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夏の夜空を彩るものは

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夏の夜空を彩るものは

リアクション

 
 
 福神様のお手伝い 
 
 
「どこに行ったのかと思ったぜ」
 一緒に花火を見に来たはずのパートナーを見失い、捜しに来た春日 将人(かすが・まさと)衛宮 睡蓮(えみや・すいれん)の姿を認めると、ほっとした様子で近づいた。
「福神社の手伝いの巫女と間違われてしまったみたいなの」
 それも仕方がないかと睡蓮は自分の服装を見た。睡蓮の着ているのは巫女服。よく見ればデザインは違うのだけれど、ぱっと見て手伝いの巫女さんだと思う人も多いだろう。
 説明すればすぐに分かってもらえたのだけれど、その間も周囲はばたばたと忙しそうだった。
「それで、これも何かの縁だと思うから、私も手伝おうと思うの。折角花火見物に来たのにごめんね」
「だったら俺も手伝うぜ。さすがに巫女は無理だけど、男手が必要なこともあるだろう」
 花火をゆっくり見ることはできなくなってしまうけれど、こういう手伝いも面白いだろうからと将人も睡蓮と共に協力を申し出た。
「巫女さんの仕事って結構いろいろあるものなのね……」
 最初から張り切っていた為に、蒼澄雪香にはそろそろ疲れが出てきている。客の前ではそれでも、疲れを表に出さずににこやかに接客しているけれど、手伝いの人も増えたことだし、と誰も見ていない処ではひと休憩。尽きてしまいそうな気力をふるい起こしては、また巫女としての仕事に取り組む、の繰り返し。
「本当に現代の巫女とは、随分と小間使いなお仕事が多いのでございますね」
 邪馬壹之 壹與比売(やまとの・ゐよひめ)はしみじみと言った。
「そらあたり前どすわ」
 巫女という職名は同じでも、女王でもあった壹與比売と現代の巫女とではする仕事はかなり違って当然だ、と思った後、清良川 エリス(きよらかわ・えりす)はふと考える。
「壱与様、気づいてへんのかしら……」
 真剣に取り組んでは驚いている壹與比売の様子を、エリスはしばし首を傾げて眺めた。けれど、参拝客は次々にやってくる。のんびりとしている暇はない。
「ああ、違いますえ。お清めの水は涼を取るためのもんではあらしまへん」
 手水舎の柄杓で水遊びしている子供を見つけ、エリスは手を取って作法を教えた。
「まずは右手で柄杓を取るんどす」
 それに汲んだ水を左手にかけて清め、左手に柄杓を持ち替えて今度は右手を清める。
 もう一度右手に柄杓を持ち替えたら、その水を左の手のひらに受けて溜め、その水を口にいれてすすぐ。
 すすぎ終わったら、水をもう一度左手に流して清め、最後に柄杓を立てるようにして、柄の部分に水を流してすすぎ、元の位置に戻せば完了だ。
「めんどくさい〜」
「そうどすなぁ。せやけどこれは、水を無駄にせんように、そして皆が気分ようお清めできるように、とちゃんとした意味があることなんどすえ」
「そうなの? うーん、こうかな?」
「ええ子どすなぁ。神様もきっと見てはりますえ」
 だったらやらなければと柄杓をあぶなっかしい手つきで扱う子供を、エリスは褒めてやった。
 その間に、神代 明日香(かみしろ・あすか)は親の方にやんわりと、子供から目を離さないでいてくれるようにと注意をした。
「今日は人出も多いですから、お子さんが迷子になってしまわないように、気をつけてあげて下さいねぇ。ちっちゃい子って、いろんなものに興味を示すので、目が放せなくて大変ですよねぇ」
 そう言う明日香に実感がこもっているのは、パートナーのノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)のことを思ってなのだけれど、当人が聞いたらきっと反論するだろう。見た目は5歳でも明日香よりずっと年上なんですよと。
「それと、花火を見るときはどうしても空に意識が行ってしまいがちになると思うんですぅ。花火を見るときや夜店を回るときには、お子さんと手を繋いでいるといいですよ〜」
 子供が迷子になるのは、ほんの一瞬の油断から。気があちこちに向いてしまう花火見物では、どうしても迷子は多くなる。けれど、こうして呼びかけた注意が頭の片隅にでも残っていてくれれば、迷子になって泣く子、それを焦って捜す親を減らす役に立つだろう。
「楽しんでおくれやす」
 清め終えた子供をエリスは親に引渡し、さて壹與比売は何をしているのかと見れば。
「はしたのう舌出さはってどないしはりましたん?」
「ひたが、ひりひりふるのでごらいまふ」
 すっかり涙目になっている壹與比売から事情を聞き出せば、お疲れ様とたこ焼きの店で1つ分けて貰ったとのこと。濃い味付けに慣れてない上に熱々のたこ焼きは、壹與比売には厳しかったようだ。
「こちらおこしやす」
 エリスは壹與比売を境内の一角へと連れて行った。そこには誰でも気軽に水分補給できるよう、麦茶が用意されている。
「これだけ暑いと麦茶もどんどんなくなりますねぇ」
 咲夜由宇が冷やした麦茶を重そうに運んできて補充するのを、瑠璃が手伝う。
「お手伝いの皆様も、水分補給を忘れないでくださいね。それと……」
 フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)はそう言うと、よく冷やした葛きりを取り分けて皆に勧めた。糖蜜をかけた涼しげなお菓子に、由宇がたちまち目を奪われる。
「それ、私も食べたいですぅ!」
「……由宇、麦茶がこぼれます……」
「ああっ」
 慌てて麦茶に意識を戻す由宇にフィリッパはふふっと笑う。
「暑い中のお手伝い、ほんとうにお疲れ様ですわ。たくさんありますから、麦茶をいれ終わったらどうぞ食べて下さいませ。お手伝いは大変でしょうけれど、これで暑さを乗り切って楽しめると良いですわね」
「それ、もらってもいいですかぁ。ノルンちゃんに持って行ってあげたいんです〜」
「ええもちろんですわ」
「ありがとうですぅ」
 フィリッパが渡してくれた葛きりを持って、明日香は社に入って行く。自分があちこちお手伝いして回っている間心配だからと、明日香は『運命の書』ノルンを布紅に預けてあった。ノルンには巫女として社の掃除を手伝って欲しいと頼んでおいて、布紅にはそれとなく見ていてくれるように頼んであるのだ。
「よろしければいかがですか?」
 フィリッパは、男手として手伝っている将人にも葛きりを渡した。
「お、冷たいものか。ありがたいぜ」
 力仕事ににじんだ汗を拭くと、将人は葛きりを口に入れた。さっぱりした冷たい喉越しがたまらない。
「うん、うまい」
「お口に合ったのなら良かったですわ」
 そんな会話をしていて、ふと将人は視線を感じて振り向いた。そこには、満面の笑みを浮かべた睡蓮。……けれどその笑顔の裏に夜叉が見える。
「どうした? 睡蓮ももらうか?」
「いいえ、私は結構よ」
 睡蓮はつんとあごそらせた。やっぱり機嫌が悪そうだ。どうして機嫌を損ねてしまったのか分からぬままに、将人はそれからしばらくの間、睡蓮の機嫌を直すのに必死になることとなったのだった。
 
