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雲のヌシ釣り~対決! ナラカのヌシ!~

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雲のヌシ釣り~対決! ナラカのヌシ!~

リアクション

――そんなことが海中であってから小一時間。
「おおっ! またきやがった!」
「ふむ、流石クモサンマの着ぐるみ効果」
強盗 ヘル(ごうとう・へる)武神 雅(たけがみ・みやび)はすでに幾度かアタリを引いていた。
必ずしもクモサンマばかりではなかったものの、充分な釣果だろう。
けれど。
「……ヌシがこないのですよぅ」
エリザベートがむうっと頬を膨らませながら竿を揺らした。
「きゃーっ!!」
そんなエリザベートのぼやきをかき消すような悲鳴が海中から上がる。
見ると金住 健勝(かなずみ・けんしょう)が何やら必死で竿を支えながら海中に声をかけている。
どうやら叫んでいるのはパートナーのレジーナ・アラトリウス(れじーな・あらとりうす)だった。
「あっ、ダメでありますレジーナ! 暴れるのは釣り上げてからにしないと!」
「でもっ! さっきの魚とは比べ物にならないくらい大きいですよっ!?」
「クモクジラは大きくて当然であります! レジーナもう少し頑張って……」
「でもいやーっ!!」
「あっ、レジーナ!」
「きゃっ?」
水中でよほど暴れたのだろう、健勝の隣にいた甲斐 ユキノ(かい・ゆきの)が小さく驚きの声を上げた。
竿の先では釣り糸が絡んでしまっている。
「と、トラ! 大丈夫ですか?」
ユキノが慌てて甲斐 英虎(かい・ひでとら)に声をかけるも、海中から返ってくるのはのんびりとした声。
「ああ、平気だよー。ちょっとレジーナさんが動き回ってるくらい」
「そ、そうですか……」
「あ」
「え?」
間の抜けた英虎の声が聞こえたかと思うと、複数の悲鳴や戸惑いの声が上がる。
「トラ? 何をしたのですか!」
「絡まっちゃった。お祭りってやつ?」
「…………トラ……少しは落ち着いてほしいのでございます……」
はぁ、とユキノが嘆息し、絡んだ釣り糸をほどこうと手を伸ばした瞬間。
「来た! ヌシだ!!」
風祭 隼人(かざまつり・はやと)の叫びと共に、ゆらりと大きな影が揺らめいた。
ざわっ、と皆の空気が変わる。
クモサンマよりも数倍も大きい、ナラカのヌシ。
名前に恥じぬ大きさのそれは、いっそ風格すら感じさせる緩慢な動きでこちらへと向かってくる。
「おい、来るぞ準備はいいか?」
海中からホウ統 士元(ほうとう・しげん)に呼び掛けるも、返ってきた返事は「ZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZ」という見事ないびき。
「おいっ、ホウ統! 真面目にやれっ!」
ぐいぐいと釣り糸を引きながら、精神感応で河合 栄志(かわい・えいじ)に士元を起こすように命じる。
「バブーバブー(そんなこと言われても赤ちゃんだからワカンネーヨ)」
「ええいっ、揃いも揃って……ホウ統っ!」
隼人が喚くも、栄志も士元も何かをしてくれる気配がない。そんな間にも近付いてくるヌシの影。
焦りからぐっと釣り糸を引くと、ぴくりと士元の手が動いた。
そんな様子を横目で見ながら、ローザマリアは自らの釣り糸の先に目をやった。
釣り糸はいつの間にか岩陰の方へと流されている。
そのまま視線を流すと、くいくいっ、と二、三度糸が引かれ、ふっと手ごたえがなくなった。
オ來がうまく曹操を逃がしたらしい。
それを見てローザマリアは静かに身を引いた。
「――ぅわっ!!」
瞬間、ぬらりと影が落ち、隼人の悲鳴が上がる。呑まれたのだ。
ぐあ、と竿が引かれる。
「何をしてるの!」
それでも起きない士元の手から竿をひったくり、ミツエが叫んだ。
それが聞こえたのか聞こえなかったのか、士元の鼻から膨らんでいた大きな鼻提灯がぱちんと割れる。
「……寝てませんよ。最近は作家業も忙しくて寝不足気味なので…いえ、居眠りをしたりなんてしませんよ? ホントウデスヨ?」
「そんなことどうでもいいからっ! ヌシがかかってるのよ、手伝いなさい!」
「危ないっ」
思い切り引きずられた竿を、風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)が横から支える。
「ミツエさん、気を抜いたら持っていかれます! 叱責は後です!」
「わかってるわよっ!」
このあたりにエサとして漂っていた皆を飲み込んだのだろう、あちこちで引き上げようとする姿が見える。
が、圧倒的な質量と抵抗力に翻弄されている。
海中では派手な攻撃が繰り広げられているが、ヌシは口を閉じたまま動じていないようだった。
杖を突き刺しての氷術、雷術。粘膜を蹴り上げ、抉り、打ち破ろうとする打撃。
そのどれもがまるで効いていないかのようにヌシはゆっくりとたゆたっている。
「……かかったか」
音穏が上空からそう呟くと、切たちがしっかり呑まれたのを確認し飛空挺から垂らしていた糸を引いた。
力任せに釣り糸を引くも、やはりナラカのヌシ。釣り上げることはおろか、引き寄せることもままならない。
「流石に……一筋縄ではいかないわね」
水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)も自らの飛空挺で糸を引きながら、音穏に注意を促す。
「音穏さん、左右に振って弱らせましょう」
「承知した」
「よし、緋雨。そのまま引いておれよ。わしがあやつのどてっ腹に風穴を開けてきてやるわ」
飛空挺を操る緋雨にそう言い残し、天津 麻羅(あまつ・まら)は飛空挺からその身を投げる。
ちょうどヌシが顔を見せた瞬間を見計らって雲海に飛びこみ、すでに派手に攻撃を仕掛けている面々の合間を縫って腹下へ潜り込む。
そして、ふ、と息をついた瞬間。
――派手な音を立てて正義の鉄槌をお見舞いした。
「今です、引いて!」
瞬時ヌシの動きが止まったのを見逃さず、来栖が叫んだ。
サイコキネシスをかけ、ヌシの動きをわずかに制限しながら周囲を促す。
その言葉に皆が一様に竿を引く。
――が。
「ッ!?」
そのうちの数名がびくり、と手を止めた。
何かが、見えた気がしたのだ。
その中の一人、英虎も瞬時怯んで攻撃の手を止めた。
目の前に広がっている光景は雲海の中でも、見晴らしのいい釣り場でもない。
……病院だった。
横目に見える扉や天井、そして、病院特有の白い天井。
瞬くと、今度は天井から手を伸ばす少女の影が見えた。
(……これは)
ハッとして頭を振ると、その光景が揺らぐ。
「はは……走馬燈かなー」
これが噂に聞き及んでいたヌシの特殊能力なのだろう。
だが、これは自分には逆効果だ。こんなものを見たらユキノの元に是が非でも無事で帰らなくてはいけないという気になるではないか。
ぐ、と拳を握り直した英虎が次の攻撃を仕掛けようとした、その時。
ヌシがぐぱ、っと口を開けた。
「しまった!!」
そう叫んだのは誰だっただろう。
その声が聞こえた時にはヌシの口内にいたエサたちはみな外に押し出されていた。
吹き飛ばされるような衝撃に目を閉じ、再び開いた時には、ヌシは尾ひれをゆったりと動かしてその場を離れていくところだった。
「……逃げられてしまったのですぅ」
ぽつり、エリザベートがそう呟く声が、やけに大きく響いたのだった。