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豆の木ガーデンパニック!

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第3章 蔓にだって役目はあります 4

『こうして、ジャックは豆の木のてっぺんまで登ってきたのです』
 ジーっとビデオカメラのレンズを覗きながら、レッサーワイバーンに乗る少女はナレーションらしき台詞をはきはきと語っていた。セミロングの金髪とビデオカメラの間から覗く瞳は、爛々と輝いてニヤリと口元が笑っている。
「おお、なんてすごいんだ! こんなところに遊園地が広がっているなんて!」
 ビデオカメラの映像に映るのは、『ジャックと豆の木』に出てくるジャック――とは似ても似つかない白き狼であった。まるで舞台に立つ俳優のようにわざとらしい台詞を言う狼に、少女はワイバーンの上から、ビデオカメラに映らないように巨大豆を投げつける。
「もうちょっと自然に喋りなさい!」
 と、少女――如月 玲奈(きさらぎ・れいな)の口元は動いていた。そんな彼女に、こっちの苦労も考えろや、とでも言いたげな目をチラっと向けつつ、白き狼ジャック・フォース(じゃっく・ふぉーす)は演技を続ける。
 そう、これは、いわゆる自主制作映画のようなものであった。
「実写版ジャックと豆の木パラミタバージョンを撮影して地球に持ってけば、結構な額で売れるんじゃない?」
 と言い出した玲奈によって発案された、やらせ感丸出しの映画撮影なのである。
 豆の木を必死で登るジャックの姿は撮影を終え、今度はてっぺんを舞台とした撮影なのだが、どうにもインパクトに欠けるなぁと悩みどころである。
 なにせ、ただの遊園地なのだからビデオカメラで撮影したらホームビデオだ。
 どうにかできないものか。頭を悩ませる玲奈。すると、ずん! ずん! という広場を揺らす足音とともに、巨大な影が向かい側からやってきた。
 それは――インパクト! ということであれば、十分に足る存在感を放つ巨人である
『……こうして、てっぺんまでやってきたジャックは、遊園地を荒らし回る巨人を見て、あの頭まで登るんだ! と意気込んだのでした』
「……う、うわぁ、なんて大きな巨人だ。あ、あの頭まで登っていこう!」
 玲奈に促されるままに、ジャックは巨人へと向かって走った。その顔は、面倒くせぇと言いたげなものであったが。
 パラミタ版ジャックと豆の木は、てっぺんに登っていきなりのクライマックスへと突入したのだった。



 ジャックと豆の木――ではないものの、ムアンランドでは蔓で出来た巨人が闊歩していた。もちろん、夢安とて客を踏み潰そうとするほど非道ではない。遊園地から離れた広場で動き回る巨人に乗って、彼はとにかく追っ手から逃げようとしているだけなのだ。
 とはいえ、追っ手とて生半可な者たちではない。
「……ふむ、これはいいトレーニングになるな」
 巨人を見上げたのは、洗練された瞳で見据える女であった。彼女は、羽織っていたコートをはためかせると、まるで獣のように俊敏な動きで跳躍した。
 アシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)にとって、蔓の巨人を駆け上ることなど、そう造作もないことだった。
 問題があるとするならば、それは行く手を阻む無数の蔓と揺らぐ足場だ。無闇に植物を斬ろうなどとは、そこまでする必要もあるまい。
 鞭となり棒となって襲い掛かってきた蔓を炯眼が見据えたとき、その隙間を抜く波打つ線をアシャンテの意識が捉える。なれば、蔓を足場とし、それでいて避けながらも、彼女は軽やかな動きで巨体の頭を目指した。
 が――がくんっ! と上下に足場が揺れると、体が一緒に放り投げられる。
「ちぃっ、蓮華、頼むぞ……!」
 だがそれも、予想していなかったことではなかった。彼女の肩からひょっこりと現れたのは、ティーカップパンダの連華だ。きょとんとした瞳で頼りなさげに見えるも、その機動性は高い。
 ロープを縛り付けられると、連華はもふっと丸くなった。
 瞬間――アシャンテの足がボールとなった連華を蹴り飛ばす。弾丸のように飛んだ連華は、勢いそのままに巨人の腕へローブごととぐるぐる巻きつき、最終的にビタっと捕まって踏ん張る。
「よし……!」
 グン……と、振り子のようにロープが揺れた勢いで、アシャンテはターザンよろしくといったように、連華のもとまで戻ってきた。
 縛り付けられていたロープを外すと、再びそそくさと肩の上にもどってくるティーカップパンダ。この可愛さも、また連華の愛らしいところであった。
 いずれにせよ、無事にリターンを決めたとはいえ、全く面倒臭いことをさせる巨人である。
「……捕まえたら、簀巻きにでもするか」
 依頼だけではなく私怨が混ざった声で、アシャンテは頭部にいるであろう夢安京太郎を目指した。



 蔓の巨人がのっしのっしと歩くのを眺めるのは、まゆりの面白そう中枢を刺激したらしく、夢安から操縦――あくまで気分だが――を奪うようにして、頭部の先頭に立っていた。
「いけ〜、鉄人〜!」
「……馬鹿やってる場合じゃねえぞ!?」
 そんな彼女を尻目に、巨人を駆け上ってくる追っ手たち。
 まるでかつて倒した敵が復活……! 的な展開でも起こしたかのように、まいたはずの追っ手も現れてきたのだ。もちろん、これだけの騒動を起こせば、場所さえも一目瞭然なわけであったのだが。
「俺の金を奪おうとした不届き者があああぁぁ!」
 暴走汎用人型決戦兵器エヴ――げふんげふん。……漆黒を纏っているかのように恨みに包まれたエヴァルト・マルトリッツの拳が、夢安を狙って飛んできた。
 だが、拳が夢安へと届こうかという瞬間――脇から地を蹴った綺雲 菜織(あやくも・なおり)が、夢安の体を抱えて横に飛んでいた。
「菜織様ッ!!」
 それに続けて、彼女のパートナーである有栖川 美幸(ありすがわ・みゆき)が、サイコキネシスを駆使して蔓の動きを強化させる。追っ手を排除するべく動いていた蔓たちは、しなやかな動きを活発にして敵へと絡み付いていった。
 そして、無残にも拳を避けられたと同時に、勢いあまってエヴァルトは巨人からまっさかさまに落ちて行く。
「――がああああぁぁぁぁぁぁ」
 少し可愛そうなことをしたかな、と思わないではないが、菜織は気持ちを切り替えた。いやはや、案外簡単に切り替えられるものである。
「あんた……?」
「……緋山君に頼まれてな。彼も中々にワルだからね」
 菜織はつかみ所のない笑みでそう答えた。夢安はその微笑に妙な違和感を感じなくもなかったが、今はそれを訝しがっている場合でもない。助けてくれたのは事実だ。そして、カリをそのままにしておくのが性に合わないのも、また彼にとっては確かなことであった。
 それにしても――
「緋山……? そういえば、あいつ何してんだ?」
 カメラマンとして雇ったとはいえ、仕事は任せっぱなしで確認をしていなかった。ちゃんと稼げる写真を撮っているのだろうか。
 夢安の心配が的中したのかどうかは分からぬが――タイミングよく、菜織の携帯が音を鳴らした。
「……緋山君からだな」
 緋山の話を聞いて菜織が驚きに目を見開いたのを、夢安は不思議そうな目で見つめていた。