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人形師と、チャリティイベント。

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人形師と、チャリティイベント。
人形師と、チャリティイベント。 人形師と、チャリティイベント。

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12.貴方の力になりたくて。


 リンスがスランプだという話を聞いたアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)は、彼の家に行こうとしていた。
 途中、手土産にケーキでも、と思い立って『Sweet Illusion』に入ってみたら、
「おや」
「先生?」
 当の本人が居たので驚いた。
「相席してもいいかね」
「どうぞ」
 了承も貰ったので、コーヒーを頼んで席に着く。
「スランプなんだって?」
「どうしてそれを」
「生徒の噂は耳に入るんだ」
 というより、入れるようにしてある。ましてや自分で抱え込むような子だ。気にかけてやらないとずっと気付けない。
 その噂を聞いてから、アルツールなりに考えた。コーヒーを一口飲んでから、「スランプの原因だが」と切り出す。
「君の事だ、最近他人との関わりが増えた事で、自分の力との兼ね合いについての整理がつかないとか、そんな所ではないかな」
 あの能力がどういった経緯でリンスのものになったのかはわからないが。
 既にリンスの一部である。ゆえに、リンス自身がそのことについて不安に思ったり、揺らいでしまえば能力まで揺らぐのではないかと考えたのだ。
 リンスは、何も言わない。言えないのか、それとも考えているのか。どちらともとれる。
「一つ、昔話をしよう」
 繋ぎというわけではないが、話を続けた。
「俺も多少の魔術を使えるのだがな。これは明らかに異能だと認識してた。
 当時、俺の故国では魔術は明るみに出るものではなくてな、周囲を鑑みるとそうとしか思えなかったのだ。
 翻って君の力はシャンバラ人にとっては異能だが、俺にとっては魔術も君の力も同じ異能で大差無い。
 例えば俺がリンス君の力を見た最初の感想は、『付与魔術師向きの力だ』だったからな」
 偏見も持たなかったし、だから異端の目で見ることもなかった。ただ、こういう能力ならこうなのだろうな、と分析し感想を残しただけだ。
「魔術が既に既知のものになりつつある今の地球の子供達は、私よりももっと抵抗が無いだろうな」
 つまり言いたいことは、
「君の異能はその程度の問題だ。もしも異能だということについて不安がっているのなら、見る人によって変るものだ、そんなものいちいち気にするのは馬鹿らしい。そう思ってどっしり構えておけばいい」
 時には開き直る図太さを持つことも肝心だ。
 コーヒーを飲み干してから、リンスを見た。薄く笑っている。
「なんだ」
「いえ。先生の授業を受けている気分になったので」
「君は生徒だからな」
「そうですけど」
 何をいまさら、と息を吐いたら、
「でもね先生。俺、自分の能力について、人からどう見られているかって不安になったりはもうしてません。これはもう俺の一部だから」
「なんだ。そうなのか」
「はい。だから何か別なことが原因なんです」
「解決は? しそうなのかね」
「させますよ」
 珍しく、力強い肯定だ。
 それならば良い、と一枚の紙を差し出した。
「これは?」
「発注書だ。うちの娘たちに贈ろうと思っている人形のな」
「お時間頂きますよ?」
「待つさ」
 旅がちの姉妹へ、長期間離れ離れになってもお互いが寂しい想いをしないようにとそれぞれに自分以外の姉妹の人形を持たせようと思って。
 合計六体の人形を作ってもらうことになるが、大きさはそれほどでもないし、リンスならやってくれるだろう。
「元気そうだしな。私はそろそろ帰るとする」
「ええ。お気をつけて」
 静かに席を立ち、娘への土産にケーキを買って、店を出た。


