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ノスタルジア・ランプ

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ノスタルジア・ランプ

リアクション

「ようこそ来てくれたなあ!」
「早く上がってくれよ!」
 とある古びた旅館の前で、歓迎の声が上がった。
 ここは山葉 涼司(やまは・りょうじ)山葉 聡の親戚の経営する旅館だ。
 故郷の埼玉から数時間かけて電車とバスを乗り継いだ先、とある自然溢れる山間にこの日、地球に里帰り中のものや、パラミタから観光に来たものが集まっていた。
「遠い所からわざわざおいでくださって、ほんとうにありがとうございます」
 しかし来客の多さに、予想外だと女将は目を丸くする。
「あらあら、いっぱいお客さんねえ、こんなに来てくださるなんて」
「申し訳ありません、友人たちがまだ後から合流する予定、なのですが…」
「じゃあお手伝いなさいね、二人とも」
 そうやって山葉ふたりは否応なく引きずっていかれることになる。

 日下部 社(くさかべ・やしろ)は旅館を見上げて期待に声を上げた。
「うほー、なかなかええもんやな〜、楽しみやな〜♪ よくぞ誘ってくれたわメガネ!」
「だろー? ってことで、一緒に労働しようぜ親友ッ!」
「ちょ、観光やあらへんのっ!? どういうことやー!」
「持つべきものは友達だよなあ!」
「よろしく頼むぜー!?」
 すべての反論を封じる絶妙のタイミングで、両側から涼司と聡の二人にがっしりと肩を組まれ、逃げられない空気だ。
 ずるずると裏方に引きずられていく社を追いかけて、望月 寺美(もちづき・てらみ)日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)もついていく。
「しょうがないですね〜」
「ちーちゃんもいく!」
 二人は女将の前に社たちをつれていく。
「おばちゃーん、こいつ手伝いに来てくれたんだよ」
「え…あ…」
「ここでは女将と呼びなさい! もう、あなたたちが騙して無理矢理引きずってきたんでしょう? 気にせずに楽にしていてね」
 さすがの貫禄で悪ガキ二人を叱り飛ばし、女将は社に向き直って頭を下げた。
「い、いえ…」
「おかみさん! ちーちゃんいっぱいお手伝いしたいの!」
「千尋ちゃん、ボクも一緒にがんばりますよぅ〜」
「あらあら、頼もしいわねぇ」
 唖然とする社の目の前には、微笑ましそうにチビと着ぐるみを褒める女将にまとわりついてお使いをねだる二人がいる…
「………コチラカラモ、オテツダイサセテイタダキトウゾンジマス…」
 元気いっぱいに宣言するパートナー達のとなりで、社は頭を下げた。てか下げんと男がすたるやないか!

 クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)達は早速女将に近隣のマップをもらい、魚釣り用の初心者ガイドを抱えて渓流に繰り出した。
 クロセルは釣具を振り回しながら宣言する。
「魚を沢山捕ってみんなに食べてもらえば、私の株が上がること間違いなしッ!」
「させんぞ!」
 即座にシャーミアン・ロウ(しゃーみあん・ろう)が川に飛び込み、魚を追いまわし始めた。
「飛び込まないで下さい! 魚が逃げてしまいます!」
 それ以上にきっとその声に魚は逃げるに違いない。
 やかましくやり合う二人を放置して、マナ・ウィンスレット(まな・うぃんすれっと)はじっくりと初心者ガイドを眺めてみた。彼らのおかげでさらさらと耳に心地よく流れる清流の音も聞こえやしない。
「ふむふむ、なるほど、石打ち漁(通称ガチンコ漁)は禁止なのだな」
 この漁法は、無差別に水中生物のみならず、卵まで壊してしまうことになる。
 この美しい渓流に、魚がいなくなってしまうのはいけないな。
 そう思って顔を上げたマナの目に飛び込んだのは…
「そこかっ!」
 文字通り野生の超感覚で魚の居所を捕らえたシャーミアンが、まさに川の中の岩にでかい石をぶつけているところだった。目を回した魚が何匹かぷかぷかと浮いてきた。
「ああっ、ずるいですよ!」
「マナ様! それがしがヌシを捕らえて見せます!」
「おまえたち そのやり方はやめるんだ!」
「私のほうが魚を多く捕れるんです!」
 ガツガツとガチンコ漁法を行うシャーミアン、その獲物を先制攻撃で横取りしていくクロセル、長閑な風景に絶対に相容れることのない略奪と蹂躙がそこにはある。
「…えぇい、2人共、私の話を聞くのだーーー!」
 まったく聞いていない二人を黙らせる為に雷術が炸裂した。水中を電気が走り、ばりばりというものすごい轟音があたりに響き、そびえ立つ山の間にうわんうわんと木霊した。
「…はっ…いかん…!」
 二人が大騒ぎしていた時以上の大量の魚が、周囲からぷかぷかと浮いてきたのだった。
 ちなみに、クロセルとシャーミアンも同じ運命を辿った。

