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【カナン再生記】東カナンへ行こう!

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第12章 ゆる農場で収穫祭り!(1)

 早朝にアガデの都を出発して、馬車に揺られることほぼ半日。
 そこに彼らが開拓した農場『ゆる農園』はあった。
「「「皆さん、よくおいでくださいました!」」」
 『ゆる農園』と大きく書かれたアーチ型の門の下に勢揃いした農家の者たちが、声を揃えて彼らを出迎える。「バジ・シン」というネームプレートを付けたメガネの青年が、にこにこ笑顔を振りまきながら先頭に立っていた。
「ここは皆さんのご尽力によって開拓され、無事ここまで成長することができました農園です。ぜひぜひご覧になっていってください」
 身を退き、さっと手を伸ばす。
 そこには、はるか地平まで続いているような緑の畝(うね)があった。
「ふわー、すごーい」
 思わず感嘆の声が漏れてしまう。
 彼らがここを開拓し、離れたとき、まだ緑はなかった。
 地を耕し、地下茎のための畝を作り、種を撒いて、砂対策をし……しかしそこから先は、東カナンの人が取り組むべきことだった。自分たちはそのお手伝いをしただけと、いさぎよく身を引いていたのだが。
 何もなかった吹きさらしの荒野で、あのコツコツと地道に行った努力が今、ここにこうして青々と茂った実りになったのだと思うと、万感の熱い思いが胸いっぱいに広がる。
「皆さん、ずっと馬車で移動されて、さぞお疲れでしょう。まずはお茶でも飲んで、作業は午後からでも――」
「ううん!」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が、握り締めた両手をブルブルさせながら、おそるべき速度でぶんぶん首を振った。
「もううずうずして、待ちきれないよ! ねえみんな! みんなもそうだよね! ちゃっちゃととりかかろう!!」
「おーーーーー!!」



 農園にはトウモロコシ畑もあったが、大半は地下茎野菜の畝で占められていた。そこで育てられているのはさつまいも・じゃがいも・にんじん。彼らが植えていった野菜だ。
「順調にすくすく育っていたんですけどねぇ」
 収穫用のカゴと手袋を配りながら、ふうと息を吐く。
「ワームの幼生の被害ってそんなにひどいのか?」
 トーマ・サイオン(とーま・さいおん)からの質問に、バジは深刻そうに頷いた。
「うーん…。1匹で食べられる量はそうでもないんですけどね。せいぜいが10センチぐらいですから。小さいと3センチぐらいですし。でも、なにしろ数がすごいんですよ。もう西に面した畝のあの一角は、全部やられてしまいました。板を埋めて地下防壁にしたりもしたんですが、すぐ回り込んできてしまって」
 処置なしなんですよ。
「ふーん。こーんなやつがねぇ。
 なぁセルファねえちゃん、こいつだってさ」
 もらってきたカゴと手袋を受け取ろうとしたセルファの顔の前で、足元の土をほじって引っ張り出したワームの幼生をプラーンプラーンと振って見せた。
「きゃあっ!! い、いきなり何ひとの顔に近づけてんのよっ!」
 頬とかに触れたらどうしてくれんのよッ
「あれー? ねえちゃん怖いんだ?」
「こっ、怖くなんかないわよ! た、ただ驚いただけよっ!」
 隣の御凪 真人(みなぎ・まこと)の腕にギュッと爪を立てたまま、セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)は虚勢を張ってみせる。
 本当に、怖くはない。ニョロニョロプヨンプヨンしてて気持ち悪いだけだ。
(これが巨大に育った姿だったらまだ平気だけど、こう、小さいのが大量にウニョウニョしてるとかだとさすがに私だって退くわよ。っていうか、大抵の女の子はそうよ)
「セルファ、痛いのでそろそろ放してくれませんか」
「あ、ごめん」
 パッとセルファの手が離れると、真人は腰を上げた。
 ぱんぱんと手を叩き、土埃を払う。
「真人にいちゃん、どうかした?」
「ここは2人にお任せしていいですか?」
「いいけど……どうかしたの?」
 うるさく騒ぎすぎちゃったかな? と眉を寄せて見上げてくるセルファに、そうではないと首を振る。
「今は収穫してしまえばいいかもしれませんが、もしこれが定期的に起こるような出来事なら、今後の収穫にも影響が出てしまいかねませんからね。発生地点を特定して、何が理由か調べてきます」
「あ、それじゃ私も行く」
「わー、オイラもオイラもっ♪」
 そっちの方がずっと楽しそーじゃん。
「ちょっと見てくるだけですよ。何もしません」
 両手を上げて見せ、2人をなだめにかかる。
「えーっ」
「助けが必要と判断したら、戻ってきて相談しますから」
「ちぇーっ、つまんないのー」
「じゃあセルファ、くれぐれもトーマのことをお願いしますよ」
 足元の土を蹴り飛ばすトーマの頭をなでてなだめながら真人は「くれぐれも」のところを強調した。その意味は、もう2人の間では暗黙の了解だ。任せて、とばかりにこっくり頷くセルファを見て、真人はこの場を離れた。
「トーマ、さっさとこの畝のおイモ、引っこ抜いちゃうわよっ。まだまだいっぱいあるんだからっ」
「おー」
 このいたずらっ子の気をそらすには、常に忙しく体を動かせているのが一番とばかりにセルファが声を張り上げるのを背中で聞きながら、真人は農園を囲う柵にしつらえてある出入り口へ向かう。
 引き手に手がけたとき「すみません」と横から声をかけられた。
「はい?」
「わたくしもご同行してよろしいでしょうか?」
 フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が、両手を前に揃えて立っている。
「先ほどお話ししていらっしゃるのを小耳に挟んだのですが……西方に赴いて現地の様子を見て来られるのですよね?」
「ああ、はい」
「わたくしもあの地で何が起きたのか、興味がありまして。こちらでは何をしても対処療法になって、抜本的な解決には至らないかもしれませんから」
「そうですか。じゃあご一緒しましょう」
「ありがとうございます」
 フィリッパは優雅な動きで真人が開けた出入り口をくぐって農園の外へ出る。
 2人は連れ立って西へと向かって行った。



