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【カナン再生記】ドラセナ砦の最初で最後の戦い

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【カナン再生記】ドラセナ砦の最初で最後の戦い

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1.病に気づいちまった可愛そうな奴の治療法



「ま、大したもんは無いがね、ゆっくりしてくといいさ」
 ウーダイオスは言いながら、粗末なコップのようなものを取り出して、いくつかの石の上に木の板を置いた机代わりのものに三つ並べた。
「あ、あの………」
「別にそんな固くしなくていい。短い間とは言え、世話になった身だ。とって食いやしないし、もちろん他の奴にも手出しはさせない。っても、あまり長居できる場所でもないんでね。ここも暫くしたら取っ払うから、ええと、あとで地図を渡すからそれを見て地下からあの砦に戻るといい」
 言いながら、コップにお茶のようなものを注ぐ。妙に甘ったるい匂いのするお茶で、色も茶色で不気味に濁っている。ウーダイオスはそれを当たり前のように飲むので、葉月 可憐(はづき・かれん)は恐る恐るそれを口にしてみた。喉にまとわりつくように甘い、不思議な飲み物だ。おいしいとは思えない。
「う………あんまりおいしくないねぇ、これ」
 アリス・テスタイン(ありす・てすたいん)は露骨に眉を潜めている。
「わりと貴重品なんだがな。まぁ、味というかこのくどい甘さを好む奴は少ないか」
「すごくカロリーが高そうですね………私も、一口で」
 すすすっと、可憐はコップを自分から少し離した。
「………んで、わざわざ危険を犯してここまで来て頂いた理由でも、そろそろ伺おうかね」
 可憐とアリスの二人は、敵襲の対応でドタバタしているうちに、砦を抜け出してきたのだ。予定ではウーダイオスらが進軍するのを待ち構えるはずだったのだが、運悪く偵察部隊に遭遇してしまった。が、そこに狙っていた本人も一緒に居たため、そのまま本陣と思われる場所に連れていかれて今に至っている。
「ウーダイオス様………私達と一緒に来ませんか?」
「………ほう」
「ウーダイオス様言ったように、信仰は、恩恵があるから信仰するのではない………あくまでも自らの手で実らせることが出来たことを感謝する物だと………私も思います。しかし、今、この国は女神の力ではなく、人々の手で復興しようとしています。今こそが、カナンの人々の意識の変革の時じゃないでしょうか?」
「変革ねぇ………」
「私達に付けとは言いません。私と一緒に…来ませんか? ここから逃げ切る程度なら………か弱い私でも、貴方とアリスが居れば出来るはずです。お願いです………貴方を、殺したくはないのです…」
 ウーダイオスは、自分のコップに残っていた甘いお茶を一息で飲み込むと、やれやれと頭を掻いた。
「あー、どうしたもんかねぇ。気持ちだけはあり難いとでも言っておこうか………っと、まぁ落ち着け。あんたが自分で言った通り、俺だって今この場で殺し合いをするのは御免だ。何より、今武器無いしな、俺。それはともかくだ、あんたも少し勘違いをしているようだ」
「勘違い、ですか?」
「そう、勘違いだ。まず第一に殺し合いなら俺の方が上だと思うね。まぁ、実際に戦ってみないとなんとも言えないが、殺しってのは案外大変なもんだ。精神的な部分でな。見た限り、あんたは人を殺すのに覚悟を決める必要がありそうだ。俺にはそんなもんは必要無い。別に、あんたを悪く言ってるつもりもないし、むしろそれが正常って奴なんだろうがな」
「覚悟が必要とは変わった事を言うんだねぇ」