 見渡す限りの山に囲まれて、もう彼方 蒼(かなた・そう)は微塵も待ってなどいられない。彼の耳は蝉の声や葉擦れの音の向こうに、期待あふれるせせらぎの涼やかな水音を聞き取っていた。
「うー…わっふぅ〜!」
「おいおい、川は逃げないよ」
 椎名 真(しいな・まこと)はしょうがないなと苦笑する。旅館にたどり着くだいぶ前から興奮度マックス、期待ゲージは振り切って、水着までスタンバイ済みだ。
「蒼ー、他にも川遊びしにきてる人がいるから仲良く遊ぶんだぞー!」
 聞こえているのかいないのか、見えた岩場に駆け上がって勢いよく飛び込んだ。岩場は大きな一枚岩のようで、岩の根元は深みになっている。自然のダイナミックな光景が山間にでんと据わっていた。
「はしゃいでるなぁ、連れてきてよかったよ…!」
 その間に昼の準備でもしようと、浅瀬からかまど用の大きな石を選び出す。
「これなんかどう…おぶっ!」
「わー、にーちゃんごめーん」
 盛大に蒼に水をぶっかけられたが、謝罪よりも楽しくてしかたがない、といった風の声音で蒼は謝る。彼のバタ足は強力に水をかいた。
「げ、元気だなあ…」
 しかし、水着な蒼はともかく、真はずぶぬれになってしまった。
 かまどを組み立て、火を熾して上着だけでも乾かすことにする。
「…あ、さかな」
 水の中で蒼の足になにかが触れた、顔を突っ込んで見てみれば、背中をきらきらと光らせて魚が泳いでいた。川底には自分の陰も映り、その陰に魚が滑り込んでくる。
「うー! …わんっ!」
 がしがしと乱暴に潜水し、魚を捕まえようとしたがさすがの魚もおとなしく捕まらない、ばっちゃばっちゃと盛大に水をかき回してすべて逃げられてしまう。傍目から見るとまるでおぼれているようだ。
「…うー…魚があ…」
「魚がいたのか、よし、ナラカの蜘蛛糸で仕掛けでも作ってみるか」
 真はちょっと力つきた蒼を座らせ、草の生えたあたりに蜘蛛糸をかけた。
「よーし、今度こそーっ!」
 即座に回復した蒼は、またも果敢に魚に挑もうと、荒々しく水面に飛び込んでいく。
「無理するなよー、バテるぞー!」
「すいませーん、魚いますかねー?」
 釣竿をかついだ滝川 洋介(たきがわ・ようすけ)が、真を見かけて声をかけていた。
「いるみたいですよー、今うちの蒼が狙ってまして…」
「にーちゃーん! 魚、ビリビリしてとったよー!」
 ぐったりした魚を高く掲げ、蒼はえものを褒めてもらおうと駆け寄った。
「おお、えらいな…って待て! 今オレまだ濡れてるからぎゃー…!」
 蒼はライトニングウェポンの電流で、魚を痺れさせて捕まえたのはいいが、まだ電流が身体に残っている。
 そんなときにいつものようにぴったりと真にはりつきに行ったのである。
「にーちゃーん!?」
「だ、大丈夫か…?」
 洋介はぷすぷすと焦げた真を介抱し、しょぼくれた蒼を引きはがした。
「う、うーん…」
 大丈夫そうだと見た洋介は、そのまま川辺を下って相方のところへと戻った。

