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【2021正月】お正月はハワイで過ごそう!

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【2021正月】お正月はハワイで過ごそう!

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第ニ章 アクシデント発生!

「いやーハワイも、なかなかに美しい場所だねぇ。終夏君が嫌そうな顔をしても、ついてきて良かったよっ☆」
セオドア・ファルメル(せおどあ・ふぁるめる)は、浮き輪にしがみついてバシャバシャと水しぶきを上げている五月葉 終夏(さつきば・おりが)に声を掛けた。
「え?なーにー、セオ?なんか言った?」
 終夏は、ばたつかせていた足を止め、セオに尋ねた。どうやら自分のバタ足の音でよく聞こえなかったらしい。
「いやいや、何でも無いよ。邪魔して悪かったね、終夏君。さ、続けてくれ給え」
 終夏は今、泳ぎの練習をしていた。と言っても、始めから練習しようと思っていた訳ではない。始めは終夏も、波打ち際でパチャパチャしたり、ビーチで肌を焼こうと思っていたのである。しかし――。

「いやいや、それは違うよ、終夏君。君のは泳いでいるのではなくて、ただ『浮かんでいる』だけだよ」

このセオの何気ないヒトコトが、終夏の負けん気に火をつけた。『なんとしてもセオを見返してやろう』と、泳ぎを特訓することにしたのである。
「おかしい……。絶対におかしい……。本の通りに泳いでいるはずなのに、何故前に進まん……」
 終夏がどれだけ一生懸命バタ足しても、彼女の体は一向に前に進む気配がない。
「そうじゃない、そうじゃないよ終夏君!」
 それまで、終夏を黙って見つめていたセオが、やおら立ち上がった。どうやら、まるで上達する気配のない終夏に、しびれを切らしたらしい。

「よく見ておき給え!『泳ぐ』というのは、こういう事を言うのだ!」
 セオはそう言い放つと、ザブンと海に飛び込んだ。見る間に、その体が見えなくなる。
次の瞬間。彼の体は、数十メートル離れた空中を舞っていた。辺りの海水浴客から、どよめきと拍手が巻き起こる。
その反応に気を良くしたのか、セオはその後も、イルカよろしく次々とジャンプを繰り返した。
金色の翼を広げ、光り輝く無数の水玉を身にまとうセオ。終夏はその美しい光景を、呆けたように見つめていた。
「……そうか。私も極めればあそこまで……って、飛ぶなー!!」
 終夏の絶叫も何処へやら。セオのスペクタクルショーは、その後もしばらく続いた。



「『ホテルのベッドで寝込むくらいだったら』と思ったんだけど、早計だったかなぁ……」
 照りつける太陽に向かってそうぼやきながら、十七夜 リオ(かなき・りお)はこれまでのいきさつを思い出していた。
 
全ては『天御柱学院 海洋生物学研究会』のみんなにハワイ旅行に誘われて、スケジュールの確認もせずに、参加を決めてしまったことが原因だった。
後でよくよくスケジュールを見てみたところ、担当しているイコンの整備完了日が、ハワイ旅行から帰って来る日と見事にバッティング。「ハワイから帰って来て、油まみれで作業するなんて真っ平御免」とばかりに、海京出発までにイコンの整備を終えてしまおうとムリにムリを重ねた結果――。

「な、なんとか、間に合ったぁ……。二徹とか……スケジュール調整、甘く見てたわ……無理しないで旅行帰りに、幾らか作業割り振っとくべきだった……」
 疲れた体を引きずって飛行機に乗ったは良いものの、無理がたたり、揺れなんてほとんど無いジャンボジェットで見事に乗り物酔い。パートナーのフェルクレールト・フリューゲル(ふぇるくれーると・ふりゅーげる)に引きずらて、ホテルまでたどり着くという有様だったのである。
 で、ここからの判断がさらに良くなかった。
『ホテルに閉じ篭るのも癪だけど、泳ぐのはムリそうだし、どうするかな……。うん?ゴムボートなんかも貸出してるのか……。海の上で、ゆっくり波に揺られるのもいいかも……♪』

