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想い、電波に乗せて

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想い、電波に乗せて
想い、電波に乗せて 想い、電波に乗せて

リアクション



 自宅にて、夕食の下準備をしていたローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)の携帯電話が鳴り響く。
 ディスプレイには、夕食材料の買い物に出ているグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)からの電話であることを告げる旨が書かれている。
「どうしたの? 書き漏れでもあった?」
 電話に出るなり、ローザマリアはそう訊ねた。
『メモの白身魚とだけしか書かれていないのは、何でも良いのかの?』
「ええ、店頭にあるものに任せるわ」
 電話の向こう側から聞こえてくる確認の言葉に、ローザマリアは頷く。
『了解した。
 ところで、ローザよ、妾が現れた時、其方はさぞ驚いたであろうの。
 いきなり己が容貌を鏡に映したかの如く瓜二つな存在がある日いきなり自らの前に現れたのだ、無理からぬ事であろうよ。
 だが、実はそれは偶然でも何でもなく――いや、ただ、の……どうしても、言っておきたい事があっての』
「なに、突然?」
 改まって何かを言いたそうにするグロリアーナの様子に、ローザマリアは笑みを零しながら訊ねた。
『日頃より妾等を大切に想い、接して貰い、妾は常に言い尽くせぬ程の感謝の気持ちで満たされておる――ローザ、感謝する。心の底から、な』
「そりゃまぁ、確かに最初は驚いたけれども、ね。
 でも――ライザ、貴方が他のパートナー達をよく纏めて導いてくれる御蔭で、私はとても助かっているわ。
 最初は私と同じ容貌を持つ貴方が、彼の高名なエリザベス?世だったなんて俄には信じられなったけれども、そんな貴方と契約を結べて私こそ幸せ。此方こそ、ありがと」
 グロリアーナの言葉に、そう答えて、更にいくつかの買い物リストに関する質問に答えた後、ローザマリアが通話を切ると、間を置かずして、また電話が鳴り始めた。
 今度はエシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)のようだ。
――今日は休日だから、彼女のラボでパワードスーツの研究を行っているはずよね。
 何事だろうと不思議に思いながら、ローザマリアは通話ボタンを押した。
「もしもし、ジョー? 何かあったの?」
『別段、大した事は無いのですが――』
 訊ねるローザマリアに、エシクは一言、言い置いてから息を整え、次の言葉を紡ぎ出す。
『何故、私と契約を交わして下さったのですか?
 自分で言うのも躊躇われますが、私のような素性の定かでない者を受け容れるのに不安を覚えない者などいないと思っていましたから。
 言わせて貰うならローザ、貴方は相当な数寄者と言わざるを得ません』
 エシクは常に、頭には仮面を付け、全身を覆うスーツを身に包んでいる。
 その姿を思い出しながら、ローザマリアはゆっくりと口を開いた。
「そうかもね。でも、契約するのに理由が必要?」
『必要だと、思います』
 電話越しに、彼女が頷いている様子が目に浮かび、ローザマリアは口元を緩ませる。
「なら――善い機会だから、言っておくわね。
 ジョー、例え剣の花嫁が古王国によって生み出された兵器であろうと、私は貴方にこれ以上兵器として生きて欲しくなかった。
 兵器として在ろうとし、誰かを手に掛ける痛みを知って、それに耐えきれなくなり壊れてしまった人間を、私は幾度となく見て来たから。私も、そうだから――」
 これが理由よ、と小さく続ける。
 そうですか、と納得したような声が聞こえてきた。
『感謝します――ローザ。本当に、ありがとう』
 嬉しそうな声でエシクからそう告げられる。それと共に、通話が切れた。
 通話の切れた電話をローザマリアが眺めていると、未読メールがあるのを示すアイコンが表示されていることに気付く。通話中に届いていたのだろう。
 開いてみると、エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)からのものであった。
 彼女はグロリアーナと共に、買い物に出ているはずだ。
『うゅ、エリーは、アリスだけど、ほかのアリスみたいに、ローザの妹的存在には、なれないダメダメなアリス、なの。
 なにも、おぼえてなくて、思い出せなくて……でもね、エリーは、ローザも、ライザも、ジョーも、みーんな、だいすき、なの!
 エリーには、みんなと居る現在(いま)が、エリーの全部、なの!
 だから――エリーと契約してくれて、とっても、とっても、ありがとう、なの』
 本文を読んでいて、彼女の姿が思い浮かぶ。
 ローザマリアは返信画面を開いた。

