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一角獣からの依頼

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一角獣からの依頼

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 森の東側をゆく一行は、『囮役』と『護衛』の距離を詰めて進んでいた。
 運搬用に使われていたのだろうか、ここまでの路は比較的に平坦だが前方の見通しが良かった。 『バイコーン』が路の正面から堂々と現れるとは思えなかったし、そこはぜひ茂みから姿を見せてほしい。『護衛』が先に『バイコーン』に発見されるという可能性を潰す為に共に行動する、という方法を取ったようだ。
「俺は」
 集団の先頭をゆくロイ・グラード(ろい・ぐらーど)が呟いた。「童……いや、純潔だ」
 長い黒髪をサラ舞わせて、その出で立ちは正に女性そのものなのだが……。切れ長の流し目もキマった、それなのに。
「やっぱりさぁ、大きすぎるんだよねぇ」
 ガサゴソと茂みの中から最上 歩(もかみ・あゆむ)が姿を見せた。片手にロープを持っている所をみると……鳴子の類の罠だろうか
。彼は班の行く路を先回りして、茂みに罠を張る役を担っていた。
「うん。やっぱりねぇ、どこからでも、もちろん茂みの中からだって一目で見つけられる」
 は見上げて言った。どんなに上手く化けたとしても身長までは変わらない。ロイは2m強の頭頂を揺らして見下ろした。
「囮役なんだ。目立って何が悪い」
「目立ちすぎだよねぇ、どう考えても。まぁ、身長以外は……違和感ないけど」
 強いて言うならば全身を『パッフェル装備』で固めていることだろうか。ゴスロリ眼帯にシャウラロリィタ、シャウラヘッドドレスにエアーガンパッフェルカスタム…………やっぱり違和感ありますか。
「きゃっ」
 細高い声の直後に滑車の回る音がした。音鳴る方へ視線を向ければ、茂みの中でアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)が縛り上げられていた。
「あっ……ぁあ……はぁん……」
 が仕掛けたばかりの罠にかかっていた。アリアの小柄な肢肉に縄が這いめぐり、亀の甲羅の如くに全身を締めあげている。
 張りのある柔肉は縄を押し戻そうとするが、動けば動くだけ縄は熱く柔らかい所地へと顔を埋めていった。
「いゃ…あん…も…もぅ…やめて…ぇ」
 頬は紅く、吐息は温かい。罠を仕掛けたも初めこそ見とれていたが、「らめなのぉ」と聞こえた所で、さすがに助けに入った。
「大丈夫ですか」
「ハァ、ハァ…ありがとう…助かったわ」
「なぜ茂みに? 茂みには罠を張ると言ったはずですが」
「ごめんなさい。でも、人影が見えたから」
「人影?」
 協力者か?! 顔を上げて茂みの先を見つめてみれば、もう一つ、罠が発動していた。
 アリア同様、全身を縄で縛られている。目を凝らして見れば、長身2m強の男の長い黒髪がサラ舞っていた。
「歩……」
 捕縛の影が発した声に聞き覚えを感じた。は視線を外そうとさえ思った。
「まったく、何をしているんですか」
「事故だ。故意ではない、不慮だ」
 その言い訳がすでに不自然だった。本当に人影をみたのかもしれない、それでもアリアが罠にかかったのを見て自分から自ら罠に飛び込んでゆく姿の方が容易に想像できた。
「…………しばらく、そのままでお待ちください」
 長身女装の縛り上げを放置して、アリアの救出を再開した。ふくよかな女体に喰い込む縄を解く方が、触れ甲斐がある。当然だ。
 少しと離れた茂みの中で白銀 司(しろがね・つかさ)は腰を曲げた。木の根本にはピアノ線が巻き付けられており、その一方は10mほど離れた木と繋がり、ピンと張られている。
「なるほど、これは見事な罠ですねぇ」
 感心した声をあげるの脇から覗きみたセアト・ウィンダリア(せあと・うぃんだりあ)は、口を尖らせた。
「そうか? 別に普通だろ。よくある罠じゃねえか」
「いえいえ、一部を茂みの中に紛れ込ませる手法、陽の当たらない場所を選んでの設置、そして何より! このように身を隠すのに適した木と茂みのそばに設置するところなど、実にしたたかです。犯人が我々に近づこうとするなら、まず、このような木や茂みに身を潜めるはずですからねぇ」
「『ですからねぇ』って……オマエそれ、昨日みた刑事ドラマの主人公か?」
