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ぶーとれぐ ストーンガーデン 黒と青

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ぶーとれぐ ストーンガーデン 黒と青

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第四章 最初の剣

<黒崎天音>

たしかに僕は好奇心が旺盛なほうかもしれないけれども、それがいけないことだとは思えないな。
だって、未知なるものへの憧れや謎を解き明かそうとする気持ちがなければ、つまらないよね。
こうして、ストーンガーデンまできたのも、結局、僕を楽しませてくれるなにかに出会いたかったからだし。

「しかし、いまさらなんだが、おまえは己の身にふりかかる危険をかえりみなさすぎるぞ。
知の探求とやらも命あってのものだねであろう」

「ブルーズは、まるで僕がいつも自分の命を粗末にしているようなことを言うね」

「そうではないと言い切れるのか」

「いつも、じゃないと思うよ」

気がむいた時だけさ。

「それが危険だと言っているのだ。このアパートメントについてからも、わざと順路から外れて、関係者以外立ち入り禁止の区域や人のいなさそうな方へとばかり進んで。
いったい、どこへ行きたいのだ」
 
それは僕にもわからないけどね。でも。

「しっ。ブルーズ。静かにして。おもしろそうな場面がはじまるよ」
 
僕はパートナーのブルーズ・アッシュワーズの袖を引っ張って、物陰に身を潜めた。
僕らの数メートル先には、このアパートメントの住民らしい子供、女の子がいて、彼女にいままさに怪しげな人物が話しかけている最中だった。

「こんな誰もこない、路地裏のような場所であの子供はなにをしておるのだ」

「子供にとっては、こんな場所もスリルがあって楽しい遊び場なのかもしれないよ」

「大声で子供に話しかけているあいつは、なんなのだ。格好からして、まともではないぞ」

「さあ、なんだろう。奇怪な殺人や、事件の謎を追う探偵が存在するこの空間だから、彼は人さらいの怪人、紫仮面かもしれないね」

「子供を助けに行かなくてよいのか」

「僕は、今回の事件ではまだ、自分の役割を決めてないんだ。もう少し、様子をみてからどうするか決めるつもり」

「また、おまえはそんなことを」

「いいから、黙って。
あの人が大げさな身振り手振りで、彼女になにを話しているのか、聞いてみようよ」

不満げなブルーズを放っておいて、僕は暗がりで、彼の話し声に意識を集中した。

「てぃくたっくティクタックてぃくたっくティクタックてぃくたっくティクタック。
ああ、レディースあんどジェントルメンあんどドッグスあんどキャツッ。ワタシ、思案にふけっておりましてね。
ティクタックてぃくたっくティクタック。
おや。お集まりのみなさん、ワタシ、考え事がありまして。
てぃくたっくティクタックてぃくたっくティクタック。
へえ、ご近所の方々、ワタシ、悩み事がありましてねえ〜」

子供を喜ばせようとして、やっているのかな。
シルクハットをかぶり、原色イエローのスーツに身を包んだ、紫の笑い仮面の彼は、十数回、てぃくたっくと、いろいろな話のでだしを繰り返した後、ようやく本題? を語りだした。

「実は、ワタシは、あなたと仲良くシタイのでスヨ。笑顔のアなタとね」
 
当然、おそらく、彼のこれまでの奇行のせいで、女の子は怯え、泣いている。

「れディが泣いてしまうのなら、ワタシには、こうするしかアリマセンね」
 
彼がキャンディを差しだしても、彼女は見向きもしない。

「明らかにおかしいぞ。まだ、放っておくのか」
 
ブルーズは正義感が強いよね。

「待ってよ。この後、彼はどうすると思う」

「知らぬわ。悪い予感しかせぬぞ」

「本当にあの子を笑わせたいのなら、ひどいことはしないと思うんだよね」

「信用できん」
 
泣きやまない少女の前で首を横に振り、両手の平を上にむけ、お手上げのポーズをとっていた彼は、しばらくすると突然、けたたましい声をあげた。
 
グギャギャギャガギャガギャガガギャ!
 
さすがに驚いたらしく、彼女も泣きやんで、ぽかんと彼を眺めている。

「奇行の次は、奇声か。
本気で子供と仲良くする気はあるのか、あいつは」

「まず、自分が笑ってお手本をしめしてるんでしょ。おもしろい人じゃない」

「どこがおもしろいのだ」

ギャギャガギャガギャガ!

笑いだしたらとまらなくなったのか、彼は笑い続けながら、一人でお腹を抱え、地面に倒れ、転がった。

きゃー。

ようやく、事態の異様さを飲み込めたのか、悲鳴をあげ、女の子が走り去ってゆく。

まだ彼は笑っている。

「子供も逃げたようだし、我らも行くか」

「それなりに楽しませてもらったし、彼にあいさつでもしていこうよ」

 僕は彼に近づく、ブルーズが遅れてついてくる。

ャギャガギャガギャガギャギャギャ!

「なにがそんなにおかしいの」

 僕が質問すると、彼はぴたりと笑いやんだ。

「アのレデぃをクスリともさせられなカったワタシがブザマでおかしくっテ、笑わナケレバ、やってラレませんヨ。
てぃくたっくティクタックてぃくたっくティクタックてぃくたっくティクタック」

「その話芸は、さっき聞かせてもらったよ。
もし、僕を笑わせたいのなら、そうだな、きみの知っている不思議な話を聞かせてくれないか。
僕は謎や不思議に興味をひかれるんだ。
笑い男。
きみはいったい何者なの。見たままのこういう人なのかな」

「ふシギが好きなアナタさま。ワタしはコメデぃあん、ファニーフェイス(ふぁにー・ふぇいす)
人々ノ笑顔が大好きナ男デス。お近ヅキのシるしにアメはイカガですか」

 地面にあおむけのまま、彼はキャンディをさしだした。

「これをなめても、僕は死なない?」

「幸セな笑顔にナレマスヨ」

「じゃ、もらっておいて、そうなりたい気分になった時にいただくとするよ。ありがとう」

「モラってくださってアリガトう、感謝しまス。通りがカリノ優しい人」
 
彼は片手をのばし、僕に握手を求めるとみせて、腰を直角に曲げ、上体を起こし、開いた足の間に手をついて、腕一本をささえにして、ゆっくりと逆立ちしてみせた。

「ふふふ」

「笑っていタダけましタカ。
不思議が好きなカタ。
笑いは、ワタシのイキル糧です」

「戻ってこないと思ったら、モナミ、こんなところでショーをしていたのかい」
 
いつの間にか僕の横には、黒のシルクハットに片眼鏡、燕尾服の長身の紳士がいて、ファニーフェイスに拍手していた。

「ラウール殿。オ待たせシテスミマセンでした。
まだ、子供とは、仲ヨクナレテオれまセン」

「そのようだな。急がないといけない。
おや、黒崎天音。こんなところで会うとは奇遇だ。
私はいまストーンガーデンの未来のためにここに住む小さな勇者の力を必要としている。
彼らを冒険に誘う手伝いをしてくれないかな。イェニチェリ」

「天音。この男の正体が何者かはわからぬぞ」

心配性のブルーズが僕に注意を促す、言われなくてもそれはわかっているけれども、

「支配人。いや、いまはコメディアンのパートナーが職業なのかな。
とりあえず、あなたがなにをするつもりなのか話してくれるのなら、僕にできる範囲で協力する気もないではないよ。
子供をさらってどうするの? 怪盗紳士が子供をさらうなんてめずらしいよね」

「人聞きの悪い言い方はやめてくれたまえ。
マジェスティックは、パラミタ大陸での私の母国だ。
私はこの愛する我が国に危機が訪れると見捨てておけない愚かな男なのだよ。
今回のお話は、選ばれし者が石から剣を引き抜く英雄譚だ。
私たちは、運命の子を見つけなくてはならない。
敵は、その子を守護者たちごと葬るつもりさ」

「貴様がノーマン・ゲインでないという保証はないし、アレイスタ・クロウリーやもしれぬ。
例え、ラウール本人だとしても信用のおけなさは、前の二人となんら変わらぬぞ」

ブルーズはこわい顔をしてラウールをみているけど、彼は親しげに微笑んでる。

「ドラクロア。私はその二人とは違って、地球でも母国の民から悪く言われたことは一度もない男だ。
それを忘れないでくれ」
 
ブルーズには悪いけど、もし、彼がどこからみても安全で信頼できるような人物なら、その魅力は半減どころか、まったくなくなってしまうと思うんだ。

「そうだね。お話が真実なら、せっかくだし、僕も英雄王に会いにアヴァロンへ行ってみようかな」

◇◇◇◇◇◇

<ネヴィル・ブレイロック>

オス。ウチの組をよろしく頼むぜ。
俺はネヴィル・ブレイロック、ハーレック興行の副社長だ。
マジェスティックに本社のあるウチの会社は、代表のガートルード・ハーレックが学生ながらもやり手でな、マジェの娼館の警備、イベントの仕切り、建築なんかをとってきて、現在、急成長中である。
今回、我が組は、内装、配管の下請けとして、ストーンガーデンのCHARNELさんとこの工事をやらせてもらっている。
CHARNELさんの石工ギルドからの依頼だ。
もともとガーデン内の工事はCHARNELさんのところに限らず、どの棟も全部、住民の職人たちだけでやっちまうらしいが、最近、ガーデン内がわけありでゴタついてるんで、こうして俺たち、外部の業者を呼んでくれることになったんだ。
俺は現場では監督をやらせてもらっている。
男ばかりの土建屋の現場にいると、ドラゴニュートの俺もそう目立たずに周囲に溶け込めている気がするから不思議だ。
気のせいか?

