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【カナン再生記】黒と白の心(第3回/全3回)

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【カナン再生記】黒と白の心(第3回/全3回)
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第2章 誰かのために 3

 ローザマリアがエリシュ・エヌマの防衛システムに介入的に組み込んだ障壁は、敵兵の動きを感知するとともに細分化されて通路をふさいだ。それは敵兵の侵入をふさぐ一手であったが、同時に、敵の退路を断って敵部隊を分断させるための一手でもあった。
 機関部にたどり着いた敵兵たちはそこに立ちふさがるグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)希龍 千里(きりゅう・ちさと)を見ていったん後退にかかろうとしたが、背後に現れた障壁がそれを許さなかった。
 恐らくは艦橋にたどり着いたローザマリアが艦内モニターを見て操作したのだろう。己が契約者の功労に、我知らずグロリアーナはほくそ笑んでいた。
「誇らしげですね、ライザさん」
「うむ……自らが選んだ契約者の活躍を見れば、自然と笑みがこぼれるというものよ」
「なるほど」
 敵を見据えて拳を構えたまま、千里は感心した声を漏らした。
「そなたもそうではないのか、千里よ」
「それは……」
 グロリアーナの問いに答えようとするよりも早く、逃げ場を失った敵兵が自暴自棄になったように襲い掛かってきた。千里は振りおろされた剣を瞬時に避けて、拳で敵の胴体を撃つ。砲弾でもぶち当たったような衝撃で弾き飛んだ敵兵は、壁にぶつかって止まるとずるずるとその場にくずおれた。
 更に敵は千里へと立ち向かってくるが、彼女は素早くその剣筋を見切った。全身にいきわたる軽身功の活力で跳躍した彼女は、壁を蹴って敵の背後に回る。
 しまった……とばかりに背後に回られた敵兵は振り返りざまに剣を振り、残された兵士が彼女の背後から打ちかかって挟み撃ちの体勢になった。だが、それが命取りともなる。股をぐっと引き落とした千里の頭上で、敵兵の互いの剣が絡み合い、彼らは一瞬だが動きが止まってしまった。その隙に、千里の拳は光を放った。
 則天去私――突き出した拳から放たれた閃光と突風のような衝撃の力が、敵兵を数体まとめて殴り飛ばしたのだ。
 すぐ横では、千里が敵兵をなぎ倒したのと同時に、グロリアーナの両の剣が敵を切り払っていた最中だった。疾風を巻き起こす剣線が、相手を叩き切った。
 そうして、残されていた兵士たちを全て片付けたとき――機関部の奥からなにやら歓喜の声が聞こえてきた。それはどうやら、難題であったシステムの解析が成功したことで、彼にしては珍しく声高々に叫んでしまったようだった。
 そんな機関部の奥で作業を進める男の声を聞いた千里の表情は、穏やかに頬が緩んでいる。彼女はグロリアーナを見た。
「どうやら……私も同じようです」
「うむ」
 そうして、二人は少しだけ恥ずかしそうに笑いあった。

 機関部を守る二人に対して、弾薬庫を任されていたのはエリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)エシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)だった。彼女たちは仲間の整備士と護衛の兵士たちとともに、敵兵の迎撃に当たっている。
「うにゅ……近づいてこないで……なの」
 のんびりとした口調とは裏腹に、脚部のローラーによる素早い動きで敵を翻弄するエリシュカは敵兵を飛び越えた。そのまま相手の背後に回ると、アリスちょっぷが炸裂する。ゴス……と鈍い音を立てて、敵兵はそのまま倒れてしまった。その頭部にできた巨大なたんこぶが、アリスちょっぷの威力を物語る。
 と、仲間を倒された恨みか、エリシュカに向かって数名の敵兵が押し寄せてきた
「わ、わわ……ジョー、来た、なの……」
 慌てふためくエリシュカの前に、エシクが飛び出た。
 エリシュカと同じローラーで床を滑った彼女は、相手がその動きを捉えようとするよりも早く、光条兵器を生み出した。柄の両端から伸びる刀身は、いわゆる七支刀の形をしている。振り回したそれは、両端に刀身があることを生かして一気に四方の敵を殲滅した。
「うにゅ……ジョー、ありがと、なの」
「なんてことはありませんよ。それより……」
 先ほどのエリシュカとエシクの攻撃が牽制となり、敵兵たちが逃げ出してくれたのは好都合だった。とはいえ、また敵兵に突入されるのは避けたいところだ。態勢を立て直した奴らは、今度は人数を増やして押し寄せくるかもしれない。
 そんなとき、艦内放送が鳴った。
『各員、無事でしょうか?』
 その声はローザマリアのものだった。恐らくは、艦橋のマイクから発しているのであろう。
『敵部隊は艦内から完全に脱出しました。相手の陽動の可能性も考えられるため、深追いは避けるようにしてください』
 追いかけた末にやられてしまっては、向こうの思う壺だ。今は艦を守ることだけを考えることが必要である。
『そして、エリシュ・エヌマの起動ですが……そちらのほうはシステムの核となる機晶石を埋め込むことに成功し、手動操作が可能となりました。しかし、現状は全てのシステムが復旧したわけではありません。いまだ60%程度しか復旧されていない現在、ここで起動させることは予期せぬトラブルを生むことも考えられるでしょう』
 早く戦場に向かわなくてはならぬという焦りもあったが、ローザマリアの声を聞いて皆はそんな気持ちを落ち着かせた。
『また、他にもエリシュ・エヌマには我々の知らぬものが残されている可能性があります。そのためにも、今一度時間を頂きたいのです……つらいでしょうが、皆さん、耐えてください。きっと、きっと……この先に、未来はあるはずですから』
 気休め……とも、仲間の整備士たちには取られたかもしれない。事実、ローザマリアも南カナンとモート軍との戦力差を知っているため、どこかで敗北してしまうかもしれないという恐れもあった。
 しかしそれでも、良かった。
「うっし、もうひと頑張りだな」
「やるぜー、俺たちで艦を動かすんだ! うー、興奮してきた!」
 整備士たちはローザマリアの告げた言葉を受けて、それぞれが思い思いの気合を込めた。
「みんな……」
「……がんばる、なの」
 エシクとエリシュカも、お互いに頷きあった。
 俺たちで動かすと誰かが言った。そう、信じている。誰でもない他ならない自分たちが、この戦いを変えてみせるんだと。そしてそこには、自分たち――シャンバラの契約者の姿もあるのだった。