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【空京百貨店】書籍・家具フロア

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【空京百貨店】書籍・家具フロア

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■書籍フロア 昼


 デパートに行く途中、動く歩道の上でにやにやしている佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)。彼の後ろには兄である佐々木 八雲(ささき・やくも)がこっそりとついてきていた。弟が書籍フロアに行くと聞いて自分も……と思ったのだが、1人でも楽しそうな弟の表情が気になって精神感応でこっそり心を読んでみた。
(この動く歩道って歩くのと同じくらいの速さだねぇ。次のデートで使えないかな……ふふ)
「……ラブラブなのはいいんだけどね」
 どうやら弟の頭の中はまだ春らしい。苦笑しながら、自分も向こうで文系の女の子に声でもかけようかと思った。
 一方、本好きの響は書籍フロアでのアルバイトを気に入り毎日頑張って働いているようだ。コツコツ、テキパキと真面目に仕事をこなしている。本の補充をしようとフロア内を歩いていると、そこで弥十郎、さらには尾行しているように八雲が付いてくるのを見つける。
「……何をやって」
 うきうきとした八雲の様子がコントのようだったので、思わず呆れて独り言を漏らしてしまった。料理コーナーに向かった弥十郎はタシガン料理を勉強しようと、適当に気になったものを開いているようだが……。
「何々、タシガンターキーのレモン炒め。これからの季節に良さそうだねぇ」
 ん?
 誰かの視線を感じ、顔を上げる。少し離れたところでスタッフのエプロンをつけた響と目があった。ああ、ここでバイトしてたのか。彼女が本を愛しているのはよく知っているので疑問に思わないが、響がちょいちょいっと指さしているのが気になった。その先を見てみてみると鏡に自分の姿と、その後ろにやたら楽しそうな兄がうつっている。
「……あぁ」
 こめかみを抑えながら、兄の元へ向かう。
「兄さ……」
「しー」
 八雲は人差指を口元に当てながら弟を制止、(奥見て)と頭の中に呼びかけた。なんなんだ、と弥十郎が奥をのぞくと宇佐木 みらび(うさぎ・みらび)セイ・グランドル(せい・ぐらんどる)が絶妙な緊張感で話をしていた。
(今、いいところだから邪魔しないでね)
(何やってるんですか!!)

 どうしても来てほしい。伝えたいことがあるから。
 みらびは、そんな風にデートに誘った。今まではおばあちゃんやセイ君に守ってもらったり、ひっぱってもらっていて……みんなの背中ばかり見ていた。肩を並べて歩きたいなら、隣を歩きたいなら自分で考えてそれを伝えなくてはいけない。
「……ん?」
「うさぎ、いつかおばあちゃんを越す立派な魔法使いになります」
 児童書コーナーで大好きな名探偵のシリーズの前に来ると、その背表紙を見ながらセイの服の裾をつかんだ。今の自分では釣り合わなくても、諦めない。すぐ泣いちゃうし、ドジだけど、頑張る。認めてもらいたいからじゃなくて、自分のために。
「うさぎは、セイくんが……大好きですっ!!!」
 ……昨日の夜は、鏡の前に正座してなんて言おうか100回近く練習していた。おかげで一睡もしていない。本当はもっと前置きがあって、今だって多分暗唱できるけど、本番が来たら言いたいことはとてもシンプルだった。
「……ったく」
「ぴょっ!?」
 こつん、と頭を叩かれ目を丸くする。前にもこんなこと、あったなぁ。
「そんなの、とっくに知ってる……恥ずかしいこと言わせんな」
「ええー!? そうだったんですか!?」
「声がでかい!!」
 みらびの素っ頓狂な声で、周辺の人々がなんだなんだと注目している。視線に耐えきれなくなったセイが、目を渦巻きにして混乱しているみらびの手首をとってその場を去ろうとした。
「あ、あの……っ。お返事、はっ!」
 ぐぐっとこらえて、返事を聞くまでこの場から動かないと意思表示する。セイは顔をそむけながら早口で答えを言った。口調は乱暴だが、みらびの手首をつかむ力はとても優しい。
「……嫌ならここに来ないだろ。行くぞ、『みらび』」
「は、はいっ!! でも……」
 掴まれた手首を軽く振りほどくと、みらびはセイと手をつなぎ直した。もう引っ張ってもらわなくても大丈夫。これからは同じ速さで隣を歩けばいいから。