「監督。工事中断して欲しいって住民が言ってきました」

「なに言ってんだ。これ以上、遅れたら、工期に間に合わねえぞ。
ガーデンのギルドがそれでもいいってんなら、話は別だけどな。おう。俺が直接、話す、どこだ」

「こっちです」

ウチの作業員=パラ実の若いのに案内されて、俺は水道管工事の現場へクレームつけにきた住民様にあいにいった。

「どうも。監督のネヴィルです。どうかしましたか?」

規格外のガタイの竜人の俺がでていくと、たいがいのクレーマーはそれだけで腰がひけて案外、簡単に帰ってくれるんだが、

「監督さん。すぐに工事を中止してください。大変なんです」

「あのですねえ、奥さん、工事を止めるといいましても、こちらも計画にもとづいてやっていますんで、そう簡単にできるものじゃないんですよ。
すいませんが、もう少しくわしく事情をお話してくださいませんかね」

相手の若い御婦人は、近世風のワンピースを着ていて、帽子に、日傘を持ってて、まあ、まともな、マジェの住人って感じだ。

「子供たちが、CHARNELの子供たちが行方不明なんです。
アパートメントの中にいるかどうかもわかりません。
いま、住民の大人はみんなで探しています。
もしかして、工事している穴に落ちたり、隠れたりしていたら、大変なことに」

あー水道工事のために、俺たちは浅いところでも、4メートルぐらいの深さの穴を掘っている。
そこに官を入れて埋めるわけだ。
いまは、CHARNELの建物周辺をやっていて、ウチの作業員はどいつもパラ実の学生だから、俺が目を光らせちゃあいるが、まともにやってるかは実際、いまいち疑問だな。

「わあった。
わかりました。
ちょっと、手をとめて作業員にも子供さんたちを探させますよ。
で、男の子ですか女の子ですか、人数は何人なんです。どこらへんにいるのか、だいたいの目星でもつきませんかね」

「子供たち。たぶん、全員です。
CHARNELに住んでいる子供がみんないなくなってしまったの。
百人か二百人かそれ以上かも。自分で話せて、歩ける子供はどこにもいないの。なんで、こんな」
 
彼女の瞳は暗く、絶望の色に染まっていた。
こいつは、ウソや冗談じゃねえみたいだな。
俺は、現場中に響きそうな声で叫んだ。

「工事とめろ! 各部署のリーダー、作業員全員に連絡しろ。
子供捜すぞ。
場所は。
奥さん、どこを探しゃいいんですか」

「私たちはいま、CHARNELの中と周辺を探しています。
でも、ガーデン全体から子供が消えているのかもしれません。
おそろしい魔法使いが、私たちの未来を奪いにきたのかも」

「安心してくださいよ。
子供なんてのはね、大人の目から隠れるのが大好きで、でたり、消えたり、消えたり、でたり、するもんです。
ウチの組、ハーレック興行にお任せください。
魔法使いなんざあ、お話になりませんよ」

と、俺の携帯が鳴った。

「はい。ネヴィルです。
あ、代表。
なんスか。何度も電話してもつながんなかったって。そりゃあ、あれですよ。ガーデンは、マジェの中でもここだけ、特に電波が届きにくいらしいスよ。妙な石ばっか使ってるからでしょう。
はい。
はい。
はい。
ほう。あー、あー、それ、いま、俺もここの住民の方から聞いたんですけどね。
ほー、ここのギルドも工事中断して子供捜してくれって会社に依頼してきたわけですね。我が社がセキュリティとして正式に子供保護の仕事を受けた、と。わかりました。お引き受けしますよ。
はい。
目撃談? はい、はあはあ。
燕尾服にシルクハットの伊達男に、黄色のスーツの仮面の怪人、あー、ピエロみたいな感じでクスリ入りのキンディを配ってる、ほう、そいつあ、タチが悪いスね、あと、長い黒髪の優男と竜人もいると。
はい。
そいつらが子供をかどわかしてるらしいんですね。
同じ竜人として子供に手をだすのは、どうかと思いますね。万物の長たる竜が人に危害を、それも子供をさらっちゃいけねえ。
なんスか、そいつら人身売買とか臓器系マーケット系スか。
わかりました。見つけだしてブチのめします。
こっちの情報ですか。
そうですね、まだなんにもねえですけど、魔法使いがどうのこうのって住民が言ってます。
はい、またなんかわかったら」
 
おっと、切れちまった。
誘拐か、拉致監禁か。裏のありそうな話だぜ。

「すいません。
奥さん、このへんで立ち入り禁止区域みたいなのは、ないですか? 
いや、そんだけたくさんの子供さんが隠れるには、場所が必要でしょう。
やっぱ、見つからないってことは、人のこないところにいるんですよね。そういうとこがあったら、教えてくれませんか」
 
奥さんはしばらく考えた後、空を指さした。

「言い伝えです。
ガーデンの上空には、島が浮かんでいるといわれています。
雲に覆われていて、下からはけっしてみえない、黄金の林檎の木のある島。
時がきたら、選ばれたものたちがそこへむかうとも」

「ああん。島ねえ」

あんた、大丈夫か?

「そんなとこ、どうやっていくんスか」

「塔があります。
でも、塔は上る者を選ぶと言われていて、だいたいが、ずっと扉は閉ざされたまま、万が一、塔が招いていない者が上ろうとすると塔は崩れさると」

「土建屋ですから、壊れたらまた建てますよ。
そこへ案内してもらえますか。俺が上ってみます。
落ちても翼がありますから、平気です」

◇◇◇◇◇◇

霧島春美(きりしま・はるみ)

こんにちは。
イルミンのマジカルホームズ霧島春美です。
私たち百合園女学院推理研究会のメンバーは、FUNHOUSEの管理人のトパーズさんに依頼を受けて、ストーンガーデンへやってきました。
ガーデンに着いた私たちは、それぞれに別れて捜査を開始したわけだけれど、あの、みんなと連絡をとろうとしても、携帯がつながらないんです。

「これはきっと呪いだよ。
このガーデンには邪悪な呪いがかけられてるんだ。
ボクらの今回の敵は、犯罪者じゃなくて、きっと祟りなんだっ」
 
どこまで本気なんだか、私のパートナーの体長40センチのジャツカローブ、ディオネア・マスキプラ(でぃおねあ・ますきぷら)は、ユニコーンのピンギキュラのうえで、「祟りじゃあ〜。助けて、SRI」とのたまわっております。

「あんまりふざけてると、ピンギキュラから落ちるわよ。ディオ」

「ピンギキュラは、ボクを落とすなんてひどいことはしないよ。
ボクとピンギーは、角UMA同士、すごく仲良しなんだ」
 
あのーディオさん。落されるんじゃなくて、あなたが勝手に落ちるんですけど。
ピンギキュラは背中のディオに気を使ってか、ゆっくりと安定した足取りで進んでくれています。
マジェスティックがペット持込可だと聞いたので、私たち霧島ファミリーは今回の捜査に、ユニコーンのピンギキュラ、トナカイのロリデュラ、わたうさぎのゲンリセア、使い魔のネコのサラセニアを連れてきたの。
誰ですか、名前だけだと植物図鑑みたいだなんて言っているのは。
ロリデュラはガーデンの馬舎に預けて、ゲンリセアはピクシーが連れて行ったので、いま、私とディオと一緒にいるのは、ディオがのっているピンギキュラと、私の肩にいるサラセニア。

「ディオじゃないけれど、今度の事件は、ゴーストハウスものっぽい雰囲気がしたから、動物の感覚が頼りになるかもと思って、みんなを連れてきたのよ」

「そうだね、動物にはボクらにはない、視覚、聴覚、嗅覚や超感覚があったりするからね」

「ちょっとディオ。あなたも獣人なんだからそういう感覚を持ってるんじゃないの?」

「ボクは、おいしいご飯と、女の子らしいかわいい生活を送っているから、野生方面は最近はごぶさたなんだよね」

 腕組みをして首を傾げてらっしゃいますが、ディオさん、ナニヲイッテイルノカワカリマセンヨ。

「でさ、みんなのアニマルパワーの成果はなんかあったの」

そうですねー。さっきからずっとあなたとおしゃべりしながら、ガーデンを歩いてるんですけど、成果はあったんでしょうかね。お散歩楽しいわね。
って、違うでしょ。

「サラセニアが警戒してるのは、感じるわ。
ピクシーもこの事件には魔術的ななにかがあるって、一人で調査にいっているし。
でもね、私、こうしてガーデン内を歩いて、天眼鏡やメジャを使って建物をあれこれ調べていて気になったんだけど、ここって上からみるとどうなのかしら」

「クモや鳥の形になっててUFOが飛来するってこと?
そういえば、かわい家事件の時にもUFOがきたようなこなかったような。
モルダー。アブダクトされたら、どうしよう」

ヒマな時間にテレビばかりみているのか、最近のディオの博識ぶりには驚くことが多いです。
知識がずいぶん偏ってる気がするけど。

「いや、いくらなんでも、それはないでしょ。ま、わからないけど。
とにかく、四人の管理人。
東西南北の方角に表をむけてたてられた四つの建物。
これらに意味を求めるのなら、全体の構図を眺めるのが必要かな、と思って。
四つの建物の配置で図形や記号を作ってあっても、それは地上から見れない、つまり、地上にいる人はその意味に気づきにくいものでしょ。
ディオの言ったナスカの地上絵はもちろん、ストーンサークルやヘンジ、ミステリサークルなんかも、横から見上げてるだけでは、全景はわからない。だから」
 
私は、サラセニアを肩からおろして、ピンギキュラの背中にのせました。
それからディオを抱えて、

「セラニア。ピンギュラ。このへんで待っていて。
少し、上に行ってくるわ。ディオ、飛ぶわよ」

「お、落としたら、許さないよっ」
 
ディオは私にしがみつき、胸に顔をうずめます。
私は空飛ぶ魔法で、ストーンガーデンの上空、灰色の空へ。

◇◇◇◇◇◇

ベファーナ・ディ・カルボーネ(べふぁーな・でぃかるぼーね)

マジェスティックに縁もゆかりもあられるみなさん、雷霆リナリエッタ(らいてい・りなりえった)はご存知でしょうか。
イーストエンドを賑わし、交霊会会場を火事で全焼させたインチキ霊能者。ですって。
いえいえ、いつのお話ですか。
そんな昔話、誰もおぼえてらっしゃいませんよ。あなたも忘れてしまってください。
ダウンタウンの超高級女娼館「後宮」の女将。
それは正解ですね。
ただ、ここだけの話ですが、リナとオーナーのアンベール男爵の間は、いまやさめきってしまっているらしいですよ。
リナ本人から聞いたので、信憑性の高い情報です。

「男女関係の結末に心中を選ぶ殿方には、感覚的についていけないの。
旧世紀の遺物というか、アンビリーバボーよ。ありえないわ。
私、アンベール男爵とは最近、ごぶさたしてまあーす。
財産残して、天国でも地獄でも、一人でさっさといって欲しいわ」

などと言っておりました。
フフ。彼女らしくてよいのでは、ないでしょうか。
今日は、私、リナの助手としてストーンガーデンに新規顧客開拓のための営業にきたのですけれど━ひらたくいえば、ガーデンのヘラクレスたちに後宮の女たちの味を知ってもらって、お得意様になっていただこうという話です━問題が発生しましてね。
このベファーナ・ディ・カルボーネ、とても平静ではいられません。
石工ギルドのお偉方相手に、後宮の改築話を持ちかけるふりをしながら、媚を売りまくっているリナを残して、私は応接室をでました。
こんな、こんな、私好みのむさ苦しく、汗、男くさいマッチョな殿方ばかりのいる空間なんて、私は耐えられません。
うれしさのあまり、狂喜乱舞して頭がおかしくなってしまいそうだ。
はあーっ。

