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またたび花粉症

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またたび花粉症

リアクション

「『またたびトレントの花粉で猫っぽい奴が軒並み酔っ払ってる』だって!?」
 空京の異変に気づいた無限大吾(むげん・だいご)は、インターネットで得た情報に嫌な予感を覚えた。
 見ると、猫の獣人である西表アリカ(いりおもて・ありか)の目つきがおかしい。
「うわっ、やっぱり」
 アリカは一体何が見えているのか、よだれを垂らして呟く。
「うーん、なんだか目の前に1メートルくらいの美味しそうな鼠がいる……」
 もちろん、そんな獲物はいないのだが、廿日千結(はつか・ちゆ)はきょろきょろと周囲を見回した。
「え? 1メートルくらいの鼠? どこにそんなのが……」
 はっとする千結。アリカの視線は明らかに自分へと向けられていた。
「なんか、あたいの方を獲物を見る目で睨んでる……あ! あたいのことなんだよー」
 と、のんきに言う千結。
 その彼女の名前から、どうやらアリカは廿日をハツカネズミ、千結をチューという鳴き声だと思ったらしい。
 しかし、酔っぱらったアリカの目はマジだ。
「こ、これは、ちょっとまずいんだよー……逃げるが勝ちなんだよー」
 と、慌てて『空飛ぶ箒』に跨る千結。
「ひっく、ボクの脚から逃げられると思うなぁ! シャー!!」
 と、すかさずアリカも後を追うが、何故だか千結は高度を上げることが出来ずにいた。
「っ、低空飛行で頑張るんだよー」
 と、出来る限り速度をあげるも、アリカはすぐ後ろへ迫ってきている。やばい、食われる!
「前にいる人ー、危ないからどいてー」
「待てー、ボクのご馳走!」
 そんな二人を見送って、大吾は溜め息をついた。
「仕方ない、セイル。そのまたたびトレントを伐採しに行くぞ」
 と、もう一人のパートナーを振り返る。すると、セイル・ウィルテンバーグ(せいる・うぃるてんばーぐ)の目もとろんとしていた。
「どうした、セイル?」
「……大吾、私お手製のサンドイッチ、食べませんか?」
 と、サンドイッチを取り出すセイル。しかし、そのサンドイッチの中には何やらよく分からない具が入っている。
「え、猟理? いや、今はそんなこと言ってる場合じゃないし、そもそも食べる訳ないだろ」
「猟理? 違います、料理ですよ。食べたくないんですか?」
「いや、だから今はそれどころじゃ……って、まさかこいつまで!?」
 ようやくセイルの異変に気づく大吾だが、一足遅かった。
「つべこべ言わずに食えよ無限大吾。嫌なら、無理矢理食わすまでだ!」
 と、何故かセイルが戦闘モードに切り替わる。
「クククッ、アハハハハッ!」
 どこか楽しげに笑い声を上げるセイル。これはやばい、食ってもやられるが食わなくてもやられる!
 だが、こんな街中で武器を使用するのは迷惑だ。セイルの酔いが覚めるまで逃げ続けるしかない!
 そう考えた大吾が逃走を始めると、セイルもすぐに後を追いかけた。しかも、セイルの方は『加速ブースター』使用である。
『パワードレッグ』で強化しているとはいえ、大吾には最後まで逃げ続けられる自信がなかった。
「頼むから退いてくれぇ!!」
 道行く通行人へ叫びながら、大吾とセイルもまた、千結とアリカのように人混みの中へ消えていった。

