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【カナン再生記】ドラセナ砦の最初で最後の戦い

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【カナン再生記】ドラセナ砦の最初で最後の戦い

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6.なら、君も頑張ってみないか?



 被害をものともせず、線ではなく点で詰め寄ってきた敵軍はかなりの数が正門近くまで侵攻してきていた。本来、最前線に立つ部隊が敵を受け止めるものなのだが、定石ではない敵の動き方にこちらの部隊がちゃんと機能していないようだ。
「きゃっ!」
 今坂 イナンナ(いまさか・いなんな)が短い悲鳴をあげて倒れる。彼女の目の前には、敵の兵士の姿があった。
 素早く駆け寄った今坂 朝子(いまさか・あさこ)が、その兵士を打ち倒し、倒れたイナンナを抱き起こす。一撃をもらってしまったようだが、幸いにも命にかかわるほどのものではなかった。
「ひぃっ!」
「なによ?」
「な、なんでもない。ただちょっと、顔が………! なにも言ってないから、うん、なんでもない!」
「そう?」
 手当てをしたいところだが、朝子はイナンナを助け起こすにとどめた。先ほどから、この辺りは混線状態で、同じ場所にとどまっているのはかなり危険だ。
「さぁて、どうしたもんかねぇ」
 たまたま立ち寄った砦で、戦があるという事なので手助けのつもりで自分の兵を参加させたのだが、最初こそうまく機能していたが今は見るかげもない。
「………うっ」
 立ち上がらせたイナンナが、ふらつく。
 傷がなくても、戦がはじまってからこの辺りはずっとこんな感じだ。敵味方が混在しているせいで、砦の援護射撃もうまく機能してくれず、目の前に砦があるのに孤立無援の戦いをしているような気分になってくる。
 自分はともかく、と朝子はイナンナを見た。さすがに、こんなところで彼女を失うわけにはいかない。
「おい、おまえ」
 と、そこへ闇咲 阿童(やみさき・あどう)大神 理子(おおかみ・りこ)と共に二人に近づいてくる。
「なんだい?」
「おまえが連れてきた兵は、もうダメだ。完全にへばっちまってる。他の部隊も損傷が激しい、一旦まとめて下げてもらえないか」
「それは、別に反対しないけど、ここで兵力削って持つのかねぇ?」
 ここはかなりの激戦区だ。例え、かかしになってしまっていても、兵には盾としての使い道ぐらいはあるだろう。砦に残った戦力を考えると、食い込まれたらそのまま一気に倒壊する可能性は無いとは言い切れない。
「今はむしろ減らした方がいいんだってさ。そうすれば、砦から援護射撃を撃ち込めるんだとよ。むしろ今は味方が邪魔だとよ」
「ふぅん、一応ちゃんと考えてるようだねぇ。だったら、こっちもこれ以上余計な損害は出したくないし、下がっていいなら下がらしてもらうよ」
「頼んだぞ」
 朝子はすんなりと受け入れ、後退していく。
「理子、お前も無理そうなら下がっていいぞ?」
「だ、大丈夫だよ。僕なんかじゃ全然力にならないかもしれないけど、けど!」
 そうは言うものの、理子の消耗も決して少なくはない。無理をしているのは目に見てとれる。意思を尊重するか、無理にでも下がらせるべきか。しかし、そんな事をのんびりと悩んでいられる状況ではない。
「わかった。だったら、必ず最後まで立ってろよ?」
「うん、頑張る!」
 そう答える理子を、なるべき視界から外さないように注意しようと阿童は決めた。