 
 気をつけていても出てしまうのが迷子というもの。
「えーっと、どうしたのかな?」
 小さな男の子にはしっと袴を掴まれて、セシリアは困ったように尋ねた。
「う、うぇっ……お、おとーさん、いない……」
「あああああ、泣かないで。落ち着いて、ね、ねっ?」
 子供の相手は苦手なセシリアだけれど、泣いている子を放っておくわけにもいかない。
「はぐれちゃったのかな。でも大丈夫だよ。向こうで待ってたら、お父さんが迎えに来てくれるからね」
 優しくなだめて、セシリアは社務所代わりの救護所に子供を連れて行った。そこにいけば、子供の相手をしてくれる手伝いの人もいるし、親を捜してもらうことも出来るだろう。
「また迷子ですか?」
 セシリアが手を引いてきた子供を見て、救護所に詰めている御凪真人が立ち上がった。子供を座らせるための椅子を用意する真人に、セシリアは子供を託す。
「うん、お父さんとはぐれちゃったみたいなんだよ。お願いできるかな」
「はい、ではこちらでお預かりします」
「よろしくー」
 真人に迷子を預けると、良い子で待ってるんだよと声をかけ、セシリアは元の仕事に戻って行った。
「今日はお父さんと一緒に来たんですね。名前を教えてもらえますか?」
「お、おと、さ……うぇぇぇ……」
「ああ、泣かないでも大丈夫です。教えてくれたら、お父さんを捜して見ますから」
 思い出したようにまた泣き出した子供に真人は当惑した。理詰めに説いても解しない子供から、どうやって親を捜すのに必要な情報を得たら良いのだろう。
「はいはい、怖くないからね」
 その子供を熊猫 福(くまねこ・はっぴー)のふかふかした手が抱き上げた。
「よしよーし、はぐれちゃって不安だっよね。でもここに来たらもう心配はいらないよっ。遊んで待ってるうちに、すぐお父さんに会えるからね」
 慣れた様子で子供をあやしながら、少し落ち着いたらまた連れてくるから、と小声で真人に言うと、他の子供たちが親を待っているところに運んで行った。
「あ、はっぴー!」
 遊んでいた子供たちが福に気づいて寄ってくる。寄ってくるだけでなく飛びついても来る。
「はいはい、って、そんなに一度に来たら危ないって。わわわわわっ」
 福は慌てて制したけれど、そんなこと聞き耳持たず。親を待つ間、退屈している子供たちが一斉に福にとびつき、よじ登ろうと足をかけてくる。折角着た巫女装束も脱げそうだ。相手が敵なら反撃もできるのだけど、子供ではひたすら我慢我慢。こうして耐えるのもきっと忍びの修業だと、福は自分に言い聞かせた。
「福殿も苦労するでござるな」
 滋岳川人著 世要動静経(しげおかのかわひとちょ・せかいどうせいきょう)に苦笑され、福はまあねと装束の肩を直した。
「屋台食べ放題のためなんだから頑張るよ。けど、すべての店が売り切れになるぐらいに食べないとわりが合わないよね」
 それを餌に福は大岡永谷から手伝いを頼まれているのだ。
 連れてこられたばかりの子供も、最初はべそをかいていたけれど、他の子が遊んでいるのにつられて遊び出す。さっきまで泣いていた子供が笑ってくれるのは嬉しい。子供にぎゅっと掴まれた部分が痛むのも気にならなくなるくらいに。
 子供の様子が落ち着いたのを見計らい、福は子供を一旦真人の処に戻した。親のこと、この子のことを聞かないと、親捜しが捗らない。
 子供の名前、親の名前、どこから来たのか、を真人が聞き出していくのを、世要動静経もメモに取った
「放送があれば楽でござるのに……」
 ついぼやいた世要動静経に、真人がそうですねと周囲を見渡す。
「ここは空京神社の中でもひときわ辺鄙な場所ですからね。あれこれ不便なことが多いです」
「布紅殿もあれこれ主張をしなさそうでござるからの。きっと後回しにされているのでござろう」
 聞き出したことをすべてメモに取ると、世要動静経は救護所を離れ、境内を回って手伝いの巫女たちに情報を伝えて行った。該当の人物、あるいは誰かを捜してしそうな人がいれば声をかけてくれるようにと頼んで回る。設備が揃っていない分、頼りになるのは人の力だ。
 ほどなく鬼崎朔が男性を伴ってやってくる。
「迷子の親ではないかと思われる人を発見したので連れて来ました。後はよろしくお願いします」
 巫女というよりはやはり騎士の身のこなしで、朔はさっと礼をしてまた境内へと戻ってゆく。
「お父さんっ!」
 尋ねるより早く、父親に気づいた子供が裏から走り出てくる。
「どうか迷子にならないように気をつけていてあげて下さいね」
 記録に父親のサインをしてもらいながら、真人はしっかりと釘をさしておいた。
 父親が頭を下げ下げ、子供の手を引いて帰って行くと、入れ替わりのように両手に袋を提げたセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)がやってくる。セルファは今日は巫女として、迷子の保護や喧嘩の仲裁を主に行っているのだ。
「おやセルファ、差し入れですか?」
「な、何で分かるのよ」
 言うより先に真人に当てられてしまい、セルファは動揺した。
「それだけソースの香りが漂っていれば分かります」
「これは……見回りの一環みたいなものよ。べ、別に真人のためだけに買ってきたんじゃないんだからねっ」
 がさがさと袋から焼きそばやたこ焼きを取り出して、セルファは真人の前の机に置いてゆく。
「お手伝いしてるみんなご苦労さま。良かったら食べてねっ」
 皆に声をかけると、セルファは社に入って行った。
「布紅様も何か食べない? あ、それとも一緒に見回りがてら夜店の方に行ってみる?」
「ありがとうございます。でも今日はお参りしてくださる方も多いので、ここで静かに神さまのお仕事をすることにします」
 床に座った布紅は、入ってきたセルファに笑顔を向けた。
「そう? でもせっかくだから飲み物だけでも……はい。じゃあ頑張ってねー」
 忙しくセルファは社から出て行った。
 そこに今度はフォン・アーカム(ふぉん・あーかむ)がやってくる。
 境内で花火見物の記念写真を撮って販売したいと思ったのだが、巫女もいる境内、許可を取っておかないと盗撮マニアと間違えられかねない。
「記念写真ですか。喜ばれる方もたくさんいるでしょうね〜。嫌がる方を撮ったりしなければ、ぜんぜん構わないです〜」
 布紅にあっさりと許可されて、フォンはやったぜと拳を握る。
「それはもちろん守らせてもらう。今日は結構人出があるから、いい被写体が見つかりそうだ。カメラマンの腕が鳴るぜ」
 フォンはまだ今は無名のカメラマンだけど、いつかは写真コンテストに応募できるような写真を撮りたいと思っていた。その為にも多くの写真を撮って、経験を積んでおきたい。
「良い写真が撮れるといいですね〜」
 にこにこと布紅に送り出され、フォンは早速カメラを手に境内を歩き回って呼びかけた。
「どうだい、お客さん。花火見物の記念に、記念写真の1つでも。今日は特別、お安くしておきますぜ」
 そんなフォンを、明日香がちょいちょいと手招きした。
「もう少ししたら、撮ってもらいたいものがあるんですけどぉ」
 
