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酷薄たる陥穽―蒼空学園編―(第1回/全2回)

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酷薄たる陥穽―蒼空学園編―(第1回/全2回)

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第11章 対赤龍戦2

 気づいたとき、ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)は白い闇の中にどっぷりと腰までつかっていた。
 何かがまとわりついているのは分かるが、それが何かは分からない。ただ、動くことを制限されていた。
「これって、一体…? もしかして真司もどこかにいるのでしょうか?」
『ヴェルリアってさ、ほんとグズだよな』
 パートナー柊 真司(ひいらぎ・しんじ)のことを思い描いた途端、そんな言葉が聞こえてきた。
 いつの間にか真司が少し先にいて、肩をすくめている。
『何やらせてもまともにできたためしがない。よりによってあんな役立たずがパートナーだなんて、俺はなんて不幸なんだ!』
『うそっ! 真司がそんなこと、言うはずがありません!』
 ヴェルリアはあわてて耳をふさいだが、何の効果もなく、真司の嘲笑は続く。
『どこかへ出かければ必ず道に迷って手間かけさせるし、何かとひとの言うことすぐ真に受けて信じ込んで、厄介ごとに巻き込まれるし。世間知らずにもほどがある。最初はそういうところもかわいいと思ったりしたこともあったけど、あれは駄目だ。救いようのないバカだ』
(こんなのは嘘。これは夢です。私、いつの間にか寝ていて、夢を見ているんですね。だって、真司は絶対、絶対、こんなこと思ったり、口にしたりしませんから。――しません、よね…?)
 でも、ひとの心はだれにも分からないから。
 相手が笑顔の下でどう考えているのかなんて、だれに分かるの…?
 彼があなたのことをそう思っていないなんて、どうして言いきれる?
『ああ、いやっ! 違います! 真司はそんな人ではないし、私もそんなこと思ってたりしません!』
 本当に? じゃあどうして耳をふさいでも聞こえるの? それは、あなたの中からしているからなのよ?
『バカなヴェルリア。真司には私がいれば十分なの。私はあなたなんかと違い、優秀なんだから。
 あなた、いつまで真司にサルみたいにしがみついているつもりなの? もうあなたは不要なのだと、いいかげん自覚したらどう?』
 リーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)の姿が、真司の横にふわふわと浮かんで現れた。親しげに腕を組み、べったり密着している。
 2人は哀れみの視線で、ヴェルリアを見下ろしていた。
(嘘……あり得ません。こんなのは嘘です。あれは本当の2人ではないし、私が思ってるわけでもありません!)
 でも。
 ああ、でも。姿も、声も、2人はあまりにリアルで、言葉も、自分には防ぎようがなくて。
 これは本当に、私の中とありません! 私はこんなこと、考えていたりしません! あなたたちは真司でもリーラでもない! 私の中から出ていって!!
 ああ……いや! 真司! 真司! 真司ぃ!!』


 ヴェルリアの呼び声を聞いた気がして、真司は動きを止めた。
「危ない、真司」
 リーラの声と同時に、火炎弾を浴びる。
「うわ!」
 反射的に背後へ飛びずさって直撃ははずれたものの、ぶすぶすと服のいたる所が焦げていた。
「何をぼーっとしているの? 今は戦闘の最中よ」
「そうだな。悪い」
 冷静なリーラの叱責に、雑念を払うように頭を振る真司。
(精神感応かと思ったが、違ったようだ)
 ヴェルリアが目覚めた気配はない。
 小さな喪失感……あるべき欠片がそこにはまっていない、奇妙なうつろさ。呼んでも返らないこだま。
(駄目だ、考えるな。考えたら、引きずられる)
 精神感応を断ち切り、真司は魔道銃を手に赤龍へと走りこんだ。



 一輝と鼎の活躍により、ファイヤーウォールは数分間という、かなり長い間消えていた。
 その間に、下で待ち構えていた地上班の者たちがいっせいに赤龍の間合いへなだれ込んでいく。
 近寄らせまいとして、砲撃のように次々と撃ち出される火炎弾を八神 誠一(やがみ・せいいち)シャロン・クレイン(しゃろん・くれいん)とともに斬撃で斬り散らし、道を確保していた。
「みんな急いで! またすぐ立ち上がる!!」
「んなのみんな知ってるから、あんたはちゃんと前見な!!」
「うわ!」
 すぐそばまで接近していた火炎弾を、シャロンがアーミーショットガンのスプレーショットで進路を逸らさせる。
「ごめん。ありがとう、シャロ」
「ぼやっとしてないで、あたしたちも行くよ!」
 