「部隊が下がり始めたみたいだね」
「援護射撃というのが、期待できるものであればいいのだがな」
 カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)の視界の隅には撤退を始める部隊が映っていた。それに伴い、まだ戦う部隊が隊列を即座に組みなおしている。さすが、教導団主導の訓練を乗り切っただけあって、動きも対応も中々のものだ。
「さらに一歩敵を近づけることになってしまうな」
「大丈夫よ。何の手もないのに、敵を引き寄せるなんてするわけがないじゃない。根拠はないけどさ」
 正門が混戦を極めている原因の一つに、前に出すぎてしまった部隊が戻ってきているというのもある。実質的は挟み撃ちになっているはずなのだ。それでも、かみ殺せないでいる。
 しかも、その挟み撃ち状態のせいで敵と味方が入り乱れ、援護がうまく働いていない。
 負傷兵を収容しつつ、味方の密度をさげて援護を機能させる。そのぶん、敵は前に出てくることになるが、消耗し合うだけではこちらが不利との判断なのだろう。
「今からが、一番厳しい状況ということになるな。無理そうなら、下がってもよいぞ?」
「そっちこそ、無理だったら下がってもいいからね」
 なんて言いつつも、どちらも下がる気なんて微塵も無いのはわかっている。
 まずは援護射撃をするための下準備、下がる味方の背中を守る必要がある。
 目の前には敵の壁、その向こうに味方がいるのだろうが、今は見えない。
「ここから先には誰一人通さないからね!」
「我らがここに居る限り、誰も砦にたどり着けぬと思え! それでも、向かってくるのならば来るがいい!」



