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Trick and Treat!

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Trick and Treat!
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19.ほーむぱーてぃ!*とりっくおあぱんつ!


 加能 シズルからメールがきて、珍しいなと思いながらも開いてみると。
「ハロウィンパーティのお知らせ?」
 楽しそうなその見出しを、茅野 菫(ちの・すみれ)は思わず復唱していた。
 ちょうどテレビに映っているのは、レンタルショップで借りてきた日本のホラー映画。
 テレビから長髪黒髪の女が這い出てきて、迫りくるもの。
「面白そうね」
 このコスをして、シズルたちを驚かしてみよう。
 そう思って、決めたら即行動。
「小次郎、ちょっと手伝って!」
 一緒に映画を見ていた相馬 小次郎(そうま・こじろう)に声をかけ、衣装制作を始めた。


「『Trick or Treat』」
 ドアを開けた泉 美緒に対して、閻魔王の 閻魔帳(えんまおうの・えんまちょう)は口を開く。
「あら、閻魔様。いらっしゃいませ、お菓子はリビングにありますわ」
「良いでしょう。あなたは今、善行を積みました」
 美緒の返事に口元をにやりと歪め、閻魔帳は家に上がり込んだ。
「あら、いらっしゃいませ」
「初めまして、かしら?」
 リビングで閻魔帳を迎え入れたレティーシア・クロカスとシズルに、閻魔帳はぺこりと綺麗に一礼する。
「私は、地獄の最高裁判長、閻魔王の持つ閻魔帳。
 ……善行は、今のうちに積んでおいたほうがいいですよ。
 というわけで、『Trick or Treat』」
 きちんと挨拶をしながらも、お菓子をねだることは忘れずに。
 閻魔帳は手を差し出した。
 シズルとレティーシアが顔を見合わせて、楽しそうに笑ってから、
「はい」
「美緒さんと作りましたの」
 可愛くラッピングされたお菓子を渡してくれた。
 思わず少し、顔を綻ばせながら。
「あなたは今、善行を積みました」
 言うと決めたセリフを言って、お菓子をぱくり。 
 そうしていると、玄関から「きゃあぁ!!」と美緒の悲鳴。
「何事ですの!?」
「美緒!?」
 レティーシアとシズルが慌てるが、閻魔帳は慌てない。
 たぶん、菫の仕業だろうと予測できていたから。
 もともと油断させるために、閻魔帳一人が先に来たのだし。
 もぐもぐ、お菓子を食べながら。
 事がどうなるか、座して待つ。


 玄関に駆け付けると、美緒が腰を抜かしてしゃがみ込んでいた。
「美緒!? さっきの悲鳴は……」
 呼びかけると、
「あ、お、お化けが……」
 うわごとのように美緒は答える。左手で足首をさすっているが、捻挫でもしたのだろうか?
「お化け? どういうことですの?」
 玄関先から美緒を抱きあげ、レティーシアが問う。
 美緒は首を振って、上手く言葉に出来ないとでも言うような目で、シズルを、レティーシアを、見た。
「とにかく、一旦ドアを閉めましょう」
 このままでは、冷たい風が家に入ってくる。
 ばたん、と音を立ててドアを閉めた。
 その直後、
 ピーンポーン。
「「「!」」」
 呼び鈴が鳴って、シズルが、レティーシアが、美緒が、息を飲む。
 三人で顔を見合わせ、美緒は首を振り、レティーシアはシズルを強く見。
 その視線を受け、玄関先へと、シズルが一歩足を踏み込む。
「……はい」
 声をかけるが、誰の声もしない。
 ドアノブを捻って、ドアを開けてみるが――
「誰も、いない?」
 不思議に思った時、足首に違和感。
 ……視線を、降ろしたく、ない。
 なんとなくの、嫌な予感。
 それでも、好奇心が視線を引っ張る。
 下へ。下へ。
 白く、細い指がシズルの足首を、掴んでいた。
 息を飲む。
 指からさらに、先を見る。
 細い腕が、白い、死装束じみたワンピースから伸びていた。二の腕にかかり、顔の大半を隠す長く黒い髪は地面にも広がり。おどろおどろしい雰囲気。
 腰より先は、テレビ画面の奥に消えている。
 ――これは……あの有名なホラー映画……!?
 なぜ、パラミタに日本の幽霊が、とか。
 どうしてあの映画の幽霊が、とか。
 そんなことを考える間もなく。
「きゃあぁぁあ!!」
 シズルは悲鳴を上げた。