「なんて思っていた時もありました」
 回想、という名の逃避から立ち戻り、改めて周りを見回すリオ。
『フェルがいるから、少し位うたた寝しても大丈夫だよね?』
などと昼寝を決め込んでふと目を覚ましたら、そのフェルも眠っている。しかも何時の間に流されたのか、二人の乗るボートは岸から遠く離れた所に浮かんでいる。
さらに悪いことに、ボートに付いていたはずのオールが2本とも無くなっていた。そう言えば店員が、『そのボート、オールのストッパーが壊れてるから気をつけろ』とか言っていたような気もするが……。

「ハハッ!ビーチが、あんな遠くに見えらぁ……」
 彼方に霞むビーチを見つけ、乾いた笑いを浮かべるリオ。
「ん……、あれ、起きたんだ、リオ?どうしたの、この世の終わりみたいな顔して。嫌な夢でも見たの?」
「うぅん、何でも無いですよ?『疲れ切ってる時に出る考えなんて碌なもんじゃない』って事を、身を持って体験しただけですよ?」
「なに、ソレ?」
「へーーーるぷーーみーー!」
 遮るモノのない海原に、リオの叫びが虚しく響いた。



「ねぇ、沙耶さん。あそこに、変な波が立ってません?」
「うん?どれどれ?」
 五月葉 終夏の指差す方向を、天王寺 沙耶は額に手をあてて見た。

 彼らがいるのは、ビーチからだいぶ沖合に来た所である。
 終夏は、ビーチでジャンプを繰り返して遊泳禁止になったセオドア・ファルメルをビーチに置き去りにして、一人沖に来ていた。エラそうな事を言う割にアドバイスが役に立たないセオの目の届かない所で、ゆっくり練習しようと思っての事だったが、そこでたまたま沙耶に出会い、コーチをお願いしたのである。

「うん、確かに。なんか、ヒレみたいなモノが見える」
「あれ?沙耶さん、あれイルカじゃないですか?」
「え……。あ!本当だ!イルカだよイルカ!こっちに向かってくる!」
 その間にも、イルカはぐんぐんとこちらに迫って来る。あっという間に二人の側へとやって来たイルカは、今度は一定の距離をおいて、二人の周りを回っている。
「な、なんだろう……?」
「何か、伝えたいみたいだけど……」
 二人がその意図を計り兼ねていると、イルカはスーッと二人から離れ、元来た方向へと泳いで行く。かといって泳ぎ去ってしまうのではなく、少し離れたところから、ジッと二人を見つめていた。
「……『付いて来い』って言ってるのかな?」
「どうだろう、試してみようか」
 半信半疑のまま、沙耶はジェットスキーのエンジンをかけると、イルカを怖がらせないよう、ゆっくりと近づいていく。するとイルカは、沙耶を導くかのように泳ぎ始めた。
「うん、やっぱりだ!沙耶さん、イルカが呼んでるんだよ!」
「ちょっと行ってみる!キミはここで待ってて!」

 ぐんぐんスピードを上げるイルカに遅れまいと、沙耶はジェットスキーのスロットルを開いた。いくらも行かないうちに、行く手に小さなゴムボートが見えて来る。
ボートの上では、女の子が二人、手を振っている。
「おーーい!こっちよーーー!!」
「へーーるーーぷ!!」
 ただ事ではない雰囲気を感じ、沙耶は一気にボートに近づいた。
「どうしたの!」
「寝てる間に、ボートが沖に流されちゃったの!このボート、オールもなくて……」
 フェルが、必死に事情を説明する。
「分かった、すぐに助けを呼んでくるから、待ってて!」
 状況を理解した沙耶は、すぐさまジェットスキーの機首を巡らすと、ビーチに向かって走り去る。

「た、助かった……」
 よほど安心したのだろう、リオは腰が抜けたようにボートにへたりこんだ。
 そこに、先ほどのイルカが近づいてくる。
「そっかー。キミが助けを呼んでくれたんだね!」
 ボートから身を乗り出して、手を差し出すフェル。その手を、イルカがこんこんと突っつく。
「ありがとう、イルカ君!キミは命の恩人だ!」
 リオも、涙を流しながらイルカの頭をなでる。
二人の喜びが伝わったのか、はたまた二人の役に立ったのが嬉しいのか、イルカは頻りに頭を上下に振っていた。