「とりあえずは順調か、ルブルが戻ってこないところを見ると、深追いしてやられたか。あいつ頭に血がのぼりやすいからなあ………。ま、足止めになってるんなら仕事はしてるか。しっかし、あのムシュマフが落ちるとはねぇ」
 背後にまわろうとする部隊の相手をルブルに任し、ウーダイオスは一人だいぶ前へと出ていた。ここまで一人で抜けてきたが、予定通り戦闘は砦のかなり近くまで詰め寄っている。そのために、こちらの損害もかなりのものとなっているのだが、それは織り込み済みだ。
 シャンバラからの増援をどれだけこちらの対応に回せるか、が今回の作戦の肝だ。試しに使ってみせたムシュマフが、善戦したとはいえ落とされたのだ。あの程度で壊れるようなものではないが、力押しをしたら戦いがどう転ぶかわかったものではない。
「やれやれ、お客様か」
 ウーダイオスに向かって、魔獣の群れが向かってくる。火村 加夜(ひむら・かや)の野性の蹂躙だ。まともに遣り合っても得が無いと、一番前の魔獣の頭を踏み台にして群れを飛び越え、操っている使い手に狙いを絞る。
「無茶苦茶です!」
 驚きつつも、加夜は群れをUターンさせつつ魔道銃で飛んでいるウーダイオスを撃つ。当りはしたが、ダメージが入ったかどうかがわからない。すぐに、龍殺しの槍に持ち替え、宮殿用飛行翼でこちらから間合いを詰める。
「全く、一人でこれだ!」
「ウーダイオスさんは、そんな事言えないと思います!」
 剣と槍を打ち合い、互いに弾き飛ばされる。ウーダイオスは抜け目なく魔獣が走り去ったすぐ後ろに着地していて、魔獣の群れにまたも方向転換をさせなければいけない。
「強敵だとは聞いていましたが、ちょっと想像以上です」
「きっと俺の体を弄った奴にそんな事言ったら、卒倒するだろうなぁ。ま、俺としてはちゃんとやりあえる奴が居てくれてありがいがね」
 ウーダイオスは、魔獣、自分、加夜が直線になるぶようにして突っ込んでくる。そして切りあいの間合い一歩手前で、闇術を放った。魔法によるダメージ狙いではなく、視界を奪うためのものだ。魔獣を見えなくし、自滅を狙っているのだろう。
 加夜は魔獣の進路を変更する。すると、それを待っていたとでもいうように手だけが闇黒を突き破ってきた。魔法の気配、ペトリファイを放ってくるつもりだ。
「おっと、そこまでなのだよ!」
 軍用バイクが、加夜とウーダイオスの間に割り込んでくる。ウーダイオスは、攻撃をすぐにやめて離れていった。
「本気を出して、いいのだな?」
 司馬懿 仲達(しばい・ちゅうたつ)の操るバイクから、シグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)が飛び降りると、そのままの勢いでウーダイオスへと詰め寄っていく。
「全く、油断も隙もあったもんじゃねーな!」
 嬉しそうに叫びながら、ウーダイオスはシグルズの剣を剣で受け止める。
「ほう、シグルズの剣を片手で………話で聞くとおり、中々の腕前のようですな」
「ありがとうございます、助かりました」
「気にするでない。味方を助けるのは当然なのだよ。して、あの者がウーダイオスで間違いないのだな?」
「はい、そうだと思います」
 シグルズの攻撃をウーダイオスは凌ぐのがやっとという様子だ。
「ちっ、腕が無いのがここまで不便と思うとはなぁ」
「この状況で軽口を叩けるか。だが、今はむしろその方があり難い………後ろ、気をつけろ」
 ウーダイオスの背後から、アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)が一気に肉薄する。不意打ちというには、シグルズの言葉はタイミングが早すぎた。言われてから、ウーダイオスが対処するには十分余裕ある。
 アルツールの一撃を避け、二対一の状況になる。
「君に話がある」
「そんな状況でも無いと思うんだがね」
「戦闘の最中に、腰を下ろして会話などしていると互いに都合が悪いだろう?」
 切り合いを続いけたままの会話が始まった。
「君が学生達にした話は聞いた。私も、君の意見には同感だ」
「ほう、それで?」
「以前、新しいシャンバラ女王を立てるか否か議論がされたことがある。その時、俺と司馬先生は立憲君主制と言うものを提唱したのだ。だが、シャンバラの人々はあの混乱の中でも、自らの力で立つ事よりも女王と言う価値観にしがみつき続けた」
「自らの力か、それは高望みし過ぎなんじゃないか?」
「どういう意味だ?」
「さてな、俺はそのシャンバラという国の内情も国民も知らんがね、あんたが優秀な奴ってのはよくわかった。いいや、あんただけじゃない。シャンバラから遥々この国まで親切を押し売りにやってきた奴らどいつもこいつも優秀だろうよ。だが、大きく見ればゲリラどもの味方なんだろうが、個々では違うもんを見てる。一つの統一された意思で動いているわけじゃない、それがあんたの言う自分で立つ力ってやつだ」
「そうだとして、だから何だというのだ?」
「あんたは十分に強いだろうよ。そこまで力をつけるのに、どれだけ代償を支払ってきたか思い出せるか? そしたら、それがありとあらゆる奴全員が支払えるもんだと思うかい?」
「俺が支払ってきたものだと?」
「そうさ。それはあんたにとっては、辛くも苦しくも無いもんだったかもしれないが、そうそう簡単に支払えるもんじゃなかったと俺は思うね。力をつけるには、そのための支払いが必要だ。あんたの言う考えは、代償を強要する。だからうまくいかなかったんじゃないか?」
「仮にそうだとしても、人はより人らしくあるために向上する義務がある、それを怠れば人である意味が無くなってしまうからだ。それに、その言葉は君が言う神にすがるだけの存在を肯定するものではないかね?」
「別に思ったことを適当に口にしただけだ。あんたの考えは立派だよ、頑張ってくれ」
「なら、君も頑張ってみないか? 我々は諦めかけていたのだ、パラミタの人々は、神からの自立などできないのではないかと。だが、君が現れた。今すぐに力を貸せなどとは言わない………今はそう、生き延びてくれるだけでいい」
「なんなら、今ここから連れ出してやってもいいのだがな」
 そう言うのは、仲達だ。
「ありがたい話だねぇ、特に、味方になれと言われるよりはずっと気が楽だ」
「なんだったら、ワシの家に招待するぞ? 貴公はこんな辺鄙な場所で戦などしていて良い男ではない。ましてや命を落とすなど言語道断。貴公はな、可能性なのだ。少なくとも、ワシらにとってはな」
「可能性ねぇ、話が大きくなってピンとこないが、俺を買ってくれてるってのはわかった。けど、残念だが俺はもう売約済みでね。契約が切れるのは、死んだ時なんだわ」
「………そうか、死なねばならんか。ふむ、そうか、ならば一度は死んでもらうしかないな」
 そう言いながら、シグルズ達は剣を収めて下がっていった。
「おいおい、殺しに来るんじゃないのか?」
「人には色んな死に方というものがある。何も剣で貫くだけが死にかたではないぞ? まぁ、待っておれ。それまで、決して命を失うな。そうすれば、ワシらが殺してやろう」
 仲達は背中を向けたままウーダイオスにそう言って、砦の方へと足を向ける。加夜はいまいち状況を理解できていないようだったが、アルツールに促されるようにして下がっていった。
「………なんなんだか。シャンバラの奴らは変人ばかりだ」