 菫の仮装は、先に上げた映画のパロディである。
 腰にはリアルに作った液晶薄型タイプのテレビ画面。大きな荷物をくっつけた仮装だが、四つん這いになってポーズを決めると、立っている人の視界からは消えたように見える。
 だから、実際その場に居た。
 隠れたわけでも、なんでもない。
 ただ恐怖から、視界が狭まったこと。それから、下を見るより早く菫が驚かすことに成功したことで。
「きゃあぁぁあ!!」
 悲鳴は上がった。
「きゃあ!?」
「いやぁ!」
 連鎖して、レティーシアと美緒の悲鳴も。
 それを聞いて、
「あっはっはっはっは」
 菫は笑う。
「……え?」
「え?」
「……何ですの?」
 シズルの、美緒の、レティーシアの驚く声が心地良い。
「悪かったわね。トリックよ、トリック」
 立ち上がると、なんてことはない。
「腰に、テレビ……」
「ちょっとあんまジロジロ見ないでよ。驚いて悲鳴上げたくせに」
「……だって、なんか……はぁ」
「そのため息は安堵なの? ……まさか間抜けとか思ってないよね?」
「お、思ってないわよ」
「じゃあなんでどもるのよ! 失礼しちゃう」
 ぷい、とそっぽを向く菫の頭を、ぽんぽん、と小次郎が叩く。
「大丈夫、充分恐ろしいぞ」
 とは言うが。
 その小次郎は、平安時代の武者姿でデュラハンの仮装をしており……それは、なんというか、
「ひ――」
「っ、」
「…………」
 三人が目をぱちくりとさせるほど、恐ろしい。
「あの、あの、首……」
「ん? 仕組みは秘密だ」
「秘密って……」
「ああ、シズル。駄目よ。小次郎に深く突っ込んだら、駄目」
「ふふ」
 菫がフォローする。小次郎には、突っ込んだらいけない。突っ込んだら負けを見る。何をどうとか具体的には言えないけれど。
「知りたいか? 知りたいなら――」
 小次郎が、美緒へと手を伸ばす。
 きょとん、とした顔のままの、美緒。
「あ、こら、馬鹿っ――」
 菫が止めようとする前に。
「小次郎。そこまでにしておきなさい」
 バーバ・ヤーガという、ロシアの魔女の仮装をしたパビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)に止められた。本格志向なので、臼も持っている。もっとも、持っているだけで乗ってはいないが。
「珍しい仮装ですのね?」
 気付いたレティーシアがまじまじとパビェーダを見る。
 ええ、とパビェーダが頷き、改めて、と真剣な目になり。
「はじめまして。私の名前はパビェーダ・フィヴラーリ。以後、よろしくお願いするわ」
 凛と、自己紹介。
 差し出した手に、レティーシアが、美緒が、よろしくと握手を交わし。
 シズルの番になって、ふ、と目の色が、変わる。
「?」
「あなたがシズルさん?」
「ええ」
「以前――入院しているとき。菫を元気付けてくれて、ありがとう」
 心配させまい、弱味を晒すまいと、頑なに入院の事実を伏せていた菫に。
 声をかけて、元気づけて、それから弱味を見せてもいいんだと教えてくれて。
 シズルはきょとんとし、菫は「ばっ――」と言葉を詰まらせて顔を赤くして。
 そんな二人に言い逃げて、パビェーダは家の中に入る。
「ほら、小次郎、菫。閻魔帳が待っているわよ」
「そういえば! わたくしったら、菫さんの仮装に驚いてお客様を放置してしまいましたわ」
「ふむ、もてなされようか」
「こ、こらっ! パビェーダ、あたし、ちょ、あんたありがとうとか!」
「言いたいことをまとめなさいな」 
「〜〜っ、うぅ」
 窘められて、仕方なく追いかけて、途中で、
 ガツッ、
 とテレビの部分が扉につっかえて通れなくなって、泣きそうなくらい恥ずかしくなっても。
 シズルやパビェーダが、そっと横に来て手伝ってくれて、通れるようにしてくれて。
「……ありがとっ」
 その言葉が言える相手が居て。
 なんだろう、それが、無性に、
「……恥かしー」
 けれど、嬉しいだなんて。