「ねー、アキくーん、こっちに、ちっちゃな魚がイッパイいますよー!」
エルノ・リンドホルム(えるの・りんどほるむ)は水中から顔を出すと、ビーチにいる高峯 秋(たかみね・しゅう)に大きな声で呼びかけた。
何かが身体を触る感触に驚いて水の中を覗いたら、小魚の群れていたのである。
「え!ホント!行く行く!カーリン、俺もちょっと行ってくるよ!」
「ハイハーイ、いってらっしゃーい。気をつけてねー♪」
タンキニタイプのボーイッシュなエリノの水着とは正反対の、大人っぽいビキニに身を包んだカーリン・リンドホルム(かーりん・りんどほるむ)は、水辺へ駆けて行く秋の背中にひらひらと手を振ると、ジェラートを乗せたスプーンを口に含む。途端にさわやかな甘味が、口いっぱいに広がっていく。
「暖かいって良いわねぇ……」
 カーリンはワイキキの暖かさに身を委ね、ゆっくりと眼を閉じた。

 秋は、エルノと二人で、夢中になって素潜りを繰り返した。ちょうど水の底に手を突こうとしたその時、右ふくらはぎに激痛が走る。
『足がつった!?』
 どうやら、エルノに呼ばれて、ろくに準備体操もせずに海に入ったのがまずかったらしい。一刻も早く水面に上がらなければと思うのだが、痛みに耐えるのが精一杯だ。
 辺りを見渡すが、一体何処に行ってしまったのか、エルノの姿はない。
水面が、遥か遠くに見えた。

「アキー?どこですか、アキー?」
 拾った貝を見せようと、アキを待っていたエルノは、だんだん不安になってきた。最後にアキの姿を見てから、もう20分以上経過している。
「まさか、溺れたりとか……ないですよね?」
 冗談めかしたその言葉が、たちまち言いようのない不安となって心を満たしていく。エルノは、大きく息を吸い込むと、一気に海に潜っていった。



「一部の変質者どもの視線を釘付けにし、あわよくば犯罪者の検挙に繋げよう」とあえてスク水でワイキキに臨んだリーリヤ・サヴォスチヤノフ(りーりや・さう゛ぉすちやのふ)の狐の耳が、ピクリと動いた。《超感覚》を有する彼女の耳は、人間の何倍もの聴力を持つ。
「エルフリーデ!」
リーリヤは、隣の監視台にいるエルフリーデ・ロンメル(えるふりーで・ろんめる)を大声で呼ぶと、沖合に目を凝らした。
エルフリーデは、双眼鏡を目に当て、左から右にぐるりと移動させる。その目が、波間で手を振る人影を捉えた。エルノが秋を探し始めてから、まだ5分も立っていない。
「ラグナル!女の子が手を振ってる!2時の方角だ!」
 エルフリーデは、下で待機しているラグナル・ロズブローク(らぐなる・ろずぶろーく)に叫んだ。
「まかせな!何人たりとも、俺の前で死なせやしないぜ!」
 ラグナルは吠えるように叫ぶと、監視台に立てかけてあったサーフボードをひっ掴み、駆け出して行く。
滑るように監視台を降りたリーリヤも、パーカーを脱ぎ捨てると、野生動物そのものの俊敏な動きで海へと走った。
エルフリーデも、防水の施された救命キットを装着すると、ラグナルの後を追う。
 今回のハワイ旅行にあたり、『毎年ニュースで流れる正月の死亡者数を、この手で減らす!』という誓いを立てた三人は、前もって合衆国内でライフガード(欧米ではライフセーバーはこう呼ばれる)として活動できるよう、根回ししておいたのである。
 一足先に海に飛び込んだラグナルは、救助を求めているのが、学友のエルノと秋である事に、すぐに気がついた。
「ラグナル!!」
 エルノの、悲鳴のような声を耳にした瞬間、彼の中で、何かが沸騰する。
『ぬぉぉぉぉぉぉ!!』
 ラグナルは声にならぬ怒声を上げながら、ものスゴい勢いで水を掻く。
 彼は、たちまち二人の側に着くと、ぐったりしている秋を、ボードに乗せた。
「アキ、しっかりして、アキ!」
 エルノが何度も呼びかけるが、反応はない。
「落ち着いて。秋なら大丈夫だ。何があったか、説明できるか?」
 遅れて現場に到着したリーリヤが、エルノを諭す。
「私が、ちょっと潜っている間に、溺れちゃったみたいで。一生懸命探したんだけど、全然見つからなくて……」
 涙目になりながら、状況を説明するエルノ。
「わかった。とにかく、秋を浜まで運ばないと。一緒に来てくれ」
「は、ハイ!」
 ラグナルとリーリヤは、行きの勢いとは打って変わって、慎重に秋を浜まで運んだ。出迎えたエルフリーデは、すぐさま救命措置を始める。訓練された三人の動きには、一切の迷いもムダもない。的確な救命措置の甲斐もあって、まもなく秋は意識を取り戻した。
「ん……」
「アキ!アキ、良かった!」
 秋にとりすがって泣き崩れるエルノ。
「有難う、三人とも」
 慌てて駆けつけたカーリンが、二人に深々と頭を下げる。
「軽く水を飲んだだけみたいだし、大丈夫だとは思いますが、一応救護室に運びます」
「わかったわ。迷惑かけてすまないけど、よろしくお願いね。全く、人騒がせなんだから……」
エルフリーデの言葉に、内心ホッとしたのだろう。秋が運ばれてきてから初めて、カーリンは笑顔を浮かべる。
カーリンの嬉し涙を、エルフリーデは誇らしく見つめていた。