全裸の彼らに囲まれて、ここで、暮らしたい。

リナと話している人たちは、ギルドの事務方なのでしょうけど、それでも、野卑な男性ホルモンがみなぎっていて、ああ。あの似合わないスーツとワイシャツを引き裂いて、頭からかじりつてしまいたい。
血も肉も骨も僕の中へ、僕のものにしてしまいたい。
いけない、こんなことでは。
人間は私たち吸血鬼にとって家畜のようなものではありますが、それでも、家畜といえども、調理もせずに、本能のままに貪り喰っては、貴種たる私の、僕の品性が。
落ち着きましょう。
私は、冷静沈着なジェントルマンです。
我を失ったりはしない。
性欲と食欲で目の色を変えたりはしませんよ。
どこか人のいない場所で一服でもしましょうかね。
部屋数が多すぎて管理がずさんになっているのか、開放的な気風なのか、アパートメント内には、鍵のかかっていない空き部屋がすいぶんあって、私はそのうちの一室にお邪魔しました。
家具もなにもなく、ガランとした部屋です。
壁も床も石ですから、それがむきだしだと棺にいるようですね。
石室、地下室、我々にとっては心地よい空間です。
イケナイ。
まだ、体の火照りがおさまらない。一人でいると、いたずらをしてしまいそうだ。
どうしよう。
現場をリナに見られたら、鼻で笑われるか、軽蔑されてしまいそうです。
この冷たい石の部屋も、彼ら石工のたくましくも不恰好な、実用的な筋肉が躍動してつくりあげたのですね。
肉体労働中の額を、わきを濡らす汗。首にまいたり、腰からさげた汚れたタオル。

自慰を生みだしたのは、人か、他の動物か、ともかく、いまの僕は、彼らに感謝。



「あ」

スーツ、シャツ、ネクタイ、下着、ほとんど全裸に近い姿になっていた僕の姿をみて、ドアを開けた彼は、すぐにドアを閉めようとしました。
愚かな。
僕のあれもない姿をみて、お礼の言葉が「あ」だけとは、許せないな。
逃がすわけがないだろう。
僕は力を解放して、疾風と化して、まばたき程度の時間で、彼を廊下から室内へと連れ込んだ。

「吸血鬼か。やつらの仲間か。
許してくれ。俺は、誰にもなにも言わない。
あの女に、言われたままに動いただけなんだ。弱味を握られてて。
まさか、死体が消えちまうなんて。
魔術師同士が戦ってるのか。
あいつら本気で十二人を皆殺しにして、ガーデンをむちゃくちゃにするつもりか」

「そんな話、僕は、知らないねぇ。きみもそれどころじゃないんじゃない」

抗う隙を与えずに、爪先で服を切り裂いた。
肩、胸、背中の筋肉が本当にがっしりしている。
ふっふふふ。
丸ごとは、ずいぶん久しぶりだ。

「きみのすべてを、頂くよ」

頭から。



「あーらベファ、こんなところにいたの。一人でなにしてんのよ。
なに、この、獣みたいなにおい。カブト虫の飼育でもしてるの? 違うわよね。
床に血だまり、とか、かんべんしてよ。
あんた、ちょっと、どうしたの」

「すいません。リナ。商談はうまくいきましたか。
私は、お腹いっぱいいただいてしまいました。ごじぞうさまです」

ゲップ。
リナは、眉をひそめました。

「ほんと、不自然にお腹がでてるわ。
丸かじりは、あれだけダメだって言ってるのに、あんた」

じゅるじゅるじゅる。

「味も、歯ごたえも、悲鳴もおいしかった。内臓も新鮮でしたねえ。はあーっ」

妊婦のようにふくれた下腹を撫でながら、私は、先ほどの食事を思い返し、舌なめずりしてしまいました。
シャツのボタンがはじけ飛びそうですね、もちろん、もう、服は着ていますよ。

「すぐに消化しますから、安心してください」

「幸せそうな顔しちゃって。
私なんかプロレスみたいで大変だったのよ。
ある意味、絶叫マシンよ。あれじゃ運動部の特訓よ。全国大会でも目指してるのかしら。
ロマンも余韻もありゃしない。鍛えられたわ。ははっ。
ここの連中のお相手をしていたら、後宮の子たちが壊れちゃうかもね。
はじめは、後宮に覗き部屋を作る話なんかをしてたのよう。
その後、私がちょっと誘ってあげたら、もう、馬乗りどころかてんこ盛り。
クマに襲われたのかと思ったわ。集団でいっぺんにきたから、本気で、きゃーとか言っちゃった。
しかし、やっぱり、組合の組織力は偉大だわね。
偉いさんたちが、後宮の品質は了解したから、今度は団体で、ギルドのみんなを連れて遊びにきてくれるって。
リピーターさんの大量生産ね」

「よかったですねえ」

私も今日は、非常に幸福です。

「けどねえ。
いま、ガーデンで殺人やら行方不明やら事件が起きてるんですって。
で、その容疑者というか、事件の重要な情報を知っていると思われる石工が、このCathedralに逃げ込んだって、みんなで探してるんだけど、見つからなくて。
間違いなく、このフロアに追い込んだんですって。
彼の情報がないと、罪に問われてしまいそうな捜査メンバーがいるらしいわ。
満足顔のベファーナ・ディ・カルボーネさん、秘密を知る彼は、どこにいったのかしらねぇ」

「さあ、私は知りません。彼は、永久に見つからないんじゃないでしょうか」

私は、正直にこたえました。

◇◇◇◇◇◇

<ユリ・アンジートレイニー>

孤児院をでて自活するのは素晴らしいと思うのですが、就職先、というか身を寄せているのが、ギャング団なのは、どうなのでしょうか?

「職業に貴賎はないという言葉は、どんな場合でも有効だとは、リリは思うのだよ」

「そうでしょうか」

「この場合の職業とは、人間が生きるための術、全般をさしているのだ。
生きてゆくための方法としては、それが善行だろうと、悪行だろうと、生き延びる糧を手に入れられればOKなのだ。多くの人にとって、善も悪も、まずは、生きていかなければ意味がないのだよ。
ダウンタウンの孤児院をでたばかりの彼らには、方法を選ぶ贅沢などできなかったということだろう。
自分のした行為のツケは、どんな形にせよ、人はいつか必ず払わねばならぬ宿命なのだ。
彼らが悪行を重ねて生きているのならば、そのツケは軽くはないだろうな」

「あまりひどいめにあう前に、助けてあげられないのでしょうか?」

「自分の運命は結局、自分で切り開くものなのだ。
それこそ、最後まで責任を持ってやれぬのに、他人の人生に、一時の同情から、望まれてもいないのに、余計な口をはさむのは、お節介だとリリは思うのだ」

リリさんの意見は、冷たすぎるのではないかとワタシは思います。
ワタシとしては、彼らの就職先の責任者さんにお会いして、もし、その方があまりにもひどすぎるのなら、彼らを説得して孤児院に連れ戻すつもりです。リリさんには、まだお話していませんが。

「リリ・スノーウォーカーさんとユリ・アンジートレイニーさんですね。
スコット商会のものです。
商会のオフィスまでは、お、お、俺、大鹿のマロイがご案内します。馬車にお乗りいただけますか」

「はじめましてなのだ。マロイ。
手が震えているぞ。どうかしたのか」

リリさんが言うように、大男のマロイさんは、冬なのに顔全体に汗をかき、手が震えています。

「お風邪ですか。雇い主さんが厳しくて、体調が悪くても休ませてくれないとか。
こんなお迎えなんて、どなたでもできる仕事なのですから、代わりの人をよこして、マロイさんを休ませてあげればよいのに。
ひどいめにあっているのですね」

「そりゃあ、違いますよ。
菫姉さんのお知り合いがいらっしゃるっていうんで、俺が自分からこの仕事を志願したんです。
ふ、震えて、汗がでてるのは、お客さんがたがそのう、び、び、美人でかわいらしくていいにおいがするからでさあ。俺は大バカだが腕っぷしだけは自身があります。
マジェのダウンタウンはなにかと物騒だ。スコット商会の敵もいる。俺が体を張ってお二人を菫姉さんのとこにお届けするんで、安心してくだせい」

汗をふくためのハンカチを貸してあげると、マロイさんは真っ赤になってしまいました。

「風邪薬でも飲まれたほうがよくはないですか」

「マロイには、あまり話しかけてやらない方が、彼のためであろう。
ユリは色眼鏡でものを見すぎているのだよ」

「リリさん。ユリさん。また、きてくださいね」

孤児院のドアをでようとするワタシたちに、ヴェルマちゃんが抱きついてきました。
二月ほど前に彼女がお父さんを探して欲しいと、SW(スノーウォーカー)探偵事務所を訪ねてきたのが、ヴェルマちゃんとワタシたちとの出会いでした。
お父さんは見つからなかったようですか、リリさんがどこからか資金を調達し、マジェスティックの役所にかけあって、ヴェルマちゃんのような身寄りのない子たちが暮らす施設を作らせたのが、つい一ヶ月前、そして今日、私たちが会いにくると彼女は、以前よりもずっと明るく、表情豊かな少女になっていました。

「困ったことがあったら、いつでも連絡するのだ」

「遠慮はいらないんですよ。ワタシたちのことは、家族や親戚だと思ってくださいね」

「せっかく会いにきてくれたのに、また、面倒なお願いをしてごめんなさい」

「友達が心配なのは、普通のことですよ」

「就職して、単に忙しいので、連絡がとれなくなっているだけだとは思うがな。
人探しや素行調査は探偵業の基本なのだよ。
ジュディとパンチにあって、ヴェルマが心配してくると伝えるのだ。では、またな」

ワタシたちは、ヴェルマちゃんと別れて、マロイさんと一緒に二頭立ての馬車に乗ったのでした。

「リリさんは、スコット商会のトップの茅野菫(ちの・すみれ)さんといつお知り合いになったのですか」

「何度か同じ事件を捜査したことがあるのだ。
茅野菫は、我が道を行く少女なのだよ。ストリートチルドレンたちを集めて、マフィアを組織しているのは、菫らしいと思うのだ」

「こういう場所に住んでいるのも、らしいのですか」

馬車は、娼館「牝牛の乳房」の前でとまりました。

「らしすぎるのだ」

娼館に住む、マフィアの首領。どんな女の子なんでしょう。
マロイさんの案内で「牝牛の乳房」に入りました。
開放的とでもいうのか、どの部屋も廊下まで声がもれてきていて、にぎやかですね。

「急にあんたから連絡をもらって驚いたわ。
オカルト探偵さん。ウチの子になんか用があるの?」

茅野菫さんは、眼鏡をかけた小柄な少女でした。
宴会場? とでも呼べばいいのでしょうか。廊下の突き当たりの広い部屋に菫さんはいました。
数人の少年、少女たちと一緒に。
室内は、オフィスのようになっていて、みなさんパソコンで事務仕事をしておられます。
ドアの前には、警備係らしい男の子が二人立っています。

「私は、菅原道真(すがわらの・みちざね)
スコット商会の番頭だと思ってくれ。
菫のパートナーだ。よろしく。
ジュディとパンチの行方は、いま、商会のメンバーが全力をあげて探している。少し待ってくれ」

自己紹介をしてくださった、皮ジャンにジーンズ、オールバックで、吸いかけのタバコを手にした菅原さんは、細身で厳しそうな女性の方でした。
ところで、行方を探している、とは。

