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獣人の集落ナイトパーティ

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獣人の集落ナイトパーティ

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第1章 それぞれの恋愛事情と怒りの狼 4

「クロー、どこですかー?」
 のんびりと間延びした声が、行方の分からぬ誰かを探していた。
 焦茶色の長髪を後頭部で纏めた若者が、まるでペットでも探すかのように色々な場所を探索している。見た目は優しげで温和な顔だが、どこか飄々としてつかみ所がなさそうだ。困ったような顔で、若者はポリポリと頭を掻いた。
「うーん、迷い猫とはこのことですねぇ」
 ラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)は文字通り飼い猫であるクロ・ト・シロ(くろと・しろ)の行方を求めていた。さして緊張感もなく、ぶらぶらとふらつくように歩いてゆく。というのも、クロのいなくなった原因はとっくに判明しているからだった。
(コレだけ飲めば……そりゃあ酔いますよね)
 ラムズは心の中で呟いて、片手に持っていた酒瓶を持ち上げた。数分前までクロが飲んでいたそれは見事に空になっており、振っても風を凪ぐ空虚な音しか聞こえてこない。
 マタタビでもそうであるが、酔ってしまったクロは普段から滅茶苦茶なテンションが更に暴走する――らしい。空になった酒瓶をボーイに預けて、ラムズは懐から愛用の手記を取り出した。
 後天的解離性健忘――いわゆる、記憶を失う症状の一つである。
 それは決して外傷的な原因によるものではなく、精神的なものを原因とする……治療の難しい症状だ。一日毎に記憶がリセットされ、その日の記憶は白紙へと戻り、また一日を繰り返す。だが、幸運というべきか残酷というべきか。確かに自分が行動したという実感は残り、一日が過ぎたことも確かに分かるのだ。
 頼りは、自分の手とペンのみ。自分のアイデンティティを守るため、ラムズは一日に起こったことの詳細を全て手記に書き留めていた。
 生憎と、自分は確かに一日を過ぎている。それだけは確かな事実だ。手記はスイッチのようなものであり、電源を切られた記憶は、手記に記された自分の足跡を見ることでスイッチを入れられる。そうして、自分という存在が確かにそこにいたのだということを知るのだ。
 だからこうして――クロと一緒にパーティに来ることも可能であった。
「…………」
 ラムズは、見失ってしまったクロを探す自分を手記に記した。明日の自分がこれを見ることを考えると、どこか多重人格にも似た、知らない自分と相対する気分である。
 とはいえ――
「さてと、まったくどこに行ったんですかね〜」
 それを気にしたところで、治るはずもない。
 ラムズはさして大したこともしないよう手記を再び懐にしまった。すると、そんなとき立食会の会場のほうから聞きなれた声が聞こえてくる。
「ちょっと聞いて下さいよwwそこの奥さんwww」
 そこにあったのは、悪酔いした酔っ払いの飼い猫が若い女性に絡む姿だった。女性の肩に腕を回し、クロはでろんとした口調で続けた。
「パーティとはそんな関係ないんだけどさwwwww昔オレ飼い主に置き去りにされたんですよwwww飼い主にwwwwwそしたら二十年経ってからまた帰ってきたんよwwwwwもうねアホかとwwwwバカかとwwwwwお前なwwww二十年も経ってから帰って来るんじゃねーよwwwボケがwwww二十年だよwwww二十年wwwwしかも何かパートナーとか居るしwwww何時の間にか付き合ってるとかwwwwwマジおめでてーよなwwwww」
 一方的にぐだぐだと語るクロに、女性が一応返事をする。それは、なんともない励ましの言葉だったが、クロはそれににやりとした顔をしてみせた。
「あ?wwwオレがそんなんで身ぃ引くとでも思ってんのか?wwwww何の為にこのパーティ来たと思ってんだよwwwwww」
 女性に得意げな顔をしてみせると、クロは一瞬素に戻ったようになった。
「オレは今でも、アイツ一筋だよ」
 遠くを見るクロの目には、どこか愛情の光が宿っていた。
 ラムズはいつでも飼い猫のもとに行けたが、しばらく落ち着くのを、いや……空気が変わるのを待った。いま出て行くのでは、少し恥ずかしさが残る。
「だからさー、オレの愛は二十年以上なわけよ、分かる、そのへん? あんたもいっちょまえに女の子してんだからさ、オレみたいに――」
「なに馬鹿なことをやってるんですか」
 再びクロが女性に絡み始めたのを見て、ラムズはようやく割って入った。
 辟易する女性にフォローの言葉をかけると、彼はクロの首根っこをむんずと掴んだ。まだ酔っているのだろうか、肩車を所望するクロを肩に乗せてラムズはその場を退散する。
「よっしゃwwwww進めラムズ号wwwwwwwwwワープ9でオレを運べwwwwwwwwww」
「光より速くなんて無理ですよ」
「いーから進めやwwwwwwwwww気持ち的には変わりゃしねーよwwwwww」
 肩車の上の飼い猫と他愛もない会話をしながら、ラムズは思った。願わくば、これから続く一日毎の自分が、クロと一緒に歩けることを。

