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【カナン再生記】東カナンへ行こう!

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第13章 ゆる農場で収穫祭り!(2)

「はいはいはいはい。三輪が通りますよぉ。ちょーっと道を開けてくださいねぇ〜」
 月谷 要(つきたに・かなめ)は三輪車を押しながら、軽快に畝と畝の間を走っていた。
 三輪の上には収穫されたじゃがいもがゴロンゴロン転がって、ちょっとした小山になっている。
 あまり重くなれば鬼神力を使うことも考えるが、まだこれくらいなら全然余裕だ。
「よっこらしょ、と」
 畝の途中途中に置かれてあるカゴの中から中身を三輪に移し変え、また次のカゴに走る。畝1つ分回収が完了したら、農家の人が柵のそばに用意してある保存用の小型サイロの中に運び込み、そこに置かれている木箱の中にザーッと流し込む。
 それを全部の畝で繰り返せば、もう最初の畝のカゴが山盛りになっている。
(うーん。のんびり収穫をお手伝いするつもりだったんだけどねぇ)
 これが全然のんびりじゃない。
 体力勝負の運搬作業だ。
 けど、彼の場合仕方がない。イロイロ、イロイロ、イロイロ、イローーーーッイロ!! 突き詰めて考えると困りすぎることが最近の日常で起こっているのだから。
(色々考えてると頭爆発しちゃいそうになるから、こうして何も考えないで体使ってる方が――)
 と、そこまで考えて、自分の使った「色々」に、ボンッ! と頭に血がのぼる。
 ――いや、全然間違ってないから。その字だから、要。色には別の意味ももちろんあるけど。
「だ、駄目だ、もっと頭真っ白くなるまで動かないと」
 もっと一心不乱に!
 燃え尽きるまで!
 じゃないと今夜がヤバすぎる。今夜もまた、悠美香と一緒に寝るんだから! しかも天幕で!
「体力ゼロにすれば、横になった瞬間寝れる(気絶できる)よね…」
 昨夜までみたいに自分にヒプノシスかけなくても。
「あれは治療……あれは治療……あれは治療…」
 ぶつぶつ呪文のようにつぶやきながら、じゃがいもの畝を回っていると、なにやら丸くふくれた白い袋が転がっているのが目に入った。
「? 何これ?」
「――あっ、それ開けない方がいいですぅ」
 気づいたメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が制止の声をかけたがもう遅い。要は口を解いて、中を見てしまった。
 中にあったのは、うねうねうにょうにょしたワームの幼生。それが袋いっぱいミチミチと詰まっている。
「……うぇ〜っ」
 気持ち悪いモン見た。
「だから開けない方がいいって言ったんですぅ」
 同じ袋を右手で持ったメイベルが、自己責任と腰に手をあてる。
「あのね、おいもを収穫してたら一緒に出てくるでしょ。でもそれを畑に戻していたら、また同じだもんね。だからこうやって捕まえて、袋に入れてるんだよ」
 セシリア・ライト(せしりあ・らいと)が説明して、やっぱり同じ白い袋をガサガサ振って見せた。
 太陽光で透けた袋の中ではワームがゴロンゴロン転がっている。
「ふーん。でもそれ、どうするの?」
「それが困りものなんですぅ」
「農園の外に放しても、きっと戻ってきてしまうでしょうから…。おいしい食べ物がここにあると、彼らも分かってますからね」
 とはシャーロット・スターリング(しゃーろっと・すたーりんぐ)。畝を掘り起こすのに使っていた鍬(くわ)を立てて、寄りかかっている。
「退治しなきゃいけないのは分かってるんだけど、なーんかこれだけ集まっちゃうとねー」
 どうしたらいい? と見つめられても、要にも妙案は浮かばない。
 袋の中でガサガサ動いているのは気持ち悪いが、それをまとめて処分するというのも…。
「ふーん。じゃあそれ、こっちで引き取ろっか?」
 いつの間に近づいていたのか、要の横に並んだ藤波 竜乃(ふじなみ・たつの)が手を差し出した。
「えっ、いいの?」
 パッとセシリアの表情が輝く。
「うん。だってあなたたち処分に困ってるんでしょ。それがしはそーゆーの平気だしぃ」
「わーいっ。よかったぁ。もうどうしようかと思ってたんだ」
 セシリアは、要が持っていた袋のほかにメイベルと自分の袋の中身を合わせて、合計2つのワーム袋を竜乃に手渡した。
「ごめんね。ありがとう」
「ううん。また集まったら呼んでよ。引き取りに来るからさぁ」
 じゃあねー。
「よかったですわね」
「うん。ほんとに。ちょっと軽薄そうなしゃべり方する人だな、と思ってたんだけど、全然いい人だったね!」
「…………」
 笑顔で話している2人とは対照的に、メイベルと要は少し難しそうな顔をして、すたすた歩いて行く竜乃の背中を見送っていた。
(あんなものを好んで引き取っていくなんて、ちょっと気になるですぅ)
(――んー。いや、俺の気のせいかもしれないしなぁ)
 手を差し出したときのあの子の目が、きらりとイヤな感じに光ったように見えたのは。
「じゃ、俺も行くから」
 カゴのじゃがいもを三輪に移し、要もまた、回収作業に戻っていった。
 無視しようとしてもできない、妙な、ゾクゾクする悪寒を背筋に感じながら。