「ねぇ、アデリーヌ。読書もいいけど、水鉄砲で遊ぶのも楽しいよ♪」
「……は?」
清楚さを漂わせる白のビキニに身を包み、『パラソルの下で、のんびりと本でも読もう』と思っていたアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)は、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)の唐突なフリについていけずに、思わず間抜けな声を上げた。
「はい、これ♪」
「『はい』って……。ナニよ、これ」
 パステルカラーの可愛らしいビキニを着たアデリーヌから渡されたモノを、マジマジと見る。
「ナニって……、水鉄砲だよ。知らない?こうやって遊ぶんだ♪」
 さゆみは、そう言うが早いか、引き金を引いた。最近の水鉄砲は、サイズも大きければ威力も高い。勢い良く吹き出した水は、アデリーヌの顔面を直撃した。
「うぷっ!ぷ、ぷ、ぷっ!ブバッ!!な、何するのよ!!」
 至近距離からの攻撃に、息をつまらせるアデリーヌ。
「キャハハハハハハ!!へんなカオ~!」
 アデリーヌを指差して、大笑いするさゆみ。
「そう……。分かりました、さゆみ……。これは、そういう遊びなのですね」
 アデリーヌが、それまでさゆみが聞いたことがないような、ドスの利いた声を出す。
「『アナタを倒さない限り、私に平穏なバカンスは無い』と、そういう事ですね。よく分かりました……」
ゆらりと立ち上がったその全身からは、何かどす黒いモノが立ち上っている。
「あ、アデリーヌ……?」
 鬼気迫るアデリーヌの雰囲気に、身の危険を感じて後退るさゆみ。
「や、やだなぁ、そんな倒すとかなんとか……。遊びだよ、遊び♪」
「死になさい、さゆみ!!」
 振り向きざま、銃を撃つアデリーヌ。
「うひゃう!」
 ゆかりは、足元への攻撃を飛び退って交わすが、それはアデリーヌも計算済みだ。姿勢を崩したゆかりの顔面に、次々と攻撃を浴びせる。
「キャッ!ぶっ、ブプッ!」
 激しい攻撃に、思わず尻餅を突くさゆり。
 そのさゆりに向かって、アデリーヌは、まるで死神のようにゆっくりと、歩み寄っていく。
「動かない方がいいですよ、さゆみ?その方が、早くラクになれますから」
「い、いやいや、水鉄砲じゃ死なないから!」
「あら、そうでしたね……。なら、二度と私のバカンスを邪魔しないよう、徹底的に責め抜いて差し上げます!」
 言葉と共に放たれる水流。それをさゆみは転がって避け、反撃を加える。もとより命中は期待していない。アデリーヌを牽制して時間を稼ぎ、体勢を立て直すのが目的だ。

「流石はさゆみ。やりますね」
 さゆみの攻撃を物陰に隠れて避けたアデリーヌは、遮蔽を取ったまま、さゆみに呼びかける。いつの間にか殺気は消え、楽しげな表情をしている。
「あんまり調子に乗らない方がいいよ、アデリーヌ。まだアイコなんだからね」
 こちらも巧みに身を隠しながら、アデリーヌを挑発するさゆみ。その顔には、笑みが浮かんでいた。
「あら、私を挑発するつもりですか?なら……、乗って差し上げます!」
「うりゃー!!」
 同時に物陰から飛び出し、激しく撃ちあう二人。周りへの被害などまるで気にしていない。のどかなビーチの一角が、たちまち悲鳴と水しぶきに包まれた。