(なんか、イモ掘りって飽きるよねー)
 最初は宝探しみたいで面白くて、わふわふ掘っていたのだが。
 ある程度土を払ったら引っこ抜く。根がちぎれちゃったらそのあとを追ってまた土を払って引っ張り出す。
 土を払いながらじゃがいもにワームがついてないか、ジーッと見て、ついてなかったらカゴに入れる。その繰り返し。
 だんだんこう……なんていうか、そう、同じことの繰り返しで刺激がないのだ。
「つまんないよなぁ。どうせなら、この根の先からでっかいワームが出てきて、ガオーッ! とかやれば面白いのに」
 ――いや、それもどうかと思うが。
 ピン、と指で小っちゃいワームを弾き飛ばして……ピコーン! と頭に電球がついた!
「いいじゃん、いいじゃん。やってみよーぜ」
(セルファねぇちゃんに見つかるとまたうるさいから、見つかんないようにしないとなぁ)
 こそこそ。
 後ろでトーマの取りこぼしがないか、土を払って確認しているセルファの様子を伺いながら、ワームを集める。
 それを、キュッキュッと土と一緒にダンゴにしてみた。
「――あー、ダメか」
 土がパサついているせいか、すぐワームがうにょうにょ表に逃げてきてしまった。これではワームボールにならない。
「ちぇッ。いい案だと思ったんだけどなー」
 ぽーーーーーん、と放り出されたワームボールは――――……。



 そして今ここに、1匹のワームを前にスコップを突き出し、硬直しているゆる族が1人ッッ!!
 中の人間と連動していないため着ぐるみは笑顔だが、全身からは稲光のようなオーラがぬーんとおどろおどろしく放たれている。
 そんな相手の気迫を動物の勘で感じ取ってか、ワームもまた、ヘビのように鎌首をもたげ「やンのかオラぁー! 噛むぜー、噛みついてやるぜーーー! キシャーーーッ!!」と威嚇を飛ばしている。――もっとも、ミミズと違い前面全部が口とはいえ、直径1センチくらいしかないので歯の方も知れたものではあったが。
「ごめん!! ミリィ、俺が悪かったってば!」
 まるでこの対決が生きるか死ぬかの瀬戸際とでもいうようなミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)の雰囲気に押され、セルマ・アリス(せるま・ありす)はガッシとミリィに両脇からホールドをかけた。
「は、放すね、ルーマっ。これはコイツとワタシの真剣勝負なのよ!」
 キシャー! キシャー! キシャー!!
 口角泡を飛ばす勢いで、ワームが四方に首を振る。
「オラー! 来いよー! 逃げんのかぁ? オレが怖いってーのかァ? ああーん?」(←ミリィが受けたでむぱ)
 ミリィの背後稲光、200%増!!
「今分かったね! コイツこそワタシの生涯の敵!! 前世でも敵!! 刺し違えてでもコイツを倒すッ!」
「ごめん! ミリィが虫苦手なの知ってたのに! 忘れててごめんって!!」
「コイツを倒してワタシも死ぬーーーーっ!!」
 ――もうテンション上がりまくって、何を叫んでいるか、きっとミリィも分かってナイ。
 そこに、ひゅるるるるッと何かが飛んできた。
   ――ボトン
 直径5センチくらいの土ダンゴがワームの上に落下して、畝の中にめり込ませる。
 何か知らないけど天の助け。これでミリィは大丈夫、とホッと胸を撫で下ろした直後。土ダンゴがパッカリ割れて、中からワームがうようようねうねにょろにょろと…。
「……虫……いっぱい……………………うーーーん……」
 ――きゅうっ。
「わーーーーっ!! ミリィ!! やっぱごめんー!!」
 気を失ってグッタリしたミリィは、セルマがいくら揺さぶっても目を覚ます気配を見せなかった。