*...***...*


 モヒカンの上に、別の大きなモヒカンを装備して。
 南 鮪(みなみ・まぐろ)は、普段より少しばかり誇張気味になった姿で、
「ヒャッハァ〜! トリックオアパンツだぜ!」
 高級な種モミである、光種モミを用意し、スパイクバイクでラナの家に乗りつけた。
「とりっく、おあ、ぱんつ……?」
 出迎えに来た美緒が、きょとん、とした目で言葉の意味を問う。
「悪戯されてパンツ奪われるか、大人しくパンツを出すか! 二つに一つだぜェ!」
 パンツが、欲しかった。
 トリックオアトリート? お菓子を寄越せ?
 違うだろう。
 そんな子供向けの、子供騙しの物は要らない。
 欲しいのはパンツ。
 それだけだと言っても過言ではない。
 本音を言ってしまえば、誰かを拉致――すなわち収穫してしまいたいが、今日はパンツ収穫祭だと、酔いたくれたパラ実ドルイドがそう言っていた。
 なので、大人しくパンツ収穫に出向いた次第。
「トリックオアパンツ!」
 駄目押し! とばかりに、もう一声。
 美緒は、あらあらどうしましょう、と言った様子でおろおろ。
「さァさァあるだろ、ここはおまえの家だぜェ? ほらパ・ン・ツ! パ・ン・ツ!」
 そして、パンツコールである。
 気の弱そうな美緒なら、これでイチコロ――と思われたが、
「こらっ!」
 シズルが、止めに来た。
 内心で舌打ちしつつも――いや、これはこれで美味しい状況だと、思い至った。
 なぜなら、シズルのパンツも手に入れるチャンス。
「トリックオアパンツだぜェ!!」
「は!? と、とりっくおあ……って、何を言っているのよ!」
 顔を赤くして照れる様子も、また可愛いじゃないか。
 これはきっと、パンツの色は白だ。間違いない。
 さぁ寄越せ! と手を伸ばした瞬間――
 ごつん、と頭に衝撃。
 なんだ、と振り返ると――鈍器を持ったセシリア・ライト(せしりあ・らいと)が、立っていた。
「セクハラは、厳禁ですぅ」
 セシリアの斜め後ろからは、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)がにこにこと天使のような笑みを浮かべ、魔女の仮装をして立っていて。
 鮪は内心、歯噛みする。
 もう少し、押しを入れる時間があれば、と。
 もう少し、謀略を練れていたら、と。
 悔やんでも、意識は闇の中へと、引きこまれていった。


*...***...*


「大丈夫?」
 鈍器――モーニングスターを持って、鮪の企みを潰したセシリアは、シズルと美緒に問いかけた。
「え、えぇ。過激、なのね」
 驚きつつも、シズルが「ありがと」と伝えてきて。
 それに対して、胸を張る。
「パンツは無事ですかぁ?」
 横からひょこり、メイベルも。
「はい、無事ですわ」
 美緒が微笑む。
「お菓子を持ち寄って、ニコニコ笑顔で楽しむ日にパンツだなんて不埒なのですぅ」
「思わず渡してしまうところでしたわ」
「美緒さんは、のんびりさんですからねぇ。危ないところでしたぁ」
 言い換えれば、本当に鮪は後少しだったのだが、それはともかく。
「トリック オア トリート?」
 メイベルは、笑顔で美緒に問いかける。
 いくつになっても、こういったことは、楽しい。
 クリスマスのように、みんなで集まってプレゼント交換をしたり、そういったことにも通じる行事。
 童心に返って、友人たちと騒ぐ。
「お菓子はリビングに用意してありますわ」
「私からも、そっちで渡すわ」
「やった、お菓子っ♪」
 美緒とシズルの言葉に、セシリアが飛び跳ねて喜ぶ。悪魔の尻尾がぴょこんと揺れた。
「あ。そうだ、僕もお菓子を作ってきたんだよ」
 言って、セシリアがバスケットを美緒に手渡した。
「プチシュークリームと、パンプキンカスタードクリームのロールケーキだよ。あとね、こっちはパンプキンタルト」
 見事にカボチャ尽くしのお菓子たち。
「カボチャのお菓子なんて、こういう日以外あまり選ばないしね! 作れてたのしかったよー」
「まあ。シュークリーム、すごいですわ……」
 美緒が驚くそのシュークリームは、少し作りこまれていた。
 シュー皮に、チョコで目と鼻を作って、皮の切り込み部分を口に見せると。
「ジャック・オー・ランタン風」
 得意そうに、セシリアは笑う。
「中のカスタードは、ロールケーキとおんなじでね、パンプキンカスタード」
「美味しそうですわ」
「タルトもね、カボチャを煮詰めて作ったジャムを乗せたりしたの」
「……ねえ美緒、早く食べましょ?」
 話しを聞いていたシズルが、先に耐えられなくなって美緒を急かす。
 はい、と笑う美緒に先導される形で、全員、家に入って行った。