「はい、羽純くん。これをつけてね。手が傷ついちゃうから」
 遠野 歌菜(とおの・かな)はにこにこ笑いながら、月崎 羽純(つきざき・はすみ)に両手で軍手を差し出した。
「あ、ああ…」
 すこしおぼつかない手つきで受け取った軍手をはめる。普段よくしている薄型の手袋と違い、厚めの軍手は手にはめると指の間に違和感がした。
「どうかしたの?」
 しげしげと軍手をした自分の手を見ている羽純を下から覗き込む。
 ちょっととまどっているような……こんな羽純は滅多にお目にかかれるものではない。何か、予期せぬプレゼントをもらった気分で、歌菜は口元に浮かぶ笑みを抑えきれなかった。
「少し変な感じがする」と、そこで歌菜の様子に気づいて、照れたふうに苦笑した。「こういうのは初めてなんだ」
「初めて!?」
 羽純くんに初めてのことがあったなんて!
「なんだよ……おかしいか?」
 まじまじと見てくる歌菜に、ちょっと拗ねたように返す。頬なんか、少し赤くなっているような気がする。その表情がやたらとかわいく見えて。
「じゃあ羽純くん、まずじゃがいもを掘ってみましょうねっ!」
 歌菜はうきうきと畝の始まりの方――トウモロコシ畑の手前――へ駆けて行った。


「なんか、よく見るとここは茶色ばかりだな」
 周囲を見渡して、ぽつりと言った。
 東の方に広がる畝は、着たとき見たように緑の葉がいっぱい広がっているが、じゃがいもを収穫する区画として割り当てられた場所はどこも枯れている。
「ワームにやられたのか……根も枯れて、もう腐っているんじゃないか?」
「ふふっ。上がカラカラに枯れているのが、いいじゃがいもができてる証拠なんです」
 しゃがみ込んだ歌菜が、枯れた茎をたどって根元を探す。
「もう光合成して栄養を送らないでいいと判断したら、上の葉っぱは枯れるんだよ。すごいよね、植物って。きちんと合理的に考えて、いる・いらないを判断してるんだから」
 本当は、ほかの人みたいに鋤(すき)や鍬で畝ごと掘り起こしていく方が楽だし効率的なのだが、それだと初めての楽しみが半減する気がして、歌菜はあえて手を使うことにした。
 この方が、なんだか宝物を掘り出している気がする。どんな子たちが出てくるか、楽しめるし。
「そんなに深くないから、コテでも手でもいいの。じゃがいもを傷つけないように土を払っていって……ほら。こんなに」
 土から顔を出したじゃがいもたちを見せた。
 ぱっぱと土を払い、さらにゴロゴロと埋まっていたじゃがいもたちをカゴに入れていく。
「ふぅん。ずいぶんたくさん埋まってるんだな」
 じゃがいもは1つの株から一度にたくさんとれる、という知識はあったが、まさか大小合わせて30個近くもとれるとは思ってもみなかった。
「これ、キタアカリだから。ゆでるとすごく甘くておいしいよ。まるで栗みたいな味がするの。食べるの楽しみだよねっ。
 さあ羽純くんも、こちらでやってみて」
 たしたしたし。手にした移植ゴテで隣の株を叩く。
 なんだか歌菜がおねえさんぶっている、と羽純もようやく気づいた。収穫作業は初体験だと知られたのが影響しているらしい。だが、そうやって目をキラキラさせている歌菜の笑顔を見るのは全然悪い気分ではなくて。
「そうだな」
 羽純は歌菜の指示通り、隣の株を掘り起こし始めたのだった。