「リリたちは孤児院で、ジュディとパンチの友達から、彼らの就職先での様子をみてきてくれと頼まれて、このスコット商会を訪れただけなのだよ。
菫がここのトップだったのは、たまたまなのだ。
彼らが孤児院に残していった連絡先に電話したら、マロイが迎えにきてくれたのだが、いやに丁寧なこの応対には、なにか事情があるのだな」

「ええ。
道真が言った通り、二人はいま行方不明よ。
だから、友達にも私たちにも連絡できないわけ。
なんだ。あんたたち、二人の行方についてなんかつかんでて、私に接触してきたんじゃないの。
わざわざ本部に招待して損したわね」

なんて言い草でしょう。やはり、なりは子供でもマフィアなのですね。

「情報ならないでもないが、リリとしては先に二人が消えた時の状況をくわしく教えて欲しいのだよ」

リリさん、そんな情報をいつの間に。

「あんたの情報がガセでも別にいいわ。
正直、手づまり気味だから、だまされてあげる。
道真。リリに行方不明事件のついて教えてあげて」

「二人とも、これをみてくれ」

道真さんは、壁にはったマジェスティックの大型地図を棒でさしながら説明をはじめました。



「ようするに、その赤いペケ印の場所で子供が姿を消しているのだな。
切り裂き魔事件といい、ファンションの域にとどまらない魔術趣味、奔放すぎる性風俗産業、マジェスティックはつくづく子育てにはむかない街だとリリは思うのだよ。
それはさておき、問題は、ペケ印の集中しているストーン・ガーデンだ。
それもここ数日で件数が、飛躍的に増えているのだ。
あそこでは、いったいなにが起きているのだ」

「ハナからあそこはそういう事件の多い場所だったんで、それを探らせようと思ってウチからも何人か、ガーデンに潜らせてたんだ。ところが、そいつらもほとんど消えてしまった」

「ガーデンで、ジュディとパンチも消えたのだな」

道真さんが頷きました。
おそろしい場所なのですね。ストーン・ガーデン。
幽霊マンションとかいう心霊スポットをたまにテレビや雑誌でみかけますが、その類の建物なのでしょうか。

「リリの情報も、そのガーデンの話なのだ。
二人の友達によれば、ジュディとパンチには孤児院に入る前から、よくしてもらっていた人物がいたそうだ。
ストリートチルドレンだった二人がかわいがられていたのは、ストーンガーデンに住む占い師らしいのだ。
二人の行方を知る手がかりをつかむために、これからリリはガーデンに行って占い師に会うのだ。
占い師の老人の名は、クリソベリル。
シェリル・マジェスティックほどではないにしろ、ガーデンではかなり有名な、よくあたる占い師らしいのだ」

「そうですね。それしかないと思います。このままにしては、おけません」

「へえ。ちゃんとネタがあったのね。情報ありがと。
私もガーデンに行くつもりなの。ウチの子たちが集めてきた話の中で、気になる話があって、自分の目で真偽をたしかめたいのよ」

「その先はわからぬが、ガーデンまでは、リリたちと一緒に行くのはどうだ。
菫の気になる話というのも、どうせ、危険を伴うのだろう、リリたちが側にいれば、少しは助けになってやれると思うのだよ」

「親切なのね。代金をお支払いしなくていいのかしら」

「菫になにかあれば、スコット商会に身を寄せている少年、少女たちがまた路頭に迷うのだよ。
リリは、二軒目の孤児院を設立する資金をまだ用意していないのだ」

二軒目の孤児院どころか、探偵事務所の家賃も滞りがちではないですか。

「菫さん。ワタシもお聞きしたいことがあったんです。
スコット商会さんは、ギャング、マフィアさんなのでしょう。悪いことをたくさんしているはずです。
それでいいのですか。
スコットランドヤードに捕まったり、人様に御迷惑をおかけしているのではありませんか。
それに、本拠地にしているここは、その、にぎやかですけれども、子供たちが出入りするには、少々、刺激が強すぎます。
もっと、教会とか、子供の入りやすい場所に拠点を移したら、どうなのです」

「ここでその質問は、ユリ、空気読め、なのだよ」

リリさんににらまれました。
道真さんはワタシから視線をそらしてしまわれました。

「スコット商会は、たしかに悪いこともしてるわ。
でも、ウチがいやになってでていく人間を縛ったり、とめはしない。
一度、でていっても、また戻ってきたくなれば、基本的には受け入れてあげる。
警察や世間に迷惑って言っても、あんたも私も警察や世間のために生きてるわけじゃないわよね、自分らしく生きてれば人と利害が一致しない時もあるわ、私は特に誰とも敵対する気はないけど、そういうこと。
相手が権力を持っていたり、大多数だと偉そうにみえるけど、常にそっちが正しいわけじゃないし、ぶっかっても気にしないわ。
ここがアジトなのは、別にいいんじゃない。
あんた、体を張って生きてるお姉さんたち蔑視するわけ? 良識ぶったおじさんみたいな寝言わないでよね。
それに、マジェの教会なんて、こことはくらべものにならないくらい、青少年の教育上、悪いやつらが住み着いてるんだけど、知らないの」

平然と菫さんは、すべての質問にこたえてくださいました。

「ユリに説明してくれて、ありがとうなのだ」

「あんまりこないけど、子供の保護者に状況を説明するのも、私の仕事だから、別にいいわ。
じゃ、石庭にいきましょ。着替えるから、ちょっと待っててね」

なぜだか、菫さんは、まるで、どこかへ遊びにでかけるように楽しそうです。

「ユリは、菫の返事で納得できたか。
リリは、菫は正直に話してくれていると思うのだよ」

「ええ。ワタシもそれはそう思いますけど、あと、気になるのは、マフィアとか名乗るのをやめて、ダウンタウンのボーイスカウトとか世間がいいイメージを持つような名前の団体にしたら、いいのではないでしょうか。
ちゃんとした考えをもって運営しておられるようですし、その方がイメージ的にも」

「ハハハハ。私らにボーイスカウトって名乗れって。
それこそ、偽装じゃないか。あんた、おもしろいことを思いつくね」

道真さんに笑われてしまいました。どうしてなのでしょう。
いけませんか、ボーイスカウト。

◇◇◇◇◇◇

ルートヴィヒ・ルルー(るーとう゛ぃひ・るるー)

昨夜、見てはならないものを見てしまいました。
それはさておき、事件? 事故? どちらでもよいなにか、のせいで年末年始の今後のイベントの予定はキャンセルになるかもしれませんし、ガーデン内も騒がしくなるでしょうから、そろそろおいとましましょうかね。
わたくしとしては、ここに愛着もなにもないのです。人がいて、石がある、それだけの場所ですね。ここは。

「ルーイ。あなたが昨日、見たものをヤードやここの管理人たちに教えてあげた方がいいわ。
面倒だけれど、管理人に会いにいきましょう」

「必要ない気もしますが、そうしますか。あんなもの、見なければよかったです。まったく」

「めずらしいものが見れてよかったわね。ふふ」

「我の主、フラガさん。わたくしの言葉を信じておられませんね。
貴女は、いま、鼻先で笑われました。それは愛の下僕であるわたくしにとっては、誉れ高き栄誉なのですが、しかし、崇拝する女神に信じてもらえないという不幸、これもまた甘美なる果実の味はするのですが、されども」

「うるさい」

愛しき人、鳳フラガ(おおとり・ふらが)さんが私の尻を蹴り上げてくださいました。たまりませんねえ。喜びです。

「言語学の勉強にいそしむ私みたいな普通の女学生のパートナーが、なんで、ルーイのようなドXXXXのメガネ紳士なんだろ。たまに、ふとそれを疑問に感じてしまう自分が悲しいわ」

「その悲しみもわたくしにぶつけてくださって結構ですよ。マイレディ」

「はいはい。早く情報提供にいきましょう。あなたのみたものは、とんでもないとは思うけど、私、個人的にはあなたを信用してるらしいわ。
だって、証拠もないこのバカげた話をやっぱり心のどこかで信じてるんだから」

「麗しき女主人、貴女に蔑まれるために、なんどでも、バカげた目にあいたくなってきましたよ」

「目撃した場所は、アパートメントの四つの棟のどれでもなくて、中央の空き地なのよね。
どの棟に話しにいけばいいのかな」

くだらないのですが、ここの建物には、それぞれに大ゲサな名前がついております。
余談ですが、わたくしは、君主であるフラガさん以外の人の名前を覚えません。
世の全ての人間には、名前は必要ないと思っています。
わたくしと薔薇の蕾であらせられるフラガさんにだけあればいいのです。
きみ、おまえ、あなた、てめえ、コラ、と、聖なるフラガさん以外の人を呼ぶ言葉は、たくさんありすぎて、どれを使えばいいのか困るくらいですよ。

「最近、なにかと話題になるし、文化、風俗ともに、近世のロンドンを再現しているって聞いて、言語学的にもおもしろい事象がみられるかもと思って、マジェにきたんだけど、ここは、予想していた以上に、深いわね」

「あなたの瞳の深さには、とてもかないませんよ。溺れてしまいそうです」

「ストーンガーデンの四つの棟は、いわゆるイギリスを構成している四つの国をあらわしている気がするの。
そこに住む人々の言語的にもね」

「それが貴女を喜ばせるのなら、よかったです」

「でもね、住民たちの話を収集してみると、言語だけでなく、伝説までイギリスのものがほぼそのまま、まかり通っているのは、人工的な、誰かの作為を感じずには、いられないわ。ここの創始者たちの意志なのかしら」



鈴の音を思わせるわたくしのヴィーナスのさえずりを聞きながら、宿泊しているFUNHOUSEとやらの事務室へむかいました。
階段をのぼると天井に突き当たって行き止まりになっていたり、ドアかと思うとノブだけ本物で、あとは壁に描かれた絵だったり、トイレに入ると中は調理場だったり、部屋自体が上下逆になっている大浴場があったりして、不愉快な仕掛けのたくさんある建物です。
常識人のわたくしとしては、設計、建築、住民、家主の正気を疑わざるおえませんね。

わたくしの話に、半信半疑の男のために、わたくしは絵を描くはめになりました。
道具は、スケッチブックと鉛筆です。

「ですので、頭はまるく小さくてですね、耳がちょんちょん、赤い目をして、牙がありました。
頭だけでなく、ずんぐりむっくりした体全体に灰色っぽい毛がはえています。
羽というか、翼には、毛はありませんよ。足は図体のわりに小さくて、のたのた歩くのです」

「これが、コウモリ男か」

「男かどうかわたくしは、知りません。
コウモリ人間、超特大コウモリ、言い方はいろいろあるでしょうねえ」

「動きは遅そうだな」

「遅いですよ。でかいですからね。
背はニメートルくらいはあります。ただ、これが飛ぶのです。
わたくしが窓から見かけた時にも、深夜に一匹で中央の広場をうろうろと歩きまわって、やがて夜空へと飛び去っていってしまいました。
飛ぶと早いのです」

わたくしは机を挟んで、警備主任とむかいあっています。
ムダな時間です。
早く終わらせてしまいたい。
ウソは言っていませんよ。苦痛な時間がのびるだけですし、ここまできた意味がなくなりますので。

