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魂の器・序章~剣の花嫁IN THE剣の花嫁~

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魂の器・序章~剣の花嫁IN THE剣の花嫁~
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リアクション

 
 
 デパート・6階 紳士服フロア
「羽純くん! 大丈夫? 羽純くん!」
 買い物中、遠野 歌菜(とおの・かな)は休憩を申し出た月崎 羽純(つきざき・はすみ)が心配で、一生懸命に声を掛けていた。
「そんな顔するな。ちょっと体調が悪いだけだ。死ぬわけじゃないんだから……」
 ベンチに座った羽純は身体の不安定さを感じながら、それでも彼女に心配をかけさせまいとそう言った。それを感じ取った歌菜は、一層に狼狽えた。
(どうしよう……この様子だと帰るのも大変そうだし……、救急車を呼ぶしか……!)
 そう思って携帯を取り出そうとした時、羽純が突然立ち上がった。すたすたとどこかへ歩いていく。
「え……羽純くん?」
 歌菜は慌てて追いかけた。
「どうしたの? 体調……、良くなった?」
 羽純はちらりと彼女を見て無感情に――いや、冷たく言う。
「誰だ?」
「え?」
 思ってもいなかった言葉に、歌菜は足を止めた。誰だ? って……どういうこと?
「私が、分からないの?」
 そう聞いても、羽純はもう見向きもしない。
「……一体どうしちゃったの? ねえ、羽純くん!」
「歌菜ちゃん? 何かあったんか?」
 歌菜の叫びに気付いて、同フロアにいた七枷 陣(ななかせ・じん)が走ってきた。彼の後ろからは仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)が歩いてくる。
「陣さん……!」
「…………」
 羽純は陣達を一瞥すると、無感情に何も言わずに歩き続けた。
「羽純さん? 何や怒ってるみたいやな。歌菜ちゃん、喧嘩でもしたんか?」
「ううん、違うの。さっきまで苦しそうにしてたのに、いきなり……私の事、知らないって」
「知らない……?」
 怪訝そうにする陣と、眉をぴくりと動かす磁楠。3人は離れていく羽純の後を追った。
「羽純くん! 待って、話を……」
 振り向いた彼は、歌菜に値踏みするような視線を送り、言った。
「何故ついてくる。お前達3人で、俺を殺す為か?」
「殺っ……!?」
「なに言ってるんや羽純さん! いくらなんでも言っていいことと悪いことがあんぞ!」
 ショックを受けて口を手で覆う歌菜。陣は前に出て、羽純を押しとどめようとする。だが、それを磁楠が止めた。
「……待て、陣」
「何や!」
「様子がおかしい。羽純は本当に歌菜の事が分からないのだろう。そして、私達のこともな」
「分からないって……どういう事や。記憶喪失にでもなったってことか?」
「そう考えるのが自然だろうな」
「今、ただごとじゃなさそうな声がしたけど……あっ!」
 そこで、エスカレーターを上がっていた椎名 真(しいな・まこと)が4人の姿を見て近付いてきた。嫌な予感でもするのか、その表情は浮かない。
「もしかして……何かあった?」
「ああ、それがやな……」
 一方、羽純を見詰めていた歌菜はその背中を追い、彼の服を掴んで正面に回る。
「どうしてついてくるのか……って、そんなの、当たり前じゃない! 羽純くんは、私の大事な人だものッ」
 至近距離から羽純を見上げる。その顔を見て、歌菜はびくっとして動きを止めた。自分を見下ろしてくる目が――
「は……ずみくん……」
 尖った氷で刺し貫かれたような感覚。ひたすらに怜悧な、その瞳。
(凄く……冷たい目。
 私の知ってる羽純くんはこんな顔、しない。
 私の知らない羽純くん……)
 そう思った時、歌菜は唐突に事態を理解した。霧が晴れるように、謎が解けていく感覚。
(これって……封印される前の……記憶を無くす前の羽純くん!?)
 もしかして……!
 ある可能性に思い至った時、羽純は歌菜の手を振りほどいて歩き出した。拒絶とも取れる、その態度。
「羽純くん! 待って!」
(あんな冷たい目をした羽純くんを1人に出来ない! そして……)
 彼に話を聞けば、失われている羽純の記憶を取り戻せるかもしれない。
「歌菜ちゃん!」
「……だから、待てと言っている」
 続いて追おうとする陣を、磁楠は再び制止した。
「これ以上は、私達が軽々しく立ち入っていい領域じゃないだろう。何か異常が起きている……そうだな、真」
「……今、剣の花嫁達がおかしくなっているんだ。誰かが、何らかの手段で攻撃してるみたいだ。実は、京子ちゃんも……」
 そうして、真は屋上であった事を2人に話した。変わってしまった京子、そして霞憐の事、元と今の京子の性格を照らし合わせて下着売り場に行ったら、胸を小さく見せるブラを買い、更にそれを身に着けていったらしい事。その時の姿は変わってしまっていたが、服装から彼女と分かった事。霞憐の姿が綺麗な女性に変化し、遙遠と被害者達を助けるために別れた事――
「そんな事が……。それで真くん、京子ちゃんは見つかったんか!? すぐに見つけんと!」
「うん、それでこのフロアに来たんだ。京子ちゃんは男装に憧れてたし、変わった後も男性っぽかったから……」
「携帯に掛けてみたらどうだ? 見た目が変わろうと、携帯電話の番号までは変わっていないだろう」
「そ、そうだな……もし電源が切れてても俺達なら……!」
 磁楠が言い、真は京子の番号に電話を掛ける。直後――
 真にとって聞きなれた音が、耳に入った。
「……京子ちゃん!」
 音のする方へ走っていくと、そこに、シックな黒いシャツとスラックスを着た茶髪ショートの女性がいた。店員に裾の丈をチェックしてもらっているその手には、見慣れた携帯電話が。
「……!」
 女性は真に気付くと、逃げ出した。真も、彼女を追って走り出す。
「待って! 京子ちゃん!」
「こんな……」
 遠ざかっていく彼の背中から目を離さずに、陣は愕然として呟く。
「真くんの……歌菜ちゃんの……それに、ヨウくんの……オレの連れの剣の花嫁達がおかしくなった……!? こんな……こんなのって!」
 混乱と共に、陣の中で怒りが湧き上がっていく。
「滅茶苦茶にしやがって……。許せねえ!」
 その様子に、磁楠は小さく舌打ちした。そして言う。
「落ち着け陣。過ぎた事は受け止めろ」
「そんな……落ち着ける訳ないやろ!」
「……混乱している状況こそ冷静になれ」
「…………!」
 言われて、陣は悔しそうに歯噛みした。拳を強く握り締め――
 そして、息を吐いた。
「……分かった。まずは索敵やな」
「そうだ。攻撃に気付けないということは、相手は気配を消しているのだろう。だが、花嫁を狙う瞬間に漏れる殺気までは隠せまい。害意も同様だ。お前のディテクトエビルと私の殺気看破があれば対応できる」
「それぞれのフロアを順番にまわっていくか。まずはこの階の周辺やな」
 スキルを発動して歩き出した陣の後を行きながら、磁楠は1人呟いた。
「またテロ行為か……全く、クズ共の執念には恐れ入る」