「正解〜! へへっ分かる〜? 警視庁特命係の左京さんって呼んでくれて良いよ、呼んでくれて良いんだよ」
 呼んでほしいなら、なりきれよと指摘しようとした時にはは両手を後ろで組んで木を見上げていた。
「見てください。ワイヤーが切れると、ボーガンに設置されたスイッチが入る、しかし放たれるのは矢ではなく電磁銃。特に今回は、犯人を確保することが求められますからねぇ」
「ダメージを与えると共に、犯人の動きも封じると」
「その通りです」
「なるほどな。よくできてる」
 セアトはガサゴソとビニール袋を漁ると、あんぱんを取り出してに手渡した。
「おや、君にしては用意が良いですねぇ」
「うるせぇよ」
 スーツと眼鏡姿で現場に向かおうとしていたを止めた時点で理解した。正確には『囮役』の『護衛』だが、用意しておいて正解だったようだ。
「一つ、よろしいでしょうか」
 は人差し指を立てて微笑んだ。「これは、山崎さんのパンでしょうか、それとも木村さんのお宅のパンでしょうか」
「……どうしてそんな事を?」
「細かいことが気になってしまう。私の悪い癖です」
「…………黙って食え」
 張り込み……いや、なりきり組の2人はスルーしたが、ロイが罠にかかるのを見て、飛び出そうとしたのは罪と呪い纏う鎧 フォリス(つみとのろいまとうよろい・ふぉりす)であった。『護衛』として、こちらも少しばかり距離を取っていた為に瞬時にロイの誤縛だとは気付かなかったようだ。
「また一人罠に掛かった、今度こそ行くぞ棗!」
 装した状態のまま駆け出そうとするフォリスを、棗 絃弥(なつめ・げんや)は力づくで止めた。
「待てって。むやみに離れたらアナが一人になっちまうだろ」
「そう、一人にするのは危険です。『囮役』は乙女なのですから」
「そうだぞ、その為に俺たちが…って、アナ…どうしてここに居るんだ?」
 『囮役』をしていたはずのアナスタシア・ボールドウィン(あなすたしあ・ぼーるどうぃん)が隣に居た。
 彼女は縛り上げられたアリアを見つめていたが、目尻はキッと上がっていた。
「縄の罠は、私では絵になりません」
 自身の悩みを思い返したからか、アナスタシアは胸に当てていた手を離してから、絃弥に訊いた。
「ところで、純潔って何ですか?」
「今更?!」
「えぇ。犯人をおびき寄せる上で、この点は重要だと思うのですが」
「そりゃあ、もちろん大事だけど」
 それを気にするなら『囮役』に志願する時点で気付くべきだろ。とまぁ、過ぎた事を言っても仕方がない。
「大丈夫。とりあえず、アナは純潔だ、俺が保証する」
 って、俺が保証するのもおかしな話なんだけどな。実直で生真面目なアナスタシアに説明するのも面倒だし、首をかしげた姿も可愛いかったので、そのままにする事にした。
 そのまま静かに過ごそうと思った矢先に、悲鳴が聞こえた。が仕掛けた電磁銃の罠に何者かが掛かったようだ。
「棗っ!」
「わあってるよ」
 今度こそ、今回は素直にフォリスと歩調を合わせた。絃弥が刀を突きつけた相手は、パラミタつなぎを着たスキンヘッドの男だった。
「痛ってぇ……誰だ! んな事しやがったのわぁ!」
「おまえこそ何者だ! 連れ去った乙女たちをどこへやった!」
「はぁ?! なに訳分かんねぇ事いってやがる! まずは詫び入れんのが先だろうが!! あぁ゛ん!!」
 期待を裏切らないメンチの切り方だった。そして全く話が噛み合っていない。
「少し冷静になれ」と2人をなだめた絃弥だったが、「高く売れるイカした石があるって聞いて、それを探しに来たんだよ」という答えを聞いて、スキンヘッドの男の頭を殴った。
「痛ってっ! 何しやがる!」
「紛らわしい事すんな」
 成果なし。振り出しに戻るとはこのことか。
 スキンヘッドの男にはアナスタシアがヒールを唱えた。巻き込んでしまった事への謝罪も勝手に込めていた。
「あぁそうだ。俺たちの他にも乙女攫いの犯人を追ってる仲間が森に居るんだ。あんまりウロウロしてると、また捕まるぞ」
「おいおい、また電磁銃で不意打ちか? 冗談じゃねぇぞ」
 ロイの救出も済んだようだ。集まった一行は再び、道なき路を進むことにした。
「んにしても、そんな噂が流れてるんじゃ、トレジャーハンターみたいなのも集まってくるんじゃないか?」 
「だとしたら」
 言った男が笑むだけの間が空いた気がした。「今日一番の大漁は俺様かもなぁ」
 この言葉に違和感を抱いた直後、それは絃弥を強襲した。
 茂みが揺れる音がして、体が動かなくなり、急に視界が暗くなったのだ―――