「情報提供、感謝します。むーん。不思議なお話ですな。これは」

「ですよね。
では、あとはよきなにです。なにか進展があっても、連絡してくださらなくて結構です。
失礼しますよ。
愛と情熱の大天使様。さあ、帰りましょうか」

フラガさんをお待たせしてしまったことを心から申しわけなく思いながら、わたくしは席を立ちました。

「あの、お待ちください」

わたくしは待つ気などなく、足を進めます。役割は終えました。

「ルーイ。待ってあげて」

「はい。サー・フラガさん。
いくらでも待ちますとも」

足をとめ、百八十度方向転換です。

「わたくしに、なにか御用でしょうか」

あなたのためでなく、聖母であるフラガさんの要望で、きいてあげているのですよ。

「ルーイさんのお話ですが」

「よろしいですか。
あなたにわたくしをルーイと呼ぶ許可をだしたおぼえはありません。
いまのは、特別に空耳として処理しますから、もし、どうしても、わたくしの名前を呼びたいのなら、フルネームで、様かさんをつけてお呼びください。
気がむいたら、反応してあげますよ」

「ルーイの言葉は流して、お話を続けてください。
ルーイの目撃したものに、なにか心当たりがあるんですか」

我が愛の師の寛大なフォローを受け、彼は話を再開しました。

「秘密事項なのですが、ガーデンの全棟にあやしげな手紙が届きまして。
そちらの方のお話されたコウモリ男が、手紙と関係があるのかもと思ったのです」

「どんな手紙なんです」

フラガさんは、興味があられるようです。わたくしがここまできた甲斐がありました。

「まだ公表していない事柄なので、他言無用で願いますよ。
差出人の名前は、怪人二十面相。
手紙には、予告状の名目で、怪盗紳士が狙っている獲物を先にいただくと書いてありました」

どこのキXXXでしょうね。そいつは。異常者の自己顕示欲の発露ではないですか。

「二十面相とコウモリ人間ですか。
たしかに、彼は過去にそれに変装したことがあるはずです。
あれは、「妖怪博士」事件だったかな」

読書家で博識なフラガさんは、古今東西の様々な書物に目を通しておいでです。

「そうですか。それは、大変だ。
やつは、すでにガーデンを徘徊しとるとなりますね。
上に連絡します。
もうしばらくお時間をいただけますか」

「はい。私たちに協力できることがあれば。
マジェには、ルパンやホームズがきてるなんて噂を聞いていたけど、二十面相までいるなんてスゴイわ。
二十面相とルパン、別人なのか、同一人物なのか、気になるわね。
ルーイ、おもしろくなりそう」

「わたくしも楽しいですよ」

なにはともあれ、パラミタの至宝であるフラガさんが心をはずませてらっしゃるので、わたくしもうれし、楽しいです。

◇◇◇◇◇◇

ウォーデン・オーディルーロキ(うぉーでん・おーでぃるーろき)

常識的に、アパートなんかに入居する時の条件として、不審者が頻繁に出没するような物件はパスだよね。
といっても、マジェの場合、不審者の判断基準が難しくって。
地元住民はブリコス(ブリティッシュコスプレの略だよ。ウチの代表のブリジット・パウエルのコスプレではありません。念のため)で英国民になりきってるし、占い師や魔術師もウヨウヨいるし、だいたい他人をとやかく言う、前に、ボクもパラケルススも不審者でしょ。もちろん、ツカサも。
ボク、同時性二重人格者のウォーデン・オーディルーロキのロキの方と、事なかれ主義者のクセに巻き込まれすぎの月詠司(つくよみ・つかさ)は、いつの間にやら、マジェスティックに住み着いてしまった、女性の診察にしか本気をださないナイスミドルの医師、パラケルスス・ボムバストゥスの下宿先探しのために、またマジェにやってきたんだ。
パラケルススは、いまは娼館を転々として暮らしてるんだけど、どこかに住処を決めて、マジェの女性たちためにがんばりたいんだって。
下宿探しぐらいツカサ一人で十分、って言いたいけど、ちょうど推理研への調査の依頼もあったんで、ボクもついてきてあげた。
ボクは猟奇犯罪趣味の女子の集まり、いや、もとい、事件捜査関係の名門、百合園女学院推理研究会のメンバーなんだ。

「ロキくん。ストーン・ガーデンの救世主さんに会いに行くのは、下宿探しとも、殺人事件の調査とも関係ないのではないですかね」

「街で話題の人物に会いに行くのは、住民の義務だよ。
そうしないと名物も盛り上がらないし、街おこしもできないでしょ。
観光地なんだから、常にテンション高めで盛り上げておかないとね。
さあ、パラケルススが住む前に街の雰囲気をつかむぞーっと。
それに、探偵的観点からしても、救世主様は、怪しいでしょ。
事件の裏で糸を引いてるのは、こういういかがわしげな人物の場合が多いんだよ。
マンガやげーむだとね」

「まあ、街で噂を収集したところによると、いま、マジェスティックで話題の場所はこのストーン・ガーデンですし、ガーデン内では、殺人鬼のニトロ・グルジエフ。怪盗紳士。笑えないコメディアンと美少年による誘拐事件。怪人二十面相。それに、救世主様等が人々の話題にのぼっています。
物騒ですねえ。
ガーデンには、各棟の代表的な人物だけでも、
ガーネット。(一月)
アメシスト。(二月)
アクアマリン。(三月)
ダイヤモンド。(四月)
エメラルド。(五月)
パール。(六月)
ルビー。(七月)
ペリドット。(八月)
サファイヤ。(九月)
オパール。(十月)
トパーズ。(十一月)
ターコイズ。(十二月)
石の名を持つ十二人がいます。
これらは、十二ヶ月の誕生石と同じですし、なにか意味があるのでしょうか。」

「それを考えるのは他の人に任せて、ボクらの担当は、推理研のメンバーが一番、誰も会いにいかなそうな救世主様に決まりでしょ」

「動機が不純な気がしますが」

ツカサがぶつくさ小言を言いながら、結局、ボクのペースで一緒に動くのは、いつものことだから気にしない。

「救世主様のありがたいお言葉がきけるセミナー会場は、こちらですか」

街でもらったチラシを手に、ボクは、CATHEDRALの一室を訪ねたんだ。

◇◇◇◇◇◇

ジェンド・レイノート(じぇんど・れいのーと)

「ようこそ、いらっしゃいました。救世主シメオンさんの集いにようこそ。
前の方に、まだ空きがありますから、どーぞ、どーぞ」

集会の途中なんだけど、また新しいカモ、じゃなくってお客さんが入ってきたんで、ボクは笑顔で応対します。
そんなに広くない部屋に、もう二百人以上、集まってて、みなさん、シメオンさん、大好きだよね。
ご新規さんは、ぼさぼさ頭のぱっとしないお兄さんと、銀髪の美少女さんです。
ここだけのお話ですが、カップルってだけで、ムカツキますよ。
あははw ボク以外、みんな不幸になぁ〜れ♪

「ねえ、案内係のきみ。背中に翼があるけど、きみは守護天使なの。
ここの救世主様は、守護天使のパートナーがいる契約者なのかな」

美少女さん、なかなか鋭い質問ですね。
ボクは、翼のあるヴァルキリーの男の子なんです。変種なんで、よく守護天使と間違われるんです。
人のコンプレックスを刺激する言葉に、ボクはさらに腹が立ってきましたよ。

「いいえ。救世主シメオン・カタストロフ(しめおん・かたすとろふ)さんは、ゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)さんのパートナーです」

シメオンさんが悪魔だってのは、とりあえず内緒です。

「ゲドー・ジャドウ。どっかで、聞きましたね」

「うん。ボクも知ってる名前だ。たしか、彼って、アンベール男爵の手下だった気がするな」

ほんとに情報通で、うるせーカップルですね。

「ボクはジェンドって言います。そこにいるのがゲドーさん、そして、あれがシメオンさんです。
もともとは、ボク達、アンベール男爵さんに頼まれて、ガーデンに流れてるウワサの真相を確かめにきたんですよ♪ そうしたら、シメオンさんが救世主として覚醒しちゃったんで、ボクらは布教を手伝ってるんです」

「なるほどね。ボクは、ロキ。こっちは月詠司。
百合園女学院推理研究会だよ。よろしく」

お嬢様学校の探偵クラブがなにがよろしくだか、わからないですね。

「だぁ〜ひゃっはっは!! ジェンドちゃんと話し込んでる新入りさんたちは、なにか悩みがあるのかな。
シメオンの説教を聞くもよし、俺様が話を聞いてやってもいいぞ。
心の広い俺様は、人の苦しみに耳を貸すのが大好きだからな」

人の不幸が大好きなゲドーさんがやってきました。
黄緑のロング毛で、紫のマントをひるがえし、今日も人目を引くド派手な格好です。

「ゲドーさん、この人たち探偵さんですよ。追い返した方かもいいかもしれません。
ボクたちを探りにきたんですよ」

「いやいやそれは誤解です。私のパートナーの一人がマジェに住みたいと言いだしましてね。
私とロキくんは、下宿先を探しているんですよ」

ぼさぼさ男がもっともらしいことを言ってます。
ここに住みたいっていう人の気持ちは、わからなくもないですよ。
ストーンガーデン、外からみてもそうですけど、中はもっと面白くなってますからね♪ いろんな意味で。

「俺様は優しすぎるからさ、この間も、アンベールちゃんにまんまと利用されちゃってさあ。
人をうらむなんてできない人格者の俺様だけど、一言ぐらいは文句を言ってやろうかと思って、アンベールちゃんに会いにきたわけ。
そうしたら、今度は、ガーデンの様子をみてきてくれって頼まれちゃって、断ろうかと思ったけど、アンベールちゃんが前回の話を平謝りして、お詫びまで渡してくるし。
基本的に、お礼なんかはもらわなくても、人に頼まれたらイヤとは言えない俺様としては、今回のお願いも、ついついきいてあげちゃったんだよね」

ゲドーさんの話はいつもウソばっかりだから、ボクもリラックスしてきいてられます。
だって、真剣にきく必要がないんだもん。
実際は、アンベール男爵には小切手を渡されて適当にごまかされて、気づいたら三人でここまできてた感じなんだよね。
お金もさ、今回の調査依頼料とか言ってたし、全然、お詫びではですよ。

「これからガーデンに住もうという人に先輩として忠告してあげると、ここに危険はないね。
救世主サマに教えを求めにくるような素朴で素直な人ないっぱいいるとこだよ、ストーンガーデンは。
連続殺人なんてきっと起こらないよ。
その可能性は、俺様たちが布教をはじめた時点でついえたんじゃないか。
あんなの、どうせ、ギルドの奴らが観光客の気をひきたくて流したウワサだろ。
そんなウワサを気にするなんてアンベールちゃんも気にしいだよな」