「ねぇアサカアサカ、あれなに? すごいね、大きいね!」
 と、アイ・シャハル(あい・しゃはる)双葉朝霞(ふたば・あさか)の袖を引っ張った。
「ええ、そうね」
 と、朝霞はそちらを見ようともせず適当に返事をする。
 すると、アイがむすっとした表情で彼女の前へ回った。
「ほらぁ、ソラにも見せたげようよ。いろんなものを感じたら、ソラだって動き出すかも知れないでしょ? だから、早く早く!」
 朝霞が押している車椅子には、機能を停止した機晶姫、小芥子空色(こけし・そらいろ)が座らされていた。
 相変わらず元気なアイを見下ろして、朝霞は思う。――きゃっきゃはしゃいじゃって、ほんと元気よね、なんかまぶしい……。疲れないのかな、私の方が疲れるわ……。
 ふわり吹く風は生温く、道行く人々にさえも朝霞は冷めた目を向けるだけだ。
 ――心なしかぼんやりしてきたし……もう、帰るのもめんどくさい。
 可愛らしく着飾った空色の膝にもたれて、朝霞は溜め息をついた。
「ああ、本当めんどくさい。なんで生きるのってこんなに面倒なのかな。仕事とか勉強で疲れるのは当たり前だけど、出掛けて遊ぶのも勇気がいるし、疲れるのよ」
 びくっとしたアイがとっさに朝霞の肩を揺するが、朝霞は微動だにしなかった。
「アサカぁ、アサカってば! ねぇどうしちゃったの、こんなとこで寝ないでよっ」
 それどころか、鬱々とした思考を垂れ流しにしている。
「寝るのが何にも考えなくて良いから一番楽だけど、寝たら次の日がやってくるし……そうしたら、やらなきゃいけないことだらけだし、ああもう、面倒くさい」
 ざわざわと周囲の視線が集まり出していた。
「アサカー、ソラー、ねぇ起きて! 危ないでしょって、もう!」
 と、精一杯の力で朝霞を立ち上がらせようとするが、小さなアイには無理だった。20
「あなた本当に元気よね、そんな精一杯生きてたら、さぞかし生きるの楽しいでしょうね。ねぇ楽しい?」
「何言ってるのか分かんないよ、アサカ!」
「だるだる生きたってそれなりには楽しいわよ? でも私は、私が嫌いだから辛い方が多い。他の誰より嫌いな人間と、死ぬまで添い遂げなければならな――」
 朝霞の目には、空京の街並みなど映っていなかった。どこか遠くの、そう、アイにはとうてい見ることの出来ない遠くを見ていた。
 反対側に回って車椅子を押そうとするアイ。しかし、空色と朝霞を動かすなど不可能だ。
「あー、もう! だれかー、だれかこの人たち、なんとかしてぇー!!」

 住宅街の一角にある目賀家の屋敷を訪れたレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)は、案内された扉を開けて目を輝かせた。
「お久しぶりなのですぅ、マヤー」
 床でごろごろしていたマヤー・マヤーは、レティシアを見つけるとすぐに寄ってきた。
「にゃっ、にゃにゃにゃうにゃうにゃあ」
「にゃ?」
 マヤーが酔っぱらっていることに気づき、レティシアは猫化しているマヤーと目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「にゃー。にゃあうはにゃうで、にゃうにゃうー」
 何を言っているのか、当人の間でしか通じない会話が成されようとしていた。
「にゃーにゃー。にゃんでにゃんみゃ? あちきもすっかりにゃうってにゃう」
 そう、酔っぱらっているのはマヤーだけではなく、レティシアもなのだった。
「にゃうにゃうー。にゃーで、にゃーにゃー?」
「にゃあ、にゃうにゃんみゃーお」
「にゃあー、にゃうにゃーはにゃーにゃー、にゃあうにゃうにゃ」
「にゃって、にゃんにゃーなうー」
 謎の会話を繰り広げる二人を、じっと眺めるミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)。帽子にマスクにサングラスと、花粉症対策ばっちりの彼女だけは酔っていなかった。
「にゃあ、にゃーうにゃーにゃあ」
「にゃあん。にゃんにゃ、にゃーうーうー」
 レティシアとマヤーの会話は、これがなかなか面白かった。内容はさっぱりだが、ミスティは時折くすっと笑いながら、興味深く眺めている。
「にゃにゃっ、にゃにゃんにゃ、にゃーお?」
「にゃあにゃあにゃ」
「にゃにゃんにゃー」
「にゃー、みゃーうーにゃー」
「にゃーあ、にゃー。みゃうーなうー、にゃんにゃっ」
「にゃー、にゃにゃー、にゃあんにゃー」
「にゃっ、みゃーお!」
「みゃーお!」