 川原の石を組み、かまどの用意をして燃やすものを集め、アヴァネッサ・クェイルーン(あばねっさ・くぇいるーん)は洋介を迎えた。
「おかえり、魚はいそうか?」
「いるらしいね、話は聞いてきた」
「よーし、がんばってくれよ、あたしが行くと魚が逃げちゃうんだよ…」
「そりゃあおまえ、なんていうかいろいろと大雑把だからじゃ?」
 料理ならあんなに繊細な味が出せるのに、という洋介の呟きを耳にし、アヴァネッサは肉感的な身体をくねらせ、嬉しい言葉にちょっと身もだえしていた。
「ミミズもいっぱい捕ってきた、釣りまくるぞー」
 傍らに置いたバケツには、ミミズが大量に詰まっている。山で土を掘って捕ってきたものだ。
 さっそく釣り針にミミズをひっかけ、流れの中に浮かべる。岩の陰などで、時折魚の背中がきらきらしているのがわかる。
「ミミズの生きがいいから、ちゃんと見つけてくれよーお魚ちゃん」
「待ってるからねー」
 だが、心配をよそに、ミミズを垂らせばほぼ入れぐい状態で魚が釣れる、気が付けば大量にバケツからあふれんばかりに魚が詰まっていた。
 ちゃんと小さいものはリリースしても、二人では食べきれる量ではなかった。
「大量だね、お土産にできるじゃん」
「そうだね、こいつはハヤかな、こいつはヤマメだ」
 ほかにイワナやウグイが混じっている。雑食性のものなら大抵が釣れているようだ。
「さっそく料理するよ」
 アヴェネッサは大きなものを数匹つかみ出し、手際よく内臓を取り出して串をさして塩をふる。
 かまどの火にくべられて、じりじりと魚に火が通る。油がしたたり、香ばしいにおいが辺りに漂って、二人は幸せな気持ちになった。
「はい、これがよく焼けたよ」
「うめぇ、やっぱおまえの料理はいいな、あとはこの大自然!」
「よせよ照れるじゃん!」
 夫婦漫才のようなやりとりをして、魚は二人の胃の中に納まった。そのときアヴェネッサは遠くに来客を発見した。
「洋介、あれはきつねか?」
「きつねだな…」
 川の向こう側に、動物が顔を出していた。野性の生き物とはあまり触れ合うべきではないのだが。
 洋介はバケツから魚を一匹つかみ出し、きつねの方に向かって投げた。
 一旦きつねは逃げたが、そろそろと落ちた魚に近寄って匂いをかぎ、ふいとくわえて茂みのなかに消えた。
「行っちゃったな、俺達も戻るか」
 そろそろ日が傾きだした、山の日没は思ったよりも遥かに早いものだ。
「あ、洋介、見ろ!」
 アヴェネッサの声に顔を上げると、多分さっきのきつねが、子供をつれてこちらを見ていた。
 きつねはちょい、と頭を下げると、ちょろちょろとまとわりつく子供を引き連れて、再び茂みの中に戻っていった。

 旅館への帰りがけ、真と洋介は再び顔を合わせた。
「ほんとさっきはすみません」
 すまなそうに謝る真の背中では、遊びつかれて力尽きた蒼がすぴーと寝息をたてている。
「またあれから魚を捕ったんですよ」
「感電はしなかったのか?」
 あはは、と笑った真は、洋介のバケツに目を留めた。
「釣果あったみたいですね、うちも沢山捕まえたんでお土産にしようかと」
「オレんところも釣れまくってさ、晩飯にでも出してもらおうと思うんだ」
「うわすごい、負けたなあー」
「おチビさんが重いだろ、バケツはあたしが持ってやろう」
 蒼がずり落ちそうになって、あわてて背負いなおす。
「すみません、お願いしますね」
 アヴェネッサが真のバケツを受け取った。この後旅館の厨房に運び込まれ、そしてみんなの晩御飯になるのだ。
「帰ったら楽しみだな!」
「…うー…?」
「蒼、もうちょっと寝てていいよ」
 まだまだ楽しいことはこれからいっぱいあるのだから。