(いやあ、いい話だ……)
(兄さん、いつからここにいたんですか?)
 弟の質問には答えず、兄は響の元に行って恋愛小説のおススメを尋ねた。一番苦手な分野を聞かれた彼女が慌てているため、仕方なく弥十郎が話題の本を選んでやることにする。
「さー、いるのばれちゃったし帰ろうかなぁ。あ、レモンはいいけどマヨネーズは入れないでね」
「本当にいつからいたんですかっ」
 怒って追いかけてくる弟を器用にかわしながら、あははは。とフロアを去っていく八雲だった。


 樹月 刀真(きづき・とうま)はカゴいっぱいの本を抱えて、時々持ちかえながら漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)の姿を探していた。この本たちは彼女が置いていったものなのだが、放置しておくわけにもいかず刀真が運んでいるというわけだ。
「重すぎる……買いすぎだろうコレ」
 白花が本に触れるのはいいことだが、この量を炎天下の中、家まで持ち帰るのはいくら刀真でも避けたいところだ。アルマゲストの祥子がアルバイトをしていたので、カゴを置いて声をかける。
「あら、刀真。ずいぶん重そうね」
「こんにちは、ここでバイトしていたんですね……この本の配達をお願いできますか?」
「勿論よ。……ごめんなさいね、仕事中だからあまりお相手できないけどゆっくりしていって」
 教導団にいた時と違い、生活費を稼ぐ必要が出た。そこで彼女が選んだバイト先が研究書や専門書の発行状況がすぐに分かる書籍フロアだったのだ。
「イオテス、お願いしてもいい?」
「勿論ですわ♪」
 イオテスは精霊であり、自分の仲間と知識を共有したいと思い知的好奇心からここのフロアに応募をした。……しかし、それは建前である。本当は祥子が申し込みをしていたのを知って、というのが理由だった。
「月夜さんなら絵本フロアでお見かけいたしましたわ。本は取り置きしておきますから、お迎えに行ってはいかがでしょう」
 本の分類ごとの置き場所を事前に把握していたイオテスは、客をコーナーに案内するのが得意だった。そのとき月夜達の姿を見かけたらしいので、刀真は礼を言って彼女たちを探しに行った。
「それじゃ、怒られない程度に一緒にがんばりましょうか。知り合いに会うと、つい話し込みそうで怖いわ」
 くすっと笑う祥子。清算を担当することが多い彼女は、買われて行く本から客の性格を考えるのが好きだった。大学では歴史を学んでいることもあり、そういった本を買う客に当たると何となく楽しくなってしまう。
「日本の歴史や文化についての本が最近人気なんですよ。私もアルバイト代を頂けたら、1冊買ってみようと思うんです」
「あら、そうなの? じゃ、頑張ってお仕事しないとね」
 入力作業も、目標があるといつもより楽しい気がした。エプロンに挟んだボールペンで必要事項を書き込んで、刀真たちが戻るまでに作業が終わるよう2人でてきぱきと働いている……。

「本、ほん〜♪」
「刀真さんが月夜さんに本を読む事を勧めたんですか?」
 絵本コーナーでは月夜と白花が美しい挿絵のついたものを見比べていた。楽しそうにしている月夜を見ているうち、白花はふと、彼女が本を読むきっかけを訪ねようと思いつく。
「うん、そうだよ……。刀真と契約して間もない頃は色々な事を知らなくて、本を読むと知識やそれ以外も得られるって刀真に言われたの」
「あれ? でも月夜さんの部屋にはそれほど沢山の本はありませんよね?」
「うん、倉庫借りてるからそっちに置いてあるの」
 そ、倉庫……。そんなに膨大な量があるのか。
 聞けば、月夜はパラミタにくるまでは実用書を中心に買ってもらっていたそうだ。しかしここに来てから彼女が興味を持つ本に出会う機会が多く、自発的に、それ以前より読書をするようになったらしい。
「……刀真さん大変です」
「刀真は私が買った本を勝手に捨てたり売ったりしないから、それに甘えて時々黙って買っちゃうんだよね……」
 椅子に座って本を読みながら、一応申し訳なさそうな顔をしている月夜。面白そうな本を見るといてもたってもいられなくなるのだ……。
「この絵本、可愛いです」
「気に入ったのなら買いましょう、あとでゆっくりと読めばいいですよ」
「ひゃっ、いたんですか。刀真さん……っ」
「?」
 顔を赤らめる白花の反応を不思議に思いながら、白花が呼んでいた絵本をそっと取り上げた。これも宅配に追加してもらうか。嬉しそうに『ありがとう』と言われ、自分もにっこりと笑い返した。
 おや。占いコーナーを見ると武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)が仲良く並んで……いや、真剣に立ち読みをしていた。

