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●第14章 体温

 水神 樹(みなかみ・いつき)は久しぶりのデートを楽しみにしていた。
 今日は不思議なことが起こった逆転デート。
 彼氏のはずの佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)が、今日は彼女。
 樹は佐々木の手を繋ぎ、楽しそうに街を歩いていた。
「今日はどこに行きますか?」
 樹は言った。
「そうですねえ〜、そうだねぇ。とりあえず胸が揺れるのをどうにかしたいかな?」
「どうにか? …ですか」
「ええ。走るたびに胸がもげそうで…トレーニングにも支障が出そうなので。あ、チェック系はやめてね。あれは可愛い子がつけるもんだから」
「そうですか? まあ、ご希望のとおりにしますね」
「助かりますよ、ありがとう」
「ふふ……いつも可愛いけど、今日のあなたも可愛いです」
 笑顔で樹は言った。
 佐々木の頭には獣耳が付いている。
 耳が生えてて可愛いなぁと思っていたので、つい口から出てしまった。
「さすがに照れますねえ」
 佐々木は笑った。
 言いつつ、デパートに買い物に行くことにした。


 道行く人々の中には、獣耳の人もいる。パラミタでは獣人が住んでいるので、空京でその姿を見ることは難しいことではない。ただ、今日は人数が多すぎた。
「あっちもこっちもって感じがするなあ」
「え?」
「獣耳の女の子ですよ。獣人の女の子なんてパラミタでは珍しくありませんけどねえ。それにしたって…」
「多いでござるなあ」
 樹は苦笑して言った。
 もうこうなったら、自分の口調も愛嬌だ。
 着物が好きな自分なのだから、気にするのはやめよう。
 気を取り直し、下着コーナーへと歩き出した。いつもなら気にならない女性下着のコーナーも、今日は敷居が高い。
 樹は展示してあるものを指差して言った。
「こんなのはどうですか?」
 友達に勧めるような言い方だ。
 小さな水玉のシンプルなデザインだ。
 スポーツタイプなので、Tシャツを着ても外に響かないものだった。
「あ、いいですね。こっちも面白そうですね」
 佐々木が手に取ったのは、キャミソールにカップが付いているタイプだ。ぴったりしているのでズレる心配も無い。
「どっちにしますか? どちらも便利なんですけど」
 と、樹の体験談だ。
 佐々木は苦笑した。
「じゃあ、両方買って試してみましょう」
「そうですね」
 樹は笑った。
 二人は商品を持ち、手を繋いでレジへと並んだ。

 ずっと手を繋いで、性別が戻っても。
 私は私、あなたはあなた。掌の温かさは同じ。
 
 ずっと、これからも手を繋いで…