「うおー! とったどーーー!!」
 そんな歓声が、突然少し向こうの畝から上がった。
「――あれは…」
 腰を浮かせてそちらを伺う。
「トーマ! すごいじゃない!!」
 横のセルファが、パチパチっと少し大げさに手を叩いてほめていた。
 トーマは鼻高々といったふうに、自分の身長ほどもある長さのイモヅルを両手で掲げて、大きなさつまいも3つをぶらんぶらんさせている。
「ああ、あれはさつまいもの畝ね」
「引っ張って抜けるものなのか?」
「さつまいもはできるよ。ツルが大きいから。――そうそう、あのツルも食べられるんだよ」
「ふぅん」
 じっと手元を見る。
「……じゃがいもではできないよ?」
 羽純が何を考えているか見通して、しようとする前に釘を刺す。
「そうか。残念だな」
「じゃあこの畝が終わったら、次はさつまいもの方に行こ?」
 それが終わったら、できたらにんじんも。羽純には、全部の収穫を体験させてあげたい。
 はずむ気持ちでそんなことを考えながら移植ゴテを突き刺したとき。
「勝利のワームボール第2号、水で濡らした改良版ーーーっ!!」
 先ほどの少年の勝ち誇った声とともに、ひゅるるる〜と何かが飛んでくる音がした。
 じゃがいもを掘り起こすことに集中していた羽純のこめかみに、直径5センチはありそうな黒い土の塊が、ゴン! とにぶい音を立ててぶつかる。
「きゃーーーーっ!! 羽純くん!」
 ――バタリ。
 あわてて手を伸ばしたが間に合わず、羽純はそっくり返ってトウモロコシ畑に頭から突っ込んでいった。
「このバカっ!! 何やってんのよ!」
 ひとがあれほど褒めてもちあげてあげたのにっ。真人に怒られるじゃない!
「あっれー? おかしいなぁ。手元をねらったんだけどなぁ」
 遠ざかる羽純の意識の中、全然悪びれたふうのない、トーマの声だけが妙にはっきりと聞こえていた。

 

「ああいう子がいると楽しいでしょうが、保護者はなかなか大変ですねぇ」
 ペコペコ頭を下げて――トーマの頭も押さえつけて強引に――謝っているのを見ながら、ラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)は曲げていた腰を伸ばした。鋤によりかかり、とんとん、と叩いて鈍痛を軽減しようとする。
「ふぅ……これは結構腰に来ますねぇ」
「カゴ、空にしてきたぞ」
「ああ、ありがとうございます」
 シュリュズベリィ著 『手記』(しゅりゅずべりぃちょ・しゅき)の差し出すカゴに、さっき掘り出したばかりのじゃがいもをゴロゴロ入れた。
 じゃがいもは順調に育っていたらしく、豊作で、かなり大きめの物が多かった。それはうれしいのだが、すぐカゴがいっぱいになってしまう。
 要や農家の人が走り回って回収していたけれど、全然追いつかず、結局収穫の終わった畝の1箇所に山盛りしてそこから回収してもらうようにしたのだった。
「わしもあちらを手伝うべきかのぅ」
 忙しくサイロと往復している三輪の人たちを見て思う。
 しかし背後のラムズをちらと見て、それはできないかと首を振った。
(こいつ1人をほっぽり出していくのは、少々無責任というものじゃろう)
 先ほどの子どもほどではないにせよ、ラムズも十分手間のかかる人間だ。なにせ、すぐ記憶が飛ぶのだから。
『どうせここにいても暇してるだけなんじゃろ? 少しわしに付き合え』
 そう言って連れ出してきた手前、面倒を見ないわけにもいかない。
「さて。お昼まであと少しです。もうひと頑張りしましょうかねぇ」
 うーっ、と伸びをして、ラムズは再び鍬を握った。
 畝の横から入れて、じゃがいもを傷つけないよう横の溝に引っ張って掘り起こしていく。
「あまり無理をするでないぞ。明日もあるんじゃから」
 『手記』は裾から伸びた多量の触手をじゃがいもに巻きつけ、次々回収する。
 ともに無言だったが、連携のとれた動きでなかなか効率のいい働きが続けられた。
「むぅ……またいっぱいになった。すぐに溜まるのぅ」
 やれやれ、とじゃがいもが山盛りになったカゴを持ち上げる。
「もっと大量に入るカゴはないものか……いっそ木箱を借りてくるがよいかもしれぬなぁ」
 カゴからはみ出したじゃがいもを胸の上で受け止めて、少し後ろにそり返りつつ、『手記』は再びカゴを空にしようと向かう。
「少し待っておれ。もう少し大きめの入れ物を持ってくるからの」
「ありがとうございます」
 その背中を、ラムズは鍬にもたれて休みながら見送った。
(しかし先ほどから、かいがいしく働く、よい娘さんですねぇ。こちらの農家の方でしょうか)
 ラムズの記憶は大分前からリセットされていた。