に浮くように出来てないんです」
「明日香さんと同じこと言ってますわね」
 逃げながら主張するノルンを夕菜が笑う。
 よろよろと逃げるノルンは、行く手に救い手となりそうな人影を見つけると、その後ろにしがみついた。
「ノルンさん? どうかされたんですの?」
 買い物袋を両腕で抱えた琴子が、当惑して足を止めた。
「明日香さんが裏切りました」
「裏切った?」
 事情が分からない様子の琴子に、追いついてきた明日香が説明する。
「ノルンちゃんと一緒に泳ぎの練習をしようと思ったんですぅ。嫌がるから内緒にしてここまで来たんですけどぉ」
「虐待です、無理矢理泳がせようとするんです」
 不穏な言葉連発で、ノルンは琴子に訴える。その様子を見ていた夕菜は明日香に尋ねた。
「この方はお友達ですか?」
 夕菜は琴子に会うのははじめてだ。
「蒼空学園の先生ですぅ」
 明日香の説明に、夕菜は失礼しましたと謝った。
「こんなに若い綺麗な女性が先生だとは思いませんでしたわ」
「いえそんな……」
 琴子は恥ずかしがって買い物袋の後ろに半分顔を隠した。袋からはずした片手でノルンの頭を撫でる。
「泳ぎの練習をしようというのは良いことだと思いますわ。ですけれど、嫌がるのを無理矢理教えても上達はしないでしょうし、ノルンさんの心にも傷となりますわ。泳ぎを練習しようという気になるまで、少し待ってあげて下さいまし」
 明日香は唸った後、はいと返事をした。自分もこれまで断固として泳ぎの練習を拒んできたのだから、ノルンの気持ちも分かりすぎるくらいに分かる。
「では気をつけて泳ぎの練習をして下さいましね」
 これで一件落着と、琴子は会釈して浜茶屋へ入って行った。
 明日香は仕方なく1人で夕菜から泳ぎを習い、ノルンは浅瀬にフローとを浮かべてのんびりと涼むことになった。
「はい、では力を抜いて身体をのばして下さいね」
 夕菜は丁寧に泳ぎを教えたし、明日香にもやる気はあるのだけれどそれに反してなかなか泳げない……という以前に明日香の身体は浮かずに沈んでしまう。
「おかしいですわね。明日香さんは決して運動が苦手ではないんですのに」
「やっぱり地球人って浮くように出来てないんですぅ」
「はいはい、今日は練習するって言ったのは明日香さんですからね。もう一度やってみましょう」
「うー……」
 頑張ると決めたからにはやらなければ。
 悲壮な決意で泳ぎに挑む明日香を横目にノルンは浅瀬で遊んでいた。やっぱり練習しなくて良かったとしみじみ思いながら体勢を変えようとした拍子に、乗っていたフロートがひっくり返る。
 ぼちゃんと海に落ちたけれど、浅瀬だから何ということはない。立ち上がろうとしたところに、明日香が飛び込んできてノルンにしがみついた。
「ノルンちゃん、大丈夫ですかぁ」
「はい」
「今助けますからねぇ」
 ノルンも夕菜も落ち着いているのに明日香1人が大慌て。そんな様子に笑みを漏らすと、ノルンは手を伸ばして明日香の頭を撫でたのだった。