「――うっ……うーん…」
 ぱちりと目を開いたとき、ミリィはトウモロコシの葉陰に寝かされていた。
「あ、ミリィ。気がついた?」
 身じろぎした彼女に気がついて、セルマが収穫の手を止めて振り返る。
「ルーマ、ワタシ……気絶してたのね」
 身を起こすと、先までいた所からかなり南の方に移動しているのが分かった。
「ルーマが運んでくれたの?」
「ん? うん」
 ほかの人の手も借りたけど。
「バジさんに聞いたんだけど、まだここまではワームは来てないらしいよ。それにここに植わってるの、にんじんだから。これならさっきみたいに土の中掘らなくてすむし。ミリィも収穫が楽しめるよね」
「……うん」


「ルーマ」
「ん?」
「さっき、ごめんね。迷惑かけちゃって」
 にんじんを抜いて、軽く土を払って、向きを揃えてカゴに寝かせていく。
 葉っぱも食べれるから、丁寧に。
「そんなこと…」
 セルマは振り返り、ミリィを見た。
 いつの間にか背中合わせになって、少し先でにんじんを抜いている。まだワームを気にしているのか――それとも別の虫が飛び出してくるのを警戒してか――動作はゆっくりゆっくりだったけど、ミリィの両手は動いていた。
 それを見て、セルマもまた、作業に戻る。
「ミリィ」
「んん?」
「――俺……俺は、ミリィ達のこと……守れてるかな?」
 昔、ミリィが囚われてしまったとき、身動きができなくなって、頭が真っ白になった。
 その時より確かに俺は強くなっていると思う。ううん、きっと強い。あのころの俺には絶対負けないくらい。
 だけど、きっと、強いってだけじゃダメなんだ。
 結果としてだれかを守れなきゃ、どんなすごい力を身につけたってそんなものに意味なんかないって、最近思うようになった。
 だれか――。世界中の人なんて言わない。そこまで俺の手は大きくない。
 だけど最低限、この手の届く距離にいる大切な人くらい、守れるようになっていたい。
「守れてないよ」
 セルマの胸中も知らず、アッサリと、ミリィは否定した。
「今日だってワタシが虫苦手なの忘れてこんな所連れてくるし」
「あー……いや、そうなんだけど…」
 そういう意味じゃなくて。
「まぁ、これ楽しいからいいけど」
 すぽん、と引っこ抜いたにんじんを、ぱたぱたはたいて横のカゴに置いた。
「あの、ミリィ…?」
「――今までだって、全然ルーマは守れてないね」
「守れて、ない?」
「うん。一緒に守れてない」
「そっ……か。……あ、ははっ。ごめん、変なこと訊いちゃっ――」
 ぐっと込み上げてきたものに喉をふさがれ、セルマは口を押さえた。
 ――やばい。泣いてしまいそうだ。
「全然、ワタシ達の心を守ってくれてないね!」
 突然振り返り、ミリィはセルマを揺さぶった。
「ワタシ、ルーマが守ってくれるのは嬉しい。それってルーマがワタシのこと、大切に思ってくれてる証拠だよね。けど、それは悲しいことでもあるんだよ。いつもいつもそれって、結局同じ位置に立つ者として見てくれてないってこと。
 ワタシ達はルーマのパートナー。パートナーは守られるために存在するんじゃないんだよ? ルーマ。忘れた? そういうパートナー同士だっているけど、でも、ワタシ達は違う。後ろで守られたくてワタシはルーマといるんじゃない。ワタシ達は、お互いを守りたいから一緒にいるんじゃないの。一緒に同じものを守りたくて、ワタシ達は一緒にいるんだ」
 きみは俺が守るから、なんて言ってほしくない。
 力を合わせて一緒に守ろう、って言ってほしい。
 手を差し伸べるのは、引っぱって行くためじゃない。
 横に並んで、ともに歩くため。
「――俺は……ミリィも、他の皆のことも、仲間として見れてなかったのかな? 信頼できて……なかったのかな…」
 自嘲的につぶやくセルマを、ミリィは胸に抱き寄せた。
 愛する人を抱き締める情熱からではなく、全てを包み込む慈しみの想いで。
「ね? ルーマ。ワタシ達はルーマと一緒に戦う。どんなときも。だから後ろを気にしたりしないで。ルーマは前の敵だけ見つめて。横に手を伸ばせば、ワタシ達が握り返すから。
 どうかそれを忘れないでね」
「ありがとう、ミリィ…」
 どうかこれからも、相棒でいてほしい。
 ミリィが絶対幸せになれるように見ているから。

 ミリィに負けないくらい、ぎゅうっと抱き締める。ミリィはふわふわとしてやわらかく、そして温かかった…。