*...***...*


 火村 加夜(ひむら・かや)はリンスを捜していた。
 リンスがスランプだと聞いて、何か力になれないだろうか、と。心配だ、と。
 けれど、ふんわり風に乗って香ってきた甘い香りに足を止める。香りの出所は、ケーキ屋さんだった。
 捜さなきゃいけないのだけれど。
 ――甘い香りに誘われたら断れないですよね?
 私だけじゃないはず、と内心誰にともなく言い訳して、ドアを開けた。
 ショーケースに並ぶケーキを見て、食べるか差し入れに持っていくか、悩んだ結果両方にしようと思ってケーキと紅茶を頼んで。
 席に着こうとしたところ、
「あれ?」
「や」
 リンスと目が合った。ひらり、軽く手を振られる。
「あれ、え? どうしてここに?」
「用事があって」
 それもそうだ。質問を改めようと頭を回転させながら、リンスに対面する形で椅子に座った。
「スランプだって聞きました」
「みんな情報早いね。どこから聞きつけてんだろ」
「それは秘密です。
 で……私もなにか力になりたいので、スランプの原因を一緒に聞けたらと思うのですが」
 提案してみたが、困ったような笑みを浮かべられてしまった。
 ――あ。もしかして、迷惑ですかね……?
 思い至って、「えっと、迷惑じゃなかったらです」と付け足すと「ごめんね」と謝られた。謝らなくてもいいのに。頼ってもらえないのは、残念だけど。
「頼れそうなら、頼ってくださいね」
 だからそう言って、ケーキを食べた。甘くて美味しい。
「そういえば……リンスくんって、今までスランプってあったんですか?」
「そりゃまあ……あれ? ないかも」
 ですよね、と加夜は頷く。知り合ってから今まで、人形を作ってるところしか見たことがない。リンスといえば人形、というくらい強くイメージがついている。
「作っていなかった時って、入院してた時ぐらいでしょうか。……あっ、体調は大丈夫ですか? 急に寒くなったりしてますけど、どこかおかしくしてないですか?」
「病院沙汰になるようなことはないように気をつけてるし、大丈夫」
「なら良かったです」
 話しながら、今のセリフに少しだけ違和感を覚えた。
 病院沙汰になるようなこと、は?
 ならない何かが引っかかっていたり、するのだろうか。聞いても答えてくれなさそうだけれど。
 ――大変な仕事を引き受けて無理してストレス……とかじゃなければいいんですけど。
 やっぱりそれも、問うても答えてくれなさそうだから言わないけれど。言って負担になるのも嫌だ。気を遣わせてしまうだろうから。
「私に出来ることがあったらなんでも言ってくださいね」
 だからそう言った。
「出来ること?」
「はい。栄養管理した食事を作ることと、工房の掃除ぐらいかもしれないですけど。あ、あと気分転換に散歩しながらお話とかなら喜んで!」
 そういった、何気ない日常が大事だということはよくわかっている。
「リンスくん、最近外に出ることが多いから。私、嬉しいんですよ」
「そう?」
「はい。元気なリンスくんが一番ですっ!」
 だって、大切な友達だもの。
「今は大丈夫そうですし、私はそろそろお暇しますね」
 ケーキも食べ終わったし。
「また今度。お散歩とかしましょうね」
「うん。またね」
 ばいばい、と手を振って、別れた。