 不意に空に明るい光が溢れた。
 オープニングの花火が華やかに、いくつもいくつも空に花開く。
「ひぐぅっ、え、えりす、天が震え雷が怒ってるのでございますっ、かよいな天変地異は知らないでございますっ!」
 花火の音に恐れおののいて、壹與比売がエリスにしがみついた。
「は、もしや火の山! 火の山の怒りでございますかっ! ひいっ、どんどんぱぱぱぱぱっと光ってどどどどどんでございますっ!」
 耳を押さえ目を瞑り、壹與比売は大騒ぎ。初めて花火を見ただけでなく、このような強い刺激にさらされるのも初めてで、すっかり恐慌状態だ。
「あ……」
 それまで社の中で掃除をしていたノルンは、花火の直前、休憩するようにと布紅に外に出されていた。それも明日香があらかじめ、布紅に頼んでおいた根回しだ。
 大きな音にびくっとなったものの、すぐにそれにも慣れて夢中で空を見上げる。
 知識では知っていたけれど、ノルンは実際に花火を見るのは初めてだ。
 惜しげもなく、咲いては消え、消えては開く光の花。大きく開くかと思えば、金の粉を流すようにしだれるものもあり。
 瞬きをするのも息をするのも忘れてしまうくらい、ノルンは初めて見る花火に魅せられる。
「あの子です、お願いします〜」
 明日香はフォンにノルンを示して見せた。
「よし、分かった」
 小さな身体に巫女装束をつけ一心に花火を見上げる幼子の姿を、フォンはカメラに収める。
「出来上がったら福神社に預けておくから、受け取りに来てくれ」
「はい、よろしくです〜」
 フォンに礼を言うと、明日香はたっぷりとノルンの可愛い姿を堪能するのだった。
 