「何よもー、さっきからうるさいなー」
 ドンドンと大きくなる喧騒に、シア・メリシャルア(しあ・めりしゃるあ)はそれまで読みふけっていたラノベから顔を上げた。
 その視界を、何かがさっと横切る。それが何なのか理解する前に、シアの顔を水流が襲った。
「プ、ぷあっ!な、ナニ!?」
「あなたと言う人は、どこまで卑怯なのですか、さゆみ!わたしを不意打ちしただけでは飽きたらず、罪の無い一般市民を盾にするなんて……」
「ヒドイよ、アデリーヌ!『一般市民を盾にした』だなんて!!……ん?そうか!」
 ビーチベッドの影から顔をだけ出して抗議していたさゆみは、何を思いついたのか、水鉄砲の一つを、シアに渡す。
「さぁ、キミ!キミも一緒に、あの乱射魔と戦おう!アイツを倒さない限り、キミに静かなバカンスは訪れないよ!」
「なるほど……。確かにそれなら、もう一般市民ではありませんわね♪」
 そう言って、楽しそうに笑うアデリーヌ。シアを巻き込む気満々である。
「ゴメンなさい、アナタ。それが誰であれ、静かなバカンスを過ごさせてあげる気はないのです♪」
「な……ナニよ、それぇ!!」
「問答無用!さぁ、一緒に不幸になって!」
 情け容赦なく引き金を引きまくるアデリーヌ。
「ちょ……ちょっと!もー、アッタマきたー!」
 水鉄砲を構え、応戦するシア。戦火は拡大する一方である。



「楽しそうなコトしてるじゃん?俺も混ぜてくれよ!」
 新たにシアを加え、戦場を移動しつつ戦いを続けていた三人の頭上から、風船の雨が降り注いだ。
 風船が地面に落ちて割れるたび、辺りが水浸しになる。
「ぶぁッ!」
「今度はナニ!」
「水風船!?」
 三人が声のした方を見ると、そこには、胸元にフリルをあしらったセパレートのタンキニの水着を着て、水風船を手にした少女が、仁王立ちになっていた。その傍らには、一体ドコから持ってきたのか、スーパーのショッピングカートに、水風船が満載になっている。
「俺は、皇祁 璃宇(すめらぎ・りう)。ちょっと個人的に色々あってね。悪いけどアンタ達、ストレス解消に付き合ってくれよ!」
 言うが早いか、次々に水風船を投げつける。
「キャー!!」
「新手!?」
「高所からの攻撃とは!!」
 ビーチに隣接するレストランの二階から攻撃に、逃げ惑う三人。
「アハハハ!そらそら、逃げろ逃げろ!!」
 高笑いをあげながら、風船を投げまくる璃宇。正直、心底楽しそうだ。
「このままじゃ不利ね」
「ここは、一旦停戦しましょう。とにかく、彼女を倒すのが先です」
「協力するのね!」
 何とか璃宇の死角に潜り込んだ三人は、作戦を立てた。
「それじゃ、私が突入するわ。シアちゃんとアデリーヌは援護して」
「了解しました!」
「援護?とにかく、撃ちまくればいいんでしょ!」
「そゆコト。じゃ、1、2の3で行くよ。せーの……、イチ、ニの、サン!!」
 一斉に物陰から飛び出す三人。そこに、水風船が雨あられと浴びせられる。
「死にたくない人は、テーブルの下に隠れて!!」
 さゆみは叫びながら店に飛び込むと、二階への階段に突進する。
「これでもくらえ!」
 階段に向けて、ショッピングカートをひっくり返す璃宇。
「こんのぉ!」
さゆみは転げ落ちてくる風船を巧みに交わしながら、階段を登る。
「接近してしまえば、こっちのモノよ!」
「バカめぇ!水風船だけだと思うたか!!」
 どこぞの悪の大幹部のようなセリフ回しで水鉄砲を取り出した璃宇は、盲滅法に引き金を引く。
 たちまち、レストランは阿鼻叫喚の巷と化した。