ロキさんも司さんも、疑惑のまなざしでゲドーさんを眺めてます。
しっかりしてますね。

「増改築が進みすぎて住人にも正確な構造は不明。
意味のない通路や入れない部屋、全棟ほとんど迷宮状態。
宝を隠すために作られているだの。建物自体が宝を守るゴーレムだの。聞こえるウワサはろくでもないものばかり。
そう、住人もこの建物も私の救世が必要なのです」

静かな室内には、シメオンさんの熱い言葉だけが響いてます。
顔には、黒い紋章のペイント、タンクトップの細マッチョ。
実は、ボクら三人の中では、シメオンさんが一番、正直者な気がするんですよ。
シメオンさんは、本当にいつだって自分を救世主だと信じているし、自分のやり方で世界を救えると思ってるんですから。
それが、全部、間違っているんだけど。

「私は救世主、ウワサからあなたを救うものです。私が世界を救世しましょう。私の意志で! 私の思い通りに!!」

拳を振り上げ、熱弁です。

「救世主様。独裁国の政治家みたいだね」

ロキさんがつぶやきました。
幸せな気分になれるなら、救世主だろうと政治家だろうと、お客さんは、どちらでもいいんですよ。

「救世主様。どうか、自分の話を聞いてください。自分は、どうしても救世主様にみていただきたいものがあるのです」

行儀よく、肩を寄せ合って座っていたお客さんの一人が手をあげ、立ち上がりました。
たまにこういう人いますね。
ガーデンの住人らしくない、高そうなスーツにネクタイの、シャレれた身なりの若い男の人です。
俳優でも通用しそうな甘いマスクですね。

「どうぞ。お話ください」

シメオンさんは、話を促しました。このへんのお客さんの扱いはさすがです。
男の人は、壇上に立つシメオンさんに歩み寄りました。
彼は脇に抱えていた小箱をシメオンさんに差しだします。

「これは、なんですか」

「ストーンガーデンに伝わる秘宝の一つです。
自分は、これを運命のいたずらで手に入れてしまいました。明らかに手に余るものです。
これを救世主様のお力で、救世のために役立てて欲しいのです」

「開けてもよいですか」

シメオンさんは古めかしい木の小箱を開け、中から、一つの杯を取りだしました。

「これは」

やにわに室内がざわめきだします。

あれは。まさか。もしや、あれが。伝説の。救世主様のもとにあれがくるとは。やはり、シメオン様は、本当の。

人々のささやきが、ボクの耳にも届きました。

「聖杯です。
遥か昔の伝説から、騎士は、仕える君主に聖杯を捧げるもの。
自分のもとにきたこの杯は、シメオン様に捧げるのが正しいと思いまして」

「金の持ち手のついた、白銀(プラチナ)の杯。
これが、神の子の血を受け、聖杯城に安置されているという奇蹟の杯ですか」

シメオンさん。あんなのもらってどうするのかな。

「それを使って飲まれれば、ただの水も万病にきく良薬になり、不老や不死さえももたらすという。
どうぞ、お飲みください」

スーツの人は、教壇に置かれたシメオンさんのペットボトルから、杯に水を注ぎました。
座のすべての人の目は、シメオンの手にした杯に集まっています。
ボクは、知らなかったですけど、ガーデンには根強い聖杯伝説があるようですね。
シメオンさん、飲むのかな。
さすがの救世主様もためらってます。
まともに考えると、水なんだし、飲んでも変化ないですよね。
ボクならさっさと飲み干して、元気になったとか、なんとか適当なこと言うと思います。
残念なことに、シメオンさんは、そのへんのアドリブは苦手なんですよね。

「どうしました。お飲みください。それとも、自分の話が信用できませんか」

「そうではないが、突然のこの試練の意味を私は考えているのです。
私はあくまで救世主なのです。
己の心こそが神なのです。
運命を決められるのも己のみです。
この杯の力を借りるのは、はたして正しいのでしょうか」

「わかりました。誠に僭越ながら、まず、自分が範を示させていただきます」

男の人はシメオンさんから杯を取ると、一気に飲み干しました。
彼は、言動ともに狂信的な信者さんですね。

「ふう。ふふふ。ほら、なんともありません。
これから、きっと無限の力がわきあがってくることでしょう」

「あなたが無事で、喜んでくれているのなら、私に不満はありません。
その杯は、このまま、あなたが持っていた方がよいのではないですか」

自分が一番のシメオンさんは、結局、聖杯には興味がないようです。

「なんと謙虚な。救世主様。あなたは本当に素晴らしいお方です。
おお。あああ。力が満ちてきました」

喜びの表情を浮かべた男は、また杯に水を注ぐと、今度はそれを他のお客さんたちの振りかけました。
お客さんたちから悲鳴と歓声があがります。
彼は、何度も何度も、シメオンさんのペットボトルが空になるまでそれを繰り返しました。

「あれを浴びれば、不老不死になれるんなら俺様も浴びたいな。
せっかくの貢物なのに、シメオンは、どうして飲もうとしないんだ」

ボクの隣で、ゲドーさんが首をひねりました。
水はボクのところまでは届きません。
ボク的には、お水はともかく、聖杯をオークションにだせば、一財産つくれる気がします。

「聖杯伝説関係は、瞬殺がつきものだから、ヘタに手をださない方がいいよ。救世主様の対処は正解だね」

「そうですね。私の知っている二、三の伝説でも、聖杯はかなり人を選ぶアイテムですからね。
ここにいる人たちに、災いが降りかからないといいですが」

ロキと司は、ヤバそうなこと口にしてます。
ボク以外が不幸になるのは大歓迎ですが、巻き込まれるのは、御免だな。

「参考になりました。
ガーデンの殺人事件は、アゾートがらみな気がしてましたが、違うんでしょうかね。
とりあえず、私たちは失礼します」

「うん。
聖杯以外にも、あのテの神話系レア・アイテムが出回ってるとしたら、ガーデンはかなり危ない場所だね」

そして、推理研の二人が去っていった後、惨劇は起きたのです。

◇◇◇◇◇◇

<茅野菫>

ストーンガーデンに着いたあたしは、リリたちと別れて、ガーデンにいるスコット商会のメンバー、ルールタビーユと会ったの。
ルールタビーユは、一言で表せば、好奇心旺盛な少年探偵ね。
年齢は、17、8才かしら。
生粋のマジェの子だけど地球のミステリ小説が大好きで、某有名ミステリに登場する新聞記者ルールタビーユを名乗ってるってわけ。
彼の本名は、あたしも、誰も知らないわ。
待ち合わせ場所は、IDEALPALCEにあるタイムズのストーガーデン分室。
タイムズは、タイムズ・オブ・マジェスティックって名前の新聞よ。地球世界最古の日刊新聞、ロンドン・タイムズに習って、マジェで発行されている日刊紙なの。
ルールタビーユは、そこの特派員としてガーデンに駐在してる。ガーデン分室のスタッフは、彼一人だけ。
ルールタビーユはイーストエンドの貧民街の出身で、商会の子たちの憧れのお兄さんよ。
金髪、色白で知的な雰囲気のルールタビーユは、会うとすぐに素敵なプレゼントをしてくれた。

「ここだけの話なんだけど、僕はルパンから招待状をもらったんだ。どうしよう」

あたしを見つめるダークブラウンの瞳はまるで迷ってなくて、どうするかなんか、あたしにきかなくても、とっくに決めてるのがわかった。

「元支配人のラウールらしき人物を目撃したって話は、あんた以外からも入ってきててね。
どうやら、本当のようね。
あたしは、あんたがルパンに会いに行くのをとめる気はない。あたしもあんたと一緒に行くわ。
その招待状とやらをみせなさい」

コマンタレヴ。ルールタビーユ。
黄色い部屋にこもるのは、さすがに飽きたようだね。
我が仇敵イジドール・ボートルレの魂の名を騙るきみに、試練を与えよう。
果たしてきみは、エイギュイユ・クルーズの件の彼のように知恵と勇気を示すことができるかな。
私に、わざわざ試練を与えられなくても、いくらでも力を示すことはできるって?
Demain on rase gratis(当理髪店は明日は、髭剃り無料です) *アテにならない約束を示すフランスのことわざ。
私はきみを本日中に迎えに行く。
これからも、きみがルールタビーユを名乗るつもりならば、マジェスティックのL‘aiguille Creuse(奇岩城)であるストーンガーデンで活躍してみせてくれたまえ。

J‘existe pour un detective(きみたち(探偵)のためにここにいる) アルセーヌ・ルパン




これは、本物ね。
あたしには、わかったわ。こんなふざけた文章を書いて図にのるガキっぽい犯罪者は、パラミタには、たぶん二人しかいない。

「彼がここへくるってわけね」

「うん。僕は、逃げも隠れもしない。
それは、今朝、僕の机の上に置かれていた。僕の留守中の、鍵のかかったこの部屋にやつは忍び込んで、手紙を置いっていったんだ」

「あんたこの話をヤードやギルドにしたの」

「ううん。僕の問題。僕への挑戦だ。僕が解決するよ。
ラウール支配人はきらいじゃなかった。面識はないけど、イーストエンドの子たちにも優しくしてくれたし、彼がメロン・ブラックの魔の手からマジェを救ってくれたと僕は、思ってるんだ。
だけど、僕にも誇りがある。
僕は、支配人やノーマンみたいな伝説の人物になろうと思ってルールタビーユを名乗ってるんだ。
正義の側の伝説の人物になりたい。
怪盗紳士が僕の力を試すつもりなら、のってやる」

「頼もしいわね。あんたなら、ショタ探に余裕で勝てそうよ」

「誰それ?」

あれれ。誰だっけ。
あたしは無意識のうちに手をのばし、ルールタビーユの柔らかな髪をさわったの。

「あんたって、猫っ毛ね。見てわかってたけど」

「どういう意味だい」

「さわり心地のいい毛のことをあたしの生まれた国では、そう言うの」

「本当かい。じゃ、菫はどうなんだ」

ルールタビーユはそっとあたしの髪にふれたわ。

「ちょっと、上司の頭をなでるなんて乱暴ね。報復させてもらうわ」

あたしは、勇敢な少年探偵の彼の後頭部に手をまわした。

「なにするんだ。おい、って・・・」




「ティクタックてぃくたっくティクタック。せっかくのサプライヤーなノニ、ヨリソウ二人には、笑顔を浮かべてモラエナくて、ワタシは残念デス」

窓の外にそいつは逆立ちして立っていた。
三階の部屋の窓の外に。黄色のスーツに紫の笑い仮面(ファニーフェイス)。イカれた趣味ね。

「ルパンの手下か」

ルールタビーユが、あたしをかばうように前に立ったわ。

「のぞきにくるなら、五分早かったわね。
クライマックスはこれからだったのに、なんの用よ。
あたしたち、彼を待ってるの。あんたは、お呼びじゃないわ。
空中での逆立ちなんて、客がリアクションに困る芸は、エンタティナーとして失格よ」

