なし

リアクション

　
7-07　最後の夜
　
　斥候のマリエッタ・シュヴァール（まりえった・しゅばーる）がオークの森から戻ってくる。
「カーリー（注：水原ゆかーりー）！　翔子さん！
　ええ、大丈夫。森にはまったく敵の気配もないし、完全に立て篭もっているみたいだわ」
「ご苦労さま」
「ただ、監視役のセイクリッドちゃんが……」
「何。もしや……」
　
　香取隊はオークの森を突っきり、とうとう南西分校を包囲した。その数、1,350……！
「全軍、これより攻囲に移る機を待つ……！」
「翔子、いつもワタシのこと"アホの子"って言ってたから見返してやるのだ！」
　そこでは先行して監視を続けていたクレア・セイクリッドがもうおなかをすかせて待っていた。
「桶狭間で"今川義元"に討ち取られた"織田信長"のように、どんな大軍も不意をつかれれば……っ」
　ごつん。クレアセイクリッドは香取に不意をつかれた。
「で、何事もなかったの」
「っつ、いたたぁ……翔子。う、うん」
「一応、奇襲でもあればと勝ち方を教えておいたけど、相手がシャケおにぎりだけでよかった」
「あっ。おなかへった……」
「……」
　クレアによると、夜霧朔が来て、それから例の男も無事、分校に侵入していったようだと言う。
　それが上手くいけば、あとはこの1,350をもって国頭の700を完膚なきまでに叩き潰す！　のみ！　そうは言え……「勝って兜の緒を締めよ！　戦いは最後の五分間にある。最後の最後まで気を緩めるな」そんな乱戦が予想される。……いよいよだ。これが南部戦記で振るう最後の采配となるだろう。
　香取は、夜の南西分校をきっと睨みつけた。
　国頭は、攻撃を仕掛けてくるならナパーム弾を使うと言った。
　南西分校は、宵闇のなかに静まり返っている……
「国頭。さあ、使えるものならば使ってみなさいよ。……ふふ、無駄だから」
　香取は、強気に構えた。
　　

　
　南西分校の内部は、静かであった。
　かつては、対オーク設備として機能し、演習にやってくる教導団の新入生らが一学期から夏にかけて過ごす場所であった。暗い廊下を眺めても、物音一つない。
　パラ実の不良たちは、どこへ行ったのだろう？　何故、だれもいないのだろうか。
　……だれかいる。
　暗闇のなかに潜んでいる。やっと一人見つけた。だが、このヒャッハーな格好に身を包んでいる男、実は……
　ジェイコブ・バウアー（じぇいこぶ・ばうあー）なのである。（※イラストの髪型をモヒカンにして見てください。）
　彼は、フィリシア・レイスリー（ふぃりしあ・れいすりー）が捕えた集落で屯していた不良の装備を上はモヒカンから下はヒャッハーなトゲトゲの鉄の靴までを奪い変装し、南西分校に忍び込んだ。そのフィリシアも一緒だが……「おかしいですわね。こんなにだれも人がいないなんて？　見つからないのはいいですけれど、これでは例のブツの場所も聞き出せませんわ。あなた……わたくしたち、罠にかけられているのでは……」
「いや。そんな筈はない。ずっと外で香取のパートナーが見張っていたのだ。
　南西分校からそんなに大量の不良が出入りしたなんてことは最近ではなかったという。せいぜい、斥候とか遅れて集ってくる質の悪そうな不良の一人二人が見られただけだと。
　しかし、ここには今、人の気配すらない。どういうことだ？」
　……
　しんとした南西分校の最上階。
　夜霧　朔（よぎり・さく）もまた、例のブツを奪取すべく行動に移っていた。しかしやはり、夜霧も一人の不良にもなめねこにも出会わなかった。これは、おかしい。
　夜霧は、最上階のだれもいない廊下を歩いていく。
　ふと、奥の一室から、カタカタ、カタカタ……と一定のリズムで刻まれる音が聞こえてきていた。
「この部屋は……タイプ室？
　随分古そうな部屋。こんな部屋が教導団の南西分校に？　……」
　夜霧は、扉を開けて注意深く部屋に入る。
　そこで見たものは……！
　

　
　きゃぁぁぁぁ――！！
　上階で、悲鳴が聞こえた。若い女性の声。
　ジェイコブとフィリシアは、一階から二階へと上がろうとしていたところだ。二人は顔を見合わせ、しかしいつのも隠密行動のように決して足音を立てぬように、階段を駆け上がり始める。三階、四階、五階、六階、七階、……「南西分校ってこんなに高い建物でしたか？」「しっ。待て、フィリシア。誰か、いる……！」
　ジェイコブは、銃を取り出す。
　明らかに不自然な影が、階段の向こう、窓から差し込む月明かりに照らされ伸びている。つめたい汗が伝う。「人じゃない……？　なんだ。……」
　

　
「こ、これは……」
　夜霧は、思わず出してしまった悲鳴のことも忘れ、部屋の中央に駆け寄る。
「……何。アカシックレコード？」そう名づけられた、タイプライター、のようである。
　カタカタ、カタカタ。タイプライターは一定のリズムを刻んで、勝手に原稿を吐き出している。
「どういう、こと……はっ」
　夜霧は、部屋の奥の真っ暗がりから、うごめき、あふれ出てくる魔物たちを見た。それは……幻覚であった。
「気のせい……は、はあっ」
　夜霧は、後ずさる。
　見ると、気付かなかったのか、タイプライターのキーを一匹の白い猿が叩いているのであった。
「だ、だれ……？」
　猿は、何も言わない。カタカタ、カタカタ、カタカタ……
　夜霧はもう一度近付いて、吐き出され、次々と床に積み上げられていく原稿の一枚を、手にとった。
「何なの。……『南部戦記』の原稿？　これは、序回のもの……
　じゃあ、こっちは」
　吐き出されたばかりの空中を舞っている原稿を手にとってみる。「もう、第二回の最後までいっている。う、うわあ」
　原稿の吐き出される速度が加速する。カタカタカタカタ……
「「……カタカタ。タイプライターは一定のリズムを刻んで」……「一匹の白い猿が」……「原稿の吐き出される速度が加速する」……「「一匹の白い猿が」
　猿の動きが止まった。
「はっ。最後の原稿が――」
　夜霧は、それに手にとる。恐る恐る……「そ、そんな。……そんな結末って、……ああ、あ、ぁ……」
　夜霧は、原稿の海にばたりと倒れこんだ。
　

　
「うおっ！」
　ジェイコブが飛び出す。「お、おまえは、国頭！！」
　階段の向こう、月明かりに照らされてゆれていたのは国頭武尊だ。
「ちぃっ。フィリシア！」
　ジェイコブは銃を抜く。国頭がジェイコブに覆いかぶさってくる。
「な、なんだこれは。人形……？」
　国頭の人形であった。
「どういうことだ。しまった、やはり罠だったのか？　い、一体どういう……」
「あなた……！　人形のパンツに張り紙が」
「"残念だったな。ナパーム弾は爆発する。あと5秒"？　……く、せ、せめて10秒にしろよ！！」
「フィ、フィリシア」
「あなた……」