この後四人はお客さんを巻き込んで、ヘトヘトになって動けなくなるまで撃ち合いを続けた。モチロンその後で、店主にこっぴどく叱られた挙句、店の掃除を手伝わされたのは言うまでもない。



「よーし!いっぱい食べたにゃ!」
 ホテルの売店で買ってきた土産物用のマカダミアナッツチョコ2箱を一気に完食すると、イングリット・ローゼンベルグ(いんぐりっと・ろーぜんべるぐ)はすっくと立ち上がった。
「葵!どちらが大きいお城作れるか、競争するにゃー!」
 スク水姿で仁王立ちになり、高らかに宣言するイングリッド。その胸元には、大きく『いんぐりっと』とペン書きされた名札が縫いつけられている。ドコからか吹いてきた一陣の風に、ホテルで衝動買いしたアロハシャツの裾がはためいた。
「……グリちゃんは、いつでも元気だね~♪」
 秋月 葵(あきづき・あおい)は、そんなイングリッドを微笑ましい目で見つめる。こちらは、可愛らしい水色のワンピースという出で立ちだ。実はさりげなく胸パットを入れて増量しているというのは、イングリッドにも打ち明けていない最重要機密である。
「あたし、さっきまで海でチャプチャプしてたから、少しゆっくりしたいんだけどなー」
「葵ったら、もう疲れちゃったのにゃ?仕方ないにゃ~。それじゃ、特別にハンデ上げるにゃ!イングリッドは先に作ってるから、葵は少しゆっくりしてるのにゃ!」
「……グリちゃん。なんか、色々間違ってる気がするよ」
「細かい事は気にしないの!とにかく、イングリッドはお城が作りたいのにゃ!」
 イングリッドはそれだけいうと、もう葵には目もくれず、黙々と浜辺に穴を掘り始める。
 そして10分後――。

「葵~、やっぱり一緒につくるにゃ~」
 砂の塊の前にしゃがみ込んで、イングリッドが情け無い声をあげた。
 最初の内こそ鼻歌交じりで作っていたものの、元々の作りが雑な上、途中からナニを勘違いしたのか城の真ん中にトンネルを掘り始めた結果、城はあっさりと崩壊してしまったのである。
「競争するんじゃなかったの?」
「いや、競争はするにゃ!でも、葵とイングリッドはパートナー。パートナーが競争してはいけないにゃ。イングリッドたちが競争するべきは……アレにゃ!」
『ビッ!』と擬音でもでそうな勢いでイングリッドが指差したその先には――。
「おっきいのが出来たね、クローディア!」
「ま、私達が本気を出せば、こんなもんっしょ!」
 天王寺 沙耶に見せようとアルマ・オルソン達が作り上げた砂の城が、雄々しくそびえ立っていた。高さ2メートルを優に越えるその城は、既に子供の遊びの域を超え、サンドアートの領域にまで達している。
「え……アレ?」
「にゃ!」
「いやー。アレはー、その、どうかなー。ちょっと競争相手としては、手ごわすぎるんじゃないかなー」
「そんなコトないにゃ!相手が大きければ大きいほど、燃えてくるのが勝負というモノにゃ!」
「う~~~ん。ま、まぁ確かにグリちゃんの言う通りだとは思うけど……」
 一体何時間かかるのか。いやそれ以前に、パートナーがイングリッドで、アレと同じモノを作ることが可能なのか。
なんと言ってイングリッドを説得しようかと、葵が考え始めたその時――。
「チャ、チャチャッ、チャチャチャッチャー♪」
 葵の携帯から、軽快なメロディが流れる。アラームが、作動したのだ。
「あ!大変だよグリちゃん!もうすぐ、瑛菜ちゃんのライブが始まるよ!早く行かないと、前の方で見られなくなっちゃうよ!」
 葵は、熾月 瑛菜(しづき・えいな)のゲリラライプを観に行こうと、イングリッドと約束していたのである。
「にゃ!それはタイヘンにゃ!こんなコトしてる場合じゃないにゃ!葵、早く行くのにゃ!!」
 イングリッドは手にしていた園芸用スコップを放り出すと、葵の手をグイグイと引っぱる。
「ちょ、待って待ってグリちゃん!そんなにしたら、指抜けちゃうよ!」
 イングリッドに引っぱられながら、内心ホッとする葵であった。