 
 境内の人々の目が、始まった花火に向けられている時。
 子供の手を引いて境内を歩いていく男の姿にヴァルは目を留めた。何か違和感を感じる……。
「あの子は……」
 ヴァルの呟きに、情報交換をしていたカレンはその視線の先を見る。
「あれ? あの子、さっきお父さんがお財布無くして泣いてた子だよね。でも……」
「手を引いているのはさっきの父親ではないな」
 ジュレールも首を傾げた。不審に思って近づくと、リーナがカレンに気づく。
「あ、さっきのお姉ちゃん」
「また会ったね〜。お父さんは一緒じゃないの?」
 さりげなく聞いてみると、リーナはうんと肯く。
「おじちゃんがね、わたあめ買ってくれるって〜。ないしょでわたあめ買ってもってって、パパをびっくりさせるんだー。パパ、おさいふなくしてしょんぼりしてたから、わたあめあげて元気になってもらいたいの」
 ね、とリーナは無邪気に言うが、手を引いていた男は明らかに動揺している。
「そうなのか?」
 ヴァルが剣呑な目つきで尋ねると、かくかくと肯いた。
「あ、ああ。このお嬢ちゃんがパパのことを、し、心配してるようだから」
「だったら俺もついて行こう。わたあめと言わず、色々買ってやると良い」
 シグノーも横から口を出す。
「あー、そんな親切な人なんだったら、自分の分も少し買ってもらいたいっスね」
「そうだな。皆の分、十分に奢ってもらおうか。ほら、さっさと歩け」
「は、はい……」
 ヴァルの拳にぐりっと背中を押され、男はうなだれて歩き出した。
 多くの人が集まる処には多くの思惑も渦巻く。取り返しのつかない事態にならなかったことに安堵しながら、カレンとジュレールも半ば連行されている男について行った。悪心の報いをたっぷりと男の懐でしてもらう為に。