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想い、電波に乗せて

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想い、電波に乗せて
想い、電波に乗せて 想い、電波に乗せて

リアクション



 いつも自分から「大好き」を告げるのはイベントの力を借りたときだけだった。
 普段「大好き」を伝えてくるのは彼女の方で、自分から告げたことはない。
 最近、迷惑をかけることもなく、このままでは呆れられて嫌われてしまうのでは、なんて心配していることをクラスメイトに相談してみても、皆から帰ってくるのは「そんな心配すること無いよ。あの子ベタボレだもん」という言葉と、惚気を聞いたことによる笑いだけ。
 ますます心配は募っていった。

 夜も更け、ベッドに入って数十分としない間に芦原 郁乃(あはら・いくの)は跳ね起きた。
『さよなら……』と自分に背を向け去っていくパートナー、秋月 桃花(あきづき・とうか)
 そんな悪夢を見てしまった。
 辺りを見て、自分がベッドの上で身体を起こしていることから、先ほどのものは夢なのだと確信するけれど、不安な心は落ち着かない。
 ヘッドボードに置いていた携帯電話を手にすると、震えるその手で、桃花の番号を呼び出した。
『郁乃様? こんな時間にどうしたんですか?』
 間もなく、呼び出し音が切れて、不思議そうな声で桃花が出た。

『あ、あのね……と、桃花……わ、わたしね、桃花が好きなの! 大好きなの!! だ、だからわたしのこと嫌わないでね!?』
 電話越しでも震えていると分かる声、必死な感じで告げてくる郁乃の、いつもの元気で青空のような笑顔の彼女とは違う様子に、桃花は彼女の不安を取り除かなければ……と思い至った。
「嫌うなんて絶対に無いですよ……桃花は郁乃様が大好きで一杯ですよ」
 いつもどおり、優しい声で桃花は彼女にそう伝えた。
 電話の向こうでほっとする様子が伝わってくる。
 面と向かい合っていれば、迷わず、優しく包み込むように抱き締めて、自分が郁乃のことが大好きな気持ちをゆっくり、じっくり言葉と行動で伝えて上げれるのにと思っていると『夜遅くにごめんね、おやすみなさい』と聞こえて、通話が切れる。
「まぁ明日、学校でそうすることにしましょう」
 切れた電話を見つめて、桃花は微笑んだ。

「明日、学校に行ったら真っ先に大好きだよって伝えよう」
 桃花の言葉を聞いて、すっかり安心した郁乃はベッドに横たわり、再び、眠りについた。



 月を見上げながら、師王 アスカ(しおう・あすか)は携帯電話を握り締める。
 震える指先で、ボタンを押し、言葉を伝えたい相手――ジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)の電話へと発信した。
 暫し続いた呼び出し音の後、電話が繋がる。
 けれど、それは留守を告げる旨のメッセージであった。
(あの人は多忙なお方だもの、これでいい。本人が出たらきっと頭の中真っ白になるわぁ)
 ほっとしつつも小さく笑えば、発信音の後、言葉を紡ぎ始める。
「こんばんわ、イルミンスールの師王アスカです。
 あの……お久しぶりです。
 突然こんな時間にお電話なんかして……すみません。
 実は、どうしても伝えたい事が二つあって、そちらにお電話させてもらいました!
 まず一つ目なんですが……あの時ジェイダス校長先生はこう私に言ってくれましたよね?
『固く閉じた蕾がそこにあって、太陽はその花に光を投げかけないことがあろうか』って……。
 だから、その……、覚えてくれてたのが嬉しかったです、そして……、私の花に光を与えてくれて、有難うございます。
 あなたは私の光です……。
 ……最後に二つ目!
 ジェイダス校長先生、私はパラミタ一の画家になります。
 そしたらっ……校長先生の肖像画を私に描かせて下さい。
 必ずなります、これは誓いじゃなく決定事項です!
 あ……御免なさいっ、調子に乗りました!
 えっと……今夜はとても月が綺麗です。それではこれで……お休みなさい!」
 そこまで告げると、再び発信音が鳴り、通話が切れた。
 アスカはもう一度月を見上げると、携帯電話を閉じて、眠りについた。

 真夜中に、彼女の電話が着信を告げる。
 熟睡してしまっているアスカはそれに気付くことなく、電話は留守録へと変わった。
『目標に向かって一心不乱に突き進む人の姿はかくも美しい。
 師王君も目標を見つけられたのなら、突き進むといい。
 君の肖像画のモデルになるのは光栄だよ。
 私の美しさを余すことなく描けるようになったら是非頼むよ』
 電話をかけてきた相手――ジェイダスはそれだけ告げると、通話を切った。