「ま、受け売りだがね。人を殺す事に僅かでも抵抗を感じているようじゃ、うちでは三流以下の扱いを受けるのさ。そういうところで育ったもんでね。ともあれ、覚悟を踏むなんてステップが必要な相手に、こと殺し合いで劣るとは思えない。覆せないほどの実力差があれば話は別だが………まぁ、やらない事に仮定の話をするのも馬鹿馬鹿しいし、この話はこれでいいか。んで、もう一つだが、この国はもう変わらないだろう。いや、変われない、か」
「そんな事ないです。現に、今だって………」
「今この時に及んでなお、この国の奴らは誰かに助けてくれというぐらいしか自分でできないのさ。イナンナに限った話じゃない、問題が起こったらどこかから誰かが助けてくれる………そんな考えが、一領主ですら抜けきっていない。幸運な事に、現に助けは現れたし、そいつらは神様ほどではないにせよ、救世主の呼び名に恥じない立派な活躍をしているそうだ。ここに限らず、な。そんな他所様の力を借りて、ネルガルを打ち倒せたとして、何が変わるかね。変わらんだろうよ。助けてくれることが当たり前になっている、そういう病気だ。病ってもんは自覚して初めて治そうとするもんだが、ここじゃ病である事が正常なのさ」
「そんな事………無いです。それに、もし、そうだったとしても、病気だというのでしたら、気づかせてあげれば」
「気づかなかった奴が今までも居なかったわけじゃないさ。けど、そいつらは全部摘み取られていった。イナンナ本人かもしれないし、そうでないかもしれないが………もう随分と昔の話だがね、うちと関わりのあった家ってのは一つの例外を除いて全部残っちゃいないのさ。俺は顛末までは知らないが、それはそうだな、砦に戻ったら尋ねてみるといい。あんたらの大将やってる、アイアルという男なら詳しく知っているはずさ。病に気づいちまった可愛そうな奴の治療法って奴をな」



 ドラセナ砦の中では、慌しくも着々と防衛の準備が進んでいた。
 大軍に囲まれているという状況でありながら、誰もがちゃんと自分の役割を理解し混乱せずに動いているのは短い期間ながらも、今日まで行われた訓練の成果だろう。
 七瀬 歩(ななせ・あゆむ)はその慌しい中から、少しふらつきながら抜け出してきた。その肩を七瀬 巡(ななせ・めぐる)が支えている。
 歩の発案で、足音を察知するサンドワーム対策に前線に出る兵士に空飛ぶ魔法↑↑をかけていっていたのだ。
「いくらなんでも、一人で全員分なんて無理だよー」
 巡の言う通り一人で全部カバーなんてできない。一番最初に出陣する人たちを優先していたのだが、あっという間にSPが枯渇してしまった。
「うう、ごめんなさい」
「ほら、ちょっと休も」
 巡が適当に見つけた椅子に腰を下ろした。
「どうぞ」
 そう声をかけながら、アイアルがマグカップの乗ったお盆を差し出す。
「ご苦労様です。兵達も喜んでいました。このお茶の香りは気分をリフレッシュする効果があると言うものです。喉を通らないなら、香りだけでもどうぞ」
「あ、どうも」
「ほんとだ、すごい爽やかな香りだねー」
「喜んで頂けたなら何よりです」
 アイアルは、二人の椅子の隣にある椅子に腰を下ろした。アレ? と思った歩がその疑問をそのまま口にする。
「あの、出陣しないんですか?」
「先ほど、兵に追い出されました。あんたは大将なんだから、後ろでどんと構えててくだせぇ。だそうです………」
 なんて語るアイアルの表情は、ほんの少しだが不満げだ。最初の戦いで率先して敵地に侵入した人物だが、確かに指揮官を一番危険なところに放り込むのは兵士達にとってはかなり冷や汗ものだっただろう。前回は玉砕覚悟の気持ちもあっただろうが、今回は誰も負けるつもりが無いのなだ。総大将を前線に投入するなんて無謀を試みるはずも無い。
「アイアルにーちゃんは戦いたかったのー?」
「そういうわけでは………こんな事を言うのも難ですが、私はそこまで腕は立ちませんから、今はもう足手まといになってしまったと思います。みなさんが訓練している間、私は全く剣を握る暇がありませんでしたから」
「だったら、何で残念そうな顔をしたのさー?」
「残念そう、ですか。そんな顔をしていましたか?」
「うん」