「ん? エリー、誰にメールを送信しておるのかの?」
 商店街の片隅で、グロリアーナが携帯電話を握ったままのエリシュカに訊ねた。
「はわ……! な、何でもない、なの!」
 驚き、エリシュカは携帯電話を後ろ手に持つ。
「それなら、先に行くのであるよ」
「うゅ……うん、なの!」
 エリシュカが頷いたところでメールの受信を告げる音が鳴り響いた。
「はわ」
 彼女は急いでメールの画面を開く。先ほどメールを送ったローザマリアからだ。
『エリー、あなたの記憶があろうとなかろうと、あなたは私の掛け替えの無いパートナーよ。
 貴方の笑顔が、私にとっては何よりの宝物。
 どんな時も、貴方が可愛く優しく笑ってくれる御蔭で、辛い事なんて何もないわ。
 私もエリーの事が大好きよ。
 早く帰って来なさい。ぎゅっ、と抱き締めてあげるから』
 本文に目を通したエリシュカは携帯電話を仕舞うと駆け出し、先を行くグロリアーナを追い越した。
「早く早く、なの!」
 急いで買い物を済まそうと、グロリアーナに手招きをした。



 夕闇が迫る中、世界樹イルミンスールの何処かから、ヴァイオリンの調べが聞こえてくる。
 奏者は五月葉 終夏(さつきば・おりが)だ。朝からかれこれ数時間、昼食も取らず、辺りがすっかり暗くなっていることにも気にならないほど、時間を忘れて、練習に没頭してしまっている。
 そんな彼女を心配して探し、世界樹イルミンスールの下へとやって来たのは彼女のパートナー、ブランカ・エレミール(ぶらんか・えれみーる)だった。
「やっぱりここだったか」
 世界樹イルミンスールが大好きな彼女のことだ。
 夕食の時間になっても帰ってこないとすれば……とあたりをつけて、探しに来てみれば、彼女のヴァイオリンの音が聞こえたのだ。
 敢えて枝を上っていくことはせず、ブランカは携帯電話を取り出すと、終夏の番号を呼び出し、通話ボタンを押す。
 練習をしていた彼女も着信音に気付いたのだろう。程なくして、響いていたヴァイオリンの音が止んだ。

「……ん? 電話? って、いつの間にか夜になってる!?」
 没頭してヴァイオリンを奏でていた終夏は、携帯電話の着信音に手を止めた。
 辺りを見回せば、日が沈みつつあり、すっかり周りは暗くなっていた。
「道理で楽譜が読みづらいわけだ……」
 携帯電話が着信を告げなければ、読みづらいと思いながらも練習を続けていただろう。
 苦笑を漏らしつつも、未だ鳴り響く携帯電話のことを思い出して、終夏はポケットからそれを取り出す。
「ブランカか……今、あんまり話したい気分じゃないんだけどな」
 ぽつ、と呟きながらも切れそうにない携帯電話の画面を見つめると、通話ボタンを押し、耳元へと運んだ。
「もしもしブランカ? 何の用……」
『もしもし終夏? そろそろ夕飯の時間でーす』
 電話の向こうの明るい声が告げる。
「ああ、ご飯か。うん、分かった。ありがとう」
 言われて、空腹だということに気付いて、終夏は応える。
 世界樹から降りるために通話を終えようとしたところで『それよりさ』と電話の向こう側から、言葉が続いた。
『朝からお昼ご飯も食べずに練習してただろ? あんまり根つめすぎて体壊したら元も子もないよ。俺、終夏の音好きだよ。だからあんまり無理……』
「……私は、君みたいな『天才』とは違う」
 心配するパートナーの言葉。
 けれど、咄嗟にそれを受け入れることが出来ず、終夏は低く小さな声でそう応えると、勢いのままに通話を切った。