 夜勤で遅くなりそうだとさとったラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)は、家で待つパートナーのクロ・ト・シロ(くろと・しろ)へと電話をかけた。
『もしもーしwwwwオレオレwwwwwオレだよwwwオレwwww』
「何処のオレオレ詐欺ですか、クロ」
 電話に出たクロの第一声に苦笑交じりにラムズは突っ込む。
『ちょwwwwおまwwwwwさっさと帰れよ馬鹿wwwwwww』
「それが、夜勤になりそうでして……」
『はぁ? wwww夜勤? wwwwてwwめwwぇwwっwwwwwwマジふざけんなよwwwwwwww』
 電話をかけた用件を伝えると、クロは声を荒げた。
「最悪、泊まりになるかもしれません」
『泊まるかも? wwwwwくwたwばwれwwwwwうぇwwwwww』
 済んでいない仕事の山を見て、呟くように告げれば、更なる罵声が飛んできた。
「すみません……」
『黙れってwwwwwwwwww謝罪とかどーでもいいから帰ってくんなカスwwwwwwww』
 謝罪の言葉を拒否され、ラムズがどうしたものかと考えていると、クロが次の言葉を続けた。
『じゃーな、身体壊すんじゃねーぞ? ……おやすみ、愛してる』
 そう告げると、ラムズの返事も待たず、通話を切る。
「……『おやすみ』は分かりますが、『愛してる』とはまた唐突な言葉ですよねぇ」
 おかしな言葉ですね、と呟くと傍で書類にペンを走らせていたシュリュズベリィ著 『手記』(しゅりゅずべりぃちょ・しゅき)が「そうかの?」と、視線を上げて訊ねてきた。
「えぇ……正直、戸惑ってます」
 ラムズは眉を寄せ、応える。
「ふむ、まぁそう気にする事でもあるまい」
「いえ、しかしですね……」
「良いから口よりも手を動かせ。このままでは本当に学校で寝る事になるやもしれん」
 そのまま話を流しかねない手記の言葉にラムズが反論しようとすると、最もなことを返されてしまった。
「……分かりました」
 ラムズは頷き、作業に戻る。
 再び、室内を静寂が包み込んだ。但し、ペンが紙の上を滑る音は響くけれど。
「ラムズ」
 ふいに手記が彼へと呼びかける。
「んーぅ?」
 眠気覚ましにと珈琲を飲みかけていたラムズは彼女へと視線を向けた。
「愛しとるぞ」
「ぶっ」
 突然の言葉に、飲みかけの珈琲を吹いてしまう。
「……手記が変な事言った所為で、折角の書類が珈琲塗れになりました」
「ふむ、今夜は帰れそうにないのぉ」
 嘆くラムズとは裏腹に、手記は明るい声でそう返した。
「……何か喜んでません?」
「気のせいじゃよ」
 ふふっと笑い、今しばらく彼を独り占めできることを手記は嬉しがった。



 深夜、影野 陽太(かげの・ようた)は自室にて携帯電話を手に、座っていた。
 画面には、御神楽 環菜(みかぐら・かんな)宛てのメールが表示されている。本文はまだ真っ白だ。
 彼女の訃報が届けられたのは、まだ記憶に新しい。
 陽太は彼女の死の場面に立ち会うことは出来なかった。自身のことを救いがたい無能者だと痛感している。
 けれど、彼女の、最愛の女性の復活のために、ナラカに向かう列車に乗り、彼女の魂を取り戻してくると、現世で甦らせると決めた。
 そのミッションのために、彼女を甦らせるという微かな希望にすがりつき、自分の持てる全てを費やす――不眠不休、自身の事柄は全て度外視して、無尽蔵の気力と努力で以って臨む日々を過ごしている。
 そして、ナラカへ旅立つ日も近いことから、彼女へと一つのメールを送ることを決めたのだ。
 彼女からの返信はないことは理解している。
 けれど、心のどこか奥底の方に、少しばかりの期待を抱きつつ、一文字一文字打ち込んでいく。
『必ず貴女を迎えに行きます、だから待っていてください。
 貴女のことだけを愛しています』
 短い中に込めた、精一杯の気持ち。
 自分自身、救いがたい無能者の身ではあるけれど……。
 それでも誰かを愛し、愛する人のために全身全霊を賭す権利くらいはあっても良いのではないだろうか。
 そう思いながら、メールを送信した。

 一つの携帯電話が、メールの受信を告げる音を響かせる。
 持ち主――いや、預かり主は既に就寝中か携帯電話を手にすることは無く、夜闇の中、暫く光っていたディスプレイのバックライトが、消えた。