「そうですか………。そうですね、ここからでは遠くて見えないものがあるんです。敵と向かい合う恐怖も、仲間が倒れる絶望も。そういったものが、遠くに感じられるようになってしまいたくなくて、できるだけ前に出るようにしてました。考えてみれば、兵達にとっては危険人物に見えてたかもしれませんが」
 こんな人だから、みんな辛くてもこの人についてきたのだろう。一兵卒の気持ちを汲めるからこそ、希望も何も見出せないゲリラ戦を今日まで一丸となって戦い抜いてきたのだ。もっとも、彼の言葉通り危険人物であるのも確かだ。今まで生きていたからこそ美談になっているが、途中で倒れていた場合そのまま部隊が壊滅していたとも限らない。
 もっとも、こんな人だからこそ歩も思っていた事を口に出そう決める事ができた。
「あの………、少しいいですか?」
「なんでしょうか?」
 歩は、自分の知っているウーダイオスの話をアイアルに話した。尋問に関しては情報共有されているので、恐らくアイアルも知っている事なのだろうが敢えてそこから全て話すことにした。
「―――。あたしが聞いたのはここまでです。……今でもあの人の事が憎いですか?」
「………」
 アイアルは、真剣な表情で一つ深く息を吐いた。
「その話、私も興味あるわね」
 と、フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)が声をかけてきた。
「けど、その前に。アイアルさん、さきほどの件なのだけれど、急ぎ足だったから万全とは言えないけど、できる事はしてきたわ。ドタバタしててさっきは言えなかったけれど、私の話を聞いてくれてありがとう」
「いえ、民の救出は我々の責務です。それに、フレデリカさんに話を持ちかけてもらわなければ、そもそもその件についてこちらが感知できないままとなるところでした。こちらこそ感謝しております」
「そう言ってもらえると、こちらも少し気が楽になるわ」
 フレデリカは正岡 すずな(まさおか・すずな)の独断行動を事前に察知し、その行動を正式な任務になるように働きかけていたのだ。もっとも、張本人であるはずのすずなが最後まで捕まらず、後手になるがこちらから声をかけて彼女を追うチームを作り先ほど出立してきてもらったところである。
「それで、先ほどの話の続きなのだけど」
「………わかりました。ただ、これは皆さんだからこそお話できる内容だと先に断らせてください。決して、兵達には漏らさぬようにお願いします」
「秘密の話なんだね、わかった!」
「そうですね、秘密の話になります。少し長い話になるかもしれませんので、あちらの部屋に行きましょう」
 案内された小さな部屋には、簡単な椅子と机があるだけの簡素な部屋だった。机の上には、様々な事が書かれた紙が乱雑に散らばっている。アイアルの雑務室兼個室として使われている部屋で、フレデリカは何度かこの部屋に入っているが、歩と巡が入るのは初めてであまりの殺風景ぶりに少し驚いた。
 アイアルがお茶を準備しようとするのをフレデリカが代わって用意する。お茶が用意されてから、少し間置いて、アイアルが口を開いた。
「まずは、順番にお話するべきですね。あの男の言うとおり、事実で彼が殺した人数と、史実で彼が殺した人数には違いがあります。私は、その全てを最初から知っていました」
「そうなんですか、でも、だったら………」
「ですから、全てをお話します。もっとも、私が知るのも伝聞である以上、本当に事実かどうかは今では確認が取れないことです。ですが、あの男の話と照らし合わせると、恐らく事実なのでしょうね」
「申し訳ないんだけど、あまりのんびりしていられるわけでもないから、できれば手短にお願いしたいんだけど」
「………そうですね。あの男、ウーダイオスの家は古くから学者の家系でした。しかし、それは表向き、裏では古くから死霊術の研究を行っていました。それは、この国においては禁忌と言ってもいいものです。その研究を行っていた以上、イナンナに対してもあまりいい感情を持っていなかったと思われます。その研究のために、巧妙に力を蓄え当時の領主すらも抱きこんでいたそうです」
