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リアクション
第6章 救護「怪我人の休憩〜その1〜」
ハイブリッド羽根突きについて聞かれれば誰もがこう答えるだろう。
「冗談抜きに危険な遊びだ」と。
だが人とは奇妙なもので、時にその危険に嬉々として参加することがある。俗に「命知らず」と呼ばれる類の人間がそうだ。
だがそんな命知らずでも怪我はする。人である以上、危険に飛び込めば決して避けることができないのが怪我だ。
そしてそんな怪我を治そうとする者たちがここ、救護所兼観戦席にいた。
「ふむ、頬骨に異常は無し。見事に筋肉と皮膚の部分だけにダメージがある、か。まあこれなら湿布薬だけで十分だろう。サービスで顔面に包帯でも巻こうか?」
「もご……、いえ……それは結構です」
テスラ・マグメルのお仕置きを食らい、顔面が異様なまでに腫れ上がったアルテッツァ・ゾディアックは、ヴェルディー作曲レクイエムの付き添いの元、教導団のクレア・シュミットから治療を受けていた。どちらかといえば教導団嫌いのアルテッツァにとって、この仕打ちは屈辱以外の何物でもないだろう。とはいえここで事を荒立てては、顔面が腫れるだけでは済まなくなるのは間違いない。それを理解しているため、彼は大人しくせざるを得なかった。
「それにしても、一体何をされたらこんな風に腫れ上がるんだ。デンプシーでも食らったのか?」
「もごもご……、ある意味では、デンプシーより強力かも、しれませんね……、もご……」
「むしろデンプシーの方がマシかもねぇ」
この治療により、アルテッツァの顔面は数日の内に回復することとなったが、精神の方は果たしてどうなったのか、それは本人にしかわからない。
「まったく、なんて落ちにくい墨汁なんだ。一体誰がうちのストルイピンにこんな酷いことを!」
「ごぼごぼ……! スレヴィさんでしょうが!」
「スレヴィだと!? ……あ、俺か」
「自分でやったのをもう忘れたんですか!?」
フェンリルとの勝負で反則を行い、パートナー――スレヴィ・ユシライネンからの妨害を受け、挙句の果てにそのパートナーから顔面に墨汁をぶちまけられたアレフティナ・ストルイピンは、救護所近くの水道にてスレヴィに顔――というか着ぐるみを洗われていた。
「あううう……、墨が落ちないじゃないですか〜」
「ま、その内どうにかなるだろう」
その後長時間に渡る洗顔――着ぐるみだから選択の方が正しいかもしれない――の末、ようやく墨は完全に落ちた。
「ヒャッハァ〜! よく来たな。ここが救護所だぜ」
救護所に連れてこられた次の患者には南鮪が応対した。やってきた患者の名前は、昏睡状態から覚めたネヴィル・パワーズ。アピス・グレイスとシリル・クレイドが付き添いとしてついて来ていた。
「おおっ、最初のお客さんでいきなり女トリオとは、俺も運が向いてきたかぁ〜?」
確かに鮪にとっては幸運と呼べるかもしれないが、果たして治療を受ける立場であるネヴィルの方はどうだろうか。
「う〜、っていうかこんな人が救護班で大丈夫なんでしょうか……」
「大丈夫だ、問題ない。つーわけで早速治療開始だなぁ〜」
治療用の道具の持ち込みは一切無し、治療用のスキルは今は忘れてきた鮪は、ネヴィルの怪我を全く診ずにいきなり口付けようとする。
「って、いきなり何をするんですか!」
「ぶぎゅっ!?」
ネヴィルのおおよそ怪我人とは思えない見事な右ストレートが鮪の顔面にヒットする。
「な、何って、アリスキッスに決まってんじゃねえか」
「決まってるって、そもそもなんで怪我人相手にいきなりアリスキッスなんですか!」
「ああん、当然だろうが。勝ち負けに関わらず、ハイブリッド羽根突きをやったってことはだ、その分体力や精神力を使ってて疲れてるってことだろ? だからアリスキッスだ」
「いや疲れをどうにかする前に怪我の方をどうにかしてくださいよ!」
「クックック、心配するな優しくしてやるからよォ〜、ヒャッハァ〜!」
本来なら大人しく治療を受ける身分であるはずのネヴィルだが、とにかく鮪には治療されまいと必死で抵抗する。鮪もアリスキッス以外の治療手段を持ってきていれば、ここまで抵抗されることもなかったかもしれない。
「まったく仕方ねえなァ〜」
どうしても治療されたくないネヴィルに鮪は妥協案を示した。
「なら袖の下ならぬ服の下だぜ、パンツ寄越せば見逃してやる――」
「おっと、そこまでだ」
ネヴィルを相手に下着を奪い取ろうとした鮪は、その後頭部に銃を突きつけられる。それは同じ救護班にして、レオンから監視役を頼まれていたクレアの構えるラスターハンドガンだった。
