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【相方たずねて三千里】旅の果て(第3歩/全3歩)

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【相方たずねて三千里】旅の果て(第3歩/全3歩)

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3.ザンスカールとキマクの間にて

「機晶姫なら、契約を結んだっていいのでは?」
 と、本郷涼介(ほんごう・りょうすけ)は笑う。
「嫌です。あんな……ただの猫」
 トレルは少し後ろを付いてくる猫娘を見て言う。
「でも、猫アレルギーの心配はないだろ?」
「そうですけど……美形が良いんです」
 おかしそうに苦笑しながら、涼介は猫娘を見やる。
「にゃ?」
 と、首を傾げる猫娘。
「っていうか、りょーすけはどこまで付いてくるつもりですか?」
 トレルの問いに涼介は答えた。
「とりあえず、キマクを抜けるまで、かな。あの辺りは蛮族や悪漢が多いからね」
「……」
「お嬢様であるトレルが一人で歩くのは、あまりにも危険過ぎるよ」
「……まあ、良いでしょう」
 と、納得するトレル。
 涼介を護衛にザンスカールから出ようとすると、見知った顔が近づいてきた。
「トレルさん!」
 凶司とエクスである。
「きょーじくん、来てくれたんですね」
「ええ、助けて欲しいと言われたのに無視は出来ませんから」
 凶司はトレルの元へ来るなり、猫娘に向けてスプレーを放った。柑橘の匂いが周囲に立ちこめ、猫娘が顔をしかめる。
「エクス」
「うん」
 ささっと水の入ったペットボトルをトレルのそばへ置くエクス。
「これでもう、あの猫娘は近づいてこないはずです」
 と、凶司。
 好意はありがたかったものの、猫娘が機晶姫であることを知った今、猫対策は意味を成さなかった。
「わざわざありがとうございます。でもあの、きょーじくんには悪いんですけど……あれ、獣人じゃなかったみたいで」
 と、トレルがペットボトルと睨めっこしている猫娘を指さすと、凶司が呆然とした。
「え、それじゃあ……?」
「はい、猫アレルギーはどう間違えたって起きないんだそうです」
 凶司は状況を理解すると、溜め息をついた。
「そうだったんですか」
 猫娘がペットボトルを蹴り倒し、トレルの足元へすり寄る。それを慣れた様子で避けながら、トレルはエクスに目をやった。
「それで、そちらの方は?」
 エクスはにこっと元気よく笑って自己紹介をする。
「はじめまして! エクス・ネフィリムです。セラフお姉ちゃんの妹です!」
「ああ、セラフさんの……トレルです、よろしくお願いしますね」
 トレルが微笑み返せば、エクスが嬉しそうに返事する。
「はい、こちらこそっ」
 仕方なくスプレーを鞄へしまい、凶司は言う。
「せっかくですから、お供しますよ。これからキマクへ向かうのでしょう?」
「ええ、そうです。ありがとうございます」
 それから猫娘の顔を改めて確認し、凶司はやや不安げな顔をした。
「僕らも出来るだけ注意しますけど、キマクでは狙われるかも知れません」
「……どうしてですか?」
「ちょっと小耳に挟んだ情報なんですが、悪い人たちが猫型の機晶姫を探しているらしくて」
 先ほどの珈琲占いがさっそく当たる気がした。
「心配しないで。そういう時は護衛に任せてくれればいいよ」
 と、涼介がフォローし、トレルは頷いた。

「誰かお探しかい?」
 ふと声をかけられて、アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)は振り返った。
「あ、はい。ずいぶん前のことなんだけど、名の知れた格闘家が襲われたって話を聞いて……」
 事情を簡単に説明したアリアへ、声をかけた男は笑う。
「そいつなら知ってるぜ。ついてきな、嬢ちゃん」
「あ、ありがとうございますっ」
 しかし、男が進んだ道は細い路地だった。進むほどに、人気のない殺伐とした雰囲気が漂う。
 どんどんと奥へ向かっていくと、いかにも悪そうな男たちがいることに気がついた。
「……ひ、1人でこの人数は……きゃっ!?」
 気づいたときには遅く、顔を殴られて地面へ倒れ込んでしまう。
「さあ、お楽しみと行こうじゃないか」
 アリアの周囲に男たちが群がってくると、アリアの抵抗も空しく屋内へ連れて行かれてしまう。
「はぁ、はぁ……んっ、くぅ……やっ! 離してぇ!」
 アリアは武器を奪われると、少しずつ衣服を引き裂かれた。脳裏によぎる嫌な記憶――デジャヴ。
「た、助け……えっ!? や、ちょっと、いやああああああ!」
 キマクの外れで響いた叫び声は、誰にも届かずにかき消えた。

「あら、ごきげんようお嬢様」
 と、声をかけたのはリリィ・クロウ(りりぃ・くろう)
「夏の懇親会でお会いしましたよね? お久しぶりです」
 トレルは少し考えて、思い出す。
「ああ、リリィちゃんでしたっけ。お久しぶりです」
 リリィのそばにはカセイノ・リトルグレイ(かせいの・りとるぐれい)もおり、トレルは彼にも挨拶をする。
「カセイノくんも、お久しぶりです」
「おう、久しぶり」
 キマクの街まで、あと数キロといったところだった。
「まだパートナーを探していらっしゃると聞きましたわ。わざわざこんなところまで来て、さぞかし大変だったでしょう」
 猫娘は相変わらずトレルのそばへ来ては避けられていた。さすがに機嫌も悪くなってきた様子である。
「まあ、そうですね。でも、もう時間がありませんから」
「……やはり、地球に帰られてしまうのですか?」
 と、寂しそうに問うリリィ。トレルは今年中にパートナー契約を交わせなければ、地球へ連れ戻されることになっていた。
「ええ、見つからなければ、ですが。一応、まだ諦めてはいませんよ」
 トレルがにっこりすると、リリィはカセイノに目をやり、またトレルへ言う。
「そうですか。きっと、そのうち相手の方からひょっこり現れますわ」
「まあ、キマクにはそんな面白いもんもねぇけど、気が済むまでゆっくり見て行けよ」
 と、カセイノ。
「はい、ありがとうございます。それじゃあ、また」
 にこっと微笑みを返し、歩き出すトレルたち。
 リリィはその後を追う猫娘のしっぽを掴んで引きとめた。
「ネコさんはわたくしたちとお留守番ですわ」
「にゃっ!?」
「せっかくの旅を、邪魔しちゃ悪いだろ? お前のためにもな」
 と、カセイノは『眠りの竪琴』を取り出した。

 いち早く猫娘の姿がないことに気づいたのはエクスだった。
「あれ、猫さんがいないよ?」
「え?」
 一斉に後ろを振り返ると、先ほどまでいたはずの姿がすっかり消えていた。
 トレルはほっとした様子で言う。
「やっと肩の荷が下りましたね。放っておきましょう」
 涼介はどうも腑に落ちなかった。しかし、彼女が本気でトレルを気に入っているのなら、また目の前に現れるだろう――。