「ウーダイオスにーちゃんも同じような事を言ってたね」
「当時、あの男の家を中心にして反乱の準備が着々進められていたのです。そして、以前よりその動きを察知していた当時のヘシュウァン家の当主は、反乱を事前に食い止めるために………自らあの家に近づくことにしたのです。領主が関わっている以上、生半可な方法で止める術がありませんでした。そのため、決定的な証拠を掴み、他方の領主の力を借りて、彼らが動く前に全てを潰そうとしたのです」
「決定的な証拠………それって、もしかして………」
「歩さんの考える通りです。あの家の娘、あの男の妹を迎え入れたのはその為です。そして、その娘に考えうる限りの方法で拷問を行ったのです。そして、全ては暗闇の中のまま関係者を処分し、領主は遠縁の血縁者と入れ替え、下手人としてあの男が全てを罪を被る形にして幕を下ろしたのです」
「一ついいかしら。ウーダイオスの家ってネクロマンサーの技を研究してたなら、その拷問が本当に効果的だったとは言えないんじゃない?」
「………ええ、結局その娘は何も語らずに亡くなったそうです。しかし、その娘の遺体は幾重にも手を加えられた形跡があり、それが動かぬ証拠となったのだそうです」
「そんな………ひどい」
「誤算があるとしたら、当時の当主も私と同じように石化刑について知っていなかった事です。まさか、あれからこれほど時が経って当時の亡霊が現れるなどと、思いもよらなかった事でしょうね………これが、私とあの男が相容れない理由です。あの男にとって私は全てにおいて仇であり、私にとってはヘシュウァン家が手をかけねばならぬ亡霊なのです」
「………そういう事なら、私から言うことは何もないわ」
 フレデリカは、残っていたお茶を一気に飲み干すとすっと立ち上がった。
「そうだ。二人にお願いがあるんだけど、いいかしら?」
「私達に?」
 歩の言葉に、フレデリカが頷く。
「今の話から考えると、アイアルさん個人が狙われる可能性があるわ。だから、二人はアイアルさんについて、護衛をして欲しいの。向こうはこの砦について詳しいはずだから、どう来るかわからないしね。なるべく動かず、この部屋でお願い」
「アイアルにーちゃんを守ればいいんだな」
「そういう事、お願いね。それと、独り言なんだけど―――貴族に産まれてしまった以上は、嫌でも背負わなきゃいけないものは確かにあると思う。私はまだそんな事を口にできる身じゃないかもしれないんだけど、でも、背負いながらも自分で考えて、自分で決めないといけないと思うの。全部が全部、いつまでも変わらないなんて事はないから、だから………その、なんて言えばいいのかしら。いいわよね、独り言だもの。それじゃ、私は少し様子を見てくるわ」
 少し早足でフレデリカが部屋を出ていく。
「アイアルさん………これはあたしの考えですけど、たとえ自分には悪人でも、その人を大切に思ってる人がいると思うんです。だから人の命は大事なんじゃないかなって。確かに、アイアルさんのお家をウーダイオスさんは恨んでいるかもしれません。でも、私はそうじゃないかもしれないって、そう思うんです」
「うーん、ボクはよくわかんないけど、嫌いな人でも居なくなると寂しくなっちゃう時ってあるんじゃないかなー?」
「………フレデリカさんも、お二人も、誰も私を責めたりしないのですね。国のためとは言え、あの男の妹を殺し、そして全てを押し付けた家の血を私は受け継いでいるのです。そして、それを知っていて私は自分のためにそれを語らないでいたんですよ?」
「だって、それはアイアルにーちゃんがやった事じゃないんだよね。ボクは、アイアルにーちゃんがいい人だってわかってるもん。だから、今からいきなり嫌いになったりなんてしないよ」
「………しかし、それでも私はあの男と手を取ることなどできません。それに、あの男も私と手を取ろうなどとも思っていないでしょうね」
「そう、ですか………」