「この場でこれ以上くだらないセクハラ行為を続けるのであれば、今すぐにあなたの頭をザクロにしてやるが、それでも構わないか?」
「…………」
目の前には怪我人、後ろには拳銃を持った教導団員が1人。後ろにさえ気をつければ何とか脱出することは可能である。だが鮪はそれをしなかった。気がつけば左右からランスとミサイルポッドを向けられていたからである。当然それらはアピスとシリルの武器だった。
「最初は見てて面白いなと思ったんだけど、さすがにここまで来るとね……」
「ってゆーか、ネヴィルはおとこのこなんだけど、それでもいいの?」
「……それは知らなかったがあえて言わせてもらおう。性別はどっちでもいいと」
だが鮪はそれを言っただけで特に行動を起こさず、白旗を揚げることにしたようだ。
(3対1じゃあさすがに無理だな、うん……)
その後ネヴィルの治療はクレアの手によって行われ、鮪は早々にその場から立ち去った。元々原点回帰のつもりで男女問わずに「可愛い子」に悪戯をするつもりだったのだ。それが完全に妨害されるとなれば、鮪に残された道は真面目に治療活動に取り組むか逃げるしかない。そして彼は後者を選んだ。
(へっ、まあ今日はここまでにしておくか。また捕まって木に吊るされたりってのはゴメンだぜ)
そのまま鮪はいずこかへと姿を消した……。
「わぁー。なんか凄く白熱してるねー」
「……凄く……白熱してるね……」
救護所兼観戦席に設置されたコタツにもぐりこんで、鏡氷雨とアイス・ドロップの2人はハイブリッド羽根突きを観戦していた。
「こうやって見ると羽根突きって面白そうだねー、姉様」
「そうだね……面白そうだね……ひーちゃん」
「羽根突きって日本の伝統の遊びなんだってー」
「そうなんだ……」
「今度『普通の』羽根突きやってみたいねー、姉様」
「うん……。でも、私……、あんまり目が……見えないから……」
「た、多分大丈夫だと思うよ? ハイブリッドじゃなければさ!」
救護活動そっちのけで羽根突きを眺めているようにしか見えないが、実際は肝心の救助対象者があまり出ていなかったため、暇な時間を観戦にあてているだけである。
元々救護班に志願したのは氷雨ではなくアイスの方であった。スキルが飛び交う遊びであるということは、その分怪我人が出る可能性が高いということ。それを心配したための行動である。氷雨の方はそんなアイスに触発され、彼女の手伝いをすることにしたのだ。
「怪我人……まだ出てないみたいだね……。良かった……」
「え? うん、今のところは他に怪我人は出てないみたいだねー。さっき数人来たけど、あっちはクレアさんがいるから大丈夫かな。このまま出ないと安心なんだけど……」
だがその氷雨の願いは叶えられずに終わる。リネン・エルフトに引きずられる形でフェイミィ・オルトリンデが救護所に姿を現したのだ。
「言ってるそばから来たね」
苦笑しながら氷雨はコタツから這い出る。
「じゃ、ちょっと行ってくるから、姉様はここで待っててね」
「あ……、気をつけて……連れてきてね……」
アイスのそのか細い声を背中に受け、氷雨はリネンの元に駆け寄った。
「えっと、怪我人さんは、そっちのヴァルキリーっぽい人?」
「……そう」
受け答えをするのはリネンの方である。
「付き添いがいるから、こっちに来るのは大丈夫だね。じゃ、こっちにどうぞー」
「……そっちにあるのって、コタツ?」
「うちの姉様、あんまりアクティブに動ける人じゃないからねー。だからボクが誘導役。コタツのあるところで悪いんだけど、ヒールのウデは確かだから我慢してね」
「いや、それは別に大丈夫だからいいわ……」
そのままリネンたちはアイスの元へと辿り着いた。
「はい到着ー。どこを怪我したか、姉様にちゃんと言ってね。姉様、連れてきたから回復お願いねー」
氷雨に連れてこられた患者を前にして、アイスはコタツから出てきて診察を始める。
「大丈夫……ですか?」
「あ〜、うん、大丈夫だぜ。ちょっと頭殴られただけだから」
途切れがちなアイスの言葉に、フェイミィの方が直接応対する。その顔は非常にだらけきっていた。
「頭、ですか……。では……今、治療しますね……」
「いや〜、コタツでぬくぬくできる上に、可愛い子に怪我を治してもらえちゃうなんて、オレ、生きててよかった〜」
アイスのヒールを受けながら、フェイミィは実に嬉しそうな顔をする。やはり可愛い女の子に治療してもらえるからだろうか。
そうこう言っている内に、また別のところで負傷者が出たらしい。数人が別の者に抱えられて救護所にやって来るのが見える。
「あ、また怪我人出たっぽい。しかも集団。ボクあっち見てくるから姉様はその人お願いー。あ、それからそこの怪我人さん! やらないとは思いたいけど、姉様に手出ししたらボク絶対に許さないからね! やったが最後、その怪我、今よりもっと酷くするから!」