「グギャぎゃガギャガあ。
濡れ場のアトのキビシーイ批評に、ワタシが爆笑してシマイマシタ。
お嬢さん、オモシロいこと言マスネ」

誉められても、全然、うれしくない。
あたしは、ルールタビーユを押しのけて窓を開けると、外にいる出歯カメ野郎に椅子を投げつけたの。

「ヌ! ナニュにゃナヤニャ」

逆立ちしてるそいつは、さすがに避けられなくて、腹部に椅子が直撃し、あたしの視界から消えた。
どうせ、この程度じゃ死なないんでしょ。心配はしてないわ。
それでも、墜落死でもしてくれてないかと期待して、あたしは窓辺に近づいた。
窓から首をだそうとしたあたしの前に、下からゆっくりと大きな、大きな、風船が浮かび上がってきたの。
外側に光学迷彩が施されていて、すぐ側までこないとその存在を感じさせない巨大な、

「飛行船? 」

「サフェロントン。マドモワゼル。
気が立っているようだね。私をお待ちかねかい。
準備はできているかな。
ルールタビーユ。
勇者の名を継ぐ者は、勇者でなくてはならない。
汝の名に恥じぬ一歩を踏みだしたまえ」

久しぶりだけど、忘れてないあの声。
燕尾服にシルクハット、片眼鏡の彼は、ゴンドラのドアを開け、あたしたちに手招きしたわ。
さっきの芸人さんは、飛行船の上で逆立ちしてたのね。命がけの目立ちたがり屋さん。
また会えるとは信じていたけど、あたしは、いま、手をのばせば、彼、怪盗紳士の手をつかめる距離にいるのね。

「ルル。先に行くわよ」

窓枠に足をかけてあたしは彼めがけ、空を跳んだ。
細身だけど筋肉質の彼は、あたしをしっかりと抱きとめてくれたわ。

「Bien(やれやれ)
自殺でもするつもりかい。私はきみ専用のクッションではないのだがね。おわかりかな」

「強く願えば、信じていれば、また会えるって言ったでしょ。だから、あたし、信じてたのよ」

「メルシー。忘れないでいてくれたことに感謝しよう。
しかし、それは、私の言葉ではない気がするのだが、ま、家臣のいたずらにいちいち目くじらを立てていては、王はつとまらないからな」

「ねえ、今度は、なにを盗みにきたの」

「まずは、子供たちを」

彼が意味もなく誘拐なんてするはずがないわ。あたしはそう思う。

「菫。支配人。そこをどいてくれないと、僕が飛行船に乗り移れないんだけど」

部屋に残ったままのルルが怒鳴ったの。不機嫌まるだし。
え。妬いてるの?

ふくれっつらで飛び込んできたルルを乗せて、たくさんの子供たちと一緒に飛行船は空へ。
ガーデンの上空に浮かぶ島へむかったわ。

◇◇◇◇◇◇

<ディオネア・マスキプラ>

アメリカの都市伝説にくわしい人はいるかな?
ボクは、推理研の一員としてメンバーのみんなを知識面でサポートするために、日夜、テレビで情報収集につとめてるんだ。こわいのを我慢して、ホラー映画もずいぶんみたよ。
みんな、モスマンって知ってる? 二十世紀の中頃に、アメリカのウェストバージニア州のポイント・プレザントを恐怖に陥れた蛾人間さ。体長2メートル以上、巨大な翼を持ち、時速二百キロくらいの速さで飛行するんだ。
ポイント・プレザントには、いまでも彼の鋼鉄像があるし、彼が原因とも言われているポイント・プレザントのシルバー・ブリッジ大崩落事故では、四十名以上の死傷者がでた。
オカルト映画の「プロフェシー」は、モスマン事件を題材にしたものだし、モスマンはアメリカでは、すごく有名なモンスター、都市伝説で、ギレルモ・デル・トロ監督のホラー映画「ミミック」に登場する昆虫人間のモンスターも、ビジュアル的には、アメリカ人のモスマンのイメージっぽい。
でも、なんで空飛ぶ箒でストーンガーデンの空にあがったボクと春美が、高度数百メートルのところでモスマンに襲われなくちゃいけないの? わけがわかんないよっ!

「あいつは、まだあきらめてないよ。またくるよ、春美。雲の中から突然でてくるんだ。油断しちゃだめだよ」

ボクは春美の体に精一杯しがみついた。

「モスマンなのかしら。
翼のある人型のなにか、なのはたしかだけど。
改造人間の線もあるわね。
コウモリ男って、たしか日本のバッタ男がはるか昔に倒したんじゃ」

「ジェイソン、フレディ、プレデター、ゴジラ、有名な怪物は、何度だって新しい姿になってよみがえるんだよ。
モスマンは、アメリカではビックスターなのに、それ以外の国だと全然、名前が売れてないから、マジェに営業活動にきたんだっ。
探偵のボクらを血祭りにあげて、存在をアピールするつもりだよ」

「ディオ、いきいきしてるわね。推理研から、PMRに移籍したほうがいいのかしら。
ジャッカロープ(アメリカに生息するといわれているシカの角が生えたウサギ)はもともとUMAだし」

「ボクは本気で心配してるんだってば」

不意打ちで、モスマンの高速体当たりを食らったボクらは、箒ごときりもみ状態になって、一時は墜落しかけたんだ。どうにか体勢を立て直したんだけど、まだまだ安心はできないね。

「ケ、ケ、ケ、ケ・・・」

どこからか、ボクらを嘲うかのような不気味な笑い声。

「モンスマンが、また、くるよ」

「魔法で撃退するにしても、箒にまたがったこの不安定な体勢で、あの速度の相手を正確に狙うのは難しいわ」

「蛾が苦手なものを使うんだ。例えば、えっと、殺虫剤とか」

「持ってませんっ。それ、ほんとに効くの?」

蛾じゃなくても、あれを喜ぶ生き物はいないと思うなあ。

蛾、ガ、ガ、ガ、ガ、が、再び雲から顔をだしたそいつは、さっきと違って、巨大な翼の黒い彗星ではなくて、金色のマントをはおり、タバーンを頭に巻き、耳まで裂けた口が印象的な黄金の仮面をつけた怪人だった。
蛾男が怪人にメタモルフォーゼしたんだ。
体格は普通の、中肉中背の十代の少年くらいかな。
そいつは、超能力か魔法でも使っているのか、箒もなく空を飛んでいる。

「シューッ。シューッ」

耳障りな呼吸音をたてながら、ほんの少しの間、ボクらの目の前で、空中停止した後、そいつは猛スピードで巨大な雲へ突入していった。

「追うわよ」

春美が宣言する。
え。危機が自分から去ってくれたのに、なんで追っかけるの?

「空飛ぶ黄金仮面。
私の知る限り、いまの変装を愛用した人物は犯罪史上二人だけ。
アルセーヌ・ルパンと怪人二十面相よ。
変装の達人がお手並みを見せてくれたわけね。
どちらにしても、逃がすわけにはいかないわ」

「暗雲もりもりに突っこむのは自殺行為だよ。
落ち着いてよ。あれは、罠とか、誰かのいたずらとかさ」

「こんなところで私に罠をしかけて得する人がいるでしょうか? いませんね。
石庭の上空で、黄金仮面に変装するいたずらをする人物にしてもしかり。
ワトソンくん。
あのルパンや二十面相のような人物がマジェの空を悠然と飛んでいると思うと、僕は、静かに箒にまたがってなどいられないんだ。
彼らは、犯罪史上のナポレオンだよ」

高級ウィスキーなんていま時、流行らないから、やめとこうよ。

「普段、口にしないものを急に食べたくなる気持ちは、ボクにもわかるよ。
ボクも、すごくたまに辛いお菓子を食べる日もある。
けど、未成年なんだし、ウィスキーボンボンで我慢しときなよ。ボクがあとで、特別におごってあげるからさ。
それで、気持ちをおさめて、ムチャはやめようよ。ね」

「ディオ」

「うん。時には、自重しないと」

「舌をかまないように、気をつけて!」

は。
箒は急発進! ボクらは黄金仮面を追って、暗雲へ飛びこんだ。
そんなに急いで、行方不明になった冒険家のお父さんでも見つけたの?

◇◇◇◇◇◇

皇祁光輝(すめらぎ・ろき)

幼馴染のフラガ姉がガーデンの事件に興味があると言うので、俺は、フラガ姉の調査に協力しようと思ったんだ。
なのに、お姉のパートナーのあのルーイとかってやつが、俺がお姉に話しかけるだけで、叩いたり、蹴ったりしてくるんで、俺としては、一緒に行動しないほうがいいかな、って考えて、ガーデンの子供失踪事件の方を調査して、お姉をサポートすることした。
だいたいこういう事件は、一見、関係なさそうにみえた事実同士が裏でつながってたりするんだろ。
だとしたら、別サイドから攻めるのも、ムダじゃないよなあ、とか。
そういうメインルートじゃないノリって俺、好きだし。
けど、もしかして、俺は、事件の被害者の一人になっちまったのか。

「うおりゃあ」

「ていっ」

「ずわああああっ」

順番がくるとみんなは、それぞれ大声をだしたりして気合いをあげ、石に突き刺さった長剣をどうにか引き抜こうと、フルパワーをだす。
いまのところ成功者はゼロだ。
飛行船に乗せられ、ガーデンの上空にある浮遊島に連れてこられた子供たちは、誰もひどいめにはあってはいない。
俺に言わせりゃ、親に無断で遠足にきちまったようなもんだな。
引率の先生は、子供たちから支配人と呼ばれてるラウールっておっさんで、ラウールさんの助手みたいな感じで、紫の仮面をした自称コメディアンのファニーフェイスと、なんだかわからないけど、とりあえずいつも笑ってるハンサムな黒崎天音、天音のパートナーのドラゴニュート、ブルーズ・アッシュワーズがいる。
ファニーフェイスは、コメディアンらしいがあんま笑えねぇ、それどころか、怖がってる子供も多い。
むりやり、怪しいキャンディをなめさせようとするし、つまらないギャグでも笑うまでしつこく繰り返すしで、おもしろい、というよりイカれた野郎さ。
なかにはあいつをすごく気に入ってる少しは子もいるが。
天音は側にいると楽しいけど、結局、なにを考えてるかわかんなくて、ブルーズ・アッシュワーズは口うるさいけど意外といいやつ、というのが、俺と子供たちの意見だ。
浮遊島は意外に大きくて、ラウールさんもまだそのすべては、把握できていないらしい。
俺たちのいるところは木々に囲まれた深い森の中だ。木には金色の林檎の実がたわわになっていて、食べ放題。きれいな泉もある。

「皇祁はガーデンの住人ではないのに、子供たちと一緒にここまできてしまったね。
天空の島に興味があったのかい」

剣抜きの列に並んでいる俺に、天音が話しかけてきた。

「行方不明の子供の事件を調べてたら、ファニーフェイスとラウールさんが子供をこの島に誘ってるところにちょうどでくわしてさ。
はじめはあの二人を倒そうとしたんだけど、ラウールさんに説得されたつぅか」