 牙竜は星の神話という言葉にひかれて書籍フロアに来たのだが、誰もいなかったため十二星座占いの本で自分とあの娘との相性をこっそり調べているようだ。
「オマエさんもこれから先、大変だな」
「……そっちも大変だな」
 同じく、最初は暑さに耐えきれずきただけだった佑也も勉強会のチラシがきっかけで星座占いに興味を持った。男たちは肩を並べ、可愛いイラストのついた占い本をどれにしようか吟味している。
「参考程度に買うだけだ、うん」
 大丈夫。わかるぜ、その気持ち。
 蠍座と蟹座の本を手に取る際、顔を真っ赤にしながら説明口調の独り言をこぼす佑也に熱いエールを送る牙竜だった。星座占いといっても12星座をすべて集め、それぞれの性格を分析した本。星座同士の相性をまとめた本など考えていたより種類が多い。
「……!!」
 や、やった! 運命の相手だって!!
 佑也(蠍座・無口でミステリアス、滅多に怒らず口が堅い)の心は羽のように軽くなり、この本を買って不安が訪れた際に必ず読もうと思った。対して牙竜は複雑な顔をしている。良くもないが悪くもない、といったところか。お互い相手と心がつながっているはず……なのだが、不安定な関係である。ささいなことでも牙竜(乙女座・几帳面で繊細、傷つきやすい。お嫁さん向き)が気にしないはずはなかった。
「……良かったな、これ使えるんじゃないか?」
「た、田中……お前ってやつは」
 そっと『プロポーズ100の言葉』を手渡す牙竜に対し、佑也はおまじないの本を渡してみた。『赤インクがはみ出ているダンボールの中にいる人の髪の毛を手に入れると恋が叶う』これが女子高生に大人気のおまじないだそうな。
「こんにちは、佑也に牙竜」
 田中の本名を覚えている貴重な人物、刀真(獅子座・誇り高く、面倒見がいい)が声をかけると男2人はギクゥッと体をこわばらせ、丸まっていた背をぴんと伸ばして『全然、真剣に調べていませんよ』というような態度を取り始めた。
「よ、よう。ちょうど獅子座を調べていたんだ……ははは、はは、ははは」
「今日は暑いな。いやぁ、エアコンはいいね、人類が生み出した最高の発明だよ。あはは、はは」
「実はちょっと面白い絵本があるんだけど読んでみないか? 気に入ったら彼女にプレゼントしてみろよ。喜んでくれると思うぜ」
 そういって自分の手元を見た刀真は、目を見開いた。な、んだ……この『十二星華とフラグとの関連性について』とは。すり替えられた!? いや、油断はしていなかったはず……。
「なんだ、その本?」
 慌てて隠そうとするが牙竜に見つかってしまった。この本の著者は如月 正悟(きさらぎ・しょうご)(乙女座・中途半端が許せず、人の不幸を見逃せない思いやりにあふれた以下略)……、奴がこのフロアのどこかにいる!! 3人は顔を見合わせ、ごくりと唾を飲んだ。