 パーティ会場に辿り着いたとき、東雲 いちる(しののめ・いちる)の口からまず始めに飛び出た言葉はペットショップにやって来たお客のような一言だった。
「わわっ、動物さんでいっぱいです」
「なんだこの動物達は! ……うぉっ!?」
 同じく会場の光景に目を引かれたギルベルト・アークウェイ(ぎるべると・あーくうぇい)も、驚きいななくような声をあげた。獣人の集落であるのだから動物というのも決して間違ってはいない。
 目の前で狼から獣耳を生やした人間に変身した住人を目の当たりにして、二人は改めて獣人たちの集落にやってきたのだと実感した。
 集落の光景を目にしていると、いちるの緑玉の目が爛々と輝き、嬉しげに頬がほころんだ。
「綺麗な場所……」
 緑に包まれた森の中の集落は、パーティの喧騒と灯の明かりとも相まって見事に栄えている。自然がたくましく育つ集落の光景は、いちるの心を一瞬で奪ってしまった。
「確かに……綺麗だな」
 そんな彼女に同調して、ギルベルトは頷いた。その瞳が隣のいちるにも視線をやっているのは、何か伝えたいことがあるからだろうか。小柄で可愛らしい少女の横顔を見ていたギルベルトだったが、邪念を振り払うかのように頭を振ると、強めに張った声で彼女を誘った。
「じゃ、じゃあ、パーティに行くか」
「そうですね」
 明るく笑う少女と、ギルベルトは二人でナイトパーティに参加した。
 出店を巡ることから始まり、立食会で軽い食事を取る。他愛のない会話をしつつ、二人はそれなりに普段通りのまま楽しい時間を過ごしていた。
 よく見れば、周りはカップルが多い。イチャイチャと抱き合いながらアーンと口へと料理を食べさせあったり……見せ付けられるようなラブラブっぷりだ。
 そんな周りの様子に恥ずかしくなって、二人は自然と料理を持ったままパーティ会場の離れへと移動していた。遠くの喧騒と違って、静寂が少し顔を見せる。そんな、周りには誰もいない場所で、二人は静かに腰を下ろした。
「そ、そういえば……こうして二人でいるのって、あんまりないですよね」
「そうだな」
 いつもは、他にも誰かが必ずいた。それでも傍にいようとは思うが、誰かがいるということは、自分の心を表に出すことが躊躇われるということにも繋がる。触れたいと思っていても、触れられない。いつでもこの腕の中に少女を掴んでいたいという衝動がギルベルトを突き動かすが彼の中の冷静な部分がそれを抑えるのだ。触れたところで……いちるは恥ずかしがるだけだろう。
 いちるはそんなギルベルトの心を知ったのだろうか? 少なくとも、想いだけは彼から伝えられた現実がある。そして自分がギルベルトを思うと、ずっと胸を熱くしていたということも。
 いちるとギルベルト。二人は、二人でいるからこそ幸せだった。それは些細なことで、ただ誰かと一緒にいるということだけ。景色は一人で見ていてもきっと変わることなく映っている。しかし、誰かと一緒にいるということだけで、それは全く違うものに見えてしまう。華やかで、切なく、甘く、光のように眩く――私の見るそれは、二人でいるというだけでこんなにも美しい。
 いちるはそれを言葉にしたかった。あなたといるだけで、私の心はこんなに踊り、こんなに締め付けられ、こんなに――幸せになるのだと。
「そ、その……」
「…………?」
 どぎまぎしながら声を発したいちるを、ギルベルトが訝しく見つめた。
「私は、その……ギルさんと一緒にいると、す、すごく幸せで、すごく、どうしようもなく、胸が熱くて……そ、その、だから私は、ギルさんと一緒にいたくて、その、こう、誘って……」
 きっと彼女の中ではちゃんと伝えようとしているのだろう。しかし、口がそれに追いついていかず、必死に喋る言葉はぼそぼそとかすれて聞こえなくなったりする。
 だが、ギルベルトは彼女のそんな必死さも、受け止めた。くすっと和やかな笑みを浮かべて、彼女の手をそっと握る。
「ギ、ギルさん……」
「想いを受け入れてくれた。そう解釈するが、よいか?」
 緋色の真摯な瞳に見つめられて、いちるは真っ赤になった顔でこくりと頷いた。
 それは二人の新たな一歩であり、始まりである。それを見届けたのは……夜空の瞬きだけだった。