言いくるめられたというか。

「誘拐ではなくて、ゲームをしにいくようなものだから、ウソだと思うのならついてこい、って言われて。
ゲームはゲームでも、子供たちとガーデンの運命を決める、重大なゲームなんだろ。
子供の身に危険はない、ゲームがすめば無事開放するってのも、完全に信用はできないしな。
だったら、自分も参加してみようと思ったんだ」

「その勇気があの剣に伝わるといいね」

やっぱり天音は笑っている。
天音はどうみても子供ではないのに、剣の引き抜きにも最初に挑戦し、「やっぱり、僕ではないね」と笑っていた。おもしろい人だ。

「とにかくあれを抜かないと次のステージには行けないんだろ」

「そうだね。主人公がいないと物語もはじまらない」

天音は、俺よりもこのゲームについてよくわかってるみたいだ。
俺と天音の視線の先には、石の台座に刺さった一本の剣がある。
ここまできた子供は全員、あれの引き抜きに挑戦してるが、子供の身長よりも高い、150センチは優にある大剣は、石の上にまっすぐに立っていてびくともしない。
ラウールによれば、いまガーデンにいる子供の中に、これを抜けるものが必ずいるらしい。
もしかしたら、それはガーデンの住人ではない可能性もある、というわけで、俺も参加してるんだけど。

「次だ。
台座にのって、両手で柄を握り、真上に引っ張れ。
もし、剣が抜けた時に刀身で己の体を傷つけぬよう注意してな」

台座の横にいるブルーズの指示に従って、俺は剣に手をかけた。
一応、皇祁家は剣の名家で、これまでに何人も有名な剣士を輩出している家系だ。
俺も小さい頃から稽古しているし、剣そのものに親しんできた。
剣士にとって、剣は体の一部であり、剣と人とは相性があるんだ。それは、俺にもわかる。
この剣は、自分にふさわしい持ち手がくるのをここで、ずっとこうして待っているのか。
俺は技よりも力でおしてくタイプの剣士だ。
どうだ。剣よ。俺と組んでみる気はあるか?
息を整え、腰をおとし、いち、にの、

「せいっや!」



俺もふくめ、百人以上の子供が一巡したけれど、剣は抜けなかった。
ラウールさんは腕組みをして、なにか考えているみたいだ。
ファニーフェイスは、やつのファン? の子たちに片手逆立ちやら、ヨガのポーズやらをみせて笑いと拍手をもらっている。
このまま、剣が抜けなければ、俺たちはまた飛行船で下へ戻るのだろうか。

「僕が挑戦する」

「あたしもルルを手伝うわ」

それまで子供たちの挑戦をラウールさんの隣でみていた、ルルとか言う新聞記者と、そいつの連れの女子高生の茅野菫が名乗りをあげた。
二人は、並んで剣の前に立ち、柄に手をかける。

「待つのだ。他の者は、みな、一人でやったのだから、おぬしらも一人ずつ挑戦するのが当然ではないのか」

ブルーズが当然の疑問を口にし、待ったをかけようとした。俺もそう思うな。

「二人でいいのよ。
剣が大きすぎて一人だと危ないでしょ。
それにラウールの説明だと、この剣は、力で抜くんじゃなくて、真の持ち手に剣が応えてくれて、抜けるんでしょう。
つもり、何人でやろうと、そこに真の持ち手がいないと剣が抜けない。
なら、あたしとルルでやって抜けたんなら、その後でまたどっちが剣の持ち手なのか、調べればいいだけよ。
二分の一の調査くらい簡単よね」

菫は平然と抗議を受け流し、ルルに、やるわよ、と頷きかけた。

「そんなら、俺も付き合うぜ」

俺は台座にのり、二人の手の上の、柄の空いている部分を握る。
体格的にも俺はルルや菫よりも、よっぽどしっかりしていると思う。

「台座の厚さ、剣の刺さり具合から考えて、この剣の全長はかなりのものだ。
全部、抜けたとしたら、二人でも危険だ。力仕事は俺に任せろ」

「抜けても、分け前はあげないわよ」

そういう話じゃないだろ。

「三人で呼吸を合わせよう。いいね。僕の声で、行くよ。ワン、ツゥ、スリィだ」

ルルがゆっくり数えだす。

ワン。ツゥ。スリィ。

「ちぇりぉぉぉぉぉぉっ」

力を入れた瞬間に剣が浮いた感覚があったので、俺は叫びながら全力を振り絞る。
俺の勢いについてこれずに、柄から手を離した菫とルルが、台座に尻餅をついた。
やっぱり長かった、けど、大きさのわりに軽い剣だ。
俺は台座から抜けた大剣を両手で頭の上に持ち上げる。

うおおおおおおおおおお。

興奮した子供たちの歓声があたりに響いた。
でも、俺にはわかっている。剣が選んだのは、俺じゃない。

「これは、おまえの剣だよ」

「僕?」

俺に教えられて、ルルは、とまどいの表情を浮かべている。

「俺はさっき一人でやったが、ダメだった。
菫はいま、タイミングがずれて力を入れる前に柄から手を離した。
剣を引き抜いたのは、俺とおまえだ。 
持ち主が俺でなければ、おまえしかいないだろ」

立ち上がったルルに俺は、剣を手渡す。
理屈なんてどうでもよくて、こうするのが正しいってことが、俺には、なぜかわかっていた。

「僕、なのか。軽いな。これ、まるで羽のようだ」 

ルルが俺から剣を受け取ると、剣はじょじょに輝きはじめ、すぐにその刀身はまぶしくて直視できないほどの光に包まれた。
光の剣かよ。マジか。
この光景に歓声はさらに広がり、大きくなった。
ラウールさんが俺の側まできて、肩を叩いてくれた。

「メルシー。ムッシュ。
そして王は、騎士の力を借りて身の証を立てた。
我が祖国の詩人Robert de Boronが、かの「メルラン」の中で詠った言葉を、真に目にしようとは。
伝説も神話もすべてを飲み込んでいる、パラミタはおそろしい場所だよ」

◇◇◇◇◇◇

<遠藤魔夜>

お膳立ては整いました。
怪人二十面相、登場します。
ストーンガーデンにきてから私がした変装は、翼長約五メートルの大コウモリ。
かってルパンが日本を襲撃した時、愛用したという空飛ぶ黄金仮面。(ルパンのは、飛べなかったけど、じいちゃんが改良して飛べるようにした)
あとは住民に化けて、情報収集したりしたけど、大きいのはこの二つですね。
私が変装している時、魔鎧である妹の魔夜は、私の服装のどれかになって、サポートしてくれています。
では、ルパンも英雄王もいるようですし、今度はとっておきの変装で行くとしますか。

「兄さん。なんで浮遊島まできて、コレなのよ。
これって、私はなにになってフォローすればいいわけ」

「チョッキでいいよ。サイズは5Lか6Lで。胴体にくっついてて。
英雄王の宝は、泉にあるものなのさ。水中戦も想定してこいつで行くよ。
防御力は高いし、八本足で高速移動するしね。
じいちゃんの変装の中でも、こいつは、けっこう人気者なんだぜ」

「はあーっ。しょうがないわね。一人じゃ心配だから、付き合ってあげるんだからね。
さっきもマジカル・ホームズにちょっかいだして、きっとあの子も追いかけてくるわ。
これ以上、敵を増やしてどうするのよ」

「ルパンもホームズもどちらもお互いに初代からの商売敵さ。
私が開拓したご新規さん、ってわけじゃない」

剣や銃弾、半端な魔法は効かない頑強なボディを挟んだ両足の端から端までは約4メートルほど。
高さはニメートルちょい。
それだけで一メートル超える大きさの抜群の切れ味のハサミを持つ、おばけガニに変装した私は、光の剣をいただくために台座にむかう。

「カニだ。カニだよ!」

「すげぇー、でけぇぞ」

子供たちの間をすりぬけ、英雄王の前へ。

「怪人二十面相。参上。
ラウール。この剣は、私がいただきます」

「Un crabe enorme.(巨大蟹)
私はきみを知っているよ。
日本製の私のニセモノだ。ゲテモノに化けるのが得意らしいね。
血縁のはっきりしない3世よりも、よほどタチが悪い」

「マジェとガーデンでのわずかな情報から、あなたの真意を悟ったのは、私があなたよりも本物の怪盗だからですよ。これを私の国では、大は小を兼ねると言います」

おばけカニの姿の私と、ラウールことアルセーヌ・ルパンは、英雄王を間においてにらみあった。

「上から攻撃がくるっ」

魔夜に注意され、私はその場を離れた。
ついいままで私のいた場所に冷気が吹き荒れ、空気さえ白く凍りつく。

「アルセーヌ・ルパン。怪人二十面相。
百合園推理研のマジカル・ホームズ。霧島春美よ。子供たちをどうするつもり? ストーンガーデンをあなたたち犯罪者の思うようにはさせないわ」

ピンクのポニーテールのお姉さんが、不機嫌そうな角うさぎを抱きしめながら、空からおりてきました。

「ボンジュール。マジカル・ショルメ。
ニセ面相はどうでもよいが、きみまで勘違いをしているのは、どうかと思うよ」

私、ルパン、春美の三者が三すくみで互いの様子をうかがいあっている。
ルパンの側には、薔薇の学舎イエニチェリ黒崎天音とパートナーのドラゴニュートが、春美にはスコット商会のボス、茅野菫と光の剣を持つ英雄王が、そして私の側には、ガーデンの誘拐魔ファニーフェイスがなぜか、寄ってきました。

「アナたは、楽しソウナことしてマスネ。コレは、ドンナ仕掛けデ、動イテルンデショウ。
イラナクなったら、ワタシにクレマサンカ」

あなた、この場面で、なんの交渉ですか。
どうする。どうしようか、私。

「兄さん、目くらましでも使って逃げましょう。
ルパンと春美に協同戦線を張られたら、分が悪すぎる。二対一になるかもしれないとわかっていたら、こんな無謀な作戦、私がとめたのに」

魔夜がささやきます。

「そのへんは、ルパンも考えてると思うよ。
彼と私は、同種のモンスターだから、相手の考えがなんとなく読めるんだ。私が思うに、結局、この場を支配しているのはルパンだよ。
背後関係をふくめて、彼が状況を一番、把握している。
仏蘭西製の純正品さんが、どんなカードを切るのか、お手並みを拝見しよう」

「そうやって余裕かましてられる場合かっ」

やがて、ルパンは両腕を上にあげ、降参のポーズをとり、三角形の真ん中へ進みでました。
どんなに無防備を装っていても、油断はできない。してはいけない。

「おふた方。今回の我々に、こんなところで争っている時間はない。
きみらに、いま、ストーンガーデンでなにが起きているのか、私の知る限りを話そう。そこから後は自由にしてくれ。
しかし、お互いの邪魔をするのだけはなしだ。
きみらが条件をこの飲めるのなら、私は語ろう。
先に言っておく、きみらが私の邪魔をすれば、ストーンガーデンはあやまった歴史を歩み、滅ぶことになる。
それは間違いない」 

私は、これまで一度も話したことのない霧島春美とアイコンタクトをとりました。
お互いの意思を確認するために。