*...***...*


 荷物が、重い。
 四谷 大助(しや・だいすけ)は疲れた顔で息を吐いた。
「どこでもいいから、少し休ませてくれ……」
 あと、できれば飲み物が欲しい。大荷物を持っての長時間移動で身体が悲鳴を上げている。
 グリムゲーテ・ブラックワンス(ぐりむげーて・ぶらっくわんす)ルシオン・エトランシュ(るしおん・えとらんしゅ)に連れられて、ヴァイシャリーまでショッピングに行く。
 服やコスメ、ぬいぐるみ。靴に帽子に鞄にアクセ。
 様々なものを見て、買って、そして前述したとおりの大荷物になった。
 いつも通りの休日といえば、いつも通りである。
「じゃあケーキ屋さんに行きましょ。私とルシオンの行きつけのお店、特別に教えてあげるわ」
 グリムが得意げに笑ったが、正直どこでも良い。どこでも良いから、休みたい。
 案内されたのは、へばった地点からさほど遠くない場所で、大通りにある小洒落たお店だった。ファンシーかつポップな看板には、『Sweet Illusion』と書かれている。
「ふーん、こんな所にケーキ屋があったんだな……」
 ドアを開けると、ドアベルがからんからんと軽く澄んだ音を立てた。
「フィルさん、久し振り!」
「お久しぶりッス!」
 男性とも女性ともとれる中性的な店員さんに向かって、グリムとルシオンが明るい声をかけた。行きつけのお店と言うだけあって、店の人とも仲良しらしい。店員さんもにっこり笑顔で「グリムちゃん、ルシオンちゃん、久し振り〜♪」と手を振ってくれている。
「今日は何食べるのー?」
「私はいつものケーキ」
「あたしはまずタルトをいただくッスよ!」
 さくさくと注文する二人から、大助は? という目で見られた。慌てて、「オレはコーヒーで」と答える。
「ええ? コーヒーだけ?」
 グリムがジト目で見てきた。
「悪いかよ?」
 店の人であるフィルを前にして言いたくはないから言わないが、大助は甘いものがそこまで得意ではない。
「この美味しさが解らないなんて……人生の半分を損してるッスよ大さん! まったく、哀れと言う他無いッス」
「決めつけんなよ! いいじゃんかコーヒーが美味けりゃさあ」
 やれやれと言うルシオンにツッコむと、
「そうそう。好き好きってあるもんねー。ウチのコーヒー美味しいから、堪能して行って♪」
 フィルにフォローされた。悪い人ではなさそうだ。
 席を確保して、荷物を置いて一息つく。隣の席の、これまた中性的な人がちらりと大助を見た。きっとすごい荷物だと思われているのだろう。大助だってすごい量だと思う。
「さーあ食べるッスよー!」
 ルオシンがフォークを握って宣言し、タルトに向かっていった。そう、食べると言うより、向かって行くと言ったほうがしっくりくる食べっぷりだった。
 一方でグリムは、お嬢様然とした態度を崩さないまま優雅にケーキを食べている。ただ、食べる速度はお嬢様にしては若干、いやだいぶ、早い。
「さて」
「おかわりに行くッスかね!」
 そんな二人が同時に立ち上がり、レジへ向かった。
「まどろっこしいからコレとアレとソレ、三つ一気に頼むことにするッス」
「あら、ルシオンそれ頼むの? じゃあ私、こっちにするわ。後で一口頂戴ね」
「いいッスよ! 代わりにあたしにもそっち一口下さいね」
「はいはい」
 二人のやり取りを、コーヒーを飲みつつ遠目に眺めた。よくもまあそんなに食べられるものだ。呆れるのを通り越して称賛したくなる。
「何よ変な目で見て」
「よく食べるなあと」
「甘いものは別腹という歴史的格言を知らないの?」
 言いながら、グリムがルシオンの皿にフォークを伸ばした。先程言っていた一口を頂戴するためだろう。……どう見ても、半分以上かっさらっていっていたが。
「ああッ!? 一口と言いつつも大半食べられたッス!? 一番の楽しみだったのに!! グリムさんの鬼ぃー!」
 グリムは、ルシオンの叫びをものともせず「やだこれ美味しい。フィルさん、これお持ち帰りするわ! 他にもいくつか見繕ってくれる?」とフィルに言っていた。二人のやり取りは慣れっこらしく、フィルは笑顔で頷いていた。
 そして大騒ぎをしすぎたらしく、隣の席の中性美人さんからじっと見られていた。なんだか居た堪れなくなって、頭を下げる。
「うるさくしてすみません……」
「気にしないで。元気でいいじゃない」
 彼(彼女?)はそう言って、薄く笑った。
「……ん?」
 ケーキを平らげたグリムが、まじまじと相手の顔を見る。
 そんなに見たら失礼だろ、と注意しようとした矢先に、
「あなた、人形師のリンスさん?」
 と、お隣さんに声をかけた。
「うん」
「え、何? 有名人?」
「それなりに有名よ。作った人形に魂を込めるって噂の人形師さん」
「へぇ……」
 言われて、リンスをじっと見た。同い年くらいなのに、すごい人らしい。
「あまり見たら失礼よ?」
「グリムに言われたくない。
 ねえ、人形師……ってことは、やっぱり職人なんだよね。自分の納得のいくものが出来るまで妥協しないとか?」
「妥協はしないけど、納品日と兼ね合わせはするね。締切は守りたいから」
「あ、そうなの? オレ、てっきり満足行くまで完成させないのかと思ってた」
「そういう人も居るしそれを否定したりはしないよ。あくまで俺の優先がそっちなだけ」
 それもそうかと頷いた。いろんな人が居るのだから、そういう昔気質なタイプばかりでなくて当然か。
「ねえ、他にも聞いていいかな?」
 こういった相手に出会える機会はあまりないから、いろいろ聞いてみたいと思って、問う。
 どうせ、グリムもルシオンもまだケーキを食べているし。
「いいよ。答えられる範囲でよければ」
「じゃあさ――」
 出会った縁も、大切にしたいから。