フェイミィにそう笑顔で告げると、氷雨はさっさと別の現場に行ってしまった。
「たはは〜、こりゃ怖えな……。おかげでこのお人形さんみたいに可愛い子を口説けなくなっちまったぜ」
「あの子が心配する必要は無いわ……。またさっきみたいなことしたら、今度はマウントポジションで則天去私叩き込んであげるから……」
「……ゴメンナサイ」
リネンに殴られた後の自分の姿を想像して、フェイミィは全身に鳥肌が立つのを実感した。
「えっと……、ひーちゃんも……本気じゃないですから……大丈夫ですよ……」
「いやむしろ本気でやってほしいくらいだわ……。このエロ鴉に情けは無用よ」
「ひっでえなあリネン。オレは単に女の子と愛を語らってるだけだぜ?」
「…………」
「……わかった。わかったからそう指を鳴らして則天去私しようとするのはやめて」
その後しばらく、フェイミィは大人しくアイスの治療を受けていた。
「はい……これで治療は終わりです……。無理はしないでくださいね……」
「しませ〜ん」
アイスの微笑みに、完全に気が抜けるフェイミィであった。
さて氷雨が目撃した怪我人の集団とは、先ほど3チームバトルを繰り広げていた椎名真と原田左之助、佐々良縁と点喰森羅、土御門雲雀とサラマンディア・ヴォルテールの一団のことである。彼らの付き添いとして、その試合の審判を務めていたレオンもいる。
「こりゃまた多いねー。怪我したのは何人?」
「あー、4人だ」
氷雨の問いにレオンが答える。
「1人じゃさすがに無理だよね……。クレアさ〜ん、手伝って〜!」
その場は結局、付き添いでやって来たレオン、怪我をさせた張本人である縁と森羅、そして氷雨とクレアの5人で治療を行うこととなった。
「パワーと連携ならこっちが勝ってたよね、いててて……。それで負けるとは思えないんだけどなぁ」
「そりゃお前さんアレだろ。今背負ってるその【称号】が問題なんじゃねえか? ベストマゾヒストなんて名乗ってたら『お約束』がやってきてもおかしくないだろ」
主に縁のショットで怪我を負う破目になった真と左之助の会話である。
「いや〜、ゴメンねぇ真くん。なんだかよくわからないけど、つい狙い打ちたくなっちゃってさぁ」
「鎧状態だった僕には止める手段は無かったんだけど、そこは勘弁してよね」
「……なんで俺は新年早々こんな称号つけてきたんだろう」
真の腕に包帯を巻きながら、縁は悪びれもせず笑い、森羅もまた笑った。
「うわあ、まさかそんなことまであったなんて……」
「いや本当にアレは命がけだったのでありますよ。いくら自分たちが軍人だからって、新年祝いで命の危機に見舞われるというのは、さすがに勘弁願いたいであります……」
治療を受けながら、雲雀はレオンに前年の「教導団の新年祝い」についての話を聞かせていた。レオンの前だというのに今の彼女が軍人口調なのは、周囲に人がいるからである。
「さらに、これは未遂で済んだのでありますが、団長を狙ったテロ計画まであったのであります」
「……騒ぎにまぎれて、こう、ブスリと?」
「大体そんな感じであります」
「……つくづく参加しなくて良かったような……。いやこれは教導団員にあるまじき発言か?」
その発言を聞いたクレアは、そんなレオンの心配を笑い飛ばした。
「いや大丈夫だ。私も含めてほとんどの教導団員が同じことを思ってるだろう。あの壊滅的なセンスさえ無ければ、まだマシなのだがな……」
「ただド派手だったのに変わりはないんだろ?」
横からサラマンディアが口を挟んだ。
「まあ、な。確かに派手ではあったな」
「……そういうのが苦手な奴には悪いが、俺は参加したかったぜ」
「……命が惜しくないなら、まあやってもいいだろうが……」
その場にいたサラマンディア以外の軍人3人は、渋い顔しか出せなかった。
そこへまったく別の声がかかった。
「おやまあ、皆さんお揃いで休憩かい?」
現れたのは屋台で商売をしていた東條カガチであった。
「おや、かがっちゃん。いたの?」
「いたの、とはまたご挨拶だねぇ縁ちゃん。椎名くんから聞いてなかったの?」
「あ、いけね。羽根突きのことがあったからカガチの存在言うの忘れてた」
そんな真の言葉に、おいおい、とカガチは苦笑する。
「ま、いいや。それよりもせっかく休憩してんだし、雑煮食わねえか? 有料だけど」
その提案に反対する者はいなかった。
ついでに、氷雨がアイスの分も買っていったことは言うまでもないだろう。
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