「田中にダディじゃないか」
 依頼もないし、たまにはふらっと遊びにこよう。
 ……そう思っていたはずなのに。と、橘 恭司(たちばな・きょうじ)は書籍フロアを見て複雑な気持ちになった。歩けば歩くほど、所属しているアルマゲストのメンバーを見つけてしまうのだ。
「……アレはよく配送されてる田中とかいう奴か」
「待て待て、ロープを取り出すな優! 今回はそれの必要ないから!」
 社長の教育方針のせいだろうか。淡島 優(あわしま・ゆう)はターゲットを見るや否や、20メートルのロープを取り出し捕獲準備に取り掛かり始めた。黒いスーツ姿の彼女はテキパキとサイコキネシスを利用した罠を仕掛けて、業績アップや効率化に貢献しようと工夫している。
「何故止める!」
「配送する依頼は来ていないっ」
「ちいっ!」
 今回はあくまで、面白い本があるか遊びに来ただけだ。そう説明されて、優は渋々とロープと絶望の剣を使うことを諦めたようだ。目線はターゲットに合わせたままだが、恭司の命令には従っている。
「ボクあんまり本読まないからこのフロア来ないんだー」
 ん? また知っている声が。
 恭司が辺りを見回すと鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)が楽しそうに笑いながら、ユズキ・ゼレフ(ゆずき・ぜれふ)に話しかけているところだった。
「ひーは小さいからな。本なんて読まないよな〜♪」
「もー、小さいのと本読まないの関係ないもんっ」
 ぷんぷんっ。ほっぺたを膨らませて抗議するものの、ユズキは氷雨の頭を楽しそうにぺしぺしと叩くだけだった。読書癖のない氷雨はその後もユズキの後を付いて回っていたが、それがうっとうしくなったユズキに本を探すように言われる。
「分厚くて硬そうな本、持ってこい」
「なんでー?」
「いーから」
 そんな本、何に使うんだろう? 不思議に思いながらポテポテと歩いていると、真面目な表情の恭司を見つけて声をかけた。
「こんにちはー。何しているの?」
「ああ、キミか」
 恭司が持っている本の題名は『十二星華とフラグとの関連性について』だ。氷雨が観察したところ、百科事典なみの厚さがある非常に濃い内容の本だった。おまけ品は小冊子『デローンの秘密について』……ろくな本ではないらしい。
「ふっふっふ。この本を見ればフラグが立つかもしれませんよ」
「正悟。何やってるんだ、自費出版までして」
「……今回の一件で思ったことは「絆」の重要性。今回の件についてはいろんな人が書くであろうから、逆に絆や彼女達のフラグの立ち具合からの今回の一件の評論を書いてみたのさ」
「いや、そういうことではなくて」
 正悟はデローン丼管理組合仲間の氷雨に書籍と小冊子をプレゼントした後、テンションが上がったため氷雨を高い高いした。神速で知人の本を自分の本とすり替えたり、根回しを使って自分の本を平積みしてもらったりと、方向性はともかく彼なりに頑張っていたようだ。
「今回は大人しくしてるか……、そう考えたこともあった」
 社長秘書の優は退屈だったため、あくまで親切心から正悟を梱包することに決めた。たまには、たまにはいいだろう。にやりと口元をゆがめてロープの準備を始めた。
「決してリア充は爆発しろ! とかはすこししか書いてないよ? 多少脚色して書いただけさっ。小冊子の方は今までのデローンの軌跡、制作方法等などが書いてあるお得版! さ、氷雨君! 話は聞いたよ、これを持ってユズキさんの元にお帰り……」
「わーいっ。デローン丼、襲ってくるけどおいしいもんね。じゃあ、またお茶室で会おうね〜」
 氷雨はバイバーイと手を振り、もらった本を小脇に抱えてユズキの元に戻った。
「人生、出来る・出来ないじゃなく、やるか・やらないかなんだよー!!」
「……ダメだこいつ。早く梱包しないと」
 本の実演販売を始めた正悟を見て、優は仕掛け終わったトラップの使用許可を恭司に求めた。正直、田中でも正悟でも構わない気分だ。ああ、仕事がしたい。依頼が欲しい。
「準備は整いました。許可をお願いします」
「……ダメだ」
「なぜです!!」
 もう十分なフラグは立っているじゃないか!
 そう顔を赤くして抗議をする優の方に優しく手を置き、諭すような口調でなだめる恭司。
「そもそも、今日は頑丈な段ボールを持ってないだろ」
「……!!」
 しまった、と顔をゆがませるがもう遅い。その間も、正悟は『蟹座とダディ』について講演会を始め出している。ああ、もう。殴るしかないのか!

 氷雨が戻ってくると、ユズキは付近の分厚くて硬そうな本を手に取りブーンと素振りをしていた。いったい、何をやっているんだろう。
「なかなかいいのねぇな……やっぱり百科事典か」
「ユズキー。これでいいー?」
 氷雨の問いかけに『ん?』と反応し、良い本があったかと尋ねる。肩に手を置き、こきっ、こきっと首を鳴らした。
「ひーにしてはいい本選んできたな。変な本だけど」
 コン、と拳で本をたたき満足げな表情をした。どこかその顔に邪悪さを感じ、不安を覚える。
「ねぇ、何してるの?」
「あ? 何って、殴ってどれだけダメージ与えられるか調べてたに決まってるだろ」
「だ、だめー! 待って待って〜っ」
 聞いた途端、ギクーンと体をこわばらせる氷雨。あわわわ、とユズキから本を取り上げようと頑張るのだが、もう後の祭り。ユズキは本を持った左手を高くあげて意地悪しながら、右手で氷雨の頭をぐりぐり押えた。いたいよー。
「あー、小さくて聞こえねぇなー?」
 小冊子をぽん、と氷雨の頭に放るとユズキは陽気な足取りで書籍フロアを去って行った。