「あれっ? 電話切れた?」
 急に切られた通話に、ブランカは首を傾げた。
「何か俺マズイ事言っちゃったかなー……」
 彼女のことが心配で掛けた言葉は、彼女の何らかの琴線に触れてしまったのか。
 不思議に思っていると、手にしたままの携帯電話がメールの受信を告げる音を立てた。
「うん? メール?」
 首を傾げつつ、ブランカは開く。
『件名:しんゆうへ

 本文:ゴメン! 』
 短い言葉。
 けれど、彼女からの必死さが伝わってくる。
「……ふふ。あいつらしいよなー」
 苦笑を漏らしつつ、ブランカは先に家路へと着くことにした。



 皆で食卓を囲んでの夕食を終え、篠宮 真奈(しのみや・まな)とそのパートナーたちはそれぞれの自室へと戻っていった。
 真奈はすぐさま、お風呂へと向かう。

 モリガン・バイヴ・カハ(もりがん・まいぶかは)は、ベッドへと横になると、携帯電話へと手を伸ばした。
 電話帳を開き、真奈の名を探す。
 彼女とはまだ契約して間もない。
 平穏にして平凡な生活から、興味本位でこの混乱渦巻くパラミタを訪れた、パートナーだ。
 指先は、彼女のアドレスへとメールを送るよう、編集画面を開いていた。
『真奈、後悔はしていませんの?』
 ふと思いついた言葉を文字にする。
 ある意味では引き下がれなくしてしまった、己との契約。
 それを気にしての言葉だった。
 少しばかり不安に思いながら、モリガンは送信ボタンを押した。

 著者不明 エリン来寇の書(ちょしゃふめい・えりんらいこうのしょ)の自室は、窓すら本棚で覆われている部屋だった。
 文字通り本に囲まれた、彼女の楽園だ。
 本に囲まれ、それらを読み漁ることを無上の楽しみだとしているエリン来寇の書のことを避ける者は多かった。
 己の嗜好を理解してもらおうと思っていないが、自分の思う以上に避けられるというのは辛い。
 けれど、彼女のパートナーである真奈はそれを避けることなどせず、本の世界しか知らないエリン来寇の書のことを『相棒』と呼び、そばに置きたがった。
『私と私の本、迷惑してない?
 今後は少し自重する』
 ふと思い立って、メールの編集画面を開くと、そう打ち込んだ。
『でもまだ沢山本読みたい』
 自重するとは書いてみたものの、欲望は抑えきれず、多くの空白行の後に、そう添える。
(私、何が言いたいんだろう……。……これだけ本を集めても、真奈の本心はどの本にも一文も載ってない。……答えて、真奈)
 本棚を見上げながら、エリン来寇の書はメールを送った。

『真奈姉様、あたし姉様の役に立ってる?』
 自室に帰るなり、そんな一文をメールにしてから送信したサージュ・ソルセルリー(さーじゅ・そるせるりー)は、後悔していた。
 悶える心が反映されているのか、ベッドの上をごろごろと何度も転がる。
 ザナドゥから興味本位で飛び出したサージュと出会い、彼女を義妹にしたのは紛れも無い真奈だ。
 サージュはもう、ザナドゥには帰れないし、それより前のことは記憶にないため、帰る場所は他にない。
 それ故に真奈や他の彼女のパートナーのことは大好きで、役に立ちたいと思い、役に立っていると思う。
 そこから出た一言なのだが、これで役に立っていないとでも言われたら……。
 思うだけで、眠れず、サージュは悶えていた。

「……ん? メールが三件も?」
 風呂から上がり、自室へと戻ってきた真奈は携帯電話に入った三件のメールを次々と開いた。
 それぞれ、パートナーたちからのものだ。
「……全く……皆揃っておバカなんだから」
 読んでみれば、思わず口の端から笑みが零れる。
「あーもー……真面目に返すのも恥ずかしいし、何より今のあの子達じゃ、まだ建前とも受け取りかねないわね……よぉし!」
 ぐっと携帯電話を持った方とは反対の手で拳を作った真奈は、メールに返信することもなく、携帯電話を充電器に載せた。
「皆せいぜい、今晩は不安と格闘するがいいわ……! 明日は……三人纏めて思い切りハグしてやるんだから……! ふふ……我ながら、大人気ないわね……」
 ベッドへと潜り込みながら、真奈はそう呟き、電気を消した。