「けーびいんさん、虹七、迷子になっちゃったの……」
『関係者以外立ち入り禁止』のドアを抜けて従業員に場所を聞き、警備室を訪ねる。虹七は、従業員と話している間も通路を歩いている間も、泣いたふりをしていた。嘘泣きがうまくいかないので、仕方ないから下を向いて目に手を当てて。
(う〜ん、演技って難しいの〜)
 アリアとファリアも、心配そうな表情を浮かべて虹七の背に手を添え、彼女のサポートをする。
「元気出して!」
「大丈夫よ〜。きっと見つかるわ〜」
「迷子? いやー、でもねえ、ここに連れてこられても……。インフォメーションの方にまわってもらって……」
「ひっく、ひっく……どこにもいないの〜……」
(頑張って演技する虹七ちゃん、可愛いなぁ……)
 アリアは、惚けてほわんと緩んでしまいそうになる頬を引き締めつつ、警備員に訴えた。
「お願いします! 監視カメラの映像を見ればこの子のパートナーも見つかると思うんです! 一緒に探させてください……!」
 警備員はすっかり困ってしまったようだ。
「うん、まあ……しょうがないか……」
「ありがとうございます!」
 室内に入ると、アリアは早速カメラからの映像をチェックすることにした。大きなデパートだけあって、画面の数も多い。
「じゃあ、ファリアは食品フロアをお願い!」
「分かりましたわ〜」
 事前の打ち合わせで、アリアは全体から不審な動きをしている人を探し、ファリアは変なものが試食で配られていないかを探すことになっていた。
(人を騙すみたい……いえ実際騙していて気が引けるのですが、事態収拾のためですわ〜。ごめんなさい)
 ファリアが内心で警備員に謝っていると、その警備員は不思議そうに首を傾げた。
「特徴が分からないと、探せないんじゃないか?」
 そうして腰を折り、虹七と目を合わせる。
「そのパートナーは、どんな人なのかな。教えてもらえる?」
「ひっく……。虹七のパートナーはえと、お姉ちゃ……じゃなくて」
「?」
(あら、打ち合わせしてませんわ〜♪)
(こ、虹七ちゃん、アドリブアドリブ!)
 アリア達がこっそりと応援する中、虹七は嘘泣きを続けながら一生懸命に考える。
(え〜と、虹七みたいな小さい子どもが好きな人は……)
 …………
 結果。
「んと、きっと、ろりこんさんなの!」
 …………
(これで、けーびいんさんも一緒に探してくれる……。あれ?)
 虹七は自信満々で顔を上げた。しかし、警備員、アリア、ファリアの目は点になっている。
「……ろりこん……?」
「あ、だから、えーと……」
「で、ですから、そういう意味ではなくてですね〜」
(……な、なんか、みんなが困ってるの!?)
 どうしてかは分からないけれど、ごまかさなきゃいけないっぽい。そう思った虹七は……
「う〜、あ! ろりこんさんって名前なの!」
「名前……?」
「そ、そうなんですよ、名前! ほら、私達もさっき聞いてたんですけど、あまりにもあれだから、あの、パートナーって……」
「ろりこんさんもお気の毒ですわよね〜」