 だが意に反して、ファイヤーウォールは立ち上がらなかった。
 既に大量の人間が内側に入り込み、意味をなさなくなったからかもしれないし、魔力を防御でなく攻撃に費やすことに決めたのかもしれない。
 事実、赤龍の背に上って攻撃を仕掛ける者は決して少なくない。
 手に手に武器を持ち、鉤爪や尾を防ぐ者、龍珠を狙う者と自然に分かれ、攻撃を開始する。
 そして、罪と呪い纏う鎧 フォリス(つみとのろいまとうよろい・ふぉりす)を纏った棗 絃弥(なつめ・げんや)は、アルティマ・トゥーレを帯びた虎徹を用いて、仲間を狙う赤龍の火炎弾攻撃に対処しようとしていた。
「手伝います」
 オイレで空中から氷術攻撃を行っていた綺人が、絃弥たちに向かう火炎弾に集中して氷術を放つ。
 やはり死んでいるせいか、赤龍は自分の背中だというのに、何の頓着もしていなかった。加減なしの火炎弾を、こんな近距離でまともに受ければ、どんな防御でもひとたまりもないだろう。
 事実、氷術で火力を相当軽減された火炎弾でも、その威力は半端なく重かった。
 フォリスのファイアプロテクト、エンデュアが常にかかっている状態ですら、露出した肌が焼かれて火傷になるのが分かる。
「……くそっ」
 ずぶずぶと、足首近くまで腐肉に埋もれてしまう。
「まともに受けようと考えてはいけません。下へすり流すんです」
「しかし、下にも人がいる」
「下は下で対処してもらうしかないでしょう。落ちたところで残骸が頭にぶつかるくらいですよ」
 これだけの巨大な敵を相手に、そこまで他人を思いやっている余裕はない。
 体育館で眠っている神和 瀬織(かんなぎ・せお)の小さな姿が脳裏をかすめるたび、胸にこみ上げる苛立ちをできるだけ表に出すまいと、つとめて声を穏やかに保とうとする綺人。
 だが自分でも、声がとがっているのが分かる。まるでけんかを売っているようだ。
 おかしい、と思った。普段、自分は、どんなときも穏やかでマイペースだからと、ひとに言われる人間なのに。いつもどちらかというとなだめる側の人間で、たまには怒ってみてよ、と言われたことさえあるのに。
 今は、どうすればほほ笑むことができるのかすら分からない。
「……そうだな。みんな、注意はちゃんと払ってるだろうしな」
 青白い横顔と怒りに暗く沈んだ瞳を見て、彼の心情を察した絃弥は、あえてそう応えることで思いやりを見せる。
 そして再び攻勢を強めた赤龍の火炎弾を止めるべく、虎徹を構えたのだった。


「おっと!」
 自分を押しつぶさんばかりに迫った火炎弾を避けつつ、戻ってきた戦輪を受け止める紫音。
「行けっ!」
 手を離れた戦輪はサイコキネシスの加速とともに、右鉤爪の龍珠を襲う。
 表面に当たり、ガリガリッと音を立てたが、通り過ぎたあとには傷もついていなかった。
「くそ、固い」
 肩で息をする紫音に、アルス・ノトリア(あるす・のとりあ)が命のうねりをかける。
「主様、まだ敵は斃れておらぬ。がんばって戦うのじゃ」
「だがこれで5回目だぞ」
「それがどうしたのじゃ。6回も10回もしておらぬじゃろう。11回で砕けるかもしれんぞ?」
「せや、紫音。あれだけ巨大な珠が、たやすう砕けるはずないどす」
 戦輪を操りながら、風花も同意する。
「……分かった。弱気になった俺が悪かった」
 膝にあてていた手をはずし、背を伸ばす。
「やるだけやってやるぜ!」


 ガリガリガリッと龍珠を引っかいて飛び去っていく戦輪をヘリファルテから見上げて、ミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)は着ぐるみの中で眉根を寄せた。……多分。
「むーう。全然あの珠傷ついてないね、ルーマ。これって意味あるのかなぁ?」
 ファイヤーウォールがなくなってからずっと禍心のカーマインでヒット&アウェイをしてきたミリィだが、いまいち成果が見えないことに、自分の行動に疑問を持たざるを得なかった。
「そんな簡単にいかないのは分かりきってたじゃないか。あの大きさを見てみろよ。直径5メートルはあるんじゃないか?」
 答えつつ、運転担当のセルマ・アリス(せるま・ありす)は、火炎弾の雨を避けながら再び龍珠への接近を試みた。
 だが、攻撃を避けながらではなかなか思うような角度で進入できない。かといってあんな巨大な火の弾、かすめでもしたらそれだけでヘリファルテが墜落するのは分かりきっている。無茶をせず、安全を保ちながらやるしかない。
「でも中透けて見えるから、薄くてすぐ割れそうなのに、ちっとも割れない」
 運転はセルマに任せっきり。再接近するまでヒマなミリィは、そんなことを考える。
 あれ、もしかするとガラスとかじゃなくて、何か別の材質なのかも。龍の力を蓄えている物だし。
 大体、5メートルの大きさの珠を、砕ける?
 禍心のカーマインを鼻先に引き寄せ、むー、と考え込む。
「――ねぇルーマ。あの犬、べつに助けなくてよくない?」
「……ミリィ。そうやって冗談で気持ちを上向かせようとしてくれるのはうれしいけど、今は攻撃に集中してくれないかな」
「あっ、ごめんごめん」
(冗談じゃなくて、かなり本気で言ったんだけどなー)
 でもセルマの声がちょっぴり本気モードだったから、それ以上言わない。
(仕方ない。他のひとたちも困ってるんだし、助けよう!)
「もう一度、今度は反対から行くから、構えて」
「はーい。
 ねぇ、ルーマ?」
「うん?」
「これ終わったら、ルーマ、ワタシの実家に――」
「……ミリィ…」
 集中して。
「あ、ルーマ、今いい角度ね! そのままそのままっ」
 ミリィは全然分かってないフリをして、シャープシューターで龍珠をよーく狙って撃った。


 
「なんだか……すごい状況ね…」
 遅れて遠方から駆けつけたリネン・エルフト(りねん・えるふと)は、学園外で一度ヘリファルテを止めた。
 すっかり陽は暮れて夜になっていたが、満月なので特に光源に困ることはない。
 ましてや襲撃者自身、炎を発しているとあればなおさらだ。
 火炎弾を四方に放つ巨大な赤龍が蒼空学園の前面に横たわり、横顔から黒煙を上げていた。
 それに群がって倒そうとする人間の姿は、なんだかガリバーと小人の戦いを想起させるものがある。
「まったく……いつも急にピンチになるんだから、この学園は!」
 前もって教えてくれてたらこっちだって準備のしようってものがあるのに。
 同じくヘリファルテで横についたヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)がぶつぶつ文句を言う。
(死龍……また……だれかに操られているの…?)
 あんな姿になってまで、死の安らぎを得ることもなく、他人の勝手な思惑で傷つけられているの?
 そう思うと、哀れだった。
 操り人はどこにもいる気配はない。一緒に戦うならまだしも、また死龍だけに戦わせて、自分はどこかで高みの見物ということか?
「どうする? リネン。もう混戦状態になってるから、前みたいにおとりになって罠仕掛けたりするのはできそうにないわよ?」
「行きましょう……あのままには、とてもできない…」
 リネンは、光条兵器・ユーベルキャリバーを握る手の力を強めた。

「蒼学のみんなー! あたしたちも助けてあげるから感謝しなさい!」
 そんな声が、学園外から飛んできた。
 ヘリファルテに乗ったヘイリーがロビンズボウを連射する。そのうちの1矢が赤龍の眼窩を直撃したため、赤龍が大きく身じろいだ。
「うわっとっ!」
 ファイヤーウォールが切れたのを潮目に、すばやく鉄鎖を木にくくりつけ、バイクで校舎の壁を疾走、赤龍の背中に乗り移っていた淳二は、バイクごと跳ね上げられそうになって急ブレーキをかけた。
 前輪がすべり、骨の突起に当たって止まる。
「うわ!」
 後ろに乗せさせてもらっていた誠一が、放り出されそうになってあわてて淳二にしがみついた。
「大丈夫か? 落とすなよ」
「大丈夫」
 両手に抱き込んでいた赤い筒を、あらためて持ち直す。
「よし、行くぞ。タイミングを間違えるなよ!」
 バイクが再びガリガリ音をたてて脊柱を噛み、疾走する。もう腐肉はほとんど残っておらず、白い肋間骨の間から地表が透けて見える。火炎弾は上空の仲間たちに任せて、淳二は運転に集中した。
「いっけえーーーーっ!!」
 うなじを駆け上がるバイクは、まるで戦闘機のようだ。空しか見えない。
 すれ違いざま、抱き込んでいた消火器を、彼らに向けて今まさに発射されんばかりとなった火炎弾に投げつける。
 消火器は火炎弾にぶつかり、赤龍の顔のすぐ近くで爆発した。
「これでどうだ…」
 パラパラと、砕けた骨や肉片、白い粉が舞い散る中、目をこらして見つめる。
 赤龍の右半面を覆っていた肉が完全に吹き飛び、頬骨らしき所から左目の眼窩があった場所には大穴があいていた。
「わー、グロぉ〜〜〜〜っ」
 思わず口をついて出た。
「ばか言ってない」
 今ひとつ真剣味が足りないライゼを注意して。それにしても、と垂はあらためて赤龍を見た。
 赤龍は下顎と顔面の左半分を破壊されながらも、依然として火炎弾を吐き出し続けている。4本の鉄鎖のうち、役に立っているのは3本。木にくくりつけられていた分は、根から引っこ抜かれている。
 動きは全く衰えていない。
 結局自分たちがしているのは、死体損壊でしかないのだ。
 まったく、反吐が出る。
 こんなものを作り出したあのドゥルジとかいうやつも、そして破壊するばかりでちっとも眠らせてあげられない自分たちにも。
「……くそったれが!!
 おいルカ!」
「なぁに? タレちゃん」
 近くでヘリファルテから氷術攻撃を行っていたルカルカが応える。
「例のやつをやるぞ。スタンバっとけ」
 その言葉に、ルカルカは